沖田と斎藤
「これは驚いたね、斎藤くん」
「ええ、変わった風貌の少年が不逞の輩に絡まれてるかと思えば、まさか自力で撃退してしまうとは思いませんでした。」
「いや、あれ女の子でしょ。」
後ろにはさっきとは別の二人の侍とやらが立っていた。接近に全く気付けなかった。
「なんにせよ、いつもより見廻りの範囲を拡げて河まで来た甲斐があったよ。」
「沖田さんはサボりたかっただけじゃないですか。そもそもこんなところまで足を延ばすなら普通に見回りしてるのと労力変わらないと思うんですけど。」
さっきの男と比べると一見まともそうに見える。
『・・・沖田に・・・斎藤?この人たちはひょっとして・・・いやいや、いきなりそんな有名どころが登場するわけないか、すごく珍しい苗字って訳でもないし。』
男たちを見てマブイータが何やらぼそぼそと呟いている。
「あの姿、さっきの奴の仲間か?」
『どうだろうな、あれは侍って言うこの国の戦士の一般的なスタイルだし。とりあえず何か聞かれても適当に誤魔化してさっさとずらかろうぜ。仮に彼らがちゃんとした立場の人たちだったとしても、異世界から来たボクたちの事を説明することは難しいし、できるだけ関わらない方が良いぜ。』
ふむ、本当にここが異世界なら私としても無用な混乱は避けたいところだ。
「状況はおおむね把握できますが、念のため話を聞かせていただけますか?そこの男に暴行を加えたのはあなたですか?」
斎藤と呼ばれる男が落ち着いた様子で話しかけてきた。まずは事情聴取、単なる荒くれ無色じゃないみたいだな。
「簡単に説明すると、その男がこの場で寝ていた私に手を出そうとしたからぶっ飛ばしたんだ。以上、説明終わり、さようなら。」
私は出来るだけマブイータが言った通り最低限のやり取りで切り上げる。
『誤魔化すの下手か!』
マブイータが私の完璧に簡潔に状況説明にケチをつけてきた
「いやいや、そういうわけにはいきませんよ。まずはあなたが何者なのか教えていただけますか?」
事情聴取が終わっていないだと!?馬鹿な!!?
「そ・・・それはどうでもいいだろう!?私は被害者なんだから!!」
「そういう訳にいかないんだな、これが。つーか何その服?二の腕も太もも丸出しじゃん、それで襲われたとか言われてもね。あんたの方から誘ってボコボコにしたんじゃないの?」
沖田と呼ばれた方が口を挟んでくる。服装に突っ込まれると辛い、私にとっては普通の服だ。
『まずいな、マスターが太ももを出してるせいで言い訳出来ない。』
「私のせいか!?これくらい普通だろう。」
『この世界では女は人前で無暗に肌を出さないんだよ。まあ男でもしっかりとした立場なら乱れた服装はしていないけど、そうでなくてもこの国は外国に対して異常なくらい神経質だから自国とは違う文化体系の服装してたら言い訳の余地はないぜ。ボクみたいな刀剣にも言えることだけどな。』
「それだといくら私の口が達者でも無理ゲーではないか?」
『そうだな、しかもマスターは口が達者じゃないしな。』
何てことだ!?私は口が達者ではなかったのか!!?
「もういいや、とりあえず連れて帰ろうか。さあ斎藤くん、取り押さえちゃって。」
これ以上、というか沖田の方は最初からこちらを説得する気は無いらしい。実力行使でくるなら口が達者ではない私にとっては望むところだ。
「え?私がやるんですか?」
「だって俺、殺さずに捕まえるとか無理だし。」
「私だって殺す方が楽ですけど、まあ分かりましたよ。」
怖い!なんか物騒なこと言ってる。
『気を付けろマスター、さっきも言ったがこの世界で殺されればエコールの加護による復活は出来ない、装備や資金だけでなくその命そのものを失うことになる。』
「安心しろマブイータ。無職ごときに遅れをとる私ではない。」
そう言いながらも私は目の前の一見おとなしそうな男に脅威を感じている。
「私達は無職ではありませんよ。京都守護職会津藩預かり、『壬生浪士組』隊士、斎藤一といいます。この一戦の後、互いに存命ならば以後お見知りおきを。」
『マスター、こいつ等が本当に壬生浪士組の沖田と斎藤ならおとなしく従った方が良いかもよ。』
「なんだ急に、彼らの事を知っているのか?確実に初対面だろう。この世界のことが分かるとか言っていたが、個人ひとりひとりの情報まであるのか?」
『いや、さすがに一般人の事はわからないさ。だが後世に名を遺すレベルの有名人ともなれば多少は情報があるってだけだ。壬生浪士組、たしか新撰組の前身。隊服を着ていないってってことは文久3年の4~5月ってことになるな。もしかしたらと思ってはいたが、今目の前に居るのはあの新選組の沖田総司と斎藤一ということになる。』
マブイータがなにやら年号のような事を口ずさんでいる。つまりコイツは何故かこの世界の歴史を知っていはいるが当事者ではないということか。
「ふむ、つまり彼らはこの世界の歴史に名を遺すほどの傑物という事か?どんな偉業を成したんだ?」
それともあるいは悪行か。
『別に偉業なんて成していない、ただ強かっただけだ。歴史に名を遺すほどにね。』
「ただ強いだけ?」
『新撰組、彼等にまつわる逸話は数あれど、それらが歴史的に見て偉業だったかと問われればノーと言わざるをえない。そんな彼等だが、その強さと劇的なエピソード故にこの世界の未来においては絶大な人気をほこっている英傑なんだぜ。』
未来において人気のヒーロー・・・。
「フ、安心しろマブイータよ。アイゼンハルトを討伐した私だってすでに未来においては伝説の英雄だ!」
相手が強者ならば私とて望むところ、異世界英雄対決だ!
『それは・・・どうだろうね。』
マブイータがなにやら含みのある言い方をする。まあいい、今はそれどころではない。
「ではいきますよ、ルールルさん。」
斎藤が刀を抜きながら距離を詰めてくる。
「壬生浪士組、斎藤一。勝負!」
そして互いの刃が激突する。
『ぐわぁぁ!』
私はマブイータを投擲し、斎藤がそれを刀で弾き上げた。
その隙をついて距離を詰めようとしたが、斎藤はそのまま後ずさり私との距離を調節する。
後ろに退きながら私が間合いに入ってきたタイミングで刃を返し刀を振り下ろした。とっさに手甲で防いだが剣の威力に押し負け腕が弾かれた。そして間髪入れず斎藤の追撃が私の二の腕に直撃した。
次の瞬間、空中で回転していたマブイータがそのまま落下し、地面に刺さった。
『負けた奴の剣てこうゆう時本当にこんな漫画みたいに突き刺さるんだな。』
地面に突き刺さったマブイータがぼやく。
「まだやりますか?ルールルさん。」
踞っている私に対して斎藤が声をかけてくる。
「・・・腕が・・・腕が痛い~!」
腕が痛くてまともに思考が働かない。
「普通は痛いじゃ済まないんですけど。投擲で虚を突いたつもりだったんでしょうが、そのあとが不用意過ぎましたね。」
「・・・交戦前に私の動きは既に一度見られてるし時間をかけると勝ち目が無くなると思ったんだよ。それに私は今まで知性のない怪物としか敵対したこなかったしな。」
まあ結局負けたけど。
「言われてみれば、先に戦闘を観察していたわけですから勝負の条件としては対等ではありませんでしたね。」
正直、それが無くても勝ててないだろうけど。
!!!!
そんなやり取りをしていた次の瞬間、あたりの地面が暗く染まり、闇の中からゴブリンの群れが現れた。
『ゴブリン、なんでこんなところに!?』
ゴブリン、私の世界において人に害をなす怪物の一種、ありていに言えば魔物である。その魔物が今、この異世界に出現した。
そしてその出現元である暗闇は地面に突き刺さった神剣マブイータを中心とした円状に広がっている。
『ま・・・マズイ、これじゃまるで僕がゴブリンを呼び出したみたいに見える。』
「マブイータ・・・きさま、これは一体どうゆうことだ!?」
『僕じゃないよ!何でもかんでも僕のせいにするなよ!僕のせいだってんなら証拠だせよ証拠!!』
「その暗闇はどう見てもお前を中心に発生してるじゃないか、この状態で無関係って言いきれるのか!?ひょっとしてさっきの侍が暴走してたのもお前のせいじゃないのか!?」
『言い切れるよ!だって身に覚えないし!僕の目を見ろ!これが嘘を言っている人間の目か!?』
おまえ剣じゃん、一体どこに目があるんだ?
『とにかく早くコイツら倒せよ。この世界に来てからの立て続けの襲撃に僕だってうんざりしてるんだから。』
「お前が私に命令するな。」
『・・・じゃあほっといて帰れば?どうせここはマスターの世界じゃないんだし、魔物が暴れて人々が苦しもうとマスターにもエコールにも関係ないんだからさ。』
「え?帰っていいんですか?それじゃあ、お言葉に甘えて・・・。」
私はそう言って少しふざけた感じでヒョコヒョコとゴブリンたちと逆方向に歩いていく・・・。
「って、おーい!止めろー!」
マブイータが立ち去ろうとする私を制止せず放置したから私は自ら立ち止まり、そして叫んだ。
「ちゃんと止めてよ。本当に帰っちゃうところだったよ、まったく!」
『それ谷桃子のヤツじゃねえかよ。そもそもどこに帰るつもりだよ。』
冷たい対応しないで。