準備
冒険者への登録はミシシュ意外に行ってからという事で話が纏まり森へと足を踏み入れる。
「イチジク、その前にしばらくはこれを身を守るのに使って」
森の奥にある川の側に来たところで町を出る前に木の棒を買っておいた。
槍に似た武器が得意だと言っていたがそんな予算は無く、そもそも本人の言葉を鵜呑みにした場合刺せないでしょ。刺すだけで隙が生じてしまっては護身用として持っとく意味も無いだろうから本物の槍を買う機会は無いかも。
そんな考えで購入しておいた木の棒はここまでは荷物を運ぶのに使用し役目が済んだのでイチジクに手渡す。
「ん?これもしかして荷物運ぶ為ではなくわらわの為に買ってくれたのか?」
持っていた坪を置き期待の籠ったような、ほんの少し高くなった声色で聞いてくる。
こんな紙切れ一枚よりも安いものでここまでよく思ってくれると少し罪悪感を感じるな。
「そうだけど?」
「ありがとう!大事に使わせてもらうのじゃ!」
指輪を付けている事で尻尾も耳も無くなり火傷が目立といった容姿でもわかるほど良い笑顔を見せ、嬉しそうに木の棒を受け取る。
元々立て札等に使われる杭へと加工する事を想定した木の棒で本当に安物のだ。
槍と言うには少々短く軽すぎる気もするが一番近い形状をしていたからこれを選んだ。
「テッテレー。九は伝説の剣を手に入れたのじゃ」
「………」
片手で握り、逆の手は添えるようにして棒を持ち上げ高らかにそんな事を口にした。
「す、すまぬ。聞かなかった事にしておくれ。
ノエルはともかく男の子はこういうの好きかと思ったのじゃが……あ、あはははははは……」
なるほど。レネとも仲良くなろうとしてるのか。
確かに孤児院にいた頃にそんな感じの事してた子はけっこういたけど、レネはどっちかって言うとやられ役に立つ事が多かったし面白く無いんじゃないかな。
まあそんな事、恥ずかしそうにしながら坪を退けてるイチジクは知らないだろうから仕方ないか。
坪を退かしたイチジクは周囲を確認して咳払いを1つする。
「コホン……感覚に身を委ねる感じ………感覚に身を委ねる感じ………」
だらりと両手を楽にしながら目を閉じ、自分に言い聞かせるように言葉を数度繰り返す。
「……あの、イチジク?」
護身用だし必要なら使えって意味であって別に見せる必要は無いと口にするよりも早く棒を振り回し始める。
腕はだらりとしたまま動かす事なく指だけで回転させながら放り投げ、かなりの速度で回転しているのか唸るような音を鳴らすそれを逆の手で回転の勢いを落とすこと無く流れるようにそのまま左右へと受け渡しをする。
正直かなり驚いた。
怪力だけでなくこんな繊細な指の動きまでできるって……私はどの程度この動きを真似られるだろうか?
「んぉ……本当にできるものじゃの……っぁ!」
目を開きできている事を意識してしまった事が原因だろうか、手から弾かれるように棒は川の方へ跳ぶ。
「危ない危ない、力のコントロールは要練習じゃな」
川に落ちる軌道だった棒を空中でキャッチし、反対方向にある岩崖を足場にし跳躍したイチジクはその場で軽く跳んだかのような、あんな大ジャンプをしたとは思わせない硬直の一切無い動きでそんな事を口にする。
これだよこれ。出会った初日にみせられたとんでも身体能力。いや、今回のは初日より凄くてビックリだよ。
「これ……僕らじゃどうにもなんないね」
初日はここまで派手な動きしてなかったからなぁ……
前衛を担っている私と違って回復担当のレネはこの時初めてイチジクの身体能力の高さを理解したようで、つい漏れ出てしまった言葉のように感じた。
「ところで、川に来たのは良いけれどどうするつもり?」
川に来たのはイチジク……いや、私の要望か?
森を歩く中、拾ったりむしったりしたのを嗅いでその殆どを捨てるという作業を私達の後ろを付いてきながら繰り返し行っていたから「良さそうなのあった?」と何気なく聞いてみたところ、「手間をかけていいのなら何個も見つけておったのじゃが、わらわ達にはそんな余裕は無いのであろう?」という発言で事情が大きく変わった。
私達に余裕は無いのは確かだが、そもそも現状はイチジクのことを知る為に期間を作っている訳で、これはダンジョンにも連れていって良いか見極められさえすれば良いから足手まといにはならない事が確定している現状背中を預けられるかが重要な訳で信頼関係を築けるかの期間だ。
そのイチジクの言葉にはつい「もっと早く言えよ!」と強く言ってしまい、まさか叱られるとは思ってなかったのか戸惑っているその手を引いて町に戻り道具を用意しここまで来たのだ。
イチジクの言い分だけど、素人の自分が下手な意見をした事で迷いが生まれ、それが死に直結するなんて嫌だから時間の掛かる事柄に関しては意見を言わないようにしていたとのこと。
正直その判断は何も間違っていないのでそれ以上つつくつもりは無い。
「そうじゃの。とりあえずほれ、この木の実を拾ってくる役、坪を洗う役、火を起こす役で別れようかの」
イチジクが取り出した木の実はドングリだった。
来る途中に匂いが気に入ったのか摘んでいた草を使って何かすると思っていたがドングリとは……
「できればわらわは火起こし意外が良いのぉ~」
「わかった。私は火をつけるから坪洗って」
「じゃあ僕はドングリ拾ってくるよ」
3人で別々に行動を開始する。
まあ私の方は土と火の魔法を使えばあっという間なので振り向けば丁度イチジクが川に坪を突っ込んでいるところだった。
「終わったよ」
「えっ?おぉ………どうやったのじゃ?凄いのぅ……」
「どうって……魔法に決まってるじゃん」
「あっ……そうか魔法か。リアルに魔法があるんじゃったな。
……ん?ノエルは水の魔法は使えるかの?」
「使えるよ。ほら」
私の手の上に水球を作り出す。
それを見て「おぉ……」と思わず手を止める程の強い関心をみせ、矢で射るかのような、照れ臭さを感じる眼差しで見てくるもので思わず消した。当然の事でもそんなに見られると恥ずかしい。
しかしこれまでも普通に使っていたが……思い返せば昨日も一昨日も臭すぎて気絶するように眠っていたしその間に使っていたな。
なら見せたのは………初めて出会った時の回復魔法とあの魔女が起こしたスコールでずぶ濡れにならないようにした時以来か。だとすれば余裕のある時に見たのは初めてか。
「ほぉ~……ん?だとしたら態々川まで来た意味は……いやいや、魚捕るんじゃから意味はある」
「釣竿が無いけど?」
「それは石打漁するつもりだから大丈夫じゃ。
魚が沢山余るじゃろうが、ダメ元で煮干にしてみようと考えておる」
「にぼし?」
石打漁も聞いたこと無いけど漁の一種なのは確実だしあまり興味無いから置いとくとして食べ物は別。
私は6年も前から旨いものに飢えているから過剰反応するのも多めに見て欲しい。
美味しい料理を初めから知らなければきっとこうはなってない。
「煮た魚を干した物で出汁なんかに使えるのじゃが……おそらく失敗するじゃろうなぁ。単純に環境が悪すぎるのが一番の原因になるじゃろうから煮干に関しては期待しな方が良いぞ?」
「干すのか……それなら岩場の方に行く?あそこ広いから出来そうだよ」
普段ならワイバーンが降りてくる危険があるが今回に限っては大丈夫だろう。
魔女フレイヤによほどこっぴどくやられたのかワイバーンの動きがかなり消極的というか、そもそも飛んでるワイバーンの姿が極端に少なくなった。
そんな状態なのだから魚を干すなんてどこかの宗教が意味不明な儀式をしているようにしか見えないところに態々来ないでしょ。
私だったら近付きたくない。不用意に近付いて至近距離で悪魔召喚が成功したなんてなったら全く笑えない。
「ほう。ならそっちの方が良さそうじゃの。準備が済んだらそこに向かいたいが構わんか?」
「良いよ」
「そうか。う~む、落ちんのぅ……洗剤……せめてオレンジが欲しいのぅ……
はぁ、仕方ない。もう落ちそうな部分は落ちたし沸騰消毒しようかの。
川の水と魔法で出した水だとどっちの方が綺麗なのじゃ?」
「魔法の方が綺麗だよ。少なくとも直接飲んでもお腹を壊したりしないし」
「なら水を頼みたいのじゃが良いか?」
「良いよ」
指示に従い坪に水を貯め、そこに食器なんかも全部入れて沸騰させ煮るらしい。
熱で体に悪影響を与える原因を殺すことが目的との事。
道具を煮ている間に布を洗い、終わった頃にレネが戻ってきたのでレネを連れてもう一度ドングリを拾いに行く。
レネの拾ってきたドングリも多かったがその8割くらいは虫が混じっているから棄ててしまうらしく、そう考えると確かに少ない気がする。
「よいしょ」
「ッ!?ちょっと大丈夫!?」
戻ってきてドングリの入った布を置いたところでイチジクが熱湯の入った坪を長手袋ごしとはいえ手で持ち上げた。
「む?あぁ、これくらい平気じゃよ~。わらわの戦闘服はこの程度の熱はもちろん斬撃も通しはせん」
「え?じゃあ火事大丈夫だったんじゃないの?」
「限度があるわ。数分くらいなら大丈夫かもしれぬがじわじわと時間をかけて蒸し焼きみたいにされるなんて一瞬て消し炭にされるより辛そうじゃろ?」
「あぁ……どうせ死ぬなら痛くない方が良いもんね」
「そもそも死ぬなんて嫌じゃがな~。
仮にわらわが焼けずとも酸素が焼けて……えっと………にっさんかたんそ中毒……?
だったかのぅ?まぁそんな感じで空気が焼ける事で呼吸ができなくなって死ぬという可能性もあったのじゃ。
あの時は本当にパニックになっててのぉ。とにかく火を消そうと踏み潰しても土を被せても効果が無くやむを得ず岩で広がるのを遅延させようと一番近い岩場の方に向かったのじゃが……踏み込む時の力加減を誤り足を挟む形で引っ掛けてしまっての、気が付いた時には止められず足をねじるような形になってしまっての、移動速度も相まって派手に転倒して木々にぶつかっても止まるどころか木をなぎ倒す勢いでの、全身痛いし足がもげたかと錯覚したぞあれは……」
「………」
作業の手を止めることなく経緯を説明してくれたがそれはもう痛そうだ。イチジクの頑丈さじゃなければあの程度の怪我では済んでない……は置いといて、なるほどと思った。
あの位置から近い岩場と言えば私達が入っていたダンジョンがある崖付近が一番目立ちわかりやすい。
正直そこより近い岩場もあるがイチジク本人がパニックに陥っていたと言っており頼れる仲間が誰一人として居ないのであれば冷静な判断ができないのも当然だろう。
そして一番目立ちやすい方向に向かえば私達とすれ違う。
火災現場に向かう最中に何匹か動物やモンスターとすれ違い、私達を無視して走り抜けるモンスターに意識を持って行かれていたからそれだけ派手に転倒をしても気付けなかったのだろう。
もしかしたら気づけなかっただけで転倒した時の音も耳にしていたのかもしれない。
「よし、ドングリの選別をするぞ~」
坪に水を入れ、そこにドングリを入れ浮かんだ先から森へ投げ捨てる。
浮かんでくるドングリは虫に食われて空洞ができ空気が入る事で浮かんでいるからそれで判断し捨てているらしい。
しかし全ての虫入りドングリが浮かんでくる訳でなく数個は虫入りも残るらしいがそれくらい割ってから目視で確認すれば良いと自信満々だったので大丈夫だろうと確信している。
何故かと言えばこれまでの発言や行動を考えるとイチジクはどうも消極的だ。そのイチジクが"たぶん"とか、"できるはずじゃ"とは言わなかった辺り料理の技術に関しては経験に裏打ちされた強い自信があるのだろう。
まあそれ以前にそもそも少しくらい虫が混じっていても気にしないというのがあるのだが。
「さて、そろそろ魚を取ろうかの。主らはそのままドングリの選別を続けていてくれ」
「え?」
いくら私達の手に余る力を持っていたとしても痕跡を簡単に消せるような、正に今いるようなところでイチジクから目を離すなんて真似はしたくないのだけど……
「大丈夫すぐ戻るのじゃ~……」
何か言うより早く動きだしそんな声が遠退いていく。
宣言通り一分もせずに音が近づいてくる。
戻ってきたイチジクは自身の身の長の半分程の大きさをした岩を軽々と持ち上げていた。
その姿にはレネも思わず「うわ……」と信じされないモノを見た反応を示し、スキルを使っている様子も無いのにこの岩を運ぶ姿には一切の違和感も無い辺り、イチジクの腕力はやはり私達がどうこうできるレベルではない。
この瞬間私達の中ではイチジクこそがミシシュ最強の人類説が浮上したが人を殺せない辺り神様って本当に理不尽。
なぜ私達にその力をくれなかったのか。
「それ……でかすぎない?」
「どうもこの体になってからできるできないの基準が変わっておっての、普通に考えたら無理でも直感的にできると思った事でできなかった事は今のところ何一つ無いぞ?
まぁ流石にコレは大きすぎると理解しておるがほれ、他はあんなサイズしか無くての、自信満々に石打漁をするとか言って失敗したら恥ずかしいであろう?」
指した石は確かに大きいけど、片手で持って背後から敵の頭部を殴るのに適した大きさで、『ある程度の大きさの石』が必要と言われれば大丈夫か不安になる大きさなのは確かだ。
というか何平然と片手でその大岩持ちながら指差してんの化物か。
「あれできる?」
「たぶん半分くらいの大きさなら……」
できる事と平然とできる事は全く違うけど。
「大きな音がするのと破片が飛んで来るかもしれぬからわらわの後ろに隠れてるのじゃ」
指輪を外し獣人の姿に戻ったイチジクが尻尾を大きく伸ばして破片が飛んで来ても私達に当たらないようにしてくれるが、そうじゃないだろとか複数の事が浮かぶがすぐに霧散する。
大きな音と衝撃、遅れて森から一斉に飛び立つ鳥の音によって。
「……投げる時の力加減まで考慮しとらんかった」
川から腹を浮かべた魚が沢山流れていく。
焦った様子で指輪を付け直し、魚を回収するため川に飛び込んだイチジクを見たところで私達も考えられる程度に回復したので川に入ろうとしたが、魚の回収はするからドングリを終わらせてくれと言われた。
時期的に川はもう冷たいから耐性防具を身に付けたイチジクが担当するのはまあ妥当かと納得し作業を続ける。
「ふぅ、これだけあればサンプルとして十分じゃろ」
「そう……多すぎない?」
「仕方なかろう。わらわも石打漁は初めてでこんな事のなるとは思わんかったのじゃ」
「………」
レネよ、そこじゃない。見るべきはそこじゃないだろ。
ブルブルと体全身をふるわせ水をとばしてそんな事を口にしていたイチジクは多少湿っているように見えるが、とても半身を川に浸していた事が嘘のように濡れていない。
耐性もそうだけど、アレらにはいったいどれだけの価値が……
……いけない。友好的に。イチジクは私が欲しい知識を沢山持っているようだし他にもまだまだ出てくる絶対に。
だから目をつぶる。私は見てない気付いていない。
「……レネ、実験は多くの失敗と多くの挑戦で達成できるものだから普通だと思うぜ?」
「そうなのか?」
「そうなのぜ」
「いやそれにしてもこれは多過ぎじゃ」
「せっかくフォローしたのに」
話ながらも移動の支度をし、その殆どをイチジク一人で何の負担も感じさせない動きで持ち上げた。