JK男爵令嬢、参上!!
さて、楽しいミーティングをぐだぐだのまま終えて、自宅で部活だ。
……本当、ぐだぐだだった。
なんつーか、熊が強すぎたね。写真家マウスの才能爆発……いややはり木彫り界のレジェンドたる熊の偉大さか。
部活時間の九割方が、熊の写真の鑑賞会で終わってしまった。
最後は皆して笑い過ぎて疲れた、解散!って流れだったと言えば、どれほどかお分かり頂けるだろうか。
特にヘキサ。
一度沈んだ彼女は二度と浮上しなかった……。
帰る時はもう精魂尽き果てたみたいな顔になってて、軽くホラーだった。
大和撫子っぽい美人だから、俯いてふらふらしている姿は非常に恐かった。何人か動画や写真を撮っていた愉快なゲーム部員がいたくらいだ。
そんなわけで、第二シナリオの報告会だったはずなのに、なんかもう、俺以外はテキトーに一言二言だけで解散の時間になってしまった。
まあいいじゃん、それぞれが遊びつくした結果の出たとこ勝負ってのも面白くて。
そう言ったら、それもそうだな、と全員が納得した。
我等ゲーム部、楽しけりゃそれでいいのである。
シシ丸やヘキサは、段取りとか下準備とか結構こだわるタイプなのだが、今回のプロジェクト主導者ユッキーの意向ならばと乗っかるほどにはノリがいい。
……ミラクルのあだ名を持つユッキーの暴走プレイを止められない、という諦念がある気もするがね。四割くらい。
お塩もどっこいどっこいの感覚プレイヤーだから、ということでさらに四割ほど追加で諦めさせられたと思う。
残りの二割は、ひょっとすると俺かもしれんな。がはは。
そんな知能派二人の諦め合計十割が集まる街、イデルにエクスマウスはログインする。
――孤高の冒険者。そう呼ばれても否定せず、ひたすら強さを求めたあなた。そんなあなたに、声をかける者が現れ始める。以前のそれは敵になった。今度のこれは? 孤高の運命に寄り添うものか否か――
『先輩冒険者ガルムから、ようやく声がかかった。イデルの街を治めるイデル男爵が、先日の襲撃から救われたお礼を述べたいとのことだ。報酬の件もある。あなたは早速、男爵の屋敷に向かうことにした』
おっと、エタソン神のお言葉と、システムによる状況説明のお言葉だ。
シナリオが進んだわけだな。ここから第三シナリオ、というわけだ。
視界が明るくなる。
目の前にあるのは、これぞお屋敷、という感じの大きな邸宅――の鉄柵の前だった。システムの説明を思い返せば、どうやら男爵家正門の前からプレイスタートのようであった。
「よう、マウス」
正門前でマウスを待っていたのは、先輩冒険者ことガルムである。
「久しぶりだな、先輩。案内役か?」
「そういうことだ。門番なんかと押し問答になってもつまらんだろ? だったら顔を知っている俺が出迎えるのが一番だ」
「まあ、俺はこの形だしな」
顔が見えない覆面男である。
まあ、ゲーム的には、顔が見えていると判定されるだろうが、それであっても初めての人物を通すには色々と確認が必要にはなるだろう。
貴族のお屋敷なわけだし。
「先輩を顎で使うようで悪いな」
「よく言うぜ。ちっとも申し訳なさそうじゃねえぞ、こいつめ」
軽口を叩いたら、先輩は嬉しそうに言い返してくる。
強面のために懐かれなくて悩んでいる、と言っていたのはツィーゲだったか。これだけは本当だったかもしれんな。
案内されながら、男爵家の正門を潜る。
そして屋敷の玄関……かなり先にある。なんだここ、陸上競技場かなにかか。
グラウンドどころか観客席まで置けるぞ。
「いや、とんでもなく広いな。貴族とはいえ、男爵でこれか」
爵位では一番低いやつだよね。エタソンの貴族すげーってこと?
「ああ、やっぱり驚くよな。こんな大きな屋敷、男爵家の中ではかなり珍しいと思うぞ。元々古くから続く家柄らしくてな、ここはイデル男爵家の先祖伝来の土地らしい。遠い昔からこの地を守護して来たとかいう言い伝えがある」
「ふうん? いや、特別でよかった……と言うのもどこか変か。貧乏人には少々刺激が強くて言葉が見つからないな」
そういや、ユッキーは男爵家の中で使用人達を相手に潜入ミッションをこなしたり、地下書庫なる場所で探索ミッションをこなしたりしていたっけな。
これだけ広い屋敷ならそれもできそうだ。納得。
……ん?
そういえば、何か忘れている気がする。
忘れているというか、気づいて然るべきことを失念しているというか。
ものすっごい初歩的なことだと思うんだけどなー、ワトソン君……。
うーん、なんだっけ?
「おい、マウス。確かにこの屋敷は見ている価値があるもんだが、そろそろ行くぞー!」
あ、気づいたら先輩が先に進んでいる。
ちょっと待ってー、先輩とはぐれたらただの不審者になっちゃうからー。
慌てて後を追って、屋敷の中へと入っていく。
いや、本当に立派な屋敷だな。何度か改修しているんだろうけど、ちょっと古代神殿っぽさもあるというか。
石柱とかがあって、丁度いい死角ができたり、天井の方に張り付く取っ掛かりがあったり。
なるほど、これならトレジャーハンターっぽい男爵令嬢ユッキーが誕生するわなって感じ。
あ、この辺の廊下、ユッキーのプレイ動画で見たことある気がする。
召使いさんに背後から忍び寄って、魔法の鞭で気絶させていた。
……言葉にするとやばいな。召使いを気絶て。ゲームだと思って見ていると違和感がないんだけど、完全に字面が犯罪だ。
貴族令嬢が、召使いに鞭を振るうとか。完全に敵キャラじゃんか。
「おい、マウス。ここだ、ここ。中に男爵様と奥様がいるからな。まあ、別に緊張しなくてもいいけど、ちょっとはお行儀よくしろよ?」
ふむ。このマウス、義務教育を終えているから、それなりに丁寧な言葉遣いはできるから心配するな!
それを孤高の冒険者マウス風に翻訳すると、こうなる。
「いきなり殴りかかったりしないから、十分にお行儀はいいだろう?」
「それはチンピラの中ではお行儀がいい方ってレベルだな。頼むぞ、おい」
冒険者基準でも、ちょっと野蛮過ぎたみたい。
ジョークだよ、マウスジョーク。
ガルム先輩が、やべー奴を見る目をしながらドアを開ける。
中にいたのは、ナイスミドルなダンディ紳士と、上品で清楚なマダム、それから――明るい笑みも満面に、ようやくゲームスタートだぜ、とわくわくしている乱世の徒花殿がいた!
びっくりして固まっちゃったぜ。
顔を見るまで、ここで初顔合わせになるって考えが抜けていた。
そりゃここ男爵家だもんね。
ユッキー、ここの男爵家の娘だって言ってたもんね!
ゲームプレイの映像でここ見てた記憶あるもんね!
そりゃここで待ってるはずだよ! あっはっはっは!
「マウス、どうした?」
「ん、うむ。ガルム先輩よ。男爵殿と奥方がいるのは聞いていたが、もう一人いるとは言ってなかったぞ」
「ああ、俺も聞いてなかったからな。あちら、男爵家のご令嬢だ」
知っている。
単にプレイヤー的な驚きを、プレイヤーキャラクター的なロールプレイで表現しただけだ。
「情報の後出しは良くないぞ。ベテラン冒険者」
先輩をからかうと、俺もドアを開けるまでいると思わなかったんだ、と言い訳が返って来た。
ということは、ゲーム的には、この部屋でユッキーが待っているかどうかは、プレイヤーの選択次第だったのだろう。
さて、その選択をしたユッキーは、どんなロールプレイをしたくてここに来たんだい。
「ようやく会えましたね、エクスマウス様!」
んっふ!
精一杯のお嬢様っぽい口調だけど、元気のよさが部活ミーティングまんまだぜ。
くっそ面白いから笑わせに来るのやめて。
「お父様とお母様を助けてくれて、ありがとう! ございます!」
しかも、すぐに口調が崩れてるじゃねえか。グダグダ過ぎる。
「いや、なに。たまたま通りがかったら祭りをやっていて、顔見知りがいたから参加しただけさ」
顔見知りであるところのガルム先輩をちらっと見る。
「流石だねっ――ですね、マウス様!」
「……別に、俺には丁寧な口調でなくても大丈夫だが? しがない冒険者だし、そっちはお嬢様だろ?」
「やっ、親の命の恩人だし、初対面の相手にこう、口が悪いとね、パパとママと侍女がね?」
ユッキーが視線を送った先で、パパ男爵は苦笑しているし、ママ奥様は額に手を当てて溜息を吐いているし、侍女お姉さんはぎろっと睨んでいる。
どうやら男爵令嬢プレイというのは、ユッキーには非常に難易度が高いもののようだ。
俺も無理そうだな。
性別的なハードルがまず高い。
「まあ、そうか。貴族は貴族で大変だ、というわけだな。あー……がんばってくれ」
テキトーなエールを送って、それで、と誰に話せばいいかわからずに見回す。
「お礼で呼ばれたのだったか? ご令嬢に言った通り、顔見知りの冒険者がいたから助けに入っただけで、大したことはしていない。こちらのガルム先輩から聞いているかもしれないが、世間で血の気が多いと思われている程度には戦闘が……ええと、得意でな」
戦闘が好き、とか言ったら危険人物っぽいから、言い換えておく。
「いや、君のおかげで私と妻は命を救われたのだ。頼りになる冒険者も、君がいなければ大きな負傷をしていただろう。呼び出して済まないが、感謝させて欲しい」
男爵殿が、立ち上がって頭を下げる。
奥方もそれにならって頭を下げ、令嬢はあれだ、侍女が後ろから頭を小突いて頭を下げさせた。
うーん、コメディ貴族だな。
「あー、うむ、お気持ちは確かに頂いた。本当に、気にしないでくれ。ガルム先輩から、戦利品は納得いく配分で貰ってるし、この後ももうちょっと増えると聞いているから、うん」
ユッキーが面白すぎて笑わないようにするのが精一杯だよ。
あと、会話スキップ勢は、こういう時の上手い返事の仕方がわからん。
ユッキー、にやにやすんじゃない。後ろで侍女のお姉さんが睨んでいるぞ。
「冒険者には正当な報酬を、だな。無論、我が家からも謝礼を出させて貰うよ」
「それは助かる」
なにせスクイ商会の綺麗なお姉さんの口車に乗って、ほいほい全財産を投資した俺だ。お金はいますぐ必要だぞ。
俺がアバターの下でにんまりしていると、男爵殿は深刻そうな顔になった。
「話はガルムから聞いた。どうやら冒険者ギルドと揉めているそうだね」
「そうだな。友好的とは言えないというか、あまりまともな関係ではなくなっている。俺はどうでもよくなって来たが」
「どうでもよくなって来た、とは? 何か進展があったのかね?」
「冒険者ギルドを通さなくても金が手に入るようになったから、別に関係がなくなってもいいな、と」
冒険者ギルドの対応で一番問題なのは、依頼という形の金稼ぎができないことだ。
魔物を倒しても討伐報酬が貰えない。素材の買い取りも伝手がない。お金がないとまともに生活ができない。
……まあ、そうなったらスラム街で生活するけど。
話がそれた。
で、まあ、冒険者エクスマウスは、その労働機会を不法な懲罰によって謹慎させられてしまったから、困っていた。
でも、親切なヤマ婆の紹介で、スクイ商会という素材の売り先ができた。
スクイ商会は素材の売買だけだから、討伐報酬や依頼報酬が出ない。
その分だけ稼ぎは減っているが……そんなものは数を狩ればいいんだよ。
報酬が実質三分の一?
じゃあ三倍の魔物を生贄に捧げよう!
おお、金の神よ、我が捧げものを受け取り給え!
邪神教徒っぽい発言は、もちろん控えておいて、スクイ商会のことを話す。
「おお、あの商会と縁があったのか。流石は名高い冒険者だ。よいところと縁を結ぶ」
「確かに、我ながら運が良かったな。いい装備も融通してくれた。適正価格で」
全財産という適正価格。尻の毛まで抜かれて鼻血も出ねえ、とはこのことか。
「スクイ商会は、いい職人を多く抱えていてね。我が家としても、この街の薬や金物の品質を保ってくれているありがたい者達だ」
「ああ、腕のいい武器職人を抱えているのは知っている。投資を持ちかけられたよ」
「君ほど名の売れた冒険者の目にも留まるのならば、私も誇らしいな。……ああ、いや、商会や街の自慢話ではなかったね。うん、冒険者ギルドのことだ」
俺は別にギルドはもうどうでもいいので、肩をすくめる。
街の自慢話の方が話は弾むくらいだよ、パパン。
「ガルムにも確認したが、君に対する冒険者ギルドの扱いは確かに不審だ。そうだね、ガルム?」
「ああ。状況が状況だから、報酬が満額出ない、ってのはあり得ることだ。一文も出ない。討伐報酬まで払わない。素材の買い取り金も出さない。ここまでやったら、組織ぐるみの隠ぺいを疑われたってしょうがねえ」
「うん。私も、冒険者の流儀には詳しくはないが、組織の在り方として健全ではないと思う。この件については、私からも冒険者ギルドに確認しよう」
イデル男爵殿に真っ直ぐ見つめられて、うんまあがんばれ、と頷く。
「俺はもう気にしてはいないが……男爵殿が動くのはいいことだと思う。妙な山羊ドクロが街の周りに出没しているんだ。冒険者ギルドが健全な状態であるに越したことはないだろう」
「そうだね。君が告発した冒険者ツィーゲも、その一味だったようだから、無関係とは思えない。それに……」
男爵殿は、一際重要な話をするぞ!とプレイヤーに分かるように、溜めを入れてから囁く。
「君が助けてくれた時、私達は隣町で近隣の有力者と会議をした帰りだったんだが、その席では、君が言うところの山羊ドクロ、ゴートスカル達が各地で出没しているという情報もあってね」
どうもきな臭いことになっているようだと、男爵殿は眉間に深いシワを寄せる。
「そのこともあってね、エクスマウス殿。命を助けて貰ったこと以上に、君には礼を示しておきたいんだ」
「ふむ? 貰える礼は貰っておく性分だが?」
パパン、あんまり周りくどい言い回しはしないで。
ほら、お宅の娘さんも、「なんか言おうとしているのはわかるけど、何を言おうとしているのかわからん」って顔をしておられるぞ。
俺も同じ顔をしているから、よくわかる!
すると、ガルムが俺の肩を小突く。
「相応に謝礼は弾むから、腕の立つ奴をこの街に留めておきたいって言ってんだよ。少なくとも、妙な状況が落ち着くまで、いつでも協力して貰えるところにお前さんにいて欲しいんだ」
「ああ、なるほど。いや、すまないな、男爵殿。強い魔物と戦うことばかりに熱心で、そういった依頼をあまり受けたことがないものだから」
「ははは、戦歴は伊達ではないみたいだね。いや、だからそれほどの腕前なんだろうから、文句も出ないとも。次からはもっとストレートな物言いにしよう」
「その方が話は早いな。で、まあ、そういうことなら……」
ちらっとユッキーを見ると、両手でサムズアップをしてきた。
おいご令嬢、ママと侍女がすんごい目をしているぞ。もうちょっとお嬢様ムーブして、折角綺麗なのにもったいないよ。
「当分はこの街にいるつもりだ。何か依頼があるなら、声をかけてくれ。条件は確認するが、なるべく引き受けよう」
「それはよかった! お礼のために呼び出しておいて、お願いをすることになって申し訳ない。その分、助けて貰った報酬は弾ませて貰うよ」
「それはありがたく貰おう。スクイ商会に顔を出せばまだまだオススメ商品がありそうだからな」
また全額没収されるのか、わくわくぞくぞくするぞ。
俺の返事は、希望に沿うものであったのか、イデル男爵も、隣の奥方もにこにこ笑顔だ。
あと、侍女のお姉さんも、これは中々、という感じで頷いている。
ユッキー?
早く俺と話をしたいのかそわそわしているよ。
わかる、わかる。ずっと屋敷から出られないってぼやいてたもんね。
俺と接触して外に連れ出して欲しいとか、そういう気分なんでしょ。
「パパ、お話は終わり? 終わったよね?」
「まあ、終わったけど……ユキはもうちょっとお淑やかにできないかな」
「あなた、あんまり甘やかさないで。きちんと叱って下さい」
おっと、夫婦間での教育姿勢の食い違い問題だ。ゲームでもあるんだねえ。
ちなみに、ユキとは、ユッキーのプレイヤーキャラクターの名前である。
というより、ユキが正式名称でユッキーがあだ名だ。
文字数は増えているけど、呼びやすさと可愛さが上がっているからオッケーとは女性陣の見解。
男性陣の見解は、女子のやることに細かな文句は言わない方がオッケーというものだ。
俺が言ったわけではない。
白桜高校ゲーム部に代々伝わる金言である。
ギャルゲーマニアも、テーブルトークマニアもいるゲーム部に、代々伝え残されているという辺りに実績を感じて頂きたいね。
や、マジで。
マルチ前提のゲームって、察し力がないと成績上がらないよ。
男爵という貴族社会に生きるパパもそのことはよく理解しているようで、ごめんごめんと奥方に詫びてから、厳しい表情を向けた。
「ユキ、お客様もいるんだ。まず呼び方はお父様。お話は終わりましたか、くらいは丁寧に言うんだ。それときちんと座っていなさい。両足をちゃんと揃えて、背筋を曲げない。……いやこれ全部を指摘することになりそうだね?」
言っているうちに、娘が思ったよりひどいな、ということに気づいてしまったらしい。
パパの顔も、作り物ではない険しさになった。ユッキーとて、それを察せないゲーマーではない。
「はい、終わり! この話ここまでー! エクスマウス様、あたしに冒険者のお話を聞かせて下さいなー!」
駆け出す令嬢に腕を掴まれる。
絶対に逃がさんぞ、と言うパワーがこもっていて、なすがままに引っ張られる。
まあ、元から逃げるつもりもないからだけどさ。
パパママ侍女の三人が立ち上がって声を上げる。
ドアまで俺を引っ張って駆け抜けたユッキーは、その声に振り返り、大きく口を開いた。
「ごめーんね! 明日から頑張る!」
うーん、清々しい。
明日もやらないって本音が聞こえて来るようだ。
ドアを叩き開け、廊下の窓も開け放ち――いや待って、なんで窓を開けるのこの人。
なんで片足を窓枠にかけて乗り越えてるの。
「冒険者の話を聞きたいんじゃないの?」
「そんなの冒険しながら体験すればいいよ!」
「いや、聞かせて下さいって言ったのそっちじゃん。体験になってる」
手を繋がれているので、ユッキーが廊下から庭に飛び出すなら、俺も廊下から庭に飛び出さざるを得ない。
さらに突き進むお嬢様の行く手には立派な塀。ちょっとした防御陣地として使えそうな頑丈さだ。
「マウスなら、あれ駆け上がれるよね?」
「まあ、あれくらいなら」
「よしよし! じゃあ、ちゃんとついて来てね!」
お嬢様らしいふわふわドレスのスカートをたくしあげ、ユッキーは太股に差した鞭を取り出す。
プレイ動画で召使い達をビシバシ気絶させてた危ないやつだ。
「いくよ、マウス! ついて来い!」
ユッキーが鞭を振るうと、魔法的ななんかが発動して、こうビーム的な鞭が伸びる。
塀の上、鉄柵部分に絡みつくと、収縮を始めたのかユッキーの体がふわっと浮き上がる。
「いかん、エクスマウス殿! 娘を捕まえてくれ!」
「いや急に言われても」
捕獲は得意じゃないんだ。
制圧は得意なんだけどさ。
俺の中でこの二つの違いは、非暴力の捕獲、暴力の制圧である。
つまりまあ、ボコって大人しくさせるのはとても得意だよ。娘さんにそれは流石に不味いでしょ。
それにユッキーが今回のゲームホストだからなー。
プレイヤー的な事情で、ユッキーの希望は基本的に受け入れる方針だ。
ユッキーに続いて、塀に向かって走り出す。
シーサーペントの体よりは駆け上がりやすい……いや、どうかな。あっちは動くから難易度は高めだったけど、ある程度の段々があって駆け上がりやすかった。こっちは動かないけど、足を引っかけるところがちょっと少ない。
どっちもどっちかな。
塀を駆け上がると、天辺の鉄柵のところで追いつき、一緒に塀を乗り越える。後は着地を決めるだけだ。
転ぶなよ、ユッキー!
あまりアクションが得意とは言えないゲーマー仲間に、ちらっと視線で注意する。
ふふん、マルチプレイすると決めたのなら、ちゃんとこういう気遣いもできるマウスさんは流石だと褒め称えるがいい!
「のわあああ!?」
どっこい、注意は遅かった。
ユッキーめ、鉄柵にスカートを引っかけてバランスを崩してやがる。
あれだな、装備品による行動補正ってやつ。
わぁお、何かあるなら着地だと思ったら、まさかの乗り越え段階でのドジとは。
流石はミラクル・ユッキー。こちらがフォローしようとしても平気でそれをミラクルに突き抜けて来るぜ。
バランスを崩したユッキーが、バタバタと手を振り回してなんとか姿勢を持ち直そうとしながら落下していく。
こっちは、鉄柵に引っかかるというディレイがなかった分だけ、一歩先に着地できそうだ。
ええと、ユッキーの挙動と、このゲームの物理エンジンの癖を、我が勘ピュータを用いてシミュレートすると……これ、顔から落ちない?
ええ、笑撃映像間違いなしじゃん。
ミラクルすごいですね。
正直、その光景を映像として残して、ゲーム部の歴史に刻みたい気持ちはあるけど、マウスがマルチもできるんだぞってことを示してもみたい。
二つの欲求を天秤にかけ、それから今後のユッキーとの人付き合いを加味すると、まあ、助けた方がよろしかろう。
「落ちるぅうううう!?」
ユッキーの叫び声はちょっと間違っている。
落ちるんじゃなくて、落ちてるんだよ。
ちょっと笑いながら、予想通り一足先に着地を決める。
そこから体を回転させながら、ユッキーに手を伸ばす。
狙いは胴体。抱え込むようにドレスに包まれたお体に腕を回して、落下ベクトルを横向きにいなしながら、一緒にくるりと回転。
アイススケートのペアとかで、男が女をくるくる回しながら投げる技があるけど、あれの逆バージョンだね。
上方向から突っ込んで来るユッキーを、斜め方向の回転でいなして受け止める。
ユッキーの細い体など、ふわりと受け止めるこのナイステク――って言うと思った?
ずしんと来たよ。
あぶねー! これリアルでやったら腰が死ぬくらいの衝撃だ!
いや、リアルだったらそもそも回転抱き留め、という行為自体取れないだろうけども。
ゲーマーたるもの腰は大事だよ! 基本座りっぱなしだからね。
「……だが、成し遂げたぜ」
ユッキー・キャッチ、成功!
我が腕の中には無傷のレディがおわすのだぜ。
「どうよ、ユッキー? ダメージもデバフも発生してないだろ?」
「う、うん。リアルだったらやばげな衝撃来たけど……」
それは俺もだよ。リアルじゃなくてよかったね。
「で、でも、ありがと。かっこいいぞ、マウスっ……なんて、えへへ」
照れ顔で見上げてくるレディ。
やったぜ。
「で、この後どうすんの? なんか屋敷の中から追手がかかる感じの声が」
出会え出会えーってわけじゃないけど、お嬢様を追えモノドモーって感じの叫び声が聞こえる。
「とりあえず、このままスクイ商会にダッシュしよう。あそこで装備を整えて、男爵令嬢いざ冒険へ!」
「そこ行きつけだわ」
じゃ、早速行こうかとユッキーを下ろそうとするけど、ぎゅっと腕を掴まれる。
「このままスクイ商会にダッシュしよう」
「このまま?」
腰をぎゅっと抱き寄せた姿勢ですよお嬢様。
「このまま」
そんなマジな顔されても、これじゃ走りづらくて追手に掴まるパターンだわ。
「なに、腰でも抜けたの?」
「そんな感じのやつで」
フルダイブゲームあるあるのやつ。
ゲーム内のステータス的なデバフじゃないけど、びっくりしすぎてアバターの操作が上手くいかないの。
リアルの方のステータス異常、リアル混乱である。
脳の信号を読み取る機器が、びっくりしたプレイヤーの過剰な信号を読み取り切れずに、一時的に機能低下させるとかなんとか。
まあ、ようはプレイヤーキャラクターが上手く動かなくなる。
ユッキーをホラゲーに放り込むとよくなる。
「仕方ないなあ。でも、本当にこのままだと走りにくいから、お姫様抱っこな」
膝の裏に手を回して抱っこしてしんぜよう。
「お、おお? きゃーっ、女子の憧れの運ばれ方……っていうか、マウス、ちょっと慣れてる?」
ユッキーの唇が尖った。
それを聞かれたら俺の唇も水鳥みたいに尖るぜ。
「一回な、ゲーム中で助けたお姫様キャラをこの状態で運びつつ脱出するってシチュエーションがあってな?」
「察した」
お察しの通り、めちゃ面倒なんだよ。
敵が襲いかかって来るとお姫様はキャーキャー騒ぐし、もちろん両腕が塞がっているから戦いづらい。
お姫様を下ろせばまあ武器を振るえるんだろうけど、下ろした回数に応じて評価が下がっていき、終いには「お姫様が抱っこを拒否してゲームオーバーになる」とか嫌がらせだろ。
なお、下ろさなくても、落としたら一発ゲームオーバーである。
一回でも下ろすと、クリア後にお姫様から「あなたはまだまだ紳士とは言えませんね」とか蔑む顔で酷評されるのだ。
俺じゃなくても会話スキップしたくなろうよ。
そんな、製作者もっと考えろと言いたくなるストレスフルなイベントでも、素手なら楽にいけるぞ。
足蹴りダメージが高いからね!
なお一度も下ろさずにクリアすると、「あなたこそ紳士の中の紳士です。是非私の父に紹介させてください」って言われるらしい。
らしいというのは、一度も下ろさなかったけど会話スキップしたから確かめてないんだ。
まあ、とにかく、そんなわけで、俺はお姫様抱っこにはちょっとしたスキルがあるのだ。
「ちなみに、ファイアーマンズキャリーならもっと上手だぞ」
この抱え方を覚えてフルダイブゲームやるかどうかは、結構重要だ。
割と「倒れているイベントキャラをセーフティエリアまで連れて行って進むイベント」っていうのは多いからね。
「や、それはちょっと流石に」
それは残念。
数々のゲームで人を助けて来た自慢のスキルを披露できないとは。
「あたしも、一応乙女として、抱き上げられたいんであって、担ぎ上げられたいわけじゃないっていうかね」
「なるほどー」
「雑な頷きやめて? なんだよー、乙女か? 乙女に疑問か? JK男爵令嬢に対して失礼なー!」
やめなされ。
ぺちぺちと頬っぺたを叩くのはやめなされ。
別に乙女の部分に疑問は持ってないよ。
ただ、抱き上げるより担ぎ上げる方が正解になるゲーマー人生だったから戸惑っているだけだよ!
「まあまあ、ゲーム内でならお姫様抱っこでもファイアーマンズキャリーでも、いくらでもしてやるよ」
「ゲーム内でなら?」
「リアルの方でこんなことしたら、めっちゃ恥ずかしくない? あとセクハラも恐いかなって」
なんならゲーム内のNPCも「なにあれー」と現在進行形で注目を集めるくらいだ。
リアルでやったらひどいぞ。最悪、SNSのネタになる。
ゲーム部員に見つかったら絶対やられる。
「確かに……。こういうのって、リアルにやるのは結婚式くらい?」
「後は倒れた人を運ぶとか? いやでも、それもドラマや映画でヒロインが運ばれる時に見るから、やっぱりあれもゲーム的ムーブなんだろうか」
小声で話しながら、男爵令嬢をお姫様抱っこして、この街一番の商会に駆けこむのであった。
あー、エタソン神よ。
すまんな。シナリオ的にちょっと扱いに困る会話になっちゃったと思うから、テキトーにカットしておいてくれ。
NGシーンとしてエンディングロールで流してもいいよ。




