ある日森の中で出会うのはカリスマモデル
森の中といえば熊である。
異論は狼くらいだろう。でも俺は赤い頭巾をかぶってないから、やっぱりここで出て来るとしたら熊だよ。
決して、黒い山羊ドクロをかぶった珍集団じゃないんだよなあ!?
テメエ、鹿だろ!?
鹿の癖して山羊のドクロに憑りつかれてるとか恥ずかしくないのか! その鹿角は飾りか! 鹿角と山羊角が一緒に生えててなんかアルティメット鯨偶蹄目真反芻亜目みたいになってんぞ!
お前と接敵してから調べたら、鹿と山羊って近いっつーか遠いっつーか微妙な種族関係で本当になんとも言えねえ。
せめて鹿じゃなくて、牛に山羊ドクロがくっついてたら同じウシ科だからセーフって気分にもなれたのに……。
心の中で喚き散らしながら、山羊ドクロの眼窩の青い炎が強く光るのを確認、飛んで来た魔法を回避して接近戦に移行する。
山羊鹿――なんだ山羊鹿って――の首を振り回す果敢な角アタックは、本数が増えていて何となく強そうだけど、可動範囲が狭い。
これがキリンだったら首の長さ分だけ強かったかもしれん。
キリンと鹿と山羊の合体生物か。ファンタジー的にはカッコイイデザインでアリだと思う。でも、首ぶんぶん振り回す攻撃モーションは、見た目がコミカルになりそうでイマイチか……。
キリン型のモンスターが登場しない理由を何となく察しつつ、山羊鹿の首を脇の下に抱えるようにホールドする。
こうなっちゃうと角アタックは絶対に当たらないし、足蹴りも出しづらかろう。まあ、蹴りをする前に投げるけどね。
オラァ、ブレーンバスター!
頭を地面に叩きつける投げ技だから、殺し屋を含むプロフェッショナル以外の良い子の皆はリアルで絶対にやっちゃダメだぞ!
頸骨が頑丈な四足動物でもない限り首がやばいぞ。
ゲーム内だとダメージ判定のシステムによっては割と生き残るよ。この山羊鹿みたいにね。
でも、脳天から落とす投げ技を鹿に使うとですね、こう地面に角がざっくりとですね、はい、刺さりました。
鹿君、鹿君、さかさまになって足をシャカシャカさせんの面白すぎるよ。
死に体になりながらもプレイヤーの腹筋に対して精神攻撃を仕掛けるとか、エネミーの鑑かよ。
スクショでばっちり記録を残してから、思いっきり首を蹴り飛ばしてやったら流石にお亡くなりになった。
あの状態だと攻撃が全部クリティカルになるっぽい。
これいいなー。今度からこの敵の倒し方はこれだな。
魔法を誘って避けてから接近、角振り回し攻撃は回避とパリィでさばいて、ブレーンバスターに持ち込む。
鹿以外、黒ドクロの山羊角だけでも同じことができるか、他の敵でも試してみよう。
鹿みたいな首長タイプじゃないと、中々ブレーンバスターは難しいと思うけど……。
幸いなことに、この辺の黒ドクロは一体ずつ出て来てくれる。
順番を守るなんて親切だ。ジャパニーズの良質な血が、ここのモンスター達には流れているらしい。
流石だね、ブラザー。
東の森の調査の時みたいに複数体で来られると、状態異常魔法を食らうから死亡率が一気に上がりそうだ。
星見トカゲのバフがない今、状態異常を回復する手段がない。
やっぱり、あそこはちょっと特別なフィールドだったんだろうな。ツィーゲに助けてもらうのが前提だったのかもしれない。
そうすると、ツィーゲってプレイヤーと仲良くなった後に裏切る設定だったの?
あんな綺麗なお姉さんに裏切られるとか、それちょっと過酷じゃない? 人によってはトラウマとか言い出すかもしれない。
会話スキップ勢の俺は無傷な自信があるけど。
実際、味方の裏切りって戦闘パターン割れていること多いから、そんな手こずらないんだよね。
それにしても、目当ての星見トカゲいないなー。
どういう場所にいるのかもヤマ婆に聞いて来ればよかった。何かヒントはないかと、俺は星見トカゲのフレーバーテキストを立ち上げる。
それから、木々が生い茂る頭上を見上げて、爽やかな木漏れ日に目を細めた。
「星見トカゲ、夜限定のポップだった……」
出て来るわけねえじゃん。
いや、いやいや待て待て。
そうとは限らん、そうとは限らんぞ。
作りこみの浅いゲームならそうかもしれんが、ある程度の作りこみがされていれば、夜は外に出て来るけど、昼はどっかの住処に隠れているパターンがある。
それだ! 岩の影とか、木の洞とか、川の中とか、どっかに巣があるはず……!
俺は信じているぞ、エタソンの創造神ー!
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日が暮れるまで探してみたら、木の洞からは蜂蜜が、川の中からは川魚が手に入った。
岩の影にだけ、何もなかった……。
一番びっくりしたのは木の洞だ。
調べたら蜂の群れっていう敵が出現した。固定エンカウントというか、宝箱の中からミミックというか、想定外の戦闘突入にびっくりした。
ドロップアイテムが蜂蜜だ。
川魚は、「調べる」コマンドで捕まえた感じ。
水中で穴になっているところに手を突っ込んだら、アイテム入手のログが流れたんですよ。
岩の影にもダンゴムシとかいると思うんだけど、流石にダンゴムシにゲーム要素は組みこめなかったのだろうか。
さて、日が暮れたこれからが星見トカゲ探しの本番だな!
街から離れて戦い続けていたからスタミナ上限が減っているけど、これくらい平気平気、いけるいける。
ヤマ婆がくれたお弁当もさっき食べたしね。
いざとなれば、ドロップした生肉を食えばいい。
火起こしアイテムを買えていたら、ちゃんと文明人らしく焼肉出来たんだけど、冒険者ギルドの陰謀のせいで原始の生活体験だ。
生肉を食べるデメリットは、一定確率で毒になることだけだから、大したことはない。
上手く行けば毒耐性も手に入るから、ネズミを食う代わりに生肉を食うことになっただけだ。
でも、冒険者ギルドのせいで生肉を食べる羽目になった、というのは恨み帳につけておくね。
夜になってエンカウント率がちょっと上がったかな?
なんて思いながら、黒ドクロシリーズをしばき倒して行く。
はかどるレベル上げ、はかどる金稼ぎ。
やっぱり、戦闘はいいよね。
戦闘の興奮、勝利で得られる報酬、原始からの伝統芸能・狩猟は心が満たされるように出来ているんだよ。
そろそろ、スタミナやばい。
生肉を食おう、生肉。鹿肉、君に決めた!
うーむ、血が滴るようなレア肉。レアって響きが素晴らしい。隠しステータスに幸運バフとかかかって、レアドロップが出そうじゃん。
たとえ、現実は毒判定がかかる品物だとしても。
むっちゃむっちゃとレア肉を噛めば、幸運バフも毒デバフもかからなかった。
その代わりに原始の衝動がたぎってくる。
うおー、魂の底から野生が目覚めて来たぞ!
この先のエクスマウスは、ワイルドモードだ。
いくぞー、チュー!
出たな山羊鹿ー! いい加減レアドロップを落とせー! チュー!
山羊ゴブリン! もう見飽きた! チュー!
山羊狼! ゴブと同じ! チュー!
熊! あ、どうも初めまして――熊ぁ!?
流れ作業で突撃し続けていたら、殴ろうとした山羊狼が背後から踏み潰された。
危うく衝突事故を起こすところだった。鼻先をごつい爪がかすめていったよ。
ワイルドモードは著しく知能が下がるから、予想外の事態で手痛い傷を負いかねない。
ていうか、森の熊さん、山羊ドクロをかぶってない。
やっぱり、熊くらいになれば、山羊なんかに憑かれないのだろうか。鹿とは違うのかな、鹿とは。
腰に手を当てて、久しぶりのドクロ面以外の存在を見上げる。
涎に濡れた牙は凶悪で、食欲に満ちた眼差しは凶暴だ。ドクロ面には感じられなかった、生の感情が伝わって来るようだ。
熊が、踏みにじられて消えた山羊狼のドロップアイテムを咥える。
ご飯らしい。
君も、ひょっとして山羊ドクロシリーズと戦って、食い散らかして来たのかな。何だかお友達になれそうな気がするね。
俺達、言葉が通じなくても殴り合えばいつだってわかり合えるだろう?
そう、弱肉強食という名のコミュニケーションは、言語なんて必要としないのさ!
やる気満々で対峙しながら、ソロプレイではあんまりやらない遊び方を思いついて、ポケットに手を入れる。
アイテムリストに、さっきたまたま手に入れた川魚が並んでいる。
スクショ用意。
ポケットからぬるりと出て来た川魚を、熊の口に向かってひょいっと投げると、何ということでしょう。
熊が川魚をキャッチするその姿、まさに木彫りの鮭取り熊のごとし。
スクショ、スクショ、スクショォ!
いい! いいよ、その顔!
突然放り投げられた川魚をキャッチしたことで漂うドヤ感、しっかりと川魚に牙を突き立てて離さない食欲、荒々しい熊のインパクトの中、新鮮な川魚が持つ鱗のぬめりがアクセントとなっている!
ヒュー! 流石は木彫り界のカリスマ、川魚を咥えさせたら世界一っすねえ!
熊が川魚をぐしゃっと嚙み潰す瞬間まで、スクショ連打でシャッターを切りまくる。
ありがとう、川魚。
次は串焼きにするからまたよろしくね。
撮影したての画像を眼前に並べて表示させると、狙い通りの木彫り熊っぽいアングルが何枚かある。
いやあ、いい画が撮れたわ。
後でベストショットを選んで他の奴等にも見せてやろうっと。
久しぶりに、ゲームで戦闘以外を楽しんだ後、じゃあいつものお楽しみ、と顔を上げたら熊がなんか可愛くなってた。
何言っているんだと思うかもしれないけど、さっきまで涎垂らしていた敵キャラデザインの熊が、キュルンっとした目つきになって涎も舌も口の中にしまっている。
なんかこう、ピシっとしているんだよ。番犬として人に慣れた犬っぽい感じで見つめてくる。
キラキラした目をしてどうしたのー?
襲って来ていいんだよー?
誇り高き熊を川魚くらいで餌付けする気はこれっぽっちもなかったんだよー?
じっと熊を見つめながら、そんな念を込める。
いや、わかっている。俺のゲーマーセンスがさっきから囁いているんだ、これもう戦闘にならんぞ、って。
餌やったから友好モードになったんでしょ。
案の定、熊は背中を向けて歩き出した。
途中、振り返ると片手をあげて、ガウ、と鳴いて挨拶までしてくれた。
「……達者でな」
とりあえず、レアなモーションだと思うので、そんな熊をスクショしながら、俺も手を振り返す。
俺の手の形がグーだったのは察してくれ。握りしめた拳の下ろしどころを失ったのだ。
これはこれで面白いけど、いつもと違うことするとやっぱり戸惑うなあ。
熊と別れた俺は、さらなる戦いを求めて夜の森をさまようのだった。
黒ドクロシリーズしかいねえな、この森。
なお、途中から星見トカゲを探すのを完璧に忘れていた。




