結成!男爵令嬢探検隊!1
スクイ商会にお姫様抱っこで突入すると、いつものようにシャロンさんが出迎えてくれた。
「まあまあ、ユキお嬢様にエクスマウス様。当店の上得意様が連れ立ってお越しだなんて……今日は婚礼衣装のご注文でございますか? ああ、その前に婚約の品を交わしませんと」
うーん、会話事故。
そりゃあ若い男女がお姫様抱っこで来店したら、こういう会話が発生するフラグも立つわな。
「おい、どうするんだ、この会話。下手するとマジで結婚イベント発生するぞ」
「え? ええと、やっぱり婚約の品は指輪がいいかなって……。あ、マウスの家は宗教って気にする? 結婚式は、神前より教会が良いなって。やっぱりほら、ドレスが着たいなぁ」
おいバカ、これ以上そっちの方にフラグを立てるのやめろ。
国盗りっていう目標をどうするつもりなんだお前。
あと、この西欧風ゲーム世界に神前と教会ってほぼ同じ意味だろう。
八百万的な神社とか……いやあったわ。明らかにジャパニーズアイランド風のDLCがあったわ。
「冗談言ってる場合か。何か用事があるからここに来たんだろうが、ちんたらしているとお迎えが来るぞ」
「むむ、冗談ってわけでもないんだけどな?」
ええ? ユッキーのシナリオがどうなっているのか全然わからないでござる。
なんか複雑になっているんなら、ちゃんとミーティングで報告しよ?
びっくりマウスを放置して、ユッキーは「まあ、いいや」と腕の中から降りてシャロンさんに向き直る。
「シャロンさん。お願いしてた装備なんだけど、準備できてる?」
「はい、ご注文の品はきっちりと。遺跡探検パックでございますね?」
「そうそう! 丁度いい護衛が見つかったから、これから出発しようと思って!」
ユッキーが指さしたのは、エクスマウスだ。
ふむ、話が一気に進みすぎてよくわからんぞ。
「とりあえず、ついて行けばいいのか?」
「ついて来てあたしを守ればいいのだ!」
「護衛ミッションか。腕が鳴るな」
護衛の極意とは、敵を殲滅することだ。
敵がいなくなれば、護衛なんて必要ない。
つまり、狩って狩って狩りまくることこそ護衛の仕事である。そういうの得意です。
「マウス、あたしの一定距離から離れないでね?」
「なん、だと……? それじゃあ護衛対象から離れて敵を殲滅作戦が使えないのだが?」
「だと思った! マウスはいつもそれで後ろに湧いた敵に護衛対象がボッコボコにされてるじゃん!」
「だから護衛イベントって苦手なんだよね」
せっかくの戦闘なのに動きが制限されるのってストレスだよ。
そういうの苦手です。
「今回はあたしのプレイに付き合ってくれるって約束でしょ」
「まあ、一度引き受けたから付き合うけども」
冗談だよ、元から離れるつもりはなかった。
ホントダヨー。
んん、ユッキーの疑惑の眼差しをスルーして、ロールプレイに戻ろう。ほらほら、ゲームしよう、ゲーム。
「つまり、お嬢さんは護衛として俺を雇いたいということだな」
「そういうこと。行き先は、イデルの街に伝わる古い話に登場する古代神殿! これまでどこにあるか不明とされていたけれど、その手掛かりを我が家で見つけたの!」
うーん、トレジャーなハンターが必要になる予感!
モンスターなハンターであるところの俺は実に不向きっぽいぞ!
「魔物やら盗賊の相手は引き受けられるが、それでいいか?」
罠とか謎解きとかには役立たんぞよ。それでええんか? ええんやな?
そういう確認を向けると。
「オッケー、オッケー」
わあ、軽いお返事。
まあ、シナリオ的に初対面でも、ゲーム部員として互いのプレイスタイルは承知済みだ。そりゃあ返事も軽くなる。
我等ゲーム部が誇るイキアタリバッターリ(神聖エノク語)の精鋭よ。
「じゃ、シャロンさん。多分、実家から行き先聞かれると思うけど、護衛を雇って冒険に出たって言っておいて!」
「仕方ありませんね。くれぐれもお気をつけくださいな、お嬢様」
荷物をアイテムリストとして受け取ったユッキーに、シャロンさんは苦笑で答える。
その苦笑がこちらに向いて、深々と頭を下げられた。
「お嬢様のこと、くれぐれもよろしくお願い致します」
「雇われた以上は全力を尽くすのが、俺の流儀だ」
なんたってこれはゲームだ。
全力でやらなくちゃ面白くない。
****
「えーっと? こっちかな? 多分」
男爵令嬢探検隊のリーダー、ユッキーの道案内である。
すごい不安になるよね。
「なあ、ユッキーさんや、マップのナビはないのかい?」
「ないねー。古の地図と今の地図を比較した古代神殿行きのこの地図をアイテムとして使いながら、自分で道を探すしかないみたい。地図地図言い過ぎてチーズが食べたくなって来た」
「チーズはリアルでどうぞ。それはそれとして、場所探しから必要なイベントかぁ。ちなみに、その地図自体が間違っている可能性は?」
「あたしが作ったやつだからね。ありうる」
ようし、今日一日迷子で終わる覚悟はできたぞ。
鹿君を見かけたら生肉にしよう。
「ユッキー、火起こし道具あるよな?」
俺は生肉を食べても平気だけど、ユッキーはちゃんと焼いたの食べたいだろう。
「多分あるよー? シャロンさんに、探検に使う道具一式で注文出したもん」
「探検に使う道具ってどんなん入ってるの?」
「さあ? わかんないからシャロンさんにセットでお願いしたんだー」
賢くね? とご満悦のユッキーの笑顔が眩しいよ。
多分あれだな。本人も今、自分のアイテムリストがどうなっているのかさっぱり把握してない。
この雑さ、実にユッキー。
いいぞー、わくわくして来た。
ユッキーのプレイ動画を見ていると盛り上がる、ミラクルの条件が積み重なって来ているのを感じる。それに俺が今巻きこまれようとしている。
そう思うと、わくわくがぞくぞくに変わるね。
悪寒ってやつだ。
「ちなみに、ユッキーさ」
「うんー?」
「プレイ動画で召使いをしばいているのは見てたけど」
「その通りなんだけど言葉のチョイスに悪意を感じるね、それ。召使いをしばくて。いや、しばいてたんだけども」
「面白い表現を使っているつもりはあるけど、悪意はないぞ」
強いて言うなら、からかうという悪意だ。
「ユッキーの戦闘スタイルは、その魔法的な鞭でビシバシやるのでオッケー?」
「そうそう。魔法の杖の亜種って感じ? あの伸びるビームみたいな鞭に属性がついてたりするよ。火の鞭とか水の鞭とか出せる。一番使ったのはスタン効果つきの電気鞭」
「電気鞭という言葉から漂う拷問の雰囲気よな」
「貴族令嬢のヤバイ趣味。ゲームジャンルがホラーとかサスペンスになりそうだよね」
令嬢本人も自覚があった模様。
あ、いかん。戦闘時のための確認のつもりが、ころころと話がどっかに転がって行ってしまう。
「ええと、それでというか、つまりバトルスタイルの確認なんだが……結論として、ユッキーは前衛? 後衛?」
プレイ動画見ていた時から疑問だったんよ。
どう見ても立ち位置が難しい武器を使ってるなこれ、と。
ツィーゲの鎖分銅もそうだけど、どっちもできる、みたいな武器。
問いかけに、ユッキーは初めて考えた、みたいな顔で首を傾げた。
「……ひょっとして、中衛?」
「そう。めっちゃ難しい立ち回りを要求される武器っぽいんだけど、大丈夫ですかお嬢様」
前衛の動きを気にしつつ、後衛がどこにいるかも把握しないといけない。気にする方面が前後にいるという、並列処理能力とか視野の広さとかが必要になる。
マルチプレイにおいて、下手がやるならいない方がマシって言われるくらい。
当然、ソロのマウスこと俺はめちゃくちゃ苦手なポジションだ。
単身前衛、単身後衛、単身中衛とかならできるんだけどさ。
一方、ユッキーはコミュ能力が高いので、そういう点では前衛後衛の間を取り持つこともできそうなんだけど、あんまりアクション自体が得意ではない。
「……とりあえず今はあたしとマウスしかいないから、実質前衛と後衛だけで問題なし!」
「それは問題がなくなったんじゃなくて、先送りになっただけだぞ」
このイデルの街にはお塩がいるのだ。
なんか報告によると、順調に神官係のスキルを手に入れているらしい。つまり後衛型である。
「あと、前衛がいるのは変わらないので、俺にその鞭は当てないように」
鞭とか絶対に加害範囲が広いからね。
フレンドリーファイアが起きやすい。
「それは任せてよ! ……システムアシストに」
機械補正頼みかい。うーん、心配!
俺がジト目で見ると、可愛い笑顔で誤魔化してきた。
流石は貴族令嬢、あざとい。
「まあ、口で言ってもこういうのはあれだ、中々ね」
「そうそう。やってみなくちゃわからないよ。ピーディーシーエーってやつ!」
「おいおい、難しい言葉を使っていきなりお貴族様アピールかよ。なんだピーディーシーエーって」
「やってみてから考えようってやつだよ!」
「当たってぶち砕こう的なやつか」
つまり、イキアタリバッターリ(神聖エノク語)だな。
それなら実に馴染み深いぜ。
じゃあ、早速、当たってみるとしよう。
丁度、砕くに手頃な敵がやってきたところだ。
「エンカウントだ、ユッキー! とりあえず当たって砕くぞ!」
「オッケー、マウス! 背中は任せて!」
一歩前に出て前衛として戦闘態勢だ。
視線の先には、山羊ドクロをかぶった狼。
「行くぞ! おらー、金を寄越せー!」
「おらー、経験値寄越せー!」
言葉は違えど心は同じ、ぶっ殺す宣言と共に前に踏みこむ。
不慣れな後衛がいる場合、心得ておくべきことは何か?
答え、後ろにも敵がいると思って突撃すればよい!
心得に従ってちらっと後ろを振り向くと、ユッキーめ、早速鞭を横に振りかぶっている。
横だぞ、横。
敵に向かって走る前衛がいるのに、敵の周辺をまとめて薙ぎ払うつもりなのだ。
今日日、外道キャラだってもうちょっともったいぶってから誤射するぞ。
敵が狼型なので、狙いは下段だ。
下段だよね? 信じているぞ、システムアシスト!
腕の振りに合わせてジャンプする。恐かったので、余裕をもって高めに飛んだ足の下を、横薙ぎに通り過ぎる。
エフェクトがバチバチしているので、召使いをしばいた電気鞭かな。
無事にノーダメで着地。
山羊ドクロ狼はちゃんとスタンしているので、振り返ってユッキーに反則を訴える。
「ちょっとご令嬢~? 今のは避けてなかったら絶対に当たってたよね」
「当たってないからセーフ!」
「アウトだから言ってるの! なんで横攻撃したの、縦攻撃にしなさい!」
「だって縦攻撃は当たりにくいんだもん。横の方が当たるもん!」
そうだね、地上の標的には横攻撃の方が当たりやすいでしょうよ。
当たりやすすぎて味方にも当たるくらいだ。
「とにかく横攻撃多めでいくからマウスが避けてー!」
誤射前提でこっちに避けろと来たぞ、この護衛対象。
護衛任務って味方からの攻撃をしのぐ必要あるんだっけか。いや待て、横攻撃多めって言い方からすると、縦攻撃もたまに混じるんだな?
そんなシェフの気まぐれ定食みたいなノリで誤射予告されましてもねー!
「攻撃を止めると言う選択肢は?」
「やだ~、あたしも経験値が欲しい~!」
パーティ扱いだから地蔵みたいにデンと突っ立ってるだけで分配されるはずですけどね。
でもまあ、スキルアタックボーナスとかラストアタックボーナスとかもあるから、攻撃したいのはわかるけども。
俺がこの護衛の困難さに溜息を吐くと、ユッキーが再び攻撃モーションを取る。
はいはい、山羊ドクロさんのスタンが切れるんだな。
俺は後ろからの攻撃を警戒しながら、前方の敵に向き合った。
なんか俺が中衛みたいな悩みを抱えてないか?
前衛が後衛の射線を気にするのは普通のことではあるんだけど。
山羊ドクロの前に立って、攻撃するぞ攻撃するぞ、とやる気満々のシャドーボクシングを見せておいてジャンプする。
この変な儀式によって敵を拘束し、足元にユッキーの電気鞭を召喚することができる――訂正、今度は炎の鞭だった。
この儀式はランダム召喚らしい。
ホットな鞭でしばかれて悲鳴を上げた山羊ドクロに、せっかくジャンプしたので飛び蹴りもセットでサービスしておく。
ほーら、ご褒美だぞー。あ、倒しちゃった。
俺が振り返ると、予想通りというか、期待通り、男爵令嬢ちゃんが頭を抱えていた。
「あー! あたしの経験値がー!」
「いや経験値はちゃんと入ってるだろ」
「ラストアタックが欲しかった!」
「そこまで調整するのは厳しかった。ファーストアタックは入ってるはずだから、勘弁して」
「うん、知ってる。叫んだだけ。誤射を気にしないで攻撃できるだけですごく楽、流石だよね、マウス」
まあ、周りを敵に囲まれる状況は慣れっこだからね。
ツィーゲの不意打ちに対応できたのはまぐれじゃないのだ。位置取りとか物音とかで、これやばそう、みたいなのは無意識で判断できる。
「でも、初っ端から誤射ってたのはどうかと思うぞ」
「だって、こっち振り向いてたじゃん。あれはほら、俺ごとやれ、の合図かなって。あってたでしょ?」
「まあ、間違ってはいないかな?」
俺ごとやれ、と合図したのではなく、俺ごとやる気じゃ、と不安を覚えたんだけど、近いっちゃ近い。
あの時感じた気配は、そう、まぎれもなく殺気だった。
「でしょー? やっぱり相性ばっちりだね。目と目で通じ合うレベル!」
殺伐コミュニケーションも、そんなロマンス風味に表現することができるらしい。
流石は乱世の徒花殿だ、サイコパス指数が高い。
「ところでユッキー、戦闘挟んだけどマップ大丈夫? 方向を見失ってないよな?」
「もちろん! ……多分」
どうやらユッキーが持っているイベント用マップ、現在位置が表示されないタイプらしい。
これは遭難するな。




