大乱闘スマッシュムサムサーズ
デスをすぐそばに感じながら、必死に回避とパリィを続ける。カウンターは二の次だ。
どうせ黒ドクロからの魔法攻撃をかわせば、流れ弾が敵を削る。
防御に専念して直撃は減ったけど、毒のスリップダメージが、生肉の毒より大きい。これは無理かもしれぬ。
崖っぷちでの爪先立ち、その足元が崩れていく感覚。
あ、これは無理、押し切られる。そう直感するも、最後まで抵抗はやめない。
ゲームで学んだ大事なことは、プレイしている最中は絶対にあきらめないこと。
お前、今遊んでるんだろ?
最後まで全力で遊べよ。
遊びで手を抜くなんて、格好悪いぞ。
というわけで、全力のエネミーバリアー!
説明しよう、エネミーバリアーとは、エネミーを組技補正スキルで捕まえて、肉の盾として使用する身代わりの術である。
一時しのぎのために使われるエネミーを鼻で笑ってあげようね!
が、エネミーバリアーの障子紙みたいな活躍も空しく、後一発でも食らえばHPゲージが吹っ飛ぶ。
食らわなくても毒のスリップダメージで削れ死ぬ。
ええい、ならば道連れに殴りかかる先を――と拳を握ったところで、戦闘エリアにさらなる変化が訪れる。
異変は、川からやって来た。
波打つ水面に、まず人型エネミーが気づいた。
川辺を濡らして暴れる水、その奥から黒い巨影が起き上がって来た時には、驚きの悲鳴が敵味方区別なく異常を知らせる。
大量の水を陸に打ち上げながら、混沌とする乱戦場に現れたのは、熊だった。
川魚を咥えた、熊だった……。
エタソンの神?
大丈夫? やけくそになってない?
CPU冷やそうか?
川魚をバリっと噛み潰しながら、熊が突撃する。
雄々しいんだか、喜劇的なんだか、ちょっと反応に困る参戦突入を決めた熊に、反応に困ったままの人型エネミーが跳ね飛ばされ、殴り飛ばされ、踏み潰される。
やっぱり熊は強い。
多分、ゲームシステム的に熊の突然の襲来で混乱状態の判定なんだろう。
黒ドクロシリーズも熊の登場に混乱状態になったらしく、ガルムが残り少ない黒ドクロを蹴散らして駆け寄って来る。
ガルムも中々強い。感心していたらポーションを投げつけられた。
「ボロボロじゃねえか! このバカ!」
「助かる。ちなみに解毒ポーションもあるか?」
さらにポーションを投げつけられた。
またバカ野郎とお言葉も頂戴したが、死ぬほどホッとした表情を強面に浮かべているので、どんな意味がこめられているのかは察して余りある。
ポーション二連発のおかげで、HPゲージが半分まで戻り、毒状態が解除された。
やったぜ、これでまだまだ戦えるぞ。
俺達の戦いはこれからだ!
まあ、熊と犬とネズミがそろっている以上、数を減らした敵に勝ち目はないわけで、完全なる消化試合である。
その後は、さらなる乱入者などもなく、俺達の戦いは終わった。
勝ったのは俺達だ。
俺達の中に、お前も含めて良いよな、熊?
ここからラストスタンドを賭けてお前と戦う羽目にはならないよな?
俺が熊を見つめると、熊も俺を見つめて来る。
そして俺の隣には強面先輩が警戒しながら寄り添うのだ。
これ、絵面ひどくねえ?
ムサ過ぎてムサムサすることムササビのごとしだぞ。
ムササビはムサくはないけど、語呂がなんかあれ。
「なあ、この熊…………なんだ?」
ガルムが聞いてくるけど、俺もさっぱりわからんよ。
「多分、昨夜に出くわした熊、だろう。たまたま持っていた川魚を放り投げたら、食いついてそのまま去って行ったんだが……」
ひょっとして恩返しか?
鶴の恩返しを筆頭に、雀、狸、狐、猫、犬なんかも恩返しは聞くけど、熊もまあありっちゃありか。
川魚一匹に対してリターンが莫大だったけどな、万馬券かよ。熊だけど。
「とりあえず、救援に感謝して、手持ちの川魚を全部やろう」
ポケットの中からぬるりぬるりと川魚を取り出して、全部熊に向かって放る。
ポイポイっと空中を踊った魚は、熊の機敏な動きで全て捕食された。素晴らしい食いっぷりだ。
「生肉で良ければもっと出せるぞ?」
さらにポケットから生肉を取り出すと、熊がキラキラお目々でコクコク頷く。
こいつ、愛嬌があるじゃないか。
今度は投げずに、近寄って手ずから口に運んでやる。
よしよし、グッボーイ、グッボーイ……ん? いや、女の子の可能性もあるな?
ええと、じゃあ……グッベアー、グッベアー。
片手で生肉を食べさせつつ、片手で頭や首元を撫でてやる。
お、嫌がらないぞ。本当にグッベアー。
動物は好きだ。マウスさんは、敵じゃなければ鹿でも狼でも仲良くできるぞ。
ガルムがそんな俺から距離を取り、さらに心理的な距離を取った様子を見せる。
「お前、よくそんなことできるな……」
「割と可愛い」
さらにガルムの心が離れたような気配がしたぞ。
なんでだ、動物と仲が良いって人格的に評価されやすい項目じゃないのか。
「そこまで強い熊を相手に可愛いという感想は出ねえよ……。本当に強い熊だった」
ガルムは呟きながら、周囲に散らばった死体――は、ゲーム的処理によってなくなってるので、ドロップアイテムが一面に落ちている――を見回す。
あ、そういえば、ドロップアイテムの自動回収が働いていない。報酬分配の問題がある戦闘だと、こうなるんだよな。
ソロプレイの俺にはレアな光景だ。
「そういえば、主みたいな熊がいるって噂は度々聞くが……ひょっとしてこいつかもしれんな」
エリアボスかな。場合によっては、戦闘イベントがあったのかもしれぬ。
やはり、あの時の川魚を放り投げた遊び心はクリティカルだったようだ。
「ふむ。一帯の主か。主……なるほど、だから、昨日もあの黒ドクロを狩っていたのかもしれんな」
「黒ドクロ? あの山羊のドクロをかぶった敵か?」
「ああ。東の森でも発生していたし、昨日はこの辺で一晩中狩る羽目になった」
「それでもまだこれだけの数がいたのかよ。なんかやべえことになってそうだな」
ガルムは腕を組んで考えこむモードだ。
俺は生肉を熊に上げながら、自分も生肉をかじりだす。
「……マウス、なんでお前も肉食ってるんだ? しかも、生だぞ、それ」
「腹が減った」
スタミナ的な問題だよ。マジでやばい。
今の戦闘がトドメになって、スタミナの最大値がレッドラインと言いますかね、はよ街に戻れと言わんばかりの領域に到達してしまった。
「……んじゃあ、その辺のアイテムを拾ったら、さっさと街に戻るぞ」
「そうだな。先に行った先輩の仲間も心配だしな」
「違いない。他にもあの山羊ドクロが出ないとは言えねえもんな。まさかイデルの周辺がこんなヤバイ状態になってるなんて……。今まで報告もなかったってのに」
ガルムが毒づきながら、アイテム回収に向かう。
俺もアイテムを回収しないと、タダ働きはごめんだ。
熊の目の前に、もう二、三個ほど生肉を出して立ち上がる。
熊も生肉を食う前に、ありがとう、とでも言いたげに俺を見上げて来た。
グッベアー、グッベアー。
アイテムを拾う間も、ガルムとちょいちょい話した。
どうやら、イデルの街の貴族が、隣街に顔を出すための護衛をしていたらしい。
帰りがけに襲われて、馬をやられたので馬車を捨てることになったそうだ。
あの数の盗賊相手なら、それでも撃退できると考えていたのだが、毒矢を使われたことで予定が変わった。
解毒回数が限られることから、万が一護衛している貴族が毒にかかった時、解毒手段がなくなっていたらと大事を取って撤退することに。
そしたら、橋のところで黒ドクロが群れていて挟撃される羽目になったそうな。
「そういうわけで、この襲撃者のドロップアイテムはよく調べてみてくれ。ただの盗賊ならいいんだが、貴族絡みだと面倒なことも多いからな」
「密書なんかがあれば一大事、というわけだ」
そういうことだとガルムが頷く。
ここで朗報、黒ドクロのドロップアイテムはほとんど俺にくれるってさ。
人型エネミーの方も、証拠になりそうなもの以外は流してくれるそうだ。
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シナリオ『来たる時のすくい方』をクリアしました。
以下のイベントフラグを達成しています。
『森の熊との出会い』>『熊氏は魚がお好き』>『熊のお友達』
『ゴートスカルの計画』>『ゴートスカルの計画阻止』>『ゴートスカルの厄日』
『冒険者ガルムの護衛依頼』>『冒険者ガルムの護衛成功』
『イデル男爵の災難』>『イデル男爵の幸運』
『名声上昇:孤高の冒険者エクスマウス』
『友好度上昇:冒険者ガルム、森の熊、イデル男爵、ヤマ婆』
『隠し情報:〝森の守護者〟に関する情報を入手しました』
『特殊行動:〝冒険者ギルドの不審〟を指摘した』
『特殊行動:〝絶滅推奨種〟ゴートスカルの大群を制限時間内に狩り尽くした』
『特殊行動:〝野生の目覚め〟生肉が主食』
『特殊行動:〝お前の話はつまらない〟襲撃者のボスの愚痴を黙らせた』
『特別達成〝人には両の手がある〟流れ落ちる人命を二つ救い、ゴートスカル達の不穏な動きを蹴散らした』
いや待って、生肉を主食には……していましたね。はい、すいません。
ぐぬぬ、これ絶対にシシ丸に爆笑されるやつだ。
あ、でも、この特殊行動のおかげか、シナリオクリア報酬に「悪食」スキルが入っている。
これ、状態異常耐性効果があるんだよ、前世のスラム街でもお世話になった超有用スキル。
やったね、これでネズミもバリバリ食べられるよ。
後、地味にびっくりしているんだけど、自由行動のターンだと思っていたら、これがっつり今後に関わって来そうなシナリオだった予感がする。
他の面子も俺と同じ自由行動っぽいって言っていたから、報告がてら一応注意喚起しておこうか。
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『マウス:シナリオクリアしちゃった。特別クリア。てっきりレベル上げ回だと思ったら、重要っぽいイベントぽろりしたから気をつけて』
『ヘキサ:今こちらもそんな感じの状況になって来た。ただの巡回のはずが、妙に連携の取れた敵の群れが……。情報助かる、気合いを入れよう』
『シシ丸:マジか。油断してたな、ちょっと注意レベル上げとくわ』
『ユッキー:こっちはそんな気配ないんだけどなぁ……。ていうか、お家から出られない』
『マウス:ユッキーはそれでどうやって稼ぐの?』
『ユッキー:お家のあちこちを探索してへそくり見つけたり、捕まえようとして来るメイドさんとかと戦ったりしてる。レベルやっと五になったよ』
『マウス:貴族ってなんだっけ、シシ丸さんや』
『シシ丸:ほら、あれだ、貴族って時代によって戦士階級なところあったからさ……』
『マウス:どっちかっていうと武家ってわけか。ユッキーは完全に怪盗紳士路線だけど』
『塩胡椒:ボクはベアちゃんと遊んでます』
『マウス:森の……?』
『塩胡椒:森? 孤児院の女の子ですよ、孤児院のお庭とか近くで追いかけっこしたりかくれんぼしたり冒険者の訓練したりです!』
『ヘキサ:ほっこり』
『シシ丸:ほっこり』
『ユッキー:めっちゃ遊んでるね。いや、ゲームやってるから遊んでるのは間違いないんだけど、こう、RPGゲーム的な遊びが最後しかない』
『塩胡椒:ベアちゃん可愛いですけどカッコイイです! パンチがマウス先輩みたいにキレッキレです!』
『マウス:グッベアー、グッベアー』
『ユッキー:マウスがなんでそんなリアクションなのか、どんなシナリオだったのか俄然気になって来たよ』
『マウス:多分、ユッキーはハンカチ噛むくらい悔しがると思う』




