強面先輩(名前を思い出せない)
毒は二回食らいました。
わかりますか?
生肉を食ってスタミナを回復しながら、ゲーム内で朝が来るまで戦っていた結果です。
毒は時間経過で自然治癒するから、デスはしなかったけど、その間は敵に見つからないように逃げ回る羽目になった。
戦闘中に黒ドクロの魔法で毒になるより、効果時間が長いのはちょっと面白かった。
正直、毒耐性スキルが欲しかったから、もうちょっと毒が来てもよかった。
これは久しぶりにネズミフルコースを食わねばならない予感。ちょっとわくわくするね。
さて、流石にそろそろ街に戻らないといけなくなってきた。
アイテムの所持数も上限になって来たし、生肉だけでスタミナ最大値を回復させるのも限界になってきた。
このゲームのスタミナ、食事はあくまで一時的なもので、街で寝ないと完全回復しないのだ。
そんなわけで、有り余る生肉をまた一つかじりながら、川を辿って橋のかかった街道までやって来る。
うーん、また毒にならなかった。
意外と生肉の毒確率は低いのか? これくらいならわざわざ手間かけて焼く必要ないんじゃないか、効率が悪い。
なんてこった、この世界では肉は焼かなくてもよかったのか……。
エタソンの真理を一つ発見したことで、世界がまた一段と明るく感じて顔を上げたら――橋のところで戦闘が勃発していた。
ええ?
人が珍しく戦闘以外のゲーム要素を解明して遊んでいるのに、一体どこのどいつだい、戦闘イベントを楽しんでいるのは。
もちろん、乱入希望でダッシュする。
到着タイミングと、スタミナゲージの減りを見比べながら、橋の戦闘状況も確認する。
どうやら、防衛側が橋で挟撃を受けているらしい。川向こうには人型キャラ、川のこっちには最早下手な親戚より付き合いが長い、黒ドクロシリーズだ。
橋の上の防衛側は、円陣を組むようにして前後からの攻撃に耐えている。
あれは中心に護衛対象がいる動きだ。
もう少し広く周囲を確認すると、川向こうに倒れた馬とドアが開きっ放しの馬車が見える。
防衛側は、襲撃を受けて馬が倒れたので、馬車を乗り捨てて逃げようとしたけれど、橋のところに黒ドクロシリーズが集まっていたから挟撃になった。
そんな感じだろうか。
問題はどっちが悪党で、どっちが善人か、というところだ。
普通は(ゲーム的に考えて)、襲撃側が盗賊とかで、防衛側が貴族の令嬢とかなんだけど、結構それを逆手に取ったシナリオの罠もありがちだから、慣れたゲーマーは善悪の確認を怠らないのよ。
そこが俺くらいまでになると、確認しないで殴り込んでも問題ないがね。
あれー? 間違えて善側を殴ってしまったかな?
やったね、善も悪もどっちも殴り倒せるぞ!
流石に今回のプレイでそんな乱暴なことしないけどね。
さあて、どっちが悪い子だー?
黒ドクロどもについては、特に言及することはない。
いつもの奴等だ。敵対勢力で間違いない。
ということは、それと挟撃体勢を取っている襲撃側がやっぱり怪しい。
三者全てが別勢力で偶然そういう流れになった、というのは、ありえないとは言わないがかなり意地悪なシチュエーションだろう。
川向こうの人型キャラは、皮と布系統の不揃いの防具で盗賊感が出ている。
弓矢でチクチク円陣を攻撃している間隔も、訓練された統一感がない。怪しい。
一方、防御側は互いにカバーするように、また円陣中央を守るように上手く固まっている。
意思統一がしっかりしていて、動きも連携しているのが良くわかる。装備の内容はちょっとバラバラだが、品質が同じ水準って感じがする。多分、店で売ったら大体同じ価格帯になる。
あの防御側の戦闘メンバー、冒険者のパーティかもしれん。
そう思って見たら、一際派手に活躍している大剣使いが目に留まった。
あれ、強面先輩じゃん?
最初の冒険者ギルドで絡んで来た冒険者だ。ツィーゲ戦後のギルドで出て来ないと思ったら、護衛依頼で出張していたのか。
元々、防衛側を助けた方が当たりって気はしていたけど、これで確定だ。
黒ドクロをぶっ飛ばして、強面先輩の突破口を作るぞ。
黒ドクロシリーズ、およそ二十体の配置を確認する。
特にサイズの大きい鹿と、足の速い狼の位置が重要だ。敵の群れを相手取るには、どこから入って、どれを吹っ飛ばして、どこまで崩せるかが生死を分ける。
迷った時は、敵の背後から入って、手当たり次第に殴れば良し。
現在のエクスマウスはレベル十。
このゲームでは、ここまでは上がりやすいというレベルであり、基本的なスキルがおおよそ揃えられる。
そのうちの一つ、待望のスタミナ消費軽減スキルである「呼吸法」を使用。
さらに、近距離移動速度が上がるスキル「スプリントステップ」を選んで、一気に黒ドクロの群れに飛び込む。
一番手前にいた、という理由で山羊ゴブ君を襲う突然の暴力。
善良でもない山羊ゴブ君は一撃で死んでしまった。一撃だったことに、動きを止めないまま考えが走る。
俺のレベルが上がっていることを含めても脆い。
数を増やした分、敵のレベルを下げて難易度を調整しているのかもしれない。ということは、黒ドクロシリーズは殲滅可能なイベントか。
山羊狼を蹴り、山羊ゴブを殴り、掻き分け乗り越え群れの中心に踊りこむ。
ソロプレイヤーの乱戦術を見るがよい。
体格のいい山羊鹿を、山羊狼のいる方を狙って、吹っ飛ばしする。
もう一匹の山羊鹿も、組技に補正がかかるスキル「ボーングラブ」を使いながらぶん投げる。
たった二回の攻撃だが、サイズの大きいエネミーを使って、サイズの小さいエネミーを巻き込めば、足止め効果は倍増だ。
突然の乱入者に、挟撃されている方も挟撃している方も、一時の混乱に陥る。
防衛側が早く立ち直れば、挟撃から脱出するチャンスだ。
ええと、強面先輩の名前はなんだっけ。
システムのメモ機能……あっ、受付嬢のエメル殿しかメモしてない。先輩の名前のメモ忘れているぞ、過去の俺!
「先輩! 俺だ! 走れ、援護する!」
二人称とか三人称って便利だよね。
名前を忘れても誤魔化せるんだから。
呼び方のおかげで、強面先輩も俺だということに気づいたのか、仲間に声をかけて一丸になって黒ドクロの群れに突っ込んで来る。
俺が半分ほど群れを切り裂いたので、残りは半分といったところだ。
イデルの街ではベテランに属するらしい強面先輩が率いるパーティだ、それほど苦労せずに突き進んで来る。
大剣をぶん回す強面先輩の突破力がやはり突き抜けている。
俺が中央ちょっと右の敵を押しのけながら橋の方へ進み、強面先輩が中央ちょっと左の敵を蹴散らしながら橋から進んで来る。
すれ違う寸前、強面先輩がニヤリと笑った。
良い表情だ。兄貴ィ!って呼びたくなるな。
先輩パーティの最後方に合流するついでに、橋向こうの襲撃者達が放って来た矢をパリィする。
「助かる!」
護衛対象――ダンディなおじ様と上品な奥様を守っている盾役がお礼をくれる。
構わんと格好つけつつ、次々と飛来する矢をパリィしまくって殿を務める。黒ドクロを殴る余裕はないので、攻撃は先輩パーティの人達に任せる。
協力して戦闘するとか久しぶりだなあ。
「毒矢だ、気をつけろ! 解毒できないと危険なレベルの猛毒だ! 俺達も解毒できる回数が限られてる!」
先輩パーティからの追加情報はちょっと深刻だった。
強面先輩達も、黒ドクロの群れだけなら突破は出来たのだろう。問題は、突破しながら矢を放ってくる敵から護衛対象を守るのが厳しかったことと見える。
非戦闘員っぽいダンディなおじ様と奥様以外にも、顔色の悪い青年キャラも円陣の中心にいる。
毒を受けて解毒されていない様子。
なるほど、そんな危ない物を使うなんて悪い奴等だ。
どれだけ危険なことをしているか、上手く利用して教えてあげよう!
毒矢を弾く方向を調整して、周囲にまとわりつくように集まる黒ドクロに流す。
この矢の速度と敵の密度なら、百発百中は無理でも牽制射撃くらいの精度で利用出来る。
「お前達はこのまま先に行け! 俺が殿を務める!」
強面先輩の大声で、どうやら護衛対象は敵中突破に成功したようだ。
お見事!
じゃあ、後は黒ドクロを片付けて、橋を渡って来ている敵を片付ければ終了だな。
ううん、数が多い。ここからは袋叩きになりそうだ。
「助かった、マウス。ここからは俺の仕事だ、お前も撤退していいぞ」
隣に立った強面先輩が、荒い息を整えながら呟く。
それに対し、我がエクスマウスの返事は一つだ。
「俺は、一度手をつけた食べ物は残さない主義なんだ」
特に美味しい物は絶対に残さないぞ。
上に兄弟がいたから、食い意地は強い方だ。
「あと、今は金がないんだ。盗賊だかなんだか知らないが、あいつらも多少なら金は持っているんだろう?」
あの手の人型エネミーは金銭的な見返りが美味しいんだ。
装備品もいくらかドロップするだろうしな。美味しい獲物は逃さない。たとえデスのリスクがあるとしても。
欲望一杯の提案に、強面先輩が嚙みしめるように詫びて来た。
「すまねえ。帰ったら美味い飯を奢るぜ」
「それはいいな。腹が減った」
スタミナゲージ的な意味で。
さて、どう攻めるかな。残りも少なくなった黒ドクロをしばき倒してから、人型エネミーに向かうか。遠距離攻撃が面倒な人型エネミーを先に倒すか。
人型エネミーは、黒ドクロ達と比べると、どれくらいのレベルなんだろうと見やると、会話イベントが発生した。
「ちっ、話が違うぜ。あの山羊頭どもの数が少ないせいで逃がしたじゃねえか」
ふーん、残念だったね。
そう思いながら、今話した奴がボスだな、と当たりをつける。あいつだけは確実に倒したい。
経験値もアイテムも絶対美味しいですよ!
「こうなったらガルム、テメエだけでも倒さねえと――」
あ、そうか、強面先輩の名前はガルムだ。
思い出した、忘れないようにメモっておくね。
はあ、すっきりした。
軽くなった心のまま、俺は速く移動するスキルを使用する。
「ガルム、俺は突っ込むぞ」
援護を頼むぞ!
言い置いて突撃すると、驚きの声が後ろからも前からも上がった。
あ、会話イベント中だったっけ?
ごめん、マウスは急には止まれない。
動きが止まっていた山羊ゴブリンを踏みつけてジャンプ、飛ぶマウスは怪鳥のごとし。
キエエエエッ!
心の中で怪鳥の雄叫びを上げながら、冷静に威力倍増スキルを使用、人型エネミーのボスと見定めたおっさんの顔に芸術点の高い飛び蹴りを食らわせてやった。
ここからは連打用のスキル「コンボ・コネクター」の出番だ。
パンチ、チョップ、キック、パンチ、パンチ、飛んで来た毒矢をパリィ、飛んで来た状態異常魔法は回避、ボスの抵抗にカウンター、パンチ、チョップ、もう一つ毒矢をパリィしてボスに命中させる!
「ぐわっ、なんてことしやがる!」
ボスが上げる悲鳴が心地いい。
取り巻き諸君、どんどん毒矢を撃ってくれて構わんぞ?
なあに、三発中一発は俺に当たるだろうさ。ただし、四発中一発はお前等のボスに当ててやろう!
これぞ強制フレンドリーファイア術、数多のゲームでソロプレイを続けて来た俺の得意技である。
ソロプレイヤーは囲めば簡単に倒せると思ったかね?
囲まれるのには慣れているぞ!
スタミナが切れそうなので攻撃を止めて、パリィとカウンター中心に切り替える。
黒ドクロの状態異常魔法も、俺がかわせばフレンドリーファイアだ。
集団戦闘ってのは結構難しい。取り囲んでボコる戦法は、確かに数に勝る側の常勝戦法だけど、ちゃんと訓練していないと同士討ちが発生しやすくて、意外と粘る余地がある。
そして、包囲戦術で粘られると、やって来た増援に外側から食い破られやすい、という弱点もある。
「マウス、無茶しやがって! バカ野郎!」
援軍のガルムが、気遣いと感謝に焦りをブレンドして叫ぶ。
バカって言った方がバカなんですぅー! と小学生の十八番でカウンターを入れつつ、飛び交う状態異常魔法をかわして、かわせず、かわせず――痛い痛い痛い!
ぐええ、黒ドクロシリーズがバンバン魔法飛ばしてくる。
人型エネミーはボスを気づかって矢を控えているのにこいつらと来たら……!
ボスどころか他の人型エネミーに流れ弾を当てても全く気にせず使ってくる。こいつら仲間なんじゃないのか?
まずい。予想以上に被弾が多い。計算が狂った。
このままだと想定以上に早くデスる。ガルムパイセンの殲滅速度が間に合わない。回復アイテムさえ買えていれば結果は違っただろうに。
おのれ冒険者ギルドォ、マジ許さんからなっ!




