時には昔の話をしようよ
ヘキサ軍の強化イベント。
俺とユッキーが担当する遺跡へは、騎士団の馬車で送ってもらえた。
「なんつーか、あの遺跡だな」
「この熊の面構え、間違いないね!」
入口には、これでわかるやろとばかりに熊の石像が立っている。
男爵領で見た遺跡と同類だってことがシンプルに伝わってくる門構えだ。多分、オブジェクトが流用されてるね。
「さて、ユキ男爵令嬢隊長」
「うむ、わたしが男爵令嬢隊長だ!」
「略してダンチョウ?」
「うむ、わたしがダンチョウだ!」
突然のフリにも瞬間的に合わせてくる。
このノリの瞬間接着力、流石は幼馴染だぜ。
「前回の反省を活かして、入る前にこの辺を探してみようか」
「そうだね。シシ丸とヘキサにまた怒られる」
そんなわけで、愉快なゲーム部員の二人の顔を思い浮かべなら、遺跡の入り口周辺をうろうろする。
間もなく、我等がダンチョウが声を上げた。
「お、この苔生した石、いい風情ですねぇ」
「流石はダンチョウ、違いのわかる女?」
「うむ。ダンチョウのダンは男爵令嬢のダンだからね。芸術品を見る目は貴族的にある。苔の生え方がいいよ、これ。詫び錆びのマインドがじんわりと表現されている」
「ほぉん、どれどれ?」
ユッキーの隣で、一緒に石を見上げる。
なるほど、これは確かにいい物だ。
ヘキサの実家の日本庭園でこういう石があったからわかる。こう、あれだ、苔の色合いが、なんていうか心に訴えかけてくる的ななにか。
「で、なんでこれにダンチョウは心を惹かれたの?」
「ふっ、スキル〝遺跡調査〟だよ」
「超有能スキルじゃん。すごいな、流石はダンチョウ」
スキルの効果なら、うっかりユッキーでも大外れはないな。
安心して、このいい感じの苔を調べてみよう。
「ただの苔の生えた石だな?」
「ただのでっかい石だね」
見た目だけでは、なにをすればいいのかさっぱりだ。
わかりやすくボタンでもつけておいてくれればいいのに。
「どうすんべ、触っても大丈夫だべか?」
「触った途端に壊れちゃわない?」
「俺もそれが恐いんだよなぁ」
なんせ俺達ってば、触れるモノ皆傷つける尖ったお年頃だもんよ。
闇のオーラをまとう十四歳ではないし、盗んだバイクで走り出す十五歳は超えたけど、まだまだ丸みには遠い十七歳だ。
「ユッキーから触ってみよう。ダンチョウだし、スキルあるし」
すっとユッキーの後ろに回りこんで肩を押す。
「えー、こういうのはマウスからやろうよー。ゲーム上手いし、攻撃力高いし」
すすっとユッキーが後ろに回りこんで肩を押してくる。
「この場合、その高い攻撃力が恐いんじゃん」
すすすっとユッキーの後ろに回りこんで肩を押す。
「まあまあ、ちょっとくらい壊しちゃっても大丈夫だって! 古い物だしさ!」
すすすすっとユッキーが後ろに回りこんで、肩をドーンと突き飛ばしてきた。
すげえ力づくでくるじゃん!?
流石にびっくりして、苔に思いっきり手をついてしまった。
ギャー、年月を重ねたっぽい苔が崩れた!?
「あー、マウス、やっちゃったねー? 自然美術破壊だ、自然美術破壊」
「ちょっとー、それは流石にひどくない?」
「てへぺろ」
「あざと可愛ければなんでも許されると思うなよ?」
「マウスなら許してくれるって信じてる!」
「なにおぅ!? ……まあ許すけどさ。でも、この崩れ落ちた苔は許してくれるかな?」
手に掴んだ苔を見て、苔がハゲた石を見る。
可哀想に……いやマジでハゲたと表現すると心にツンと染みるものがあるな。
かのカエサルも気にしたって言うからな。ルビコンを渡る時も気にしていたのかな。
「お? あー、苔の下にメッセージあるじゃん! この苔を取り除くのが正解だよこれ!」
頭頂部の悩みにしんみりしていたら、ユッキーが残った苔もむんずと掴んでむしり始めた。
ぎゃあ! ひどい! こんな残虐行為が許されていいのか!?
いいのだった。
少なくともこのゲーム的には。苔の下に文字が仕込まれているんだからそうなんだよ。
これ、苔生したいい感じの石じゃなくて、古くなった石碑だったんだな。前の遺跡でユッキーがさんざんに読めずに、物理で粉砕する羽目になった古代文字が彫られている。
「ふーむ、ふむふむ。読める! あたしにも読めるぞ!」
「マジで? 前の遺跡の時はほとんど読めなかったじゃん」
「あの後ちょっとスキルのレベル上げしてみた!」
「ファインプレイかよ……!」
流石はダンチョウだぜ。
入念な下準備が探検には必要なんだと、たった一度の遺跡探検で体得している!
「で、なんて書いてあるの?」
「うーん? ここは神の試練の場。神の力を求める者よ、中に足を踏み入れ、試練に挑むがよい。乗り越えた試練に応じた力を授けよう。……だってさ」
「出た。神様特有のもったいぶったお助けプレイ」
「出たねー。さっさと力を貸してくれたら数々の悲劇はなかったはずだけど、神様にも色々都合があんだよって展開が、出しゃばってきたねー」
ゲームやってりゃあるある。
魔王を倒すためには神の祝福が必要ですってんで、神の試練を乗り越えたこと数えるのも面倒じゃい。
まあね。旅立ちで聖剣を渡されて、騎士団の護衛つき馬車で魔王城入場、そのまま魔王に剣をぶっ刺して倒せましたじゃ盛り上がりもなにもないからね。
なんか苦難の一つもなきゃエンディングで感動できないから仕方ない。
「で、試練の内容は?」
「うーん? 書いて、ないね……。あ、今度は読めないとかじゃないよ! 他に文字そのものがないんだよね……」
マジか。これだけだとヒントでもなんでもないじゃん。
前の遺跡の時は落とし穴トラップの止め方とかあったんじゃないかって(シシ丸とヘキサに)言われていたのに。
本当に他に書かれてないのか。
石碑の苔をむっしむしと全部引っぺがして調べてみる。
「マジでないな」
「ないねー。やっぱり、あれじゃない? 一回目で使ったネタを二回目も使うか、バカめ!ってやつ」
「あー、そういうあれね。前作でドッキリさせたのと同じシチュエーションを次回作で作っておいて、なにもないんかーいってフェイントしかけるやつ」
「それそれ。あれ悔しいけど絶対引っかかっちゃうんだよね……」
「なにもないのに警戒させられるのも悔しいけど、二回目に通るとやっぱりドッキリありますーってくるのとか楽しいよな」
「それね! 悔しいけど楽しいよねぇ!」
二人してゲームあるある話をしてケラケラ笑う。
笑いながら、ツルッツルにハゲた石を後に遺跡へと入っていくのだった。
後日、もうちょっと別なところも調べろよとシシ丸とヘキサに怒られました。
見た感じ怪しいところが他にもあったそうな……。
でも、今度の遺跡は落とし穴トラップがなかったもんね。
その代わりに階段の段差がツルッツルの滑り台に変化したわ。先の見えない深部まで一直線よ。
「うひゃっほーい! たーのしーい!」
「ウォータースライダーみたいで中々爽快。なんならここだけお塩やベアちゃんも連れて来て遊ばせたいわ」
罠にかかった間抜け二名はめちゃくちゃ楽しんでるけどね。
これ、どこに滑り落ちているんだろうか。
かなり長いから、ひょっとして最深部までノンストップか? 道中であれこれしないと最深部のギミックが難しくなるタイプの遺跡だった?
まあ、この状態で悩んだってどうしようもない。
一応止まろうと試みたけど、後ろからユッキーにスライディングキックを食らっただけだったしさ。
おかげさまで、現状背中にユッキーをくっつけながら滑り台で遊んでいる状態である。
ウォータースライダーでいちゃつくカップルみたいだな。
「なあなあ、ユッキー、これ昔を思い出さんか?」
「あれでしょ、バーベキューしに行く山の方の公園にある滑り台!」
「そうそう。めちゃくちゃ長い滑り台。あの公園に行く度に遊んでたよな」
「長すぎてお尻痛くなるんだよね……」
「日に二回は絶対滑らないやつな」
「でも行く度に滑らなくちゃいけないという謎の使命感がっ!」
楽しいから会話も弾む。
懐かしき我が青春時代(現在進行形)よ。
いやしかし長いなこの滑り台。リアルの摩擦係数ならそろそろ尻に火がついている頃じゃないか。
「ところでさ、マウス」
背中にくっついたユッキーから、なにか改まった声が伝わってくる。
「今さらなんだけど、マウスと一緒にゲームするの久しぶりだね」
「うん? うん。まあ?」
そもそも、中学の頃から、俺が人と協力プレイをすること自体が稀だった。
集団戦のあるゲームをやる時は、野良パーティで参加する。それもほとんどが無言のマウスレスで、どうしても会話が必要なモノは今使っているエクスマウスになるが、それも口数少ない。
例外があるとすれば、ユッキーの姉が参加しているゲーマー団体・電脳桜花隊の練習相手とか数合わせに参加するくらい。
それ以外の時は、複数人プレイ対応のゲームでも、ソロで挑戦している。
同年代の友人と一緒にゲームすることはここ数年ほとんどなかった。
というか、避けていたのだ。
野良パーティでチート野郎だなんだと難癖をつけられても、まず顔を合わせることのない赤の他人、どうということはない。
一晩寝ればさっぱり、どころではなく、パーティを解散すればさっぱりだ。
これがクラスメイトとか、ある程度仲良くなったゲー友になると、面倒さも後味の悪さも長引いてしんどい。
そんなこんなで、俺のソロスタイルが確立した。
一方で、ユッキーはゲームがさほど上手くないため、対戦系はほとんどやらない。
集団で遊ぶ時は協力型のゲームを、お塩達ゲーム部員や顔見知りと一緒にわいわいお喋りしながらプレイする。
それ以外はゲーム実況というスタイルで楽しんでいた。
俺のプレイスタイルとは見事に噛み合わない。
だから、こっちから誘うこともなく、互いのゲームプレイを見て、部室で笑うくらいだった。
それが、高校生になってからの幼馴染との遊び方の違い。
お互いまだ若いなりに年も取ったのだから、昔と同じようにはいかない。普通の変化だ。
そんなもんだと思っていた。
「久しぶりにマウスと一緒にゲームできて嬉しい」
俺の思いとは、ちょっとだけ違いそうな声で、ユッキーが言う。
「マウスは、楽しんでる?」
「うん、楽しんでるぞ。自分でもびっくりするくらい楽しんでる」
久しぶりの協力プレイということで、色々と試行錯誤というか、迷走している自覚はあるが、それも含めて楽しんでいるのは断言できる。
よかった。
ほっとした声は、いつも元気なユッキーにしては少し弱々しかった。
「あのね、初めて二人一緒にやったゲーム、覚えてる?」
「世界を救う水鉄砲ゲームだろ」
邪神が世界を滅ぼす火を放った世界を、女神が与えた聖水を水鉄砲で撃ち出して消火するシューティングゲーム。
正式名称はホーリーウォーシューター。
子供が楽しめるようなほんわかした雰囲気に、大人までやりこめるしっかりしたゲーム性が大ヒットして、一時的に消防士を目指す子供達を増やしたという名作だ。
初代のキャッチコピーは、火遊びダメ絶対、だったっけ。
「懐かしいな。ユッキーはあの頃に比べるとゲームが上手くなった――ような気がする」
「そこは上手くなったって言って欲しいな!?」
俺も言いたかったんだけど、嘘は吐いちゃいけませんって育てられたからさ……。
ぶすくれたユッキーは、俺の背中をどすどす突っついて不満を表明しつつ、楽しそうに声を揺らした。
「あたしね、あれをマウスと一緒に遊んで、久しぶりにゲームが楽しいって思えたんだよね」
「うん、それはちょっと聞いたことある」
ユッキーの姉貴がゲームめちゃくちゃ上手くて、年の差もあってボコられていたらしい。
つまりまあ、俺が昔の友達と揉めた時と同じような目に遭っていて、楽しむためのゲームが嫌になりかけていたという。
「あの時、マウスがゲーム一緒にやろうって誘ってくれて、よかったって思ってる。だって、今のあたし、ゲームをしていて楽しいもん」
「そいつはよかった」
小学生の頃の話だ。
俺もまあ人の心の機微なんてもの、さっぱりわからないガキだった。今から考えると、余計なお世話になりかねないよなと冷や汗が出てくる。
でも、俺はゲームが好きだから、仲良くなったユッキーと一緒に、自分が好きなゲームがやりたかったんだよ。
ユッキーも、ゲームが好きになってくれて、本当によかった。
「ゲームをやって楽しいって思うと、いつも、あの時マウスがゲームに誘ってくれてよかったって思う。本当に、いつもいつも、そう思うよ」
繰り返し、小さな頃の思い出をよかったと語ってから、幼馴染は最初の言葉を、もう一度投げてきた。
「久しぶりにマウスと一緒にゲームできて嬉しい」
同じ言葉が、全く違う意味で響いた。
「マウスは、楽しんでる?」
同じ言葉に、全く違う熱量が湧いた。
たった一プレイを共にするプレイヤーとして、楽しいという意味ではなく。
ずっと並んでゲームしてきた幼馴染として、楽しいと感じてくれているか。
かつて、彼女が見失っていたゲームの楽しさを、今、どこかのソロプレイヤーに教え返してあげられたのか。
幼馴染が、問いかけてくれている。
俺の答えは変わらない。
口を開き、こちらも繰り返しの中に違う意味をこめて――
「ユッキーなんかゴールっぽい!」
「は!? ちょっとこのタイミングで!?」
このタイミングで無限じみた滑り台のゴールらしき光が見えた。
なので、瞬間的にゲームモードに入る。
すまねえな!
こちとら人間性をゲームに捧げたゲーマーなもんで、自動的にゲーム上の注意を処理しちゃうのよね!
うおぉん俺は全自動ゲームプレイヤー。
「ねえ! 今のタイミングでゲームに戻るのひどくない!? ひどいよね! ねえ!?」
「ひどいとは思うけどそこは神の思し召しなんじゃないかなー!?」
「おのれリアルゴッズとデジタルゴッズめー!」
ユッキー、怒りの絶叫と共にゴールラインを通過する。
通過したら、すっぽーんと空中に放り出された。
「次は神殺しのシナリオでプレイしてやるんだからー!?」
愉快に吠えているユッキーは実況者の鑑だな。
余裕はないはずなのに余裕を感じる。
俺の方は、人間性をゲームに捧げて得たゲーマーセンスにより、一瞬で状況を把握。
二人で飛び出したのは遺跡の大広間。滑り台の出口はどうやら天井付近らしく、そこから軌道を描いて現在落下中。
予想落下地点は……普通に地べた!
ウォータースライダーなら、深めのプールにダイブってところなんだろうけど、これはゲームでも大ダメージコースだ。
「ユッキー、着地体勢、準備!」
「無理!」
自己申告が早くて助かる。初めからやる気がないんじゃないかって早さだ。
いやまあ、急な高所落下は、パニックになってアバター操作が上手くいかないことがよくあるからね。想定内。
いつぞやと同じように、スプリントステップで一足早く着地し、上を見上げる。
あの時はご令嬢スタイルだったユッキーが、冒険者スタイルの衣装で落下してくる。
ふわっとキャッチするには勢いがつきすぎているのが、いまいちロマンティックじゃない。
「衝撃いくぞ!」
「知ってる――んんぅ!?」
はい、台詞の途中で無事、ユッキーをキャッチしました。
高さもあったから、今度は下敷きにならなかった。その分、なんかユッキーにダメージ入った気がしないでもないけど。
ステータスバーに注意を向けなければ、ばっちりお姫様抱っこを決めてやったぜ。
「おっふぅ! これがリアルだったら舌を噛んで死ぬか、首がイッて死ぬか、腰がイッて死ぬところだった。死ぬ危険が多すぎて危なかった」
肝心の腕の中のお姫様から聞こえてきた台詞が、全然お姫様っぽくないけど、幼馴染らしいからオッケーだ。
「まあ、リアルだったら俺も腰が……いや、その前に普通に墜落死してるな。でもこれ、リアルじゃなくてゲームだから」
楽しむためにプレイする、ゲームだ。
「楽しい楽しいゲームを、続けていこうか、ユッキー」
このイベントだけでなく、この一プレイだけでもなく。
これから先も、色んなゲームを、一緒に。
ハプニングのせいで、さっきとは違う言葉になったけど、幼馴染はわかってくれた。
「じゃあ、次は神を殺せるシナリオのやつね!」
「いいよ、やるべやるべ」
俺も、さっきのタイミングで滑り台終了はどうかと思うしね!
あの勢いで滑り続けて終わりが見えなかったのに、あのタイミングでゴールとか悪意しかねえだろ神々っていう。
リアルで神々は殴れないけど、アンリアルでなら撲殺できる。
そう、ゲームならね。
チェーンソウさばきの練習をしといた方がいいかな?




