貨幣経済とは金貨で敵を殴るという意味
明くる日、今日は国盗りメンバーは部室に寄らず、自宅ですぐに部活開始することになった。
俺以外、二つ目のシナリオをクリアしてないから、話し合いは全員が二段階目クリアの後でとなった。
ヘキサの方はクリアしているかなと思ったら、ゲーム内で数日かかるような戦闘になっているらしい。
私の方はウォー・シミュレーション風になっていますよ、とのこと。
ヘキサ得意だもんね。
ゲームをスタートすると、シナリオクリア後のエタソン神の語りが入った。
――あなたの活躍によって、冒険者ガルムとイデル男爵は危難を脱しました。これがいかなる影響を及ぼすかは、今しばらく時の流れを見守る必要がありましょう――
昨日のシナリオで助けた二人は、結構な重要人物だったらしい。
イデル男爵の方は会話をしなかったから、護衛されていた人、以上の印象はないんだけど。
――そして、正体は見えないながらも不穏な動きは確かにあなたのそばに這い寄って来ているようです。警戒をしなければなりません。たとえ、周囲が誰一人その異常に気付いていないとしても――
うーん? 最後の方のコメントがちょっと面倒な予感がする。
NPCとの揉め事は勘弁して欲しい。全部殴り倒したくなるんだ。
『あなたは冒険者ガルムと共に街に辿り着き、そこで別れた。後日、今回の件でお礼を兼ねた話し合いを持つ約束が交わされている。今後の面倒に備えて、装備を整えよう』
行動方針は、いい加減に買い物しろ、ということですね、はい。
ポケットの中身も一杯だから、ずんどこ売るよ。とりあえず、ヤマ婆に教えて貰った……スクイ商会に行ってみよう。
マップ機能に案内されて足を向けた先には、なんかご立派な建物がそびえていた。
なにこれ。露天商のお婆ちゃんからの紹介だから、こぢんまりしたお店を想像していたんだけど、これ街でも一番か二番の大商会ってやつなんじゃないの。
ドアを開けると、上品なロビーになっていた。
商品を置いている店舗ではなく、完全に商談のための建物だ。個室に案内されて目ん玉飛び出る金額の商品を見たり、倉庫の在庫がどうたらっていうレベルの話をする商会だぞ、ここ。
一冒険者には場違いな空間に足を踏み入れてしまった。
どうしたものかな、と思っていると、綺麗なお姉さんが丁寧に声をかけて来た。
「ようこそ、スクイ商会へおいで下さいました。どのようなご用件でございましょう」
すげえ。明らかに高級品に縁のない冒険者相手に、一分の侮りもない対応をされた。
これが本物の高級店! 感動していたら、お客様、と綺麗なお姉さんが再度声をかけて来た。
「んんっ、失礼。こちらへはヤマと名乗る露天商のご婦人に紹介されてきたのだが……何かの間違いだったのかと思ってな」
システムのメモ機能を何度も見直したよ。
マップ機能の情報も、このスクイ商会が表示されているから間違いじゃないっぽいんだけど、真にぃ?
「まあ、ヤマお婆様のご紹介でございましたか」
声に、いくらか親愛じみたものを浮かべて、綺麗なお姉さんがあらためて微笑む。
「はい、エクスマウス様ですね、お聞きしております。お話を聞いてから数日経ってしまいましたので、少し心配をしておりました」
「あぁ、ここで合っていたのか……。思ったより大きな店で驚いたんだが……こちらで狩りの成果を売ってもいいのだろうか?」
絶対にそういうお店じゃないでしょ、ここ。
冒険者がアイテムを売るにしても、超高級品とかじゃないと用事が発生しそうにないんだけど。
「はい、もちろんでございます。ヤマお婆様からくれぐれも丁重にと申しつけられておりますので」
「……そうか」
何者だ、あの人。ただの露天商じゃないのか。
びっくりしているうちに、個室にまで案内されてしまう。
うわあ、ソファやテーブルまで凝ってるぅ。
クッション部分はビロード? とかそういう高級感のある表面だし、椅子の足やテーブルの天板には細かな彫刻が入れられている。
これ、絶対にイベントが起きること想定されたエリアだぁ。
「では、商談と参りましょう」
対面に腰かけたお姉さんも、にっこり笑顔だ。ギルド受付嬢のエメル殿並みの美貌だ。
その時点で気づくべきだった。この人、ただのモブじゃない。
「名乗りが遅れました。当商会の役員を務めております、シャロンと申します」
「一介の冒険者程度に、丁寧な挨拶痛み入る。エクスマウスだ。長いからマウスでいい」
「とんでもございません。孤高の冒険者として名高いエクスマウス様と知己を得られましたこと、幸運にございます。ヤマお婆様に感謝しませんと」
エクスマウス殿、あんた随分と評価されてない?
俺のプレイ前にどんなバックボーンがあるんだろうね。
「それほどのことをした覚えもないんだが……」
「何を仰います。数々の討伐のお話はこの街まで届いておりますよ。中でも、ストームグリフォンの討伐、ファイアドレイクの討伐……ああ、七首のヒュドラの討伐も外せませんね」
いや、つい二日前までレベル一だったこのキャラでそんなこと……。
と思いつつ、名前の挙がったモンスターに覚えがある。
ゲーマーやってれば、それらの有名モンスターは絶対に何度も倒す羽目になるのだが、名前の並びに妙に聞き覚えがある。
……前々世の冒険者マウスの討伐履歴じゃねえか!
えっ、なにこのゲームそういうプレイ記録の参照とかするんだ!? すげえ!
エタソンの新発見に驚いていると、シャロンさんがくすりと笑う。
「ふふ、エクスマウス様にとっては、これらの凶悪モンスターも自慢するほどではない、ということでしょうか。噂でも、討伐を果たしても特に誇ることもなく、報告だけして立ち去ったとお聞きしましたが……」
「いやぁ……確かに強敵だったよ。まあ、自慢しても良いくらいには楽しい戦いになったと思う」
エタソン楽しい、と思ったもんね。
ただなぁ、と頭を掻く。
「あの頃は戦うのが目的だったから、自慢するっていう発想もなかったな……それで孤高だなんだと言われる羽目になったみたいだな」
会話スキップだった頃のマウスです。あの頃は名前もマウスレスで別名だった。
いや、本当に、まさか前のプレイ記録を参照されるとは思わなんだ……。
「左様でしたか。ヤマお婆様も、噂で聞くより優しいお方だったと仰っていましたよ。ええ、わたしも同感です」
そう褒められると、ちょっと照れるぜ。
「んん、まあ、なんだ……。まず、買い取りをお願いしても?」
シャロンさん、目を細めてこちらの内心はお見通しですよ、と言う感じで微笑んで来るのやめて。
こちとら思春期のシャイボーイなんだぜ。
ポケットに手を入れて、アイテムリストを表示させる。そこからドロップアイテムを全部選択する。
盗賊のドロップアイテムは、持ちきれなかったこともあってガルムに渡してある。今回の襲撃事件の調査の後、清算される予定だ。
つまり、俺のポケットの中身はほとんど森の動物達(ドクロ付き)のものというわけだ。
全部売り払って問題ないな。素材アイテムは持っていても使えないし……。
というわけで、アイテムリスト画面をそのままテーブルに差し出す。
「鹿の生肉三十個」「狼の毛皮五十個」とかテーブルにどんと出されても困るでしょ?
エタソンは、こういう部分をゲームとして割り切って処理している。これにはライトユーザーもにっこりだ。
「まあ……流石と申しますか、一度にこれほどたくさんだなんて」
「すまない、面倒臭がりなんだ」
街まで帰って来る時間がですね、無駄だなって思うと、一度の狩りで最大限の収穫を得なければという気持ちになっちゃうんですよ。
それでたまにデスって全部台無しになるんですよ、ははは。
苦笑い(ただし表から顔は見えない)すると、シャロンさんは、「まあ、まあ」と驚いているご様子。
ごめんね、現実のお店でやったら超迷惑だよね。
でもこれゲームだから、シャロンさんもアイテムリストをポチポチっと指で押して、買取価格を表示して返してくる。
別に買い叩かれても問題ないので、了承ボタンを押して終了。
お金がなくなったらまたモンスターをボコれば良いのだ。
「ついでに、ここで物を買っても? あ、ヤマ婆のところで買い物をする約束だったな」
「それならこちらでも大丈夫ですよ。ヤマお婆様の売り上げとしてこちらからお金と一緒にお伝えします」
「それは助かる。まずは回復アイテムだ。回復アイテムがあればもっと楽が出来たんだ」
「もちろんです……が、もしや、アイテムなしであれだけのドロップアイテムを?」
シャロンさんから販売用のアイテムリストを受け取りながら、質問に頷く。
特にガルムの戦闘イベントに巻き込まれた時はきつかった。一度も街に戻らなかったからスタミナもすぐ減るし、絶対に被弾する乱戦で回復なしは縛りプレイ過ぎる。
楽しかったけどさ。
というわけで、買う物はまずHP回復アイテムと状態異常回復アイテム各種だ。
食料品は、森に行けば生肉が山ほど手に入るからいいや。と思ったけどよくない、星見トカゲが欲しい。
「星見トカゲは……やはりないか?」
「え? あ、はい、あれは当商会でも滅多に……」
「そうか。俺も探してみたが見つからなかったな。何か捕まえ方や誘き出し方があるだろうか?」
「ひょっとしたら知っている人はいるかもしれませんが、言い伝え程度のものしか。名前の通り、星空が見える日、見える場所にとは聞きますけれど……」
「ありがたい、参考に……」
探してみると言いかけて、大分範囲が広いから、それを当てにするのはつらいなと考えが過ぎる。
シャロンさんもそう思っているのだろう、苦笑いを浮かべた。
「鋭意努力しよう……」
「はい。もし手に入れられましたら、ヤマお婆様にお任せするのがよろしいかと」
ヤマ婆本人も、加工は任せておけと言っていたけど、加工系の職人さんかな。
消耗品はざっくり買っておいて、問題は装備品だ。現段階で、どこまでの品質のものをそろえるか、というのはどんなゲームでも悩ましい。
その街で売っている最上級品の鉄の剣を買うか。次の街にあるかもしれない鋼の剣を買うまで我慢するか。
どっちも買うためにモンスターを狩り尽くせばいいだけの話なんだけどねえ!
以前、シシ丸にこのことを話したら「二択クイズで選択肢を無視するなバカ」と温かいご返事を頂いた。
バカって言う方がバカなんですー。大体第三の選択を探すところから、さらなるプレイの可能性が開けるんじゃろがーい。
なお、ヘキサは「タイムアタックの時にどちらの選択が良いか、という問題ですよ」と説明してくれた。
なるほどぉー、それは悩ましいねえ!
ヘキサの賢い説明で納得して、今の俺がある。
すなわち、タイムアタックしてない時は常に最高級品を買うに限る。
財布の中身なんか気にするな! どうせゲーム内通貨は現実の衣食住に関係しない!
販売品リストを値段順・徒手空拳用でソートする。
格闘系職業の装備は、大抵のゲームにおいて軽装だ。鍛え上げられた生身こそ至高、というわけだ。最悪素手に布の服でも戦える。
イベントで装備を喪失したとしても、この鉄の拳は没収不可能よ!
メリットは、装備で悩みが少ないこと、デメリットはそれが時々寂しくもあることだ。
というわけで、初期装備の「冒険者の服」から、現状の店売り最高の「捕食者の装束」に防具変更。
ダメージカット率も上がるけど、それより攻撃力向上の装備効果があるところが大変素敵だ。
「お目が高い。こちら、お値段はかなりのものになってしまいますが、それに見合うだけの効果はお約束いたします。何せ希少素材を入手した職人が張り切って作った一点ものでして、エクスマウス様ほどの方にお使い頂ければ、職人も喜ぶでしょう」
すかさずセールストークをしてくるシャロンさん。
一点ものかー。本当ならなんかのフラグを達成しているから、良い物を紹介してくれたってパターンだ。
あ、本当だった、一個買ったらリストの表示が購入不可になっている。ごっつぁんです。
「これは良い装備だ。武器の方も同じような物はあるか? 金ならあるだけ出すつもりだし、必要ならすぐ稼いでくるが」
「エクスマウス様がお相手ですからね。とっておきをお出ししましょう」
アイテムを全部売ったばかりだから、シャロンさんもこっちの懐具合は完全に把握している。素晴らしい営業スマイルを浮かべる。
手元のアイテムリストが、シャロンさんに操作されたらしく、勝手に動く。
一個だけ表示された武器は、「捕食者の牙」だ。
「防具と同じ職人が、揃いで作った一点ものです。エクスマウス様に是非お買い上げ頂きたいので、特別にお勉強いたしましょう」
お勉強して所持金全額ぴったりのお値段でござるか。
これもイベントだな? だって所持金の一番下の桁までぴったりじゃん。全額むしり取るイベントでしょ。
鎖分銅を買いたかったのになー! 鎖分銅!
リストにあったの見たんだけどなー! お金が先になくなるとはなー!
まあ、「捕食者の牙」の方を買うけどね。
セットって言われたし、主武器を後回しにはできないから絶対に買うけども!
購入ボタンを押す直前、ちらりと見たシャロンさんの表情は、高級スイーツを独りで食べ尽くす時の、浮かれる女子に似ていた。
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『マウス:エクスマウスは おかねが ゼロ になったぞ!』
『ユッキー:一晩かけて稼いだんじゃなかったっけ!?』
『ヘキサ:いや、マウスの狩猟速度で得られる稼ぎは中々のものだが、使い方も荒いからこのパターンはよくある』
『シシ丸:稼いだ端から使うから、マウスは大体金欠だよな』
『マウス:いやあ、それほどでも~』
『シシ丸:褒めてはねえよ!』
『ユッキー:そうかもだけど、そのマウスがわざわざ金欠を報告したってことが変でしょ。何かおっきいもの買ったの?』
『マウス:多分イベント限定アイテム? 所持金全額と引き換えのセット装備を売りつけられた』
『ユッキー:ああ、エタソンだとたまにあるね。持ち物全部とか、所持金全部と引き換えのやつ。にしても、最初のシナリオに続いて、またお金を全部突っ込んだんだ……』
『マウス:ゲーム内通貨は投げ捨てるもの!』
『シシ丸:流石の蛮族。通貨を財産じゃなくて物理的に殴る手段の一つだと思ってやがる。トークンの時代からやり直してどうぞ』
『マウス:殴り殺されるその瞬間に、金が盾になってくれるんか? 投げ銭系のスキルがない限り、神に祈った方がまだマシじゃない?』
『ヘキサ:神聖魔法的な意味で?』
『マウス:リアルラック的な意味で!』
『塩胡椒:あっ、ボク神聖魔法を覚えましたよ!』
『ユッキー:お塩ちゃん、冒険者スタートじゃなかったっけ……?』
『マウス:天然モノの聖人だからね。当然だね』
『シシ丸:さすしお』
『ヘキサ:さすしお』
お塩のゲームプレイが迷走しているのはいつものことである。
そして、それを楽しみにしているのは俺一人じゃない。お塩は本当に楽しそうにゲームするから、プレイ自体が下手でも面白いんだよなー。
あれも正しいゲームの遊び方だよ、うん。




