在り方
目の前の三本の尾を持つ獣人イチジクは異世界人で混沌に属する神により祝福を受けたらしく記憶が混濁していたり消えてたり、どうみても女なのに自分を男だと思い込み訳のわからない事を口走ることがあり、オマケに異世界からこの世界に落とされたらしい。
異世界人に関しては珍しくも無いから不自然でも何でも無いけれど、強い異世界人なら珍しく頭のおかしい事を口走る異世界人に関しては何故か強かろうが弱かろうが珍しくもない。
おそらく世界が違うことによる価値観の違いだろうという考察を過去に読んだ書物に記されていたし、実際話してみてそれなら納得できると感じている。
彼女の話を鵜呑みにするのなら、頭のおかしいではなく頭をおかしくされた異世界人という違いになるわけだが、誤差でしかない違いとも感じられるがそのような異世界人が珍しい事は確かだし、混沌に属する神らしいなと思えるからきっと何か意味があるのかも……何の意味も無くそうしていてもあの神なら不思議では無いけど。
そもそも彼女が起こす事が混沌に属する神にとって面白い事になるのか、彼女がこの世界に来た事で影響を受けた何かの事柄が目的であるのか全くの不明なんだよなぁ……
とりあえずイチジクは怪力というだけで無害だろうと判断しよう。
むしろその怪力を含めた超人的スペックは今後大きく役に立つだろうし側に置きたい。
なので本来は知っていて当然の事なのだが異世界人であるイチジクは知らないであろう神々の遊技盤について丁寧に説明し良好な関係を築く方向で行く。
彼女が話している事全てが嘘であり彼女自身が混沌に属する神である可能性もあるのだけど、それはもうただの災害であり人間の枠組みに収まる私達がどうこうできる事じゃなくて、私達は死ぬほど運が無かっただけとスッパリと諦め……は、できないだろうけどどうしようもない。
「まずこの世界の名は神々の遊技盤という。
神々の遊技盤は星の数ほど存在する無数の世界の隙間に創造された世界だぜ。
無数に浮かぶ世界、その全てを創造したのは神々すらも本来の名を忘れるほどの長い…永遠の眠りについておられる絶対神様である。
それら全ての世界のちょうど中心で眠りにつく神々の頂点たる絶対神様が眠りの中で無意識に創造したものこそが絶対神様の見る夢…私達が呼ぶ世界とは絶対神様が見ている夢が具現化したものであり、世界は本来絶対神しか創る事は無い。
それは何故かと言うと純粋な神は決められた役割意外は傍観するだけの存在だからだ。
ではそれ意外の事をする神は何かと言われれば……全て『邪神』だぜ。
どれだけ人に友好的であろうとも干渉している時点でそれは神の役割から逸脱したしてはいけない行為。
だが、とある1柱の神は人を愛しすぎた。
人を好きで好きで仕方なかったその神は神々の遊技盤を創造し自分自身も人となり世界の一部となった。
この世界が神々の遊技盤と呼ばれるのは、人と関わり合いたい神はその神だけでは無かったからだぜ。
人がペットを愛でるのと同じように神が人を愛でたいと思ったり、混沌に属する神のように面白おかしく1つの物語を作ろうとしたりする。その物語が世界に大きな影響を及ぼそうが、世界の誰にも知られること無く人知れず終わる物語であろうとも関係無くな」
ここまで反応を探りながら話していたがやはり初耳のようにしか見えない。どこか楽しそうでありながら、とにかく理解しようと、もっと知りたいと、そういう気配すら汲み取れて思った以上に話しやすくて正直助かる。
レネが比較対象だからというのもあるけれど、やはり異世界人は物事を学ぶ基礎を知っているから楽だ。
「うん……ここまで口にして改めて思ったが、私達は神々の遊技盤という名の牧場で放牧された家畜と変わらないかもしれないな。
そんな牧場に無理矢理つれてこられた野生の動物こそが異世界人で、異世界人は牧場の外の事しか知らないからこうやって説明している訳なんだが……牧場云々は置いといて何か質問はあるか?」
「質問は特にないがアルファコンプレックスを雑に緩くした感じの世界じゃな」
「アルファコンプレックス?」
「幸福なのは義務であり、幸福でないと殺処分されて見た目が全く同じ人間が作り出されるコンピューター様という名の神によって全ての人類の幸福を完璧に管理されたデストピア~……なのじゃが、今それは関係無い話であったな。質問は無い」
そんな世界が存在するのか……これを聞いた狂信者は神に感謝し喜んで血肉を捧げるんだろうなぁ……
「それで異世界人と私達では決定的に違うのは世界のルールを知っているか知らないかだぜ。
この世界では全てに魔力が存在し、世界は知識を記録する事ができる。知識とはスキルや魔法の事であり、これは口に出さずとも使うことができるが世界へ宣言する事により世界に記憶された知識に近い形へと補強される。
熟練者であればあるほど世界への宣言を使う機会が減る事は確かなのだが、宣言をする事で補強しようと世界そのものから力が送り込まれるのを利用して熟練者はトドメを刺す時に世界への宣言を行い補強する為に送り込まれる力も操作して威力の増加に回したりする。
その為世界への宣言は基本にして最高の奥義とまで武人には言われて………戦うのが好きなのかぜ?」
この話題に入ってから今まででとは比べ物にならない程の強い関心を見せたので聞いてみる。戦い好きな獣人が役に立たない訳がないし期待も込めながら。
「あ、いや、うん……そうじゃな。戦いは好きじゃな。
華やかで格好いい戦闘は見ていて凄く良いのじゃが……沢山の血はちと怖いのぅ。
戦う事、何かを競うことは好きじゃが殺すのは好きになれん。
あのな、森にいた時に大きなイノシシがおっての、わらわは肉が大好物なのじゃが、木の棒を突き刺した時の感触とイノシシの悲鳴が……そうじゃな、怖かったのじゃ。
この町の話を聞いて、万が一その時が来たならわらわは人を殺せるのかと考えたが……たぶん意識して殺す事はできぬ。
怖くなって思わず棒を放してしまいイノシシはそのまま逃げてしまったのじゃが、姿がみえなくなってもしばらくは怖くて立てんかった。
じゃから、いくら強く攻撃ができたとしても、その時の緊張と恐怖で支配されたであろう単調な攻撃が、殺す事に慣れている敵に当てられるとはとても思えん」
あぁ……こういう人知ってる。
戦争に出る前は勇猛果敢な優秀な戦士であった筈なのに、戦争を経験した後はまるで別人のように臆病になった人を見たことがある。
いくら肉体が戦いに向いていてもその心までが強い訳ではない。
「じゃあ何でこんな町に入ってきたのさ。
道まで出たなら向かう方向とは逆へ向かえば良かった。
イチジクはあきらかにミシシュの住人じゃないし印を付けられることなかったんじゃない?
まさか僕たちが命の恩人だからとかそんな理由じゃないよね?」
「それは右も左もわからん場所じゃし……いや、変に隠さず話すべきか」
私とレネが同時に警戒する。わかっていた事だがイチジク本人から隠し事をしていると公言されたことで警戒が数段上がった。
だが、レネはそうでもなかったけれど、私は次の言葉で警戒が無くなったと言っていい程に緩くなってしまった。
「命の恩人だからと言うのもあるのじゃが……だって、主らはどう見ても子供であろう?
わらわは大人じゃ。イノシシすら殺せぬわらわの力などたかが知れてるかもしれぬが、それでもわらわは大人として過ごした知恵と経験がある。
魔法がどこまで万能かは知らぬが、わらわには主らよりも病気に関する知識など、見た限りの生活や技術の水準を考えれば役立てる事は沢山あるだろうと確信した。
わらわ自身、わからぬ事が多過ぎて不安であるのは否定せんが、それ以上に主らのような子供がこんなにも必死に生きているというのに、大人であるわらわがそんな事言っておれん。
役に立つから、良ければ側に置いてほしいのじゃ」
甘い。あまりにも考え方が甘過ぎる。
それでも私は、この言葉を信じたいと思った。
私はお父様の姿を、大人の姿を良く知っている。
この場所に落ちるまでに出会ったアレらが大人である筈がない。
アレはクズであって理性で動き後継者に道を示す大人とは違う。
「……は?意味がわからないんだけど?」
けど……私と違ってレネは大人の姿を知らない。
「そうじゃのぅ……わらわなりにプライドがあってそれを曲げてしまえばわらわではなくなってしまうからとだけ理解してくれれば良い。
主らも何か1つくらい曲げたくない事はあると思うが……どうじゃ?」
そう言われレネは沈黙する。
私達が何よりも欲しているのは現状の打開。
もうそのゴールは見えている。
今更曲げようなんて選択肢は無い。
だからこそ理解できたと沈黙で答えを返したのだろう。
「レネ、俺はイチジクを冒険者ギルドに登録して協力させても良いと思うがどうだ?」
「なんか負かされた気がして嫌だけど構わないよ」
「それなら決まりだな。明日冒険者ギルドに登録して数日調整してダンジョンの攻略をするとしよう」
「今日の見張りはどうする?」
「いつも通り。今日は俺が先だな。レネは4時間後」
「わかった」
話し合いが終わり決めることも決めた。
いつもより寝るのが少し遅くなったが今日起きたトラブルを考えれば充分すぎる結果だ。
むしろこの辺りではまず手に入らないナイフを出費も無しに手に入れられたのは大きい。
「のぅのぅ、わらわはずっと起きれていられるから二人とも寝ても良いぞ?」
「信用できない」
「ふむ、そうじゃな。言われてみれば当然の事じゃな」
私達が同時に動きだし何の指示も貰えなかったイチジクは困ったように訪ねてきたが当然の事を言われて少し寂しそうな笑みを見せて、ほんの少し申し訳ないなと思った。
何故なら私はそれくらいなら信じても良いと思ってしまっているからだ。
この日だけであまりにも多くの出来事が起きて疲労していた事も理由であろうか?
あるいはイチジクの人柄がそう思わせるのかもしれない。
こうやって黙っている姿を見ていると少し目付きが鋭いところから多少厳しそうな印象を受けなくもないが、全体的に物腰が柔らかく、今までの態度などを考えると私達の事を気遣っていたのかもしれないと思う部分が多い気がする。
そんな事を考えていればレネが小さく吐息を立てはじめ、一時間程して完全に眠りについたであろう頃に切り出す事にした。
「なあイチジク」
「なんじゃ?」
「さっき起きていられるって言葉はどういう意味?
そういうスキルでも持っているのか?」
「正解じゃ。体力の消耗を魔力で代用し続ける技術を持っていての、魔力を消費する術の使い方がわからない今では疲れ知らずの睡眠要らずじゃな」
「そっか。……なあイチジク」
「なんじゃ?」
「その……大人って何だ?」
私は確かに誇れるくらいに立派な大人を見ていて知っている。
イチジクが自分を大人だと口にしてから亡くなられたお父様達の事を考えていたけれど、何となく大人がどういうものかわかっても言葉としてそれが思い付かないでいた。
だからどうしても気になって聞いてみようと口にした。
「ん?う~む……それは難しい質問じゃのぅ。
正直それには答えなんてありはせず、その時代、人それぞれが持っている解釈でいくらでも変わりそうではあるが……少なくともわらわにとって大人とは二種類存在すると思っておる」
「二種類?」
「うむ。次の世代、未来ある者達の見本であり、背中を追えるよう不純物になりうる要素を排除しつつ無数の可能性を提示し選ばせるのが1つの大人の姿であると思う。
ただの理想で格好付けたがりとも言えるが大人など見栄っ張りでできていると言っても過言ではないからの。
主らにはこの大人こそが必要だと思うのじゃが……すまぬの、今回の場合はそれが必要だとわかっていても打開するにはわらわではあまりにも力不足じゃ。
わらわにできることは負担を減らすくらいかもしれぬ。
じゃが、後悔の残らないよう努力しようとは思っておる」
「何故そこまでしようとする?俺達は他人だぜ?」
「単純にわらわが子供好きだからじゃな。
子供には幸せでいてもらいたいし、幸せそうな姿を見とるとわらわも幸せな気分になれる。
じゃが、先程も言ったがわらわは力不足。全てを妥協しない力などとてもではないが持ち合わせておらぬ。
レネの言うように逃げようと思えばすぐ逃げられるが、手の届く範囲にあり、それが恩人となれば可能な限り力になろう。
その結果、主らよりも幼い他の子供を見捨てる事になるかもしれぬが主らを失う可能性があるのなら見捨てる。
わらわは弱い。じゃから主らにだけ向けるのじゃ」
「……その気持ちは嬉しいが、あまり期待はしないでおくぜ」
「そうしてくれると助かるのぅ。
言葉でなく行動で示そうとは思っておるが、現状わらわの方が物事を教えられ助けられる事が多いはずじゃからな」
「この世界の事、全然知らないからな。
………それで、もう1つの大人って何だぜ?」
「何かになる事じゃ」
「何かって……何?」
「何かは何かじゃ。この世界の経済状況も職業比率も知らんが社会で生きていく為には何かしらの職業に付き組織に入らなければならぬ。
社会で生きていく為には社会の歯車としてピッタリと収まらなければ上手く動かず何処かで問題が生じる。
じゃから自分自身を捨てる。自分としての小さなプライドを殺して女でも男でもなく、商人であるならば性別商人。剣士であるなら性別剣士に。とにかく自分自身を削り何かにならなければならない。
そして、時には多くの結果を得る為に少数を切り捨てなければならん。
それにより組織という1つの世界が生存し、組織が生存した事によりその組織の組員全ての安全が保証され、家族が救われる事へと繋がるのじゃ。
そう言った意味ではお主ら二人はこの町において既に大人なのかもしれぬが、わらわから見て危うさを感じてとても無視できぬ」
……なるほど、確かにそれも大人なのかもしれない。
私の前にいた時のお父様と研究をするお父様はあまりにも別人のように見えたから、イチジクの言う二種類の大人を両立して上手く立ち回っていたのかと納得した。
「そしてな、昔のわらわは後者の大人であった」
イチジクが再び指輪を外し美しい姿に戻る。
「天才などともてはやされ、一方で三尾の化物などと呼ばれ、嫌なものばかり見て何も見たくなくなって、それなのに立場から逃げる事を許されず自分の心を殺すしかなかった……
その頃のわらわの姿と主らが何処となく重なって見えてしまいどうしても無視などできそうにない」
三尾の化物……
指輪を外しそう呼ばれた象徴であろう尻尾を撫でながら火へ目をやる。
まるで昔を懐かしむようにして楽しげな口調や仕草で話しているものの、その内容はとても他人事には思えず、自分を殺すしかないという言葉が胸に刺さる気分だ。
実際私はとれだけ自分を殺して生きているのだろう。
それどころか何度自分が出そうになったときに死人が出てくるなと突き放しただろうか?
この人は今の私と同じように避けられない困難に直面しそれを乗り越えてきたのかと心から感心してしまった。
「自分に似てるから……そっか………」
あぁ……駄目だ。私は久々に見た憧れた大人の姿に、プライドを持ち責任を背負う、懐かしさを感じるその姿にどうしても信じたいという気持ちが抑えられない。
そして私は口にした。
「……"子供は無理をして大人ぶらず大人に甘えるのが仕事だ"……って、昔よく言ってくれてたんだ。
それでイチジクは、さっきレネに俺の死んじまった親と同じような事を口にした。それも真剣に」
「っ!……そうか、やはり軽率な発言であったか。
この環境で生活している時点で容易に理解できることだというのに……」
「ううん。そんな事は気にしなくていいぜ」
「……そうじゃの。またしても、今のも失言じゃったな。いったい何様でそのような事を言ったんだか。主らの歩んできた努力などを否定するような……とにかくするべきでない発言であった」
言葉の隅々から優しさを感じる。
この環境で生きる時点でとかそういった発言をしてしまった事に後悔を覚えきちんと反省し、私の言葉をしっかりと理解しようとしてくれる。
甘い、本当にどこまでも甘過ぎる。
私はそれをわかっている筈なのに……
「……これが混沌の神のやり口なのかもしれない。
だがそれでも俺……私はあなたを信じてみたいと思ってしまった」
崩していた座り方を正し、確かめるように口にする。
「……信じて良いとなど言わんぞ?先程も言ったが後悔はしたくないから、わらわは行動で示そう」
美しい赤い宝石のような瞳で真っ直ぐと私の見つめそう言い切る。
睨むとは違う、とても真剣な眼差しで、この人になら任せても良いと思わせる力強さを感じた。
「そっか……ならもう眠いし任せて良い?」
「お安いご用じゃ」
立ち上がり寝床の毛皮をほんの少しだけイチジクの近くへと寄せ寝る体制へ移ろうとした時、トントンと肩をつつかれる。
「ノエル」
「何?」
「こっちの方が肌触りが良いぞ?使ってみぬか?」
今度はイチジクから私との距離を縮め、差し出したのは3本の汚れ1つ無い純白の大きな尻尾。
「汚れるよ?」
「構わん、むしろ本望じゃ。それに、その程度で汚れるほど柔な体はしとらんぞ?」
あぁ、イチジクは睡眠が要らないと言っていたしそれだけの魔力があれば付着した汚れなんかも魔力に変換して吸収してしまうか。
「そう……良いのであれば一本借りるわ」
そう言い尻尾を借りた。
自分の意思としてはそこまでだったのだが、自分が思っている以上に信じられると思っていたのか、それともよほど疲れていたのか横になって数度言葉を交わしていると意識が遠退きすぐに寝りについてしまった。
元々RPGツクールのシナリオだったし物語の勢いなどの都合で1章はノエルとイチジクの好感度が不自然な流れになりそう。