結成!男爵令嬢探検隊!2
「わかった! あの大岩があれで、泉がそれだから、遺跡はあっちだと思う! 絶対あっちだ!」
しばらく迷った後、ユッキーが力強く宣言したので、俺はその真逆に進むことを提案した。
「このパターンのユッキーは絶対に逆引きする。散々プレイ動画で見て来た俺にはわかる」
「えっ、マウスってば、そんなにあたしのこと見てたの!?」
「そりゃもう、あまりのミラクルっぷりに釘付けだよ」
我がゲーム部が誇る人気ゲーム実況者ユッキー。
その二つ名であるミラクルの由縁は、「勝ったな、ガハハ!」からの敗北を決めるし、「これもう負けだな、トホホ」からの勝利を決めてきた実績による。
実質一本道で迷うとか、目の前に落ちているキーアイテムを見落とすとか、もはやスーパープレイだよ。
そのくせ隠しアイテムをあっさり見つけたり、廃人垂涎のレアドロップを一発でゲットとか、ふり幅が半端ない。
冗談やろと絶叫と爆笑を提供するリアルラックの圧倒的パワーだ。
そりゃ実況プレイも人気が出る。
「そ、そうなんだー、釘付けかー」
「そうそう。だから、あっち行ってみようぜ」
いいよーとふわふわした声になったユッキーの手を引っ張って、ちょっとだけ進むと、そこに遺跡はあった。
本当にちょっとだぞ、エンカウントすらなかったくらいにちょっと。
危ない。目の前に来ているのに真逆に遠ざかるところだったんだ。
流石だぜ、ミラクル・ユッキー。
しかし、古代遺跡か。
こりゃ地下遺跡だな。石造りの入口だけが地上に出ているって感じ。
「結構、がっつりと遺跡っぽい雰囲気あるな? 東南アジアとか、その辺の森に呑まれた遺跡っぽい感じっつーの?」
「そだね、ちょっとデザインがオリエンタルっていうか……でも、あの塔みたいなのに彫られてるの、熊だよね。熊ってオリエンタルに入るのかなー」
「え、マジ? あの厳つい大口を開けてるの? 鬼的なやつじゃなくて?」
「多分? ちょっとデフォルメされてるっていうか、こう、狛犬的な魔改造されてるから、言い切れないけど……なんかイデルの街って、熊を神様的な扱いしてるんだよねー」
「熊がねえ……。あ、そういや、あの熊も森の主的な扱いされてたな。まあ、エジプトの猫とか、鷲とか、そういう感じで熊を拝んでるって設定かな」
以上のゲーマー的考察から導き出される、この中に待ち受けているものは……。
「熊型モンスターだな! 多分、あの掘られた熊の像があって、それが動き出すパターン。え、ってことは石か。打撃特攻がワンチャンあるぞこれ!」
「ドストレートすぎる。やっぱり遺跡には虫系とか骸骨とか……気持ち悪ぅ! ぎゃーっ、ムカデとクモはやだよぉ!」
自分で言って自分で想像して自分で鳥肌立てるユッキー。
エコな自爆だな。
「ま、中に入ればどっちが正しいかわかるだろ。早速行っちゃう?」
「クモとムカデは任せた……。あ、あと、生々しいゾンビもよろしく」
「流石にこの手の遺跡で腐った死体はないんじゃないか? いたとしても、干乾びたスルメ的な感じになってそうだが」
「それはスルメに失礼じゃない?」
「んじゃあ、ジャーキー」
「失礼の先が変わっただけじゃん」
素晴らしくどうでもいいことを討論しながら、俺達は遺跡の中へと踏み出すのであった!
なお、このシーンを後日確認したシシ丸とヘキサは絶叫した。
どう考えてもユッキーのゲームイベントが探索寄りなんだから、もっと周囲を確かめて注意深く中へ入れと、それはもう正論による暴力だった。
たとえそれが正論であっても、俺は暴力には絶対に屈しないがね。
遺跡の地上部分は、一応広間になっていて、広間の奥に地下への階段が口を開けているという趣だ。
「見ろよ、ユッキー。熊らしき何かの石像がたくさんだ。やっぱりあれ動いて襲いかかって来るって」
「いやいや、見てよ、あちこちにあるクモの巣。絶対クモ型モンスターが出て来るって……出て来て欲しいわけではないからそこんとこよろしくぅ!」
それぞれお互いの予想を補強しながら、地下へと踏み出す。
カッツンカッツン良い音を響かせていくと、陽の光も徐々に届かなくなり、底から這い上がって来るような闇が俺達を包みこむ。
不吉な予感に、俺は片手をあげて、これ以上進むことを止める。
「ユッキー、灯りが必要なエリアだこれ」
松明的な物がないと、見えなくなるまで暗くなる予感がする。
当然ながら、金欠の上、遺跡探索の予定がなかった俺はそんなもの持っていないぞ。
「え、それは考えてなかったよ。ええと……いや、大丈夫! シャロンさんが用意してくれてるはずだよ! 唸れ、あたしのアイテムリスト!」
「そうだね。ユッキーの用意より、シャロンさんの商売だね。リストから探すのは、松明とか、ランタンとか?」
「魔法的なやつが良いなー。一度起動させれば手で持ってなくても大丈夫なの」
「いやー、そんな便利なのあるか?」
夜の森でさえ灯りが必要なかったのだ。
このゲームは基本的に、暗くて見えない、という状況は発生しない設計だ。それが必要になったということは、これはその不便さを強要するイベントの可能性が高い。
「あ、あったあった。じゃじゃーん、松明!」
ポケットに手を入れてアイテムリストを見ていたユッキーが取り出したのは、普通の松明だった。
「残念、常に持っていなきゃ駄目そうな松明だね」
「そうだと思った。……いや、待って、なんでこっちに差し出すの?」
ほら使えよ、とばかりにユッキーが松明を突き出して来たので、両腕をクロスさせて拒否する。
「やっぱダメ?」
「徒手空拳で前衛を張る俺に、片手をふさげと?」
「後衛の鞭使いに片手をふさげと?」
「さっき片手で鞭振ってたじゃん」
「うん、システムアシストのおかげで普通にできるんだな、これが」
「じゃあいいじゃん。ユッキーが放つ光で俺達の行く先を照らしてくれよ」
まあ、光は松明から出ているんだけど、ユッキー自身が光属性の明るさを持っているから、そういう魂的なシンフォニーもあるよ、多分。
「……なんかカッコイイね、それ」
「せやろ。で、その代わりと言うか、ちゃんと前衛で守ってやるから」
「んっ、連続でカッコイイこと言うじゃん。あたし畳みかけられちゃうよ? 絶対守ってよね、マウス」
「ああ、だから、お前は安心して松明持ちながら鞭を振ってくれ」
「そこで甘い言葉を言えたら、男爵令嬢がときめいちゃったんだけどな?」
でも、鞭を振るうでしょ?
真実に即した発言を心掛けているだけだよ。
早速、ユッキーが松明に火をつけて、地下へと続く階段に光りが差す。
どうやら、松明が必要になる辺りで降りは終わりのようだ。払われた影の底に、階段の終わり、広間の入り口が見える。
「よっしゃ。多分この先から本格的な戦闘だな。俺のゲーマーセンスがそう囁いているぜ!」
「わー、がんばれーマウスー! あたしに経験値の分配よろしくねー!」
「とりあえずファーストアタックは譲るよ。ラストアタックはなるべくだな」
これから獲る皮算用をしながら、意気揚々と広間へと乗りこんだ探検隊を待ち受けていたのは、足元の喪失。
――そう、トレジャーハンターにお約束の試練、落とし穴である。
バトル脳だったこのマウスには完全に盲点だった。
「キャーっ、落ちるー!?」
一緒に落ちているユッキーが素晴らしいリアクションをしている。
俺は下の方を見て地面までの距離を確認……そんな余裕があるくらい落下時間があると、人間が耐えられる高さじゃなくない?
そう、現実ならね!
これゲームだから!
「ユッキー、着地まで推測あと五秒!」
「はっ!? え! なんて!?」
「着地準備ー! ごー、よーん!」
「えーっ、ムリムリムリー! 助けてマウスー!」
お呼びとあらばこのエクスマウス、護衛としてお助けいたそう!
いやまあ、声かける前から、ユッキーがこのタイミングで着地準備は無理だろうなと思っていたから予定通り。
さーん、のカウントでスキルのスプリントステップを発動する。
短距離移動を補助するこのスキル、なんと落下速度の調整もできるぞ!
ステップ踏めない空中なんですがそれは? なんて細かいことは気にするな!
ユッキーより一足先に着地して、ばばっと地面を転がる。
衝撃を分散するのと同時に、ユッキーの落下地点へと滑りこむ完璧なムーブだ。
「オッケー! カマ――んぶふっ!?」
ユッキーの落下ダメージは、下敷きが生まれたことによって軽減・転嫁されて、エクスマウスのヒットポイントで支払った。
「お、おぉ、助かった!? セーフ!」
人を尻で押し潰した男爵令嬢がなんか言っているけど、セーフの基準が知りたい。
明文化されてる? 気分次第なんじゃないの?
ていうか、身代わりダメージが結構えぐい。
これ、ユッキーがそのまま落ちていたら死んでいたのでは?
受け身もろくに取れていなかったから、低レベルでは即死判定だったように見える。
「ユッキー、上からどいて……。回復ポーション飲まないとやばいくらいダメージ入った」
「え? あ、うん、ありがとありがと。はい、これポーション! 世話になったお礼に、あたしの奢りだ、とっておきな!」
酒場の厳ついおっさんみたいなノリで、ポーション瓶を差し出す男爵令嬢。
キャラどうなってんだ君、エタソン神もこれには苦笑いなのでは。
「ユッキー、松明拾って。手に持っていないと周りが見えないみたい」
「ほんとだ、めっちゃ暗い。オッケー。それでは、ここは一体どこなんでしょうか、ドドン!」
ユッキーが松明を拾い上げると、周囲が見える程度に明るくなる。
四角形の、そこそこの大きさの広間に落とされたらしい。
脱出させる気はあるよ、とばかりに出入り口がぽっかりと空いている。ただし、そう簡単には出られないけど、とそこかしこで起き上がる気配。
これは罠にかかったために戦闘イベントが発生した予感だ。
さて、古代遺跡の第一モンスターは熊か、虫か、死体系か!
「んん? 山羊ドクロ?」
活動時間がかぶっているご近所さんくらい見慣れた感のある、青い炎を眼窩に揺らす山羊ドクロさんじゃないっすか。
ちーっす、こんなところまでご苦労様でーす。
ところで、これは死体系に分類して良いんだろうか。
えーと、邪霊が憑依してるんだったっけ? すると死体系とは言えない気がするけど、どうも憑依しているのがこれまで遭遇した狼やゴブリンと違う。
見た目は、狼やゴブリンなのだが……どいつもこいつも、体が傷ついていて、足が折れていたり、内臓がコンニチワしている。
実質見た目は死体系。
それもユッキーが嫌がるゾンビ。
「うええぇ、気持ち悪い……。ゾンビはないって言ってたじゃん、話がちがーう!」
「いや、これは俺も予想外だし。うーん、この遺跡って山羊ドクロの拠点かなにかだったりするのか? ていうか、この古代遺跡のこと調べてたのはユッキーでしょ。敵の情報とかなかったの?」
「えーと? なんか、イデルの街が昔に拝んでた守護神がうんちゃらかんちゃら」
「うんちゃらかんちゃらかー」
なるほど。
アバウトに漠然とした非常に素晴らしい説明によって、大体わかった。
「とりあえず、山羊ドクロは敵だし殴ればいいか。ユッキーも経験値欲しかったんでしょ、稼ごうぜ」
「遠くからちくちくしばきたいので、前衛よろしくお願いします!」
任せたまえ。
ここで見た目ゾンビの連中をユッキーに近づけたら、多分セルフ状態異常・発狂になって鞭が乱舞するからね。
自衛のために気をつけて敵を殴って行こう。
「おらー、金寄越せー!」
「経験値! 経験値寄越せー!」
なお、アンデッドっぽい山羊ドクロシリーズは、敏捷さが下がった分だけ耐久が上がっている感じで、非常に殴りがいがありました。
程よいサンドバッグ!




