対話してみた(喧嘩売ってみた)
そんなこんなで暴力の万能さを再認識するミーティングを終えて帰宅。ヘッドギアをかぶっていざ部活開始だ。
「つづきからはじめる」と、メインシナリオが進めたので、エタソン神のモノローグが表示された。
――あなたが赴いた森には、どうやら不穏な動きがあるようだ。邪神官ツィーゲとの戦闘を辛くも生き延びたあなたは、この情報をイルデの冒険者ギルドに報告した――
スキップ……するのをグッと堪える俺は、確実にマルチプレイに適応してきている。
この調子ならマルチの鬼と呼ばれる日もそんなに遠くないな。お地蔵様がお仕事終えるくらいには出来そうだ。
――冒険者ギルドで、神官ツィーゲはそれなりの立場にいたらしく、新参者のあなたの報告はすんなりと受け入れられていない。しばらくは追加調査の行方を見守ることになりそうだ――
『冒険者ギルドの追加調査の結果が出れば、あなたにも何らかの声がかかるだろう。その時を前に、あなたはどんな行動を選ぶのだろう』
『追加調査のため、前回の依頼中に入手したアイテムは冒険者ギルドが没収している』
ふむ。俺のゲーマーセンス翻訳によると、つまりこれは、自由行動のターンじゃな?
モノローグが終わると、視界が表示される。
医務室というか、保健室みたいな場所で、なんか縁側でお茶するのが似合いそうなおばあちゃまが、にこにこしている。
「おや、目が覚めたかい? ここは冒険者ギルドの治療室で、あなたは報告をした後に倒れて、ここに運びこまれたんだよ」
ご説明とても助かります、おばあちゃま。
「わたしは治療室の担当をしている神官のモーラだよ。体の方は大丈夫かい?」
モーラおばあちゃまが治療してくれたらしい。
粉砕系ツィーゲと違って、ちゃんとヒーラータイプの神官のようだ。
ベッドから起き上がって、体の調子を確かめる。うん、特にバッドステータスは発生していない。
「モーラ殿、世話になったようだ。快調だ」
「それはよかった。ひどい状態だったからね、若いからって、あんまり無理をしちゃいけないよ」
これがリアルだったら、「は~い」って返事をするところだけど、すまんなモーラおばあちゃま、ゲームには無茶と無理を楽しみに来ているんだ。
「冒険者とは、無理をする仕事だと思っている。世話になっておいて心苦しいが、無理を押し通すことになるだろうな」
「ふふ、そう言われたら、仕方ないねえ」
おばあちゃまは、包容力たっぷりに笑ってくれた。やんちゃな孫を見るような感じだ。
「でも、気をつけられる分は気をつけなくちゃいけないよ。あなたがかけられた石化の魔法は、邪神にルーツのある魔法のようだ。わたしも少し調べておくからね」
そうね。石化魔法はやばい。
またすぐツィーゲと再戦、なんてことはないと思うけど、石化解除アイテムは一定数確保しておきたいところだ。
あ、いやいや、他のゴートスカルシリーズも状態異常を多用して来たから、毒とか麻痺の対策アイテムも必須か。
星見トカゲがダースで欲しいな。あれかじってれば、雑魚戦は大丈夫だろう。
「助言ありがたい。少し考えてみることにする」
何を用意するにも、まずは金だ、金。
ギルドの依頼を受けに行こう。楽しい戦闘が出来てお金も貰えるって最高だよね!
治療室から出ると、そこは冒険者ギルドだった。
治療室はギルドの奥に設置されているらしく、受付カウンターまではちょっと歩くことになる。
その間、NPC冒険者からジロジロ見られるんだけど、これ喧嘩買っていいの?
とりあえず、受付嬢に話しかける前に、受付嬢から話しかけられた。
「エクスマウスさん、もう動けるようになったんですね。ご無事で何よりでした」
「あ、うん……モーラ殿のおかげかな」
んっく! いかん、機先を制されるとロールプレイが剥がれる。
会話の主導権を握り続けていないと不利に追い込まれるとは、まるで戦闘そのものではないか……!
会話はバトルであったか。また一つ世界の真理に近づいてしまった。
「モーラさんは熟練の神官ですからね。当ギルドもとても頼りにしているんです」
「ん、ベテランの風格はあったな」
和み系の極みみたいなところある。神官服だけど日本家屋の縁側がとても良くお似合いになると思います。
それより、受付嬢の名前が思い出せない。
ほら、彼女あれなんだよ、最初に会った受付嬢で、ほら、あの、強面系の先輩冒険者が絡んで来た時の……あ、先輩冒険者の名前も忘れちゃったぞー?
「エメル、ですよ、エクスマウスさん?」
「んんっ、失礼した、エメル殿」
「ふふ、いいんですよ。最初にお会いした時は、私から自己紹介したわけではありませんでしたからね。ガルムさんがちょっと私の名前を出しただけで」
ああ、そうそう。先輩冒険者はガルムだったね。
思い出した、もう完璧よ。
システムのメモ機能を立ち上げて記録しておいたからね。次からはカンニングします。
「それで、早速なんだが、何か依頼がないか」
「それなんですが……申し訳ございません」
真っ先に謝罪が飛んで来るとか嫌な予感しかしねえです、エメル殿。
「エクスマウスさんは、ツィーゲさんと戦闘になったという報告をなさいました。当ギルドとしましては、その調査結果が出るまでは依頼を控えたいという方針でして……その、万が一エクスマウスさんが問題を起こしてしまうと、当ギルドの責任問題が出ますので」
神のモノローグ通り、しっかり影響が出ているらしい。
ツィーゲの奴、普段はちゃんと冒険者活動していたのだろうか、邪神官の癖にギルドの評価が高い。
「依頼は出せないと言いたいんだな、わかった。だが、ハイソウデスカとはこちらも頷けない。あんなことがあったんだ、戦力を整えておきたいし、今日の飯の心配もある」
おかしいよね。ちゃんと調査依頼を達成したはずなのに、お金が全然振り込まれてないんですよ。
ポケットに手を突っ込んだら、冒険者証しか入ってない。モンスターのドロップアイテムとかも本当に没収されている。
討伐証明アイテムならともかく、その他のアイテムまで持っていかれているとか……。
おかげですっからかんですよ。
「森の調査依頼の報酬は出せないんだな?」
確認すると、申し訳ございません、と詫びられる。
「じゃあ、魔物の討伐報酬は?」
「それも、申し訳ございません」
「だったら、せめてドロップアイテムの買い取り金ぐらいは支払って欲しいもんだな。討伐証明アイテムは依頼の確認に必要かもしれんが、ドロップアイテムまでは必要なかっただろう」
「申し訳ございません。ツィーゲさんは、評判の良い冒険者だったものですから……」
会話スキップしたくなってきた。
冒険者スタートのプレイヤーが、いきなり冒険者ギルドで金稼ぎ出来なくなるとか、難易度調整どうなってんの。
「そっちが俺を疑っているのは理解した。元々ここのギルドに所属していた冒険者が、ある日突然現れた冒険者によって『黒ドクロをかぶる変態だった』なんて報告された。なるほど、どちらが信用あるかって話だな」
受付カウンターのテーブルを、指先でコツコツ叩く。
納得はいかん。
だって、あの調査依頼を出したのはギルド側だぜ。森の異常を示す黒ドクロシリーズの討伐証明だって出した。
このギルドにとって俺が新参者だって言うなら、どうやって仕組んで、何が目的だったんだよ。
納得はいかんが、ここで暴れて冒険者ギルドに喧嘩売るわけにはいかないんだろうなあ。
これだからマルチプレイは!
でも、試しに聞くだけ聞いてみよう。
『マウス:せんせー、冒険者ギルドと関係ぶっ千切れて犯罪者プレイヤーになるレベルで暴れていいですかー?』
『シシ丸:絶対やめろや社会不適合者!!!!』
相変わらず最速のキレ芸だな、シシ丸。
いいよ! 今日もキレてる! 素晴らしい!
『ヘキサ:そんなことされたら最終的に捕縛命令がこっちに出されそうだから、騎士として許可できない』
『ユッキー:あたしのお家にも迷惑かかりそうだからやめて! で、何があったの?』
『マウス:いや、ツィーゲのことを報告したことになってんだけど、俺よりツィーゲの方がギルドの好感度高いみたいで、絶賛犯罪者の疑いをかけられてる』
『シシ丸:それで冒険者ギルドで暴れたいと? 冒険者ギルドがド正解じゃん』
とても冷たいシシ丸の意見は、客観的に見るととても正しい。
『マウス:依頼達成の報酬も出ないし、ドロップアイテムも没収されたし、新規依頼も受けられないんだぞ。完全なる無一文だからスラム街のスターダムを駆け上がりたい気分になってんだよ』
『シシ丸:ちょっと待って。それ冒険者ギルドが通常じゃないな』
『マウス:?』
『ユッキー:?』
『ヘキサ:冒険者ギルドがそこまで利用制限されるなんて不自然だ、とシシ丸は言っている』
『シシ丸:犯罪者プレイなら一部の店舗やギルドが使用不能になるけど、それに準じた状態ってのが怪しい。それ、冒険者ギルドも事件に絡んで来てる臭いな』
『マウス:なるほど。十文字以内で頼む』
『シシ丸:ギルドがグルかも脳筋』
『塩胡椒:ぴったり十文字! すごい!』
おお、俺もお塩に同感だ。ちょっと感動したぞ、シシ丸。
罵倒まで混ぜて十文字でまとめてくるとは、やりおる。
『マウス:わかった。じゃあ、冒険者ギルドで暴れていいってことだな?』
『シシ丸:そうじゃねえよ!!! やめろマジで!!!! まだ可能性の話だから、大人しく引き下がっとけ。とりあえず、ギルドの一部に、邪神官の一派がいるかもしれんってことで動けよ』
『マウス:ちっ』
『ユッキー:マウス、お返事!』
『マウス:わんっ!』
『塩胡椒:先輩が犬になったらカッコ良さそうですね!』
『ヘキサ:ネズミだったはずでは?』
だって、チューチューの鳴き声に、イエス・ノーの意味ってなさそうじゃん。
さて、時空を超えた密談の結果、ちょっと残念だけど、シシ丸参謀長の指示に従って、大人しくすることにしよう。
命拾いしたな、冒険者ギルド!
「わかった。調査が終わるまで俺は冒険者として活動ができないわけだな」
「申し訳ございません。上からの指示ですので、わたしには何とも……」
まあ、受付嬢が悪いわけではないだろうってのはわかる。
でも、とりあえず文句は聞け。
エクスマウスさんは孤高の冒険者なので、言いたいことはガンガン言って孤立しても平気なのだ。
「ただ、こっちも言わせて貰おう。ツィーゲみたいな危険人物を、冒険者ギルドは気づきもせずに雇い続けていたわけだ。俺からするととんでもない無能の集まりに見えるな。そうでないなら、ここの冒険者ギルドが、ツィーゲと同じ黒ドクロ仲間であることを疑わないといけない」
「それはあんまりです! 当ギルドは決してそんなことはありません!」
わあ、綺麗な受付嬢が怒ったぞ。
でも、こっちだって怒っているんだからね?
「俺は、その冒険者ギルドに同じことを言われている。アイテムの没収までされたんだぞ」
「アイテムの没収については、森の異変の調査に必要だったものと聞いています」
「討伐証明アイテム以外も、何の見返りもなしにか? 証拠隠滅を図られていないことを祈るよ」
強気でガンガン押すよ。
エクスマウスとしては、後ろ暗いところはないのだ。
当たり前に依頼をこなそうとしたら、犯罪NPCに襲われた。しかもそいつは冒険者ギルドの所属で、その冒険者ギルドがエクスマウスに疑いをかけている。
じゃあ、こっちだって冒険者ギルドの腐敗を疑って良いよね。
「そちらが俺を疑うのは結構。だが、自分達を疑うなと言い出すのは傲慢ってものだ。真偽が公正に判断されることを願う」
綺麗な受付嬢に背を向けると、厳つい冒険者達から突き刺すような視線が集まっていた。
お、冒険者ギルドの好感度が下がった感じ?
ふははは、馬鹿め。NPCと強制的にパーティを組まされるゲームすら、ソロでプレイするためにNPCの好感度を最低にして「戦闘中に一切の援護をされない」という状況を作り出すのがこのマウスだ。
NPCの冷たい視線には慣れっこだぜ!
堂々とした所作で冒険者ギルドを後にして、俺は街を歩きだす。
さて、どうやって金策しよう?
さっぱり当てがないぞ!




