愉快なゲーム部員2
白桜ゲーム部の部室には、今日もカフェイン飲料が並べられている。
そのうち、コーラを手に取りながら俺は壁掛けディスプレイを指さす。
「これが星見トカゲ。状態異常耐性とスタミナとHPの回復強化……あと、これは後から気づいたんだけど、スタミナは最大値低下軽減の効果もついていたみたいだな」
「これ、よく買ったね? 初期所持金が消し飛ぶの恐すぎる」
ミルクティーを両手で包みながら、ユッキーが眉を顰める。
「手元にポーションは何個かあったし、まあなんとかなるじゃろ、って」
なお、お塩はこの初期ポーションをチュートリアルで全部使ったそうだ。
死ぬまでに使いきれるなんて、お塩もゲーム上手くなって来たなー。
ツィーゲが出て来た辺りで、ユッキーの眼差しが厳しくなった。
ヘキサが緑茶を片手にちらりと俺を見る。
「マウスは相変わらずですね。これ、武器が気になって視線を送っているのでしょう?」
「うん。こういう武器大好き。実にロマンシング」
「自分では滅多に使わないのに、好きですね」
「ソロだとこういう武器で遊ぶ余裕ないから、つい慣れた武器ばっかりになるんだよなー」
なので、今回は使ってみようかなと思います。
笑顔で宣言をしたら、コーヒーを口に含んだシシ丸が苦い顔をしている。無糖じゃなくて加糖にしたら?
「このゲストキャラ、これ敵になった?」
「え? すごい、なんで知ってるの?」
「いや、エタソンがいくらゲーム的な妥協をしているところがあるからって、このタイミングでガルムって冒険者の紹介はないわ。それだったら、ガルムがこの場で待ち伏せて紹介しているはずだ。騙りだよ、騙り」
「なんでそこまでわかんの、こわぁ!」
「ほら、ガルムに話しても知らん顔する、っていう誘導もした。これ決まりだね」
名探偵か、こやつ!
シシ丸は、こういう察し力が強いな。会話スキップ派にはさっぱりですよ。
ねー? とお塩に話しかける。
お塩は、今日はユッキーとお揃いでミルクティーの気分だったらしく、幸せそうに甘さを飲み干してから頷いた。
「昨日のスクショで邪神官ツィーゲって出てましたからね! これは僕もわかりました!」
あらやだ、お塩が一番賢い疑惑。
俺がシシ丸にジト目を向けたら、マジで焦った顔をして、ゆっくりと赤面していった。
「や、あの……そういや、そうだな、スクショでネタバレしてたな。ツィーゲってばっちり書いてあったわ。……ごめん」
どうやらマジでスクショのネタバレのことは頭になかったようだ。
シシ丸、ドジっ子属性が強くなった?
「武士の情けだ。……介錯いる?」
「ほっとけぇ、ばかぁ……」
あのシシ丸が、真っ赤な顔を押さえてガチの恥じらいモードだ。
まあ、なんだ、ほら、青春の傷跡は、そのうち輝く宝物になるよ。明日のお前は、痛みの分だけ今日のお前より強くなっているよ、シシ丸。
で、そのまま画面は邪神官ツィーゲとの戦闘に突入し、俺の格好いい戦闘シーンが展開される。
「わあ! すごい! 流石マウス先輩、カッコイイ!」
「ははは、そうだろう、そうだろう? お塩は可愛い後輩だなあ! 頭を撫で撫でしてやろう!」
「わひゃー! ありがとーございます!」
お前は髪型がぐしゃぐしゃにされても楽しそうだなー。俺ならちょっと嫌がる。
これこそお塩が天然聖人扱いされる由縁よな。
「わー、すごーい。流石だよね、マウス、かっこいいゾ!」
お塩に続いて、ユッキーも褒めてくれたので、親指立てて謙遜しておく。
「おー、サンキュー! イエース、アイアムグレート!」
「あれ? それだけ?」
「ん? それとも世界一まで慢心しておけばいい?」
俺の自尊心にはまだまだ余裕がある。お望みとあれば宇宙までいける。
「いやぁ……お塩ちゃんと対応が違ったからさぁ……」
「そう? 大体同じノリだったと思うけど?」
えー、とユッキーが自分の髪を撫でながらご不満そうに唇を尖らせる。
ひょっとして頭撫でて欲しかったの? ユッキーにやったらセクハラになりそうだから、流石にそれはちょっと……。
ちなみに、今回の国盗りメンバー、俺がセクハラ通報の心配なく絡めるのは、お姫様ポジションのお塩だけである。
後は皆、女の子だからね。
ゲームのプレイスタイルは蛮族だけど、コミュニケーションはジェントルマンなんだ。
なお、シシ丸によると、このジェントル・マウスはヘタレ評価らしい。ギャルゲー好きのナンパ野郎(女性)にそんなこと言われるのは納得いかねえ……。
「マウス、これ最後どうしたのですか?」
ヘキサが声をかけて来たのは、画面が丁度シナリオ終了したタイミングだ。直前には、ツィーゲ必殺の振り下ろしが流れていた。
「ああ、それな。石化がかかって避けることはできそうになかったから――」
フンス、と鼻息荒くどや顔を決める。
「逃げずにツィーゲの一撃を弾いた――つまり、パリィしてやった」
だから、シナリオ達成評価が「偉業」になったんだろう。「ラストアタックには早すぎる」というあの文言は、シナリオ終了でフェイドアウトする時点では生き残り判定になってたんじゃないかな。
「なるほど。流石と言うか、マウスらしい。石化が進行している状態で、それに備えて立ち方を整えていましたね?」
「うん、それ以外できそうになかったから、狙うならそれかなって」
負けるのは嫌いだから、最後まで勝ち筋を探すのが俺のプレイスタイルです。
結果、最後の一撃を生き延びた時点でシナリオ終了になったらしい。
つまり、我がマウスは死んでない。死んでないということは負けていない。接戦の末の引き分けです。
すなわち、負けイベじゃなかったんだな! よきかな、よきかな!
まあ、シナリオ継続していたら、確実にデスったと思うけどね。
通常攻撃でも、分銅を蹴っただけでHPが半分削れたわけで、さらに高威力と化した最後の一撃はもっとHPを奪われていた。
見る余裕なかったけど、ゲージ一ドットくらいだったんじゃないかな? それくらいの残量なら、着弾後の衝撃波で死んだだろうし、奇跡が重なって生き延びても、石化の進行によって結局死んだと思う。
「偉業評価にはそれくらい必要になりますか……」
「そうだな、ちょっと条件きついよな。シシ丸の偉業の時はどうだったんだ?」
赤面から立ち直ったシシ丸は、それでも決まり悪そうに顔をそらしながら、考える様子を見せた。
「あれよりは難易度が低かった気がする、後でこっちのプレイを見たマウスの意見も欲しいけど……。ただ、そうだな。今回のマウスにしても、最後のパリィをしなくても偉業になった、とか?」
そういったシシ丸は、シナリオクリアの結果報告で止まった画面を指さす。
「ツィーゲのデート相手を最後まで勤めた……。ラストのパリィを失敗していても、最後まで勤めた、に該当しそうじゃないか?」
パチリ、と指を鳴らしたのはヘキサだ。その表情には納得が色濃い。
「この文言をゲーム的に読むと、一定時間の戦闘継続が達成条件だった?」
「そういうこと。粘って粘って、ツィーゲの第二形態? あの黒ドクロ姿を引き出す。恐らく、AI的にはそこでプレイヤーの敗北でシナリオクリア。それをこの戦闘狂が何を間違ったかしのぎ切った結果、あの偉業のタイトルってわけだ」
シシ丸は機嫌よさそうにコーヒーを口に含んで、あのタイトルは結構好き、と呟いた。ヘキサも口元を緩めて同意する。
「確かに。ギムレットには早すぎる、のもじりでしょうか?」
「ああ、どこかで聞いたことがあると思った。そうか、ええと、小説だっけ?」
「レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』ですね。ああ、小説のタイトルや作中での台詞の使い処も考えると……うん、AIとは思えない気の利いた言い回しです」
なるほど、つまりどういうことなんです?
博識のヘキサさんと違って、聞き覚えがある程度のシシ丸、さっぱりわからない俺だ。文学博士はゲームを楽しんでいる表情で教えてくれた。
「そうですね。小説を前提とした言い回しだとすれば、冒険者エクスマウスと邪神官ツィーゲは、まだお別れを済ませていない。この後シナリオが進めば、再び相まみえることになる、そういう含みを持たせているのではないかと」
「ふうん? ちょっと小説読んでみようかな。ヘキサは持ってる?」
これがシシ丸のリアクション。ややエモーショナルな風味を感じる。
「じゃあ、次に出会うまでに鎖分銅の練習しとこうかな」
これが俺のリアクション。ややバイオレンスな風味を感じる。
ヘキサが、情緒のある再会にはなりそうもありませんね、と残念そうだったけど、お塩やユッキーは、「それでこそマウスだぜ!」みたいにケラケラ笑っていた。
俺のシナリオの確認が終わったので、他のシナリオへと話が移ると、ディスプレイに順番にシナリオのダイジェストが表示される。
ゲームホスト・ユッキーは「お転婆令嬢と地下書庫」というシナリオで、東の森の中にある遺跡の地図を手に入れたようだ。
「冒険者になりたい男爵令嬢ちゃんが、淑女教育を受けさせようという使用人達の魔の手から逃げ出し、古い書庫の隠し部屋から見つけたんだよ! 謎解きが難しかった!」
ユッキーが嬉しそうに補足しているけど、プレイ動画が中々ひどい。
チュートリアル用のダンジョンと言っていい地下書庫がある男爵家ってあの世界だと普通なの?
あと、巡回しているメイドさんや執事さんを鞭でしばいてやっつけている男爵令嬢ってどうなのよ。
男爵令嬢の中の人に突っ込んだら、
「スタン効果のある鞭だからノーキルだよ! ノーアラートは無理だったけど……」
とのこと。ユッキー殿のゲームは、スニーキングアクションでござったか……。
本棚に特定の本をはめ込むと隠し扉が開くギミックは王道だけど、見ているとテンションが上がる。
やれって言われたら絶対断るけど。面倒じゃん?
「この本棚、蹴り飛ばして開けることも可能だったのでは? ボロボロだし破壊可能オブジェクトだって絶対」
「知力原始人は黙って」
早速シシ丸が絡んで来たので、喜んで言い返す。
「最新鋭の軍隊様だってショットガンで鍵開けたりしますー! つまり現役の突入手段ですー!」
「隠し部屋を開けるのと鍵部屋への突入じゃジャンルちげーじゃん!? ってか、そーゆー問題じゃねえから! この謎解きだって今後のシナリオに関係して来るだろ、絶対!」
そうなの? 俺がユッキーを見ると、謎解いた張本人も首を傾げていた。
「ええ? だって、本棚の内容は邪神がどうたらみたいな話じゃん? 青い炎が増えると、紫の炎を使う奴が目覚めるとか……。この辺のキーワードから、本棚に青い本を並べたんでしょ?」
「ごめん、青い背表紙が綺麗だなって、何となく並べてた」
てへっと笑うユッキーは、平常運転だった。
本当に楽しそうにゲームをするよな。プレイスタイルは貫禄のイキアタリバッターリ(神聖エノク語)である。
これぞゲームの醍醐味だよ。リアルな人生ゲームじゃないんだから、普段やらないようなギャンブルや思いつきでぶつかっても、なんとノーリスクである。
じゃあ、やったもん勝ちである。
これからも、ガンガン行こうぜ!
ご機嫌なプレイを決めたユッキーとハイタッチする。へいへーい、シシ丸も引きつった面してないでもっとノリでゲームしていこうぜ!
「あ、あたま、いたい……。なあ、ヘキサ、早めにユッキーと合流できそう?」
確認されたヘキサは、困ったように笑って否定する。
「騎士団に所属していまして、どうもユッキーがいる街の担当ではないようです。同勢力の領内ではあるようですが……」
「こっちも同じぃ……!」
シシ丸が頭を抱えたので、俺から朗報を提供しよう。
「ユッキーがいるのイデルの街だろ? 俺の冒険者ギルドもそこだったよな」
よかったな、シシ丸。俺がすぐ合流できるぞ! お塩もすかさず手を上げて、続いた。
「あっ、僕の孤児院もイデルにあるって聞きましたよ!」
とても頼もしいであろう知らせに、シシ丸も喜びの奇声で答えた。
「あああああああ、ユッキーのシナリオ謎解き多そうなのにいいいい! 頭使ったプレイしない奴ばっかり集まってるじゃん! これもうシステムによる戦力分断じゃん!? この先どうすんだよぉおおおお!」
その叫び、まるで俺達三人の頭が空っぽだと聞こえるぞ。
しっっっつれいな奴だな!
ドアを蹴破る力にだって、効率的な体の使い方、効果的な衝撃の伝え方とかがあるんだぞ。
つまり、暴力は獣の時代から人類が積み上げて来た、とてもインテリジェンスな解決方法だと言える。
そう、暴力に解決できない問題はないのである。
君も今日からインテリジェンスに暴力をインストールしよう!




