粉砕する者
即行魔法真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす!(全物理・全人力)
とはいえ、祭壇の上にいる人間に殴りかかるのには、いくら魔法でも時間はかかる。そもそも祭壇の足元まで行くのにもダッシュする必要があるのだ。
その移動時間に、敵パサンも戦闘態勢を取った。
執事服が黒い靄をまとったと思ったら、その顔に黒い山羊ドクロのマスクをかぶっていたのだ。
虚ろな眼窩で燃えるのは青の炎。流石の俺でもこれがどういうことかわかるぞ。
こいつ、邪神官ツィーゲの同類だ。
あれ? ていうことは、ひょっとしてツィーゲ並みに強い?
さっき大見得切ったけど思ったより手こずりそうじゃない?
ていうか、俺のレベルは上がったけど、ツィーゲはまだ格上説もある。
そんな疑惑の敵が、祭壇の最上部から跳躍した。
その手には、黒い靄から生み出された一振りの曲刀。思ったより普通の武器だな。ツィーゲみたいな色物が出て来るかと思ってワクワクして損した。
上空から落下してくる敵、下にいる俺。この状況下でやって来る攻撃っていわゆるジャンプ斬り(縦方向)でしょ。
「ぬる過ぎる」
半身になって斬撃をやり過ごしつつ右アッパーを送り込む。
ユニークスキル『蛮勇のイージス』によって、神の祝福が乗った拳が黒ドクロの仮面に突き刺さる。素晴らしいクリティカルの手応えなのでちょっと期待したけど、ドクロ面は壊れなかった。
流石にボスエネミーが開幕ワンパンキルはないようで、吹っ飛んだパサンは空中で態勢を整えて着地する。
「くっ、冒険者風情と思っていたが……!」
「そんな読みやすい攻撃は絶対に当たらんぞ。せめてツィーゲみたいに背後から不意打ちくらいしないと」
真正面からの攻撃だと、俺はまず直撃してやれない。ただし範囲攻撃はやめろ。男の子だろ、正々堂々拳骨で勝負しようぜ。
挑発すると、黒ドクロのお面の下から歯ぎしりが聞こえた。
「ツィーゲの負け惜しみと思ったが、本当に実力があるようだな」
ああ、やっぱりツィーゲのお知り合いだったのか。
それはそれは、こちらも気合いを入れてご挨拶せねばならんな。
「ツィーゲには楽しませて貰った。お前も楽しませてくれるんだろう?」
「私はツィーゲほどイカレてない!」
それは残念。ツィーゲのあの見た目でバトルジャンキー設定、大好物なんだけど。
突進からの曲刀薙ぎ払いを後ろに退いてかわすと、そのまま前に前に斬り込んで来る。
やっぱりかなり速いな。ステータス差があると見た。
避けきれず、パリィも駆使して攻撃を受けるが、重い。気軽にカウンターを狙えないな。
でも、剣ってゲーム業界じゃポピュラーな武器じゃん? 一番使うキャラ多いじゃん?
斬られまくってどんな攻撃が来るかは体が覚えている。カウンターを気軽に狙うことはできないが、普通に狙うことはできる。
曲刀の振り下ろし攻撃が、若干攻撃動作が大きい。その大きな振り上げ動作を狙って、一歩踏み込んで柄を殴り上げる。ほーら、強制万歳ポーズだ、楽しい楽しい。
喜んでいるパサンの鳩尾に左拳を入れて、くの字に身を折って下がった顔面に右アッパーをプレゼント。苦し紛れに振り下ろされた斬撃は悪手なので、腕を取って背負い投げしてやった。
「こんなものか? ツィーゲは比べ物にならんくらい強かったぞ」
見下ろしながら、つい呟いてしまう。
武器の相性が悪いから、もうちょっとパサンのレベル上げてもいいぞ、エタソン神。
パサンがせめて槍だったら、間合いの広さでもうちょっと苦戦したかもしれないけど、あんまり大きくない曲刀だから歯応えが足りない。手数や小回りで勝負するとなると、格闘攻撃の方がどうやっても有利だから、とっても残念な結果に。
そう考えると、武器の相性からして、ツィーゲ戦は難易度高すぎたな。
「お、おのれ、封印を破るために力を割いていなければ、お前など」
「コンディションを言い訳にするとはな、戦士として恥ずかしくないのか」
しかも封印を破るとか、どうせ自分でやったんでしょ。言い訳するんじゃないよ、いい年して、子供じゃないんだから。
いいから、ほら。早く本気出して。
どうせツィーゲみたいに第二形態あるんでしょ?
「いいでしょう! 封印の前にお前を倒さなければならないようですね!」
こういうもったいぶった展開って割と好き。最初から本気出せよ、とツッコミたい気持ちも含めて、ゲームしてるー!って感じがして楽しい。
パサンの黒ドクロ面の眼窩の炎が、青から紫に変わる。体の周囲に、黒い靄が再び発生して、曲刀に絡みつく。
ふむ、武器強化か? それならあんまり恐くないかな。あの剣捌きでは直撃なんか貰わんぞ。
「行くぞ! 我等の恨みを思い知るがいい!」
この攻撃も軽く捌いたら、「いつ思い知らせてくれるんだ?」って煽りに煽ってやろうっと!
性格の悪いことを考えていると、パサンは最初と同じように突進して斬り込んで来る。速度は変わらないので、ステータスの向上はなしと推測。
これは本当に相性が残念だったか。
振り下ろされる斬撃を普通にパリィしたら、HPゲージがゴリッと削れた。
まさかこんなイージーな攻撃を失敗したか、と驚きが過ぎるが、そんなはずはない。ちゃんとタイミングも角度も問題なかったはずだ。多少のズレがあっても、ユニークスキルの効果があれば、こんなダメージを受けるはずがない。
俺の方の問題ではないとすれば、敵の方の事情だ。さっきの黒い靄、武器強化だと俺は看破していた。
再度の斬撃に、もう一度パリィを合わせる。
やはり、防御行動を取ったとは思えない――しかも達人マウスによるパリィとは思えない――ダメージが入った。
「接触ダメージか」
「その通りだ! この国に滅ぼされた一族の怨念を呪詛化している、触れただけでも死に至ると思え!」
エタソン神ンンンゥウウウ!? あなた俺のこと嫌い過ぎませんかねー!?
難易度跳ね上げ過ぎでしょこれは! ダメでしょこれはいかんよ近接格闘職に敵の攻撃を防御すら許さぬって完全に殺しに来てるやつ!
俺とパサンの相性悪すぎぃ!
え、ちょっと待って。その接触ダメージ効果って武器だけだよね?
パサンのボディにはくっついてないよね?
とりあえず、パリィではなく回避してから、横っ面にジャブを打ち込んでみる。
よしっ、接触ダメージなし! 攻撃が普通に通るならまだいける!
曲刀の間合いより内側に入って、コンビネーション・ブローを華麗に叩き込む。
パサンの攻撃が凶悪化したので、受けに回った方がダメージはかさむ。カウンター狙いの戦闘スタイルではなく、ガンガン攻めていく速攻スタイルだ。
後の先が得意と言ったが、それしか出来ないとは言っていない。単に好みの問題で、実のところ先の先戦法も好きだぞ!
マウスはバトルに関して好き嫌いなし! 偉いでしょ?
よい子の見本とも言える俺は、元気に拳骨振り回してパサンを一方的に(防御時に接触ダメージ貰っているけどパリィ自体は成功しているから実質ノーダメ超理論)殴っていたのだが、パサンの様子が変わった。
全身から黒い靄が滲みだしている。嫌な予感がしたので、ブルスマッシュで吹っ飛ばそうと拳を振り上げたら、一瞬早く黒い靄がパサンの全身を覆った。
くっ、遅かったか。しかしこのマウス、振り上げた拳はとりあえず振り下ろすと決めている。たった今決めた。
「食らえ、ブルスマッシュ!」
パサン君、豪快に吹っ飛んだー!
けど、ぐわー! 殴ったのはこっちなのにHPが減った! これ全身に接触ダメージのエフェクトまとったな? この格闘殺し!
「フ、フフ、ど、どうだ……ぐふっ! これで、お前の攻撃は、通用しない!」
勝ち誇るパサン君がむかついたので、真っ直ぐ行ってぶん殴っておく。
「何て言った?」
馬鹿め。俺の攻撃が通用しないんじゃなくて、お前を攻撃すると俺もダメージを食らうだけだ。回復さえ足りれば普通に殴り倒せるぞ。
「がふっ、ぐふっ……こ、この、正気か、貴様!?」
ええ? 復讐に人生を捧げるようなキャラから正気を疑われるの?
すごく心外です。傷つきました。これはもう攻撃ですね。
言葉の暴力に対してもカウンターしてやる、食らえ、心外パーンチ。
「ぐっ、がっ、うううぅ……!」
さて、勢いだけで二発食らわせたけど、実際まずいな。
とりあえず、今は回復ポーションを飲んで回復するけど、被ダメージが大きい。
このペースでボスのHP削り切るのと、俺のHPがなくなるのどっちが早いって聞かれたら、ちょっと分が悪いなー。
「ふうっ、ふうっ、ぐぐぐ……!」
武器的にユッキーにしばいて貰えばいいんだろうけど、お願いしてもいいものかどうか。
「ぐっ、あぁあああ……!」
ところでパサン君、なんだか勝手につらそうだけど、どうしたの?
人が考え事してるんだから、もうちょっと静かにしてくれない?
マナーの悪い客に対する視線を向けた先、不健康な感じに血管が浮いて気持ち悪くなったパサンが四つん這いになっている。あ、吐血した。
「パサン!」
ユッキーが口を押えて悲鳴のような声をあげるという、完璧なご令嬢ムーブを決めた。
すごい。これにはパサンも心を動かされたようで、血を吐きながら口元を歪める。
「ふ、ふふ、愚かに見えるでしょう? 一族の怨念を集めた呪詛は、末裔であるこの身でさえ蝕むのです」
「だったら、そんなのもうやめなよ! 攻撃して来なかったら、あたし達も攻撃しないから! ねえ、マウス、そうだよね?」
まあ、そうね。ただ一方的なのはゲーム的につまんないから、わざわざ殴らなくていいかな。
頷いてやると、ユッキーは泣きそうな顔を輝かせ、パサンはふっと力の抜けた笑みを見せた。
「お嬢様は、本当に、能天気なのですから」
次の瞬間、パサンの体が跳ねる。
素晴らしい躍動だ。それまで膝を突かせていた苦しみ――呪詛の反動かな? まあ、知らんけどとにかく――痛苦に引き絞られた不吉な矢のような勢いで、男爵令嬢へと襲いかかる。
乾坤一擲、死力を振り絞っての一矢といったところか。
残念だったな。
ユキ・イデルを守っているのが凡百の護衛であれば、それは十分に届いただろう。シナリオ的な意味で。
しかし、今日この時、守りはこのマウスである。
俺の手にかかれば、死神の放った矢だろうが、ただの骸骨が放った矢に成り下がる。
わかるか。骸骨は弓を引く筋肉がない。つまり、ただの骸骨の放った矢なんて飛ばないんだ。なのにどうしてゲームの骸骨エネミーって普通にスケルトンアーチャーとか出て来るんだろうね。
あれって一体どこ筋で動いているの? 背筋も胸筋も腕筋もないよね?
積み上げた疑問は防壁となって相手の攻撃の意思を概念的に防ぐ。
もちろん嘘だ。単純に、ユッキーの護衛としてのロールプレイをしていたから、この最後の悪あがきにも備えていただけのこと。
ゲーマー的未来予知によって、パサンの命をかけた斬撃は、丁寧なパリィに弾かれ、返しの手刀が心臓を貫いた。
間違いなく命に届いた。
ドクロ面から、不気味な炎が消える。
虚ろな眼窩の奥に、人の眼が現れた。
「この、呪詛を前に、ただの一度も、防御も、攻撃も、乱れないとは……」
驚いたというより、呆れた調子のパサンの眼が、真っ直ぐにこちらを見ている。
「世の中、受け損なえば即死の攻撃なんぞいくらでもある。お前の攻撃に恐怖するには、その呪詛程度じゃ軽すぎる」
「その程度のものか。我が一族の恨み辛みは」
「その程度のものだ。振り回して楽しめる奴を、俺は何人か知っている」
お前な、大人気のプロゲーマーとかすごいぞ。
嫉妬や憎悪を万単位で受けて、それが賞賛のシャワーだって気持ちよさそうにゲラゲラ笑う奴とか普通にいるからな。奴等は、アンチの罵声もゲームの楽しみだとのたまうから。
「お前も、その一人か……」
「まあな。これでも、負けよりも勝ちが多い人生だ」
上には上がいるけれど、俺もそうであろうと胸張っているよ。
ロールプレイ混じりに、プレイヤーとしての意気を込めて答えると、パサンの眼が笑った。
「頼もしいな。お嬢様を、頼んだ」
「そいつは依頼か、敗北者」
「そうだ。容赦のない勝利者よ」
その言葉を言い終えると、パサンはエフェクトを残して消失した。
お嬢様を案じているなら、そっちに最後の台詞を残してやりゃいいものを。そう思うが、裏切った相手に対する最後の誠意と取れなくもない。
憎まれ役は憎まれ役のままということか。
悪党の美学かな? 見習うところはありそうだ。
「さて、ユキ・イデル嬢。これからどうする?」
あの水晶玉とか、男爵家の使用人が敵だったとか、割と重要な情報が手に入ってしまったわけだけど、これどう扱えばいいのかね。
まず目の前の水晶玉って、このまま手に入れていいアイテム枠?
振り返ってパートナーに尋ねると、男爵令嬢は泣いていた。
目をぎゅっとつぶって唇を嚙みしめてのガチ泣きである。ふぐぅ、って感じ。
『ユッキー、ユッキー。あのね、あのね、めっちゃ困るから泣くのちょっと後にできない?』
『むりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい』
『オーケー、わかった』
こりゃ無理だわ。え、どうしよう。
『とりあえず、両手で顔を覆って泣きな? ご令嬢ムーブ、ご令嬢ムーブして。あとは、ええっと、余裕があったら強敵を倒して経験値やアイテムを貢ぐんだけど、絶対ここ今は非戦闘エリアだよね』
いかんぞ。このマウス、戦闘以外はとても無力なのだ。
非戦闘エリアとかそれすなわちマウス最弱縛り。
『マウスー、マウスー、マウスー』
『はい、こちらマウスー』
ユッキーの無理さを象徴するように、チャットの内容が単語だけになっておる。
『慰めてー』
『難易度高いお願いちょっと厳しい』
『慰めてー』『慰めてー』『慰めてー』『慰めてー』『慰めてー』『慰めてー』
連打やめなさい。
しょ、しょうがないなー。慰めるかー。でも、どうやって慰めようかなー。
物語ならそっと寄り添って肩を抱くとか、イケメンにのみ許されるムーブとかあるんだけども、ただの部活仲間にそんなことした日にはセクハラ通報待ったなしである。
いや、これロールプレイだからセーフか? 演劇部員が台本に従って抱きしめるくらいはあるだろうし……。
でもこれ台本ないからなー!
とりあえず、そばによって、肩を抱くのは難易度が高いので、肩に手を置く。
「悲しいのはわかるが、あまり泣くのも奴に悪いだろう。あいつは自分で選んで、敵として立ちはだかった。最後まで、お前に詫びず、許しも請わずに、倒れた。その意地を、あんまり涙で濡らしてやるなよ」
言葉をかけると、涙で濡れた顔が見上げて来る。
くっそぅ、可愛いなユッキーのアバター。マジでご令嬢。これは再生数が伸びるわ。
頬を伝う涙を、指で拭う。
「俺にとっては護衛の敵で、仕事の迷惑だったが、涙で憐れむほど弱い奴ではなかったぞ」
ユッキーの可憐さにテンション上がってやったけど、これはセクハラにならないよね?
気障な奴~で笑って済ませられるレベルで済んでる? セーフ?
悩んでいたら、ユッキーの方から俺の胸に飛び込んで来た。背に腕が回され、ぎゅっと抱きしめられる。
「ありがと……。ちょっと、このまま……」
これはセーフ判定ということでよろしいな。
俺はホッとして、男爵令嬢の頭を軽く撫でてみた。
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シナリオ『秘宝探検』をクリアしました。
以下のイベントフラグを達成しています。
『男爵令嬢探検隊!』>『強行突破探検隊!』>『不思議粉砕隊!』
『パサンの陰謀』>『パサンの陰謀阻止』>『パサンの勝者』
『秘宝の封印』>『秘宝に残る影』
『孤高の冒険者』>『男爵令嬢の守護者』
『名声上昇:孤高の冒険者エクスマウス』
『友好度上昇:冒険者ガルム、イデル男爵、シャロン』
『特殊行動:〝謎は砕くモノ〟遺跡の謎解きを物理的に粉砕した』
『特殊行動:〝パサンの勝者〟裏切りの執事から大事なモノを託された』
『特殊行動:〝名コンビ誕生〟出会ったばかりで素晴らしいコンビネーションを見せつけた』
『特別達成〝安全地帯〟数多の敵と戦い続けて来た両腕、その内側が安全であることを男爵令嬢が認めた』
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あ、場面転換が入った。
不慣れなロマンス展開が終わったことにホッとすればいいのか、結局あの神秘的な水晶はどうするか気になるとか。ちょっと複雑なところはあるけれど、ゲームマスターが終了と言ったら終了、それがゲームだ。
ところで、探検隊のイベントフラグが最終的にバスターズになってるんだけど、一体どうしてそんな評価になったのか、不思議である。
とりあえず、今日はもう遅い時間だ。ユッキーに、グッドゲームを送って眠りにつくとしよう。
謎解きギミックで頭を使ったから、このマウス、いつもより疲れてしまったよ。




