挨拶は大事
孤児院は結構いい感じにくたびれていた。
お金はないけど、丁寧に手入れしているよってこの雰囲気、とても神聖。
これは善良な孤児院ですわ。裏で人身売買とかしてないクリーンな宗教施設ですね。
花丸物件。
広い庭スペースには花壇ではなく家庭菜園、少しでも食費を浮かそうという工夫が見られる庭に、如雨露で健気に植物のお世話している見目麗しい人物がいた。
神官用の野暮ったいローブをまとった小柄な体で、水一杯の如雨露を持ち上げる時の声まで可愛らしい。
吹いていく風にさらりと髪を撫でられると、心地良いのか表情を緩ませる。その笑顔の可憐さと来たら、アイドル事務所からスカウトマンの名刺が段ボールで届きそうなほどだ。
「いつ見てもお塩ちゃんのアバター、美少女……!」
「ヘキサとシシ丸がリアルマネーを注ぎこんで造り上げた究極形態お塩だからな、あれ」
何がすごいって、あれ原形はリアルお塩なんだよ。
そこからお化粧するように細部を整えて、ちゃんと素材の味も活かした完璧美少女に仕上げてある。
見る人が見れば、お塩の姉妹かなって思うレベルの美少女お塩なのだ。
あれで設定上は男性キャラって辺り、ヘキサもシシ丸も業が深い。
それに付き合ってあげているお塩は懐が深い。器の大きさは菩薩級よ。愛されキャラのようでいて、その懐の深さは愛するキャラだって言うね。
さすしお。
さて。
このゲーム内では初めて会う、馴染みの部活仲間に挨拶するとしよう。
ユッキーと頷きあって、木柵を挟んで声をかける。
「失礼。そこの若い神官、ちょっと良いか」
「やっほー、忙しいところごめんねー。ちょっとここの孤児院に用事があってねー」
声を聞いた途端、お塩は顔を跳ね上げて声を上げた。
「わー!?」
マウス先輩とユッキー先輩だーと目を輝かせるお塩の笑顔、投げ銭で一万出しても惜しくはない。一万円の輝きってこういうことよ。
しかも真面目なお塩のこと、ゲーム中だから、いつもの部室みたいな呼び方できないや、ってお口を押えて我慢しているというスーパープレイ。
かしこい。
「えーっと、えーっと……こんにちは! は、初めまして? マウ――じゃなく見知らぬ先輩方! ど、どんなご用でしょうかっ!?」
ロールプレイに則った挨拶が出来るお塩は偉い。百点。もちろん十点満点中の採点だ。
俺も部活の先輩として負けていられない。ハードボイルドのロールプレイを全力駆動だ。
「ここに冒険者になろうという若者がいると聞いてな。先達として可愛がりに来た」
「ふわー! カッコイイ!」
そうだろう、そうだろう。
もっとカッコイイところを見せてやろう。
「正式にはスクイ商会からの依頼でな。責任者に会わせてくれるか? まずは挨拶しておきたい」
挨拶は大事だぞ。挨拶しないっていうことは文化が違うと判断されて、警戒されてしまうからな。
あれだよ、挨拶も出来ないなんてひょっとしてこいつ蛮族なんじゃない? 何かあってからじゃ遅いから、先制攻撃した方がよくない?
そういう判断がありうるんだ。数々の挨拶を拳骨で済ませて来た蛮族スタイルの俺が言うんだから間違いない。
先制攻撃した方がいいよ。
「わ、わかりました! ええと、院長先生は確かお買い物に出かけたので、ちょっと待ってもらう必要があるんですけど」
「そうか。じゃあ、ちょっと君と話をして待たせて貰おうか」
「はい! えーと、えーと、ここはやっぱり自己紹介からですよね! 初めましてですもんね、先輩!」
初めましてでこの懐きっぷり。
尻尾を振り振り可愛がって貰えるのを確信して待っているお犬様に似ている。頭を撫でてやろう。
「わはー!」
すっごい嬉しそう。
この子、前世は犬だったんじゃないかと思うね。
「あ、自己紹介だったな。俺は冒険者のエクスマウスだ。マウスで良い」
「マウスに護衛されている男爵令嬢ユキだよ。ユキでもユッキーでも呼びやすいように呼んでくれたまえ!」
「はい、マウス先輩にユッキー先輩ですね!」
例えどんな世界線になっても、俺達はお塩の先輩だから間違っていない。
で、ニッコニコのところ悪いけど、お塩も自己紹介してくれない?
駄目だこれ、テンション上がり過ぎて、自分の名乗りを忘れている。小声で催促するか。
『お塩君や、そっち名乗ってないから、名前呼べないぞ。予知能力を使えることにする?』
「あっ!? ごご、ごめんなさい! ボクの名前はソルトアンドペッパーです! 長いのでソルって呼んでください!」
はい。お塩が世界観を壊さないために使うニックネームは、ソル。
ここ実地テストに出ます。
「ソルちゃんかー、ここでの生活はどう? 楽しい? 今はこれなにしてるの?」
「はい! ここでは同じく冒険者を目指している子と一緒にがんばってます! すごく楽しいです! 今はご飯用の野菜と、治療用の薬草の畑の水やりです!」
はっきりハキハキ質問に全部答えて貰えて、ユッキーもご満悦である。
「じゃあ、ソルも冒険者になりたいのかー。そうかー。どんなこと出来るか確認しようかー」
「あ、マウスの会話スキップが出た」
ちょっとだけね。どんな冒険者になりたいのかとか、確認する会話テキストだけね。
ちょっとだけならセーフ。
「んじゃ、どんなこと出来るか見せて貰おうか? ついでだから物理で戦うコマンドも多少は使えるようにしような」
せっかく協力プレイしているんだから、お塩ことソルのプレイヤー戦闘スキルを向上させておこう。
少なくともチュートリアルで敗北して、孤児院スタートという保護対象にされないくらいにはしてやりたい。
かなりのミッションインポッシブルになるとは思うが、困難に燃えること火鼠のごとしと言われたマウスなのでやってやらぁ!
俺のやる気をゲームシステムが感知したらしい。
エタソン神がイベントを発生させた。
「ソル! 一体何やってるんだ!」
突如駆け込んで来る声は、俺達とソルの間に割り入って、ソルをかばいながら後退った。
見事なお姫様の護衛ムーブである。
出来る、と唸らされるその動きをなしたのは、流れるショートボブの金髪も爽やかな、熊面の推定少女だった。
熊面の必要ある?
エタソン神?
熊が気に入ったんか?
首を傾げることフクロウのごとし俺のことを、ソルがちゃんと紹介してくれた。
「あ、ベアちゃん、この人達は大丈夫だよ」
この子こそ、木彫り界のレジェンド、熊さん写真展の時に、お塩が言及していた熊に似ているというベアちゃんである。
似ているってこういうことかーって納得のビジュアルだよね。色物過ぎる。
個性の立て方ってこういうことじゃないと思うよ、デザイン担当。
「本当? 乱暴されたり、脅されたり、さらわれそうになったり、とにかくやばいことにならなかった?」
「うん、大丈夫大丈夫。いつもありがとうね。この人達は、スクイ商会の依頼で来たんだって。ほら、あのシャロンさんのところの」
「シャロンさんの? なんでまた……ええと、こんな変わった組み合わせで?」
変わった組み合わせ扱いをされて、顔を見合わせる冒険者マウスと男爵令嬢ユキ。
どこが変わっているって言うんだい。ゲームシステムも認める相性ばっちりのコンビなんだぞ。
「どう見ても片方はいいところのお嬢様で、もう片方は腕っ節で生きている人じゃないか。護衛連れのお嬢様って……ああ、視察とか? いや、シャロンの商会がどうのって言ったっけ? なんで?」
今のマウスの装備品、ユッキーの装備品に負けない高級品だと思うんだけどなー。性能と値段だけで言えば勝っている自信あるよ。
まあ、ドレスコード的には圧倒的敗北だけど。何より顔の覆面がね。
「うん! それがすごいんだよ! 冒険者になりたい僕達に、マウス先輩が修行をつけてくれるって!」
「えっ!?」
ベアちゃんの驚きの声に、ちょっと嬉しさが混じった。
あと口元に、鮭を目の前にした熊さんのような獰猛さが。
「ねえねえ、今の話って本当? だったら修行ってことで街の外まで連れてって欲しいんだ。あっ、遊びとかじゃないよ? 獲物を狩ってお金にしたいだけ、食べるための肉も手に入ればなおよし!」
食欲由来の獰猛さかー。
ログアウトすれば唐揚げもステーキも生姜焼きも食べられるソルと違って、ベアちゃんは育ち盛りに孤児院の質素なお食事だから、その意気込みも理解出来るというもの。
「外に行けば生肉はいくらでも手に入るぞ。俺も今日の食事のために欲しいと思っていたところだ」
「やった、話がわかるじゃーん! 冒険者はこうでなくっちゃ!」
今日の晩御飯が豪華になることを、ベアちゃんは拳を振り上げて喜ぶ。
「ただし」
美味しい話っていうのは、そう簡単に手に入らないぞ。
ステーキだって家畜を育てて、と殺して解体して消毒熟成保管、それから下拵えして調理する必要があるのだ。
「お前達に十分な腕前がなかった場合、危なくって連れて行けないな」
ベアちゃんにどれだけ準備が出来ているか、見てやろう。
あ、ソルの腕前については把握しているから大丈夫です。
ご馳走が遠のいたベアちゃんは、目を細めて見上げて来る。
「じゃあ、どうやって証明したらいい? ボクの腕前ってやつをさ」
「難しいことじゃない。俺を殴り倒してみな。出来ればの話だが」
少し機嫌を損ねていた森の熊さんに似ている系女子のベアちゃんは、再び口元に食欲由来の獰猛さを浮かべた。
「話がわかるじゃん。冒険者はこうでなくちゃ」




