女心とランダム生成ダンジョン
街を歩きながら聞いたら、ユッキーはどうやら俺と一緒に脱出ゲームをしてみたかったらしい。
「すまんすまん、協力プレイをしたがっていたとは思わず」
「んも~、マウスはゲームの楽しみ方が、こう、なんていうか、シンプル! 情緒、情緒が足りない!」
「情緒、大事。マウス、学習した。ところで、脱出ゲームの情緒ってどんなんだ?」
「それはもう……ほら、あれだよ、あれ」
「ああ、あれね、あれ。わかる、わかる。情緒が山盛りだよね、あれ」
情緒ってつまり、めっちゃテキトーってことだな。
俺が会話スキップしようとしたことに気づいて、ユッキーが待ったをかけて頭を捻りまくる。唸り方からして四回転半はしたな。
「んあ~、ほら! えっと、ほら! ホラゲーで、舞台の廃屋とかに到着して、即行で出口に向かうこと出来るやつ、たまにあるじゃない?」
「ああ、はいはい。初手で出入り口に向かうと、帰りますか?って選択肢が出るやつ」
「それそれ。それでいきなりハイを選んで脱出! 謎もホラーも一切ないままゲーム終了! ほらもう、情緒の欠片もない!」
「でもそれ、笑いはあるんだよな」
「それね! 一発ネタだけど面白いよね!」
あっはっは、と笑いながら、今の会話内容から、要素・情緒を分析する。
「つまり、ホラーゲームであろうと、見えている地雷を踏みに行くのが情緒、というわけだな? 明らかにこの先行ったらやべーってところに突撃かまして悲鳴上げる系の情緒」
「まあ、そうね? うん、そんな感じ」
「じゃ、次のユッキーの実況プレイ、ホラー期待してる。見えてる地雷を踏みに行って貰おう。死にイベとか隅々まで味わってくれるんでしょ?」
「ええ!? やだ、恐い! 回避できるなら恐怖演出なんて踏まないよ!」
「情緒が大事なんじゃないの?」
「それとこれとは別!」
思っていた情緒と違う。情緒っていうのはやっぱり難しいもののようだ。
人の心の産物に相応しい、複雑怪奇さでござるな。人の心はランダム生成ダンジョンに似ている。覗く度に配置が変わるし、攻略中に変わったりもする。
しかもそう低くない頻度で、絶対にゴールに繋がっていない迷路も生成される。
難易度が高いっていうか鬼だな。調整ちゃんとして神様。
人の心の複雑性について論じあいながら、スクイ商会に入る。
いつも通り出迎えのシャロンと一緒に商談スペースで楽しいお買い物だ。
「む、新装備がないな」
アイテムリストの装備欄は、これといって更新されていなかった。
残念だ。残念だからいよいよ鎖分銅を購入することが出来てしまうな。
ニコニコを隠しながら残念そうに口にすると、シャロンさんも含みのある残念そうな顔で詫びて来た。
「申し訳ございません。流通が少々滞っていることもありますが……現在、我が商会が抱える工房が、大口の投資を受けて大物を鋭意開発中でございまして、一時的に新しい商品が入荷出来ない状況になっております」
ふーん、大口の投資ねえ。なんかイベントが進んでいるのかね。
大金を動かすっていうとシシ丸辺りのプレイが怪しい。でも、武具関係なら騎士のヘキサもありえそうだな。
あの二人は何やってんだろ、なんて思っていたら、ユッキーが脇腹を突っついて来た。
「ねえ、マウスがお財布ゼロ円になってたやつって、これ?」
「え? いやいや、違うだろ?」
だって、大口の投資って言ってたじゃん。
俺の所持金なんて……まあ、巻き狩りかトロール漁みたいな魔物殲滅活動の結果の収入だから、少ないってわけじゃないだろうけど、商会が大口って言うほどの金額には桁が足りないでしょ。
シャロンさんを見ると、にっこりと、美味しいスイーツを食べてご機嫌な女子の顔だった。
「マウス様は、ユキお嬢様とお出かけのご予定があるのだとか。その出発までには間に合わせますので、ご期待下さいませ」
「マジで俺のやつなの?」
「マジでマウス様専用の装備でございます」
「お、おう。そんな大金を入れたつもりはなかったんだが」
「いえいえ、武具一両として見れば破格の金額ですわ。工房の職人も、自分の仕事にこれほどの価値を見出してくれる方がいらっしゃったと、それはもう感涙することしきりで、前のめりに励んでおります」
それは何よりだ。楽しんで仕事が出来るのは幸せなことだよ。金くらいでやる気になってくれるなら安いものだ。
ゲーム内通貨だしな!
「それで、職人の熱意に負けないような高品質の素材を、わたくし共も提供したいと考えている次第でございます。……マウス様?」
おかしい。
さっき、シャロンさんの笑顔は美味しいスイーツを満足するまで食べ切った顔だった。
なのに今、シャロンさんは、ちろりと舌なめずりすること空腹の蛇のごとし。
「さらなる投資を頂けましたら、それ以上の性能の向上をお約束出来ると思いますが、お財布に余裕はございますでしょうか?」
効果音を鳴らして、販売アイテムリストが更新された。
俺の全財産とまたもや下一桁までぴったり一致する金額の商品は――
『続・職人への投資(ユニーク装備の強化・大)』
おごごご!
おのれエタソン神! 楽しいか! そんなに俺の財布を空っぽにして楽しいか!
楽しいよね。俺だったら絶対高笑いしてるもん。
俺の隣のユッキーでさえ、期待に満ち過ぎてレーザー出せそうな目で見つめているもの。
うん。買うよ。買うっきゃない。
ゲーム内通貨は投げ捨てるもの!
あと、個人的にちょっと楽しいのは、スクイ商会でお金を使えば使うほど、シャロンさんが見せてくれるいい笑顔。
なんつーか、やっぱり俺も男の子だから、綺麗な女性の幸せ顔は、無条件に嬉しくなるよね。
その点、ユッキーなんかいつも楽しそうに笑っているから、大変目の保養になってます。
「うおー! やった、本当にやりおった! マウスのお金遣い面白くて好きだなー!」
ほら、可愛い。
お金を財布ごと投げ捨てるプレイを生で見られて大興奮だ。
「でもマウス、ちゃんと貯金もしなきゃ駄目だよ? お金管理が出来る人が近くにいた方がよくない?」
「俺のお金管理は魔物がしてくれてるんだ。叩くとお金が出てくる」
ほら、貯金箱とか、壊さないと取り出せないやつあるじゃん?
俺にとって魔物はそれと同じようなものなんだ。
「叩くと出てくるお金で生活……闇金?」
ユッキーの呟き、間違えているとは言いづらい程度には共通性ある。
いや、でもそのものずばりっていうには苦しくないか。
「闇金っていうよりはカツアゲとか強盗とかの方が近いだろう? 別に元から俺の金ってわけでもないし、金目の物を持ってる相手につっかかっていくんだし」
「ドストレートに凶悪性が増したけど、それでいいの?」
「確かにー。ただの凶悪犯罪者だな。おかしい。世のため人のためになりながらお金も稼げるのが冒険者のいいところだと思っていたんだが」
「まあ、魔物を倒すのは皆に役に立つから間違ってないんじゃない? 敵の敵は味方ってやつ」
「うん、まあ、そうだな」
あれ?
敵の敵は味方っていう言い回しからすると、この場合だと俺は人類と魔物以外の何かってことにならない?
人類ではない俺は一体どこに分類されればいいんだ?
自分を見失いそうになってしまったが、シャロンさんの声で我に返った。
「お二人は仲がよろしいですね。見ていて微笑ましいですわ」
かなり素に近い話し方になっちゃってたもんね。
ユッキーと話していると、高校の部室にいるような感じになってしまう。
「ところで、マウス様、ヤマお婆様から伝言がございまして」
「ん? ああ、あのご婦人か。なんだろう?」
剥がれかけのロールプレイをかぶり直す。
マウスはクールな冒険者、マウスはクールな冒険者。
「はい。この街にある孤児院なのですが、そこの子達はよく冒険者になるのです。冒険者は後ろ盾もコネもなくなれる職業ですから、これは珍しい話ではないのですが」
「うむ。よく聞く話だと思うが、それが何か?」
お塩が孤児スタート決めた時に調べたから、このマウスも知っている。
「その孤児院の子達が、近々、冒険者ギルドに登録するつもりのようでして」
あ、ひょっとしてお塩と合流出来るかもしれない流れが来た?
興味ありますよーってフリをすれば、いいだろうか。
「ふむ。新人が妙な揉め事に巻き込まれないか、気にかけておけば……ん?」
このマウス、孤高の冒険者とか言って、冒険者ギルドにほとんど行ってないな?
冒険者ギルドに詳しいどころか、半ば喧嘩状態じゃなかったっけ。
いや、ていうかそもそもここの冒険者ギルド、まともな状態かどうか、結論出た?
「あー、ユキ? 男爵殿から、冒険者ギルドの件は何か聞いているか?」
「んー? なんも? マウスは聞いてないの?」
聞いてございませんね。
てことは、冒険者ギルドにシシ丸がくっつけた「まともな状態じゃない疑惑」は晴れてない。
「シャロンさん、今の冒険者ギルドに真っ新な新人が入るのは危ないかもしれない」
下手すりゃあそこ、敵の罠になっている。
そんなところに行かせるなんてお塩が危ない。お塩に何かあったら俺がヘキサとシシ丸にボコられる。
つまり、俺が危ない。
「そうなのです。マウス様のお話を聞いていたヤマお婆様も、それを気にかけております。とはいえ、資金が豊富とは言えない孤児院の子達に、稼ぐ機会を遅らせろとも言いづらく」
「まあ、言いよどむのも仕方ない。事情もやる気もある奴に、今は我慢しろと言っても、下手をすれば暴走するかもしれないな」
「はい。ですので、マウス様にその子達の手助けを依頼したいのです。名目上は、冒険者になるための実践的な修行や勉強。何度か狩りに連れて行って経験を積ませて頂けないでしょうか」
悪い話じゃない。
最初、冒険者ギルドに着いた時、孤児院の子達に修行をつける依頼を受けてお塩と合流する、という案があった。それが形を変えて今回って来たわけだ。
これは引き受けるべきじゃないかな。
そう思って、マルチプレイの基本、仲間に相談のコマンドを使用する。
「ユキ、どうだ?」
「いいんじゃないかな? あたし達が出発するまで時間あるみたいだし」
ユッキーも快諾だ。
うん、そっちのイベントが進むまでは、こっちをどうぞってことだよな。
「そういうわけだ。長期間は無理だろうが、しばらくは引き受けよう。ヤマ婦人とシャロンさんには世話になっている。格安で引き受けよう」
サービス精神あふれる申し出は、間違いなくカッコイイ主人公の言動である。
決まったな。
「マウス? 今、お金をびた一文も持ってないのに依頼料割引して大丈夫? 今日のご飯食べられる?」
所持金ゼロのカッコイイ主人公って存在できるんかな。
「……まあ、俺の主食は生肉だから、街の外でいくらでも収穫できるし」
「よしよし。マウスのお金管理はあたしがしてあげるからね。ちゃんと美味しいご飯を食べさせてあげる」
いやでも生肉を食べると色々と有用なスキルが手に入ったりするんだよ?
いいことばっかりなんだ。
「ええと、マウス様、依頼料についてなのですが……。ヤマお婆様が、星見トカゲが入荷したので、それでいかがでしょうかと、いうこと、なのです、が……」
シャロンさんが、めっちゃ気まずそうな顔をしている。
自分で所持金を巻き上げておいて、頼み事の依頼料が物納って、見方によっては嫌がらせに近いよね。
エタソン神、ちょっとは考えておいてくれない?
でも、星見トカゲはストックしておきたかったんだよね。
笑顔で引き受けちゃう。
「当分は生肉生活だな」
「マウス、知ってる? 今マウスの仲間に男爵令嬢がいるんだけど、お嬢様がそんな食生活すると思う?」
毒耐性が手に入るならいくらでもするべきだと思うけど?
貴族にこそ必要そうなスキルじゃんか。




