対話の決意表明
――あなたの歩む道を、私は詩として紡ぎましょう――
以上、スキップした場合のエタソンの導入である。
まあなんかこのゲーム、神が見守るプレイヤーの行動が、物語として詩に残されるとか、そういう世界観らしい。
このゲームはデフォルトでプレイ動画が記録されるので、それが神の詩というわけだ。
多分、製作サイドとしては英雄譚をメインに想定していたと思われるが、エタソンの神様は守備範囲が広いらしく、恋愛モノも日常モノも戦記モノでも喜んで詩にしてくれる。
神と呼ばれるに相応しい懐の広さだ。これは崇めても損がないな!
でも、だからこそ詫びさせてくれ。
すまぬ、エタソンの神よ。
このマウス、シナリオや会話はオールスキップ派だから、詩にするの困ったよね。
冒険者ギルドや酒場で声をかけてくるイベントフラグを無視して独り魔物を狩り続けた前々世の俺も、他者とのコミュニケーションを全て暴力で済ませたスラム街の前世の俺も、「敵が現れた。マウスは敵を倒した」のコピペで済んじゃうもんね……。
神よ、罪を重ねたプレイヤーが今、対話の意志を持って帰って来たぞ!
この一生を贖いに捧げよう!
……さて、神に誠意は示した。ならばゲームプレイだ。
プレイヤーキャラクターが降ろされたエタソンの世界は、どこぞの街道のようだ。
スタートに冒険者を選択した場合に多い、街から街への移動中という設定と見た。
周りを見渡すと、無事誰もいない。
初めから仲間がいるスタートとか、臨時で組んだパーティがいるスタートとかもあるのだが、俺はゲーム部員の策略によってソロだからこうなる。
まあ、このゲームで仲間がいたことないんだけどね。
とりあえず、街道を歩き出す。
初期スタートの場合、どっちに行っても問題ない。
これはプレイヤーが操作に慣れるためのチュートリアルと、ゲームAIがプレイヤーの実力と傾向を判断するためのテストを兼ねたスタートイベントだからだ。
ここで愉快なことをすると、神様が愉快なシナリオを用意してくれるぞ。
歌って踊り始めたプレイヤーのシナリオは、旅の吟遊詩人が仲間になって戦闘の度にミュージカルっぽい演出を要求されていた。
やってる方は死ぬほど大変だろうけど、見ている方は非常に楽しいプレイ動画が完成した。
俺はその辺は真っ当なので、進行方向から悲鳴が聞こえた瞬間に黙って走り出す。
あれだな、NPCの旅人が魔物に襲われているパターン。
旅人を助けるルート、見捨てるルート、旅人の荷物だけ拾っていくルート等々、色々選択肢はあるけど、ここはオーソドックスに魔物を殲滅して助ける方向で行こう。
いや、基本的に俺はオーソドックスなシナリオを選ぶんだよ。
ただ、選択する際に、「戦闘メイン」「会話とか面倒」というバイアスが働くだけで。
体感で二百メートルくらい走らされて、ようやく馬車が見えて来た。
フルダイブゲームに慣れているので、結構良いタイムが出たと思う。評価はいかがでしょう、ゲームAIさん!
襲われている馬車に護衛が見えず、魔物はゴブリン系が十匹。
この手のチュートリアルは、「これ全部いける? 無理かなあ?」という難易度に設定されている。
前々世では、護衛が数人にゴブリン系が十匹だったから、当時より「ほう、やりそうですね」と評価された模様。
御照覧あれ、エタソンの神。
日々の部活で鍛え上げた、このマウスのフルダイブゲーム術は、確かに成長しているのだと!
戦闘範囲に入ったのか、視界内にスタミナゲージとライフゲージが出現。
各ゲージについての説明はスキップ。
二百メートル全力疾走をちょっと緩めてスタミナを調整しつつ、一番近くのゴブリンA君に大きく踏みこんでフルスウィングのパンチをお見舞いする。
肉体言語宣戦布告!
無辜の民を襲う邪悪の化身ども、神に代わってこのマウスがお相手いたそう!
なお、この場合の邪悪とは、「人間(特に俺)にとって不都合な存在」と定義する!
ついでに初期武器選択で「徒手空拳」を選んで得られる打撃系スキル「スマッシュ」を発動。スキル効果は「吹っ飛ばし」だ。
さて、問題です。
ゴブリンA君の一メートル先にはゴブリンB君がいます。
ゴブリンA君をスキル効果で約二メートル後ろに吹っ飛ばした場合の、ゴブリンB君の戦術行動を求めよ。なお、ゴブリンB君の戦闘力は雑魚とする。
答えはA君ともつれて転倒です。
これで敵勢力の五分の一が、一時的に戦闘不能になった。
さて、次の問題は、転倒した敵にトドメに行くか、他の敵を倒しに行くか。
よっしゃ、決~めた!
トドメより先に他の敵をかく乱に行こう。
襲われているNPCに護衛がいないから、早めに他の敵も相手にしないとNPCに被害が出そうだ。絶対に評価が下がる。
ゴブリンC君を蹴っ飛ばし、ゴブリンD君の足を引っかけ、NPCの娘さんに棍棒を振り上げるゴブリンE君の首に腕を絡ませて止める。
こらこらE君、女の子に意地悪したいお年頃かもしれないけど、ここは男同士で遊ぼうよ。
プロレスごっこしようぜ!
特別ルール、このチョークスリーパーから生きて抜け出せたら君の勝ちだ!
ゴブリンF君が一緒に遊びたそうに棍棒振って襲いかかって来たので、ゴブリンE君を盾にして受け止める。
あ、首絞めとフレンドリーファイアのダメージでE君がさくっと死んだ。
なんてひどいことを!
E君の仇だ、死ね、F君!
このタイミングで、全部のゴブリンが乱入者の俺に向かって来た。これでNPCは安全だ。
割と楽に注目を奪えたな。
やはり、E君を肉盾として利用して味方に殺させた点が、芸術点として加算されたのだろう。
NPCの心配をしなくて良いなら、チュートリアルのゴブリンなど物の数ではない。
後は、囲まれないよう立ち位置を調整して、順番に倒して行くだけの簡単なお仕事。ゴブリン君達を軽くあの世にご案内して、チュートリアル終了だ。
フルダイブゲームにおけるプレイヤースキルっていうのは、こういうものだ。
「あ、あのっ」
NPC娘が声をかけて来たけど、なに、礼など不要さ。
こちとら世界を救う時も、世界を滅ぼす時も、そこに敵がいるからという理由だけで済ませる生き方だ。
通りすがりで命を救うくらいで会話はいらないよ。
その分の時間で敵を殴りたい。
「おい、待てよ!」
背を向けて歩き出すと、今度はNPC少年の生意気な声も聞こえたけど、礼がいらないんだから面倒事はもっといらないよ。
あれでしょ、お前の助けなんかいらなかったんだよ、的な流れでしょ?
その後も、NPCからの呼びかけはいくつかあったけど、全部無視して歩き続け、視界が暗転する。
『あなたは孤高の冒険者。高い実力を持ちながら、誰とも慣れ合わないその姿に、寄り添う人は現れるのでしょうか。あなたの旅路は都市の冒険者ギルドからスタートします』
高い実力(レベル一)。
まあ、ゲームだからね。
後ネタバレ注意、寄り添う人は現れます(リアフレ)。
ゲームだからね。
ともあれ、これでチュートリアル終了だ!
チュートリアル中の行動から、今後発生するイベントの難易度や方向性をゲームAIが組み立てる。
スタート位置とか、「孤高の冒険者」みたいなバックボーンなんかが、もうそれだな。
俺なんかはキャラクリ通りだが、チュートリアルの成績次第で、結構いじられたりするらしい。
もっとも、俺はゲストであって、ホストのユッキーの影響が強いはずだから、あんまり関係ないかもしれないけど。
あ、対話の意志を持って帰って来たとか言っておいて、チュートリアル中に一言も喋らなかった。
本編ではちゃんと部員達と話すと思うから、エタソン神よ、もうちょっと待ってて。