作戦「臨機応変」
ベアちゃんから事情を聴いたところ、多分、お塩の方のシナリオはこうだ。
マウス先輩とユキ先輩から別れた後、街の外で絡んで来た悪い冒険者達を見かける。
聞こえて来た話の内容が、どうもカッコイイ自慢の先輩達を襲撃しようと計画している感じだ。可愛い自慢の後輩として、先輩達の危険を見過ごすわけにはいかない。
これを妨害しよう。
多分このイベント、やり方は何パターンかあるんだろう。
お塩は、イケイケのベアちゃんの提案もあって、冒険者達を尾行して証拠なり、敵の作戦内容を掴む方向に動いた。
この辺まで話が及んだ時、俺とユッキーの間で小声が交わされた。
『お塩はスニーキング系も上手くはないよな』
『うん、自分を棚に上げて言うけど、どっちかっていうと下手だね。わーきゃーするから、見ている方は面白いんだけどねえ』
『ちなみにベアちゃんも下手そう』
『正面から突撃してそう』
まあ、熊だしな。イメージ的には戦車とか、そういう感じだ。
つまりまあ、失敗しそう。
というか、失敗した。
冒険者達の溜まり場につく前に見つかり、戦闘になったわけだ。
ここでお塩がきっちり支援できていれば、ベアちゃんが返り討ちにしてワンチャンあった。
でも、そこはお塩クオリティ。普通に負けた。
このまま捕まえて人質にでも、ってところだったらしい。
「そしたら、ソルが、あたしに逃げろって……あたしをかばって一人で捕まって!」
身を斬られるような痛恨極まる表情で、ベアちゃんが俯く。
お塩は身を盾にして、仲間の彼女を逃がしたらしい。
思わず、ユッキーとそろって感嘆の声を漏らしてしまった。
お塩、お前、ヒロインなのにヒーローだったのか!
やるじゃないか。それでこそ白桜高校ゲーム部の部員にして我等が後輩!
お前は自慢のお塩だよ!
「事情はわかった。よくここまで辿り着いたな、ベア」
俺が答えると、ユッキーがベアちゃんの頭を優しく撫でる。
ソルは問題なく助けるから、お前は泣かなくてもいい。後は自慢の後輩が自慢する先輩達に任せておけ。
というわけで、我々お塩レスキュー隊・お塩いじめ撲滅隊の連合軍は、敵の居城へと向かうこととなった。
ネクストバトルステージは冒険者ギルドである。
カチコミが早まったなー。
パパ男爵に話したら、今からだと衛兵の手配が間に合わないとのこと。人質ならすぐにどうこうなることもないから、少し待つのも手だと言われた。
プレイヤー語に翻訳すると、プレイ時間は大丈夫か? イベントここで区切ってもいいよ?ってお問合せである。
この件に関して、関係者各位で慎重に相談したところ、現在人質になっているお塩も今夜はまだまだ大丈夫とのやる気一杯の回答を得たので、このままイベントスタートを選択した。
****
「ここが連中のハウスね」
仁王立ちして建物を睨みつける男爵令嬢。
一枚絵にできそうだな。ユッキーがプレイ動画を作るならサムネ候補にしたことだろう。
「いや、冒険者ギルドはこれの二件向こうだぞ。ここはスクイ商会の経営店」
マップ情報を見ながらの俺の台詞に、ユッキーはあっれー?って顔になった。
完璧に雰囲気だけで台詞を言ってたな。
「あのな、ユッキー。君達は、これから確かに冒険者ギルドに潜入する。ただまあ、敵もアホじゃないから、見張りとかいるわけで、それを搔い潜るために、まずこの店の屋上から、隣の冒険者ギルドの倉庫に移り、そこから冒険者ギルドの本棟に入る。オーケー?」
今度こそユッキーはばっちり理解したらしい。
改めて仁王立ちして、建物を見上げた。
「ここがシャロンさんのハウスね!」
うーん、あの人、どうも商会の経営者一族の娘っぽいから、末端の店舗じゃなくて商会本部とか、高級住宅街とかの方に住んでそうだけど……まあいいや。
そうだねそうだねと頷いて、ユッキーの背中を押して入店する。
と言っても、時間は夜、もう閉店しているわけなんだが、そこはスクイ商会と男爵家との間で交渉が済んでいて、店舗関係者が待っていた。
「お待ちしておりました。ユキお嬢様、マウス様」
「あ、本当にシャロンさんがいた。こんばんはー」
朗報、ユッキーも本当にここがシャロンさんの家と思っていたわけではない模様。
潜入前とは思えない気軽な挨拶に、シャロンさんは堅い表情のまま頭を下げる。
「この度はなんと申しますか……わたくし共の依頼がとんだ事件に発展してしまったようで、スクイ商会は可能な限りの支援をもってお詫びとさせて頂きます」
そういえば、お塩ことソルに出会ったのは、スクイ商会からの依頼のおかげだった。
お塩が人質に取られたことや、それで俺やユッキーが解放に向かうことに責任が発生しているらしい。
俺達プレイヤーが好き勝手に動いているから、事故みたいなもんだと思うよ。
「気にするな。元々冒険者ギルドとはやり合う予定があった。捕まったソルのことでいえば、あいつが自分で決めて、自分で動いた結果だ。連れを守るために体を張ったあいつの意気地を、他人が申し訳なく思うのも違うだろう」
シャロンさんに言いながら、申し訳なさそうな顔をしているベアちゃんをちらっと見る。
今回、守るべきお塩に守られてしまったと悔いているベアちゃんは、ユッキーが先輩力を発揮して、頭をぐりぐり撫でてなぐさめている真っ最中だ。
「そうだよー。ソルちゃんがカッコイイところ見せたんだから、ベアちゃんも良いところ見せないとだねー」
このやり取りに、実際は誰を気遣っているのか察して、シャロンさんが大人の微笑みを浮かべた。
「確かに、お客様が納得してつけた値段に、それは正価ではないと、こちらが勝手に値引きするのも失礼というものですね。人それぞれに見出す価値というものがございます」
「商人らしい言葉だが、俺も納得できるいい言葉だ。他人が決められない、決めなくてもいい価値が世の中にはあるものだ」
俺も、ゲームが上手いということに人より高い価値を見出している。
だが、ゲームが下手に分類されるユッキーやお塩が、俺より低価値とは思いもしない。いいゲーム仲間だって高価値があるくらいだ。
「今回、ソル君の行いは、マウス様が目を留められる価値があったのですね」
「そうだな。もし、ソルを安物扱いするような奴がいたら節穴めと思う」
百点満点中の百億万点だ。
「ここは俺に任せて先に行け!」を成功させたんだぞ? 我がゲーム部ならスタンディングオベーション間違いなしだ。
しかも、そこからさらわれたお姫様も兼務するとか、今年の白桜ゲーム部のベストプレイヤー賞にレッドカーペットを敷いてお塩をお迎えしなくちゃ!
「さて、そんな価値ある人物をお迎えに行かなくちゃならん。ベア、いい加減そのしけた面に気合を入れろ」
「う、うん、大丈夫」
梅雨時に放置された草加せんべいみたいにパリッとしないご返事だこと。
まだ気合いゲージが溜まらない感じか? ペットが出てくるゲームだとやたら高性能評価されるユッキーの撫でテクをあれだけ浴びたのに。
えー、どうしようかなー。
こういう対人コミュニケーションは全部殴り飛ばすだったからな。シシ丸とかなら喜んで、ゲーム開始だって気合いゲージ溜めに勤しむんだろけど。
ユッキー、やってみる?
アイコンタクトで一発、よし来たとユッキーがベアちゃんのお顔を掴んだ。
ていうか、両の頬っぺたを、両手で挟んだ。
「ぷみゅっ!?」
んっふ。
あっぶねえ。ベアちゃんの面白可愛いリアクションに笑うところだった。
しかし、場面は多分シリアス。ユッキーは真剣な顔でベアちゃんを見つめているのだ。
「ベアちゃん、しっかりなさい! ソルちゃんはベアちゃんを助けた。それは誰がなんと言おうと立派な行いだったんだよ! そのソルちゃんにそんな顔を見せる気? ソルちゃんがしたことは間違ってるって、助けて欲しくなかったって顔してるんだよ!」
今回のヒーロー役が、しけた煎餅みたいな顔をしていることに、ユッキーも思うところがありまくったのだろう。
コーラの中にメントスを投入したかのような言葉の大噴火を見せる。
「笑うんだよ! 立派な行いにはお礼と笑顔が返らなきゃ、そんなの嘘だ! 立派な行いはいいことで、いいことは楽しいことでなくちゃいけないんだから! それに――」
ベアちゃんのほっぺをむにゅむにゅ言わせながら、ユッキーが吠えた。
「それになにより、ソルちゃんを助ける時のヒーローの顔が、そんなぶすくれた顔でイベントが盛り上がると思ってるのかー!」
動画配信者、渾身の私利私欲である。
余計に吹き出しそうになったわ。
だがしかし、エタソンのAIは、笑いを堪えるのに必死なこのマウスより優秀であった。
言葉の選び方はちょっとおかしいけれど、込められた熱量は真摯の一言。
花も恥じらうJKとはいえ、多数の視聴者を楽しませて来た配信者の、人生経験の上にがっしりとそびえ立つ誇りを、エタソンのゲームシステムは過不足なく計測した。
ベアちゃんの目つきが変わる。
……変わったから、ユッキーさんや、頬っぺたを解放してあげなされ。
流石にその頬っぺたムニュムニュ状態ではシリアス展開を進めづらいよ。
そっと小声を送っておく。
「あ、ごめん」
「はふっ! いえ、ありがとうございます、ユキ先輩! 確かに、ソルに会ったら、あたし笑ってお礼を言いたいです!」
これは気合ゲージマックスになったな。
ステータスに高倍率のバフが付いているはず。格ゲーなら超必を打ち放題になってる。
流石はユッキーだぜ。感情をドストレートにゲームに没入させていく。
お塩もそういうの得意なんだよな。シシ丸は打算的にやるから、あんまりここまでのクリティカルは引かない。
演技だってのがシステム的にマイナス要素になるんだろうね。
「マウス、作戦の詳細は?」
味方の士気をしっかりと高めたユッキーが、力強い笑みを浮かべて聞いて来た。
おっと、これはうっかりだ。
なんつったって普段は作戦立案・俺、作戦指揮・俺、実働・俺、後方支援・俺ってな感じでやってるもんだから、作戦の詳細とか伝える必要がなかった。
今回の作戦は、ユッキーとベアちゃんがコンビになって潜入してソルの救出役、俺はそれを支援するための陽動役になっている。
話し合う必要があるとすれば、どの辺から探すので敵をどこに陽動するかとか、潜入側が見つかった時の対応とか、時間に応じて敵を引き寄せる場所を変えるとか、集合場所を設定するとか、色々考えられるが……。
「作戦の詳細を伝えよう。始めは強く当たって後は流れで」
シャロンさんがびっくりした顔になった。ベアちゃんも同じ顔をしている。
なにを言っているかわからなかったんだろう。
考えるな、感じるんだ。
一方、ユッキーは目を輝かせて、握り拳を見せている。
「わかりやすくていいね! よーし、流れに身を任せるぞー!」
神聖エノク語の使い手には、俺の発言の意図は明白なのだ。
イキアタリバッターリ、これぞ高度な柔軟性により予想外の事態にも決して破綻することのない、最強の作戦だ。
シシ丸とヘキサはこれを、雑過ぎて予想通りが存在しない、と評価する。
「まあ、困ったことになったら、俺を呼べ。なんとでもしてやる」
大口を叩いたと思うかね?
当然だろう。このマウスはビッグマウスでもあるのだ。
珍しく、他のプレイヤーやNPCの運命まで背負っているのだから、その緊張も楽しませてもらおうじゃないか。
厳しい条件の勝負に挑まなければ、辿り着けない高みというものが存在する。
いかにゲームが上手くても、緊張に弱いようでは大一番でミスを犯す。普段からガンガンハードルを上げて、腕前向上を目指さないとな!
ともあれ、これで突入準備は整った。
冒険者ギルド強襲人質奪還作戦、これより開始である。




