混沌に属する
火事やスコールなどという現象が嘘だったように静まり返っている。
入った時とはやや離れた場所だがようやく森を抜けられると安堵した時だった。
私とレネが使用した指輪が役目を終え音を立て亀裂が入り、魔法技術の革命たる秘宝が砂のように崩れ、手で崩れ行くのを抑えようとしても何の意味も無く隙間から溢れ落ち風に吹かれて消えてしまった。
その瞬間の喪失感というか、ここに落ちるまでに何度か感じた名状しがたいこの感情は慣れるものでは消してなく、確実に心に深い傷を与えていると理解するもどうしようもない。
あぁ……お父様、申し訳ありません。
無能なアンジュエッタには貴方の一生を象徴するこの秘宝を扱うのに最適なタイミングを見極める事ができませんでした……
残りは3つ……必ず……必ずや…………
「……もうそろそろ見えてくるぜ。覚悟は良いかぜ?」
いけない、動揺して最初の言葉が震えていたし語尾も変だ。
死人が出てくるな。私こそがノエルだぜ。
「う、うむ……結構前から悪臭を感じておったが発生源は確実にあそこじゃのぅ……
すぅ~……ゴホッゴホッ!
…………よし!いつでも構わんぞ!それくらい耐え抜いてみせよう!」
獣人は腕力や脚力にばかり目がいきがちだが嗅覚や聴覚も人間より遥かに高いんだっけ?
森の中で私達が助走をつけた所を助走もなく平然と飛び越えたりと信じられない事ばかりを目が行ってしまい嗅覚までは失念していた。
人間ですら臭くてたまらないのに獣人に耐えられるものなのか?
しかし今更そんな心配をしたところで意味もなく、無事に、それでいて無慈悲にもミシシュに戻ってきた事でイチジクの顔が曇る。
それがとても気になるのだが、私が心配し警戒するところはそこではないと切り替える。
よそ者が来ることなどほぼ無いので全員どっかで見た事ある奴なのがミシシュであり、強いて言えば積み荷として送られてきた生き物や、それを運んでくる屈強でガラの悪い奴くらいだ。
だから私達みたいな狂暴なクソガキが連れている時点で目立つ筈なのだが、このミシシュに門番なんているはずがないので素通りだ。
これはイチジクに予め説明していた事なのだが、ミシシュの大組織は元々4つ存在していたがこの入り口が何処の縄張りになるのかという抗争で組織が1つ潰れる程の血塗れな事件が起きた。
正確に言うなら一番疲弊した組織を3つの組織が完全に包囲する形で徹底的に潰した結果、組織が1つ完全に潰れた実例から損害しか生まないという事を学び、入り口からある程度の距離は誰の物でもなく、そこで起きる出来事なんて何も無い。起きていたとしても無い物は無い。何があっても絶対に何も起きない平和な場所が入り口周辺だ。
例え死体が吊るされていても素敵なオブジェが出来上がっただけで何も可笑しくない普段通りの平和な光景なのです死ねよクソどもが死体で遊ぶな。
「うぅ……あの肉、腐ってないかの?」
「腐ってるに決まってるじゃん」
「そうか…」
とても小さく短い会話だったがレネの口から出た言葉にかなりの衝撃を受けたのだろう。指輪により火傷の跡が酷い顔のように見えてなお聞かなきゃ良かったとより深く表情を曇らせる。
店に山積みにされてる肉達は腐ってるだけじゃなく、落ちてきたワイバーンの糞尿を浴びている可能性が高く、それを雑に洗って並べてるだけのものを平気で売ってるのはおそらくこのミシシュくらいだと思う。
「……大丈夫?」
「わらわはもう駄目じゃ。臭すぎて頭痛すらしてきた……」
拠点について座り込んだイチジクはボーッと口が半開きになっており、見ているこちらがもう限界だ止めろと言いたくなるような有り様だ。
「あのさ……ノエル?」
使えないのを養えるほど余裕はないのは確か。
けれどイチジクは今のところ特別な存在で様子を見るのが最善。
だがレネが何か言いそうになったのを止めたのはそれ以上に大きな理由がある。
それは私も最初ミシシュの悪環境によって頭痛が起きたからで気持ちがよくわかるからだ。
「気持ちはわかるよ。とりあえず2~3日くらいずっと寝て過ごせば普通に動けるくらいには慣れるだろうから。それまでは寝て起きてを繰り返しても文句は言わないでおく。
あとは……そうだ、眠りの魔法をかけてあげようか?」
「ノエルぅ……ありがとう、主はなんて優しいのじゃ……」
眠りの魔法をかけ、ふらつき倒れそうになるのを抱き寄せる形で支えて優しく毛布の上で横にさせる。
眠る前にイチジクが口にした優しいという発言を聞いた時に引っ掛かりというか、大きな疑問というか……上手く言語化できないがどうにも変な気持ちを抱いたな……
連続してどうしようもない緊急事態が起こり冷静でいられていないからか?
優しい……?私が?
同じ痛みを経験してるからこそ見ていて同じ気分になりそうになだけで、それを避けようとしただけなのだが……
「……う~ん。優しいなんて言われたのはいつぶりだ?
私ってそんなに優しい?」
「優しいけど甘くはないかな。というかやり過ぎるところあって怖いくらい」
「嘗められたら死ぬんだから仕方ねえだろ。」
しかしなんの抵抗もなく眠りの魔法が効いたな。
緊張等から来るだろう多少の強張りはあったがそれだけで魔力的な抵抗は皆無。命の恩人だからって理由でここまで無防備になれるものでもないと思うが、これで神に属する者という可能性は大分減ったと考えて良いのだろうか……ここで踏み外すのは致命的な気がする。
だがやはり神の落とし子ですら存在としての格が大きく離れていて、あんなちっぽけな魔力じゃとてもじゃないけど効く訳ない。
これは豆粒のような虫一匹を殺すのに十分な量の殺虫剤で人間を殺す事ができるかと例えればレネでも理解できそうな内容なのだが、そんな単純に決めつけて良いのだろうか?
……わからない。この町を出るというひとまずのゴールが目の前なのもあって思考が入り乱れて仕方ない。
そう迷走しているとレネが何気なく口にする。
「ねえ、顔に火傷の跡があるように見えるのにそれでも美人って凄くない?」
「そう?………うん、言われてみればそうかも」
寝ているイチジクの顔を見直して最初の感想はやはり痛々しい。
だがじっくり見た場合は美人だということがわかる形をしている。
そしてさっき支えて見た目通りとても軽く拐いやすそうだなとも感じた。
さて、そんな彼女は神に属する訳でもなく、どっかのお国のお姫様という可能性も低くなったけれどその振る舞いは洗練されていて歩き姿からも高い教養を受けている事が伺えて益々謎だ。
「レネ、今後の方針についてだけど大きく変えざるを得なくなった訳だが何か意見は?ちなみにだが現状は最善を尽くした結果の必然だぜ?言いたいことがあるのはわかるが文句を言うのは無しだからな?」
「わかってるよ。ただしばらくダンジョン攻略も見送りにするしかないね。
……いっそのこともうダンジョン攻略は諦めてこの町を出る?」
「そうしたいのは確かだが、大した実力も無くミシシュから出てきたっていう印を付けられたらそれこそ生きていけないって何度も言っているだろ」
その印を付けられる事を回避するためのダンジョン攻略である。
ミシシュの犯罪組織の者達はその組織に入っている証明として顔に印が付けられており、烙印がついておらずダンジョンを攻略できる者であるならば冒険者ギルドから証明書を貰うことで回避する事ができる。
犯罪組織の印は神の印であり、神との契約上組織に入る以上絶対に付けなくてはならない。
付けたところで神の餌である事には代わり無いのだが、便利な駒という認識もされ特別な力を授けられることもあるのでリターンも大きい。
その力を得るというのは麻薬のような快楽や高揚感があるらしく、それを得る為にはどんな手段、どんな姿に変わり果てようとも得ようとするのだと昔「神々に関する禁忌」とかそんな題名の書物から読んだ事がある。
「地下水路を通るなんて自殺行為だし現状攻略する意外に道は無いか……」
「いや……それに関しては最終手段として考慮しても良いんじゃないか?」
正直今の実力なら足手まといや背後から刺されるかもしれないという不安要素が無ければ良いと思う。
何せ初めから行く予定の初心者ダンジョンなんて楽勝だろうから地下水道のダンジョンボスを倒す目的でなく別の出口を目指すだけなら今の私達でもたぶんいける。
というのも町に戻る途中黒焦げになったワイバーンが4匹も落ちていて、生命の源がそのままだったので回収してきて、最初の一回のですら今までで一番の能力上昇を感じたのにそれを4回もって、当初の予定のような苦戦は初心者ダンジョンじゃ発生しないんじゃないか?
だからこそ危険な地下水路でも多分大丈夫。
まあ何の根拠も無い希望的観測だからこそ最終手段な訳なのだが……
・
レネとの相談を終えた次の日の夜。
イチジクが起き上がり出された食事を綺麗に食べきると楽しそうに私達の様子を見ていてレネが警戒を強めている。
これは私から切り出すしかなさそうかな。
なるべく柔らかい口調で、無理に低くすることもなく普通に喋るだけ……よし。
「……具合はもう平気?」
「うむ。元々臭いのには慣れていたのじゃが予想をあまりにも越えていての、主らには心配かけてすまなかったのぅ」
食事と睡眠だけしていたイチジクは1日という短い時間で獣人でありながら人間ですら眉を潜める悪臭に適応したらしく、私の見る限りでは痩せ我慢をしている様子は全く感じられない。
本人の言うように慣れていなければ自然体ではいられない程の悪臭だし嘘ではないだろう。
「それで、わらわの事を話しても問題は無いかのぅ?」
「問題無いよ。火事の経緯は大まかに聞いたけど、そもそも何であんなところに?」
「それは~……」
焚き火を間に挟み毛皮の上に座るイチジクが目を閉じる。
どこから話すべきか……いや、この場合話したところで信じてもらえるかと思っているのだろうか?
「国に追われて転移魔法が失敗して森に落ちた。あるいは神に拐われたとかそんなところ?」
あってほしくない事を口にし様子を伺ってみよう。
そう思って発したが何の事かかわらないといった様子なので心の中で胸を撫で下ろしたが……
「神?アレは神とかそういうものだったのかい?」
その言葉に緊張が走り、昔読んだ書物の内容が沢山浮かび上がってくるがぐっと我慢しなるべく平常で話す。
「まあ神なんて会おうと思えば何処にでもいるし……」
その神が人をオモチャと思っているか可愛い愛玩動物として見ているかって違いはあれど、どちらにしろ"人の価値観を理解できない"という共通点があるから神がらみはマトモな話が無いせいで平常を装ってはいたがたぶん眉を潜めたと思う。
神の落とし子では無かったが神の気紛れに巻き込まれた人種かぁ……
「わらわは、本当はわらわでは無いのじゃ。
本当のわらわは男で、人間なのじゃが薬袋九を知っていて、いや、薬袋九の生みの親みたいかものなのじゃ」
「えっと……どういう意味?」
なんて安堵した途端にちょっと理解の追い付かない発言が来て素で聞き返してしまう。
つまり偽名って事?だけど親って……
「どこから説明した方が良いか……
まず、わらわはこの世界とは異なる世界で普通に暮らしておった。
しかし、不幸が重なって普通に生きられなくなり、居場所を探すように……いや、もしかしたら死に場所を求めるようにと言った方が良いかもしれん。とにかくわらわは放浪しておった。
しかしある時、急に何かわからないものに飲み込まれた。
それで、『君みたいに適応できるいらない奴を探していたんだよ』と、聞いたことの無い言葉……いや、音かもしれん。
とにかくソレには伝えたい意思があって、知らぬ言語の筈じゃが意味を理解できていて、気が付けばわらわはわらわではなくなり、薬袋九になっておった」
「イチジクになる云々は置いといて獣人の異世界人って……」
「いや、それも珍しいけど別に無い訳じゃないぜ。それよりも……」
獣人の異世界人はとても珍しいからレネの疑問は当然かもね。
しかし今の話が本当だとして、ここまで肉体か記憶か、あるいは魂までも改造して送るなんて事をするとなるとたぶん混沌に属する神の仕業なんだけど、何故そんなことを?
「これは混沌の神の仕業で確定かもしれないぜ……」
「混沌ってニャルラトホテプ?それともナイアーラトテップかの?」
「それは同一の神だぜ……って、異世界なのに神がいるのか?」
「読み物の中の空想として出てくるのじゃが……実在するのか?
あんな危険な神々が?」
あぁ、そうやって事前に書物等で神々の知識をばらまいておいて手頃そうなのを拐った時にスムーズになるようにしてるという仮説は本当だったのか……
「神は沢山いるけど牽制しあってるから大惨事なんてものはそうそう起こらない。
神々の遊技盤について説明する必要もありそうだけど、それより何か自分の身に起きている事とか全部言ってみて。
理解できるかは置いておくとして口に出す事で思い出せるかもしれないぜ?」
「そうじゃな。しかし……ノエルはずいぶんと博識じゃのぅ」
「……これでも昔は学者になりたかったからな」
「それはすごいのぅ、わからない事があればノエルに聞くとしよう」と飾りを付けているとは感じさせない強い好意を向けられ、つい邪険に扱うような台詞を私は口にするがそれすら嬉しいのかイチジクは私に好意的な感想を投げかけてきたがレネが軽い苛立ちを見せたのを敏感に感知してようやく自分のことを考え始めた。
「そうじゃのぅ……わらわは営業をしておっての……えっと、会社の商品を宣伝し売る仕事と言えば伝わるかの?わらわは昔から話しをするのも話を聞くのも得意じゃったからな。
田舎から出稼ぎで都会に行き、そこで世界をしていて……」
「……どうした?」
「田舎……実家って何処じゃ………?」
今まででどう話すべきかと模索しつつも楽しそうに喋っていたというのに、とても小さく心細いような声色で呟いた言葉と同様に血の気が引いているのが見てとれる。
「いや、わらわは男で……男の……筈………わらわの名前は……わらわの名前は…………薬袋九……………………………すまぬ、よく思い出せん」
どう捕らえても無理をしているが明るい声でそう言い切った。
「なんじゃったかなぁ~。何を売っていたかもどこに住んでおったのかも思い出せんのぅ。
2人暮らしで……2人?いや3人……5人?
……わからん次じゃ。趣味とか好きだった事はハッキリと覚えておる。元々薬袋九はわらわのTRPGの……TRPG?うむ…なんじゃったかのぅ?RPGといえば爆発する筒状の武器じゃし……うぅむ?
………いやいやいや、RPGと言えばロープレじゃろうが。
RPGと聞いて重火器浮かぶってもしかして軍隊……な訳無いしのぅ。
しかしわらわはRPGよりアクションゲームの方が好きじゃったし……これもどうでも良い事じゃの。
……むぅ、どうにも好きなことしか浮かばん……他には料理も好きじゃったし簡単な家具も作ろうと思えば作れる程度で、予知が得意で………わからんことばかりじゃなぁ……」
悩みに悩んで記憶を辿りながら何とかしようとする姿はとてもではないが演技には見えず、私同様レネもそう感じているようだ。
冷静に一つ一つ思い出せる事を口に出し、何がどう楽しくてどう思ったか話すイチジクはとても理性的に見えるがそんな訳がない。
表面上とは違い、中に、それも底の方に言い知れぬ気持ち悪さを感じる。
こんな事をして何になる?ただ記憶を消した訳じゃない。
この意味不明な感じ、これこそが混沌に属する神の所業だ。
それが大きかろうが小さかろうが関係無い。
意味も無くただ面白くなりそうな不確定要素を作り出し、ただ見守る。他に干渉なんて一切しない。舞台では語られないような登場人物の身近な脇役となり、誰よりも特等席でその出来事を見ようとするのが混沌の神の常だ。
そう考えるとイチジクは被害者だ。
舞台をより面白い方向へ向かわせるため異世界人でありながら異世界人として生きてきた記憶を奪い、技術等の知識しか残さない。いや、もしかしたら何か知識を与えその上でぐちゃぐちゃに掻き回しているのかもしれない。
「ふむ、好きなことを上げるとるとキリがないのじゃ!
わらわの趣味は置いておくとしてこの世界に来て火事になるまでの経緯を説明するとしよう」
「その前に良い?男なのになんでそんな口調なの?」
何言ってるんだと思ったがレネは本来無い記憶を付け加えられている可能性に辿り着いてないのならその疑問も出るか……でもどっからどう見ても女性でしょ。何を言ってるんだ?
……と、私はそう思っていたのだがイチジクはわりと深刻な表情で考え始める。
え?ちょっとやめてよ。男なのに私やお母様よりずっと美しい容姿なのは凄く複雑なんだけど……
「む?わらわが男なのにこの……ちょっとまて、わらわの趣味が男の子に需要が高いものが多かっただけで男だったのか……いや、男の筈……む~、考えたら良くわからんが自然に出てきたのが男だから元男であってあるはずじゃたぶん!」
いやそれは絶対無いからって否定したいけど今は少しでも信用してもらうため余計な口論になりそうな事は我慢……
口走りそうになったのを密かに握りこぶしを強く作りわずかな痛みで紛らわす。
「それで何故このような口調かと言われてものぅ……昨日町に入る前にも話したがわらわはこの口調でしか喋れん。
立場的にとかそう言った話ではなく、どれだけ違う口調で喋ろうとしてもこの口調になってしまうのじゃ」
「呪われてんじゃん」
は?こいつ何言ってんだ?
「混沌の神の祝福だぜ。次間違えたら私のために殺すぞ」
「ご、ごめん……思わず……」
ナイフをレネの首に当て殺気を浴びせ、謝罪を確認したので解放する。
「ちょ、ちょっと大袈裟すぎではないかや?」
「「…………」」
生と死を綱渡りする生活をしているからコレに関しては間違っても大袈裟じゃないのだが、いくら説明しようと本当に異世界人であるなら理解できないことを私もレネも知っているので何も言わない。
そしてその重い沈黙が私達にとっての真実である事を察したイチジクが明るい口調で話の続きをする。
「そ、それでじゃな!わらわがこの世界に来てからじゃが、まる1日この体の使い方を覚える為に時間を使うことになったのじゃ!」
そう言い唐突に指輪を外し元の姿に戻ったかと思えば体が浮かび上がる。
「ほれほれ、わらわの尻尾は伸びるし力持ちなのじゃ」
なんだ、尻尾の力だけで浮いたのか……いや充分すぎるくらい凄いけど。
しかし座った体制を崩さず浮かぶ姿は凄い事はわかるけどちょっとシュールだ。
「それは凄い。どれくらい伸びるの?」
「最大20mくらいじゃな。ほれ、ここから届くぞ」
うわ、本当に伸びた。3本の尻尾のうち1本が隅の方まで伸び、そこに置いてあった重石を絡めて戻ってくる。
「?………ッ!?」
浮かぶのを止め座り直したイチジクは重石を膝の上に置くようにし、殴り砕いたり切り裂くのではなく、両手で押し潰してみせた。
それも勢いをつけた様子もなく、紙切れを丸めるのと同じようにいとも簡単に。
指輪を付け直し獣人から火傷顔の小汚ない人間に戻り、普通の石からまん丸な小さな石になった重石を片手で転がしながら続きを語る。
「元々わらわは戦いとは縁の薄い世界で生きてきた普通の平民であった……と、思う。そんなわらわがいきなりこんな力を手に入れた結果、コントロールができずまともに歩く事すらままならんじょうたいになったのじゃ。
2日もあれば意識せずとも普通に歩いたりできるし走る練習もできたのじゃが、原始的な火起こしをする場合話はかなり変わってくる。
火を起こすのは強い力が必要じゃが、力が強すぎると……あの有り様じゃ」
能力は与えて肝心の使い方を教えないって……
これまた斬新な方向で切り込んできものだ。流石は混沌の神。
「どんな魔法が使えるかもわからないのか?」
「使い方はわからんがどんな術や技を使ってどんな戦い方が得意かは誰よりも詳しい自信があるくらいじゃ」
「そりゃ自分の事だし……」
いやレネ?矛盾に気付いてあげて。使い方がわからないのに得意な戦い方があるという矛盾にさ。
さっき戦いとは縁の薄い場所で生きてきたと言ったばかりなのにコレって何なの?
多重人格とか精神汚染されてるとかそんな感じ?
この辺レネにつつかれたら面倒そうだし『待て』のサインを……よし、通じたね。
「それでどんな戦闘スタイルなの?」
「わらわは武器としてハルバードと針を使い、術は影と炎、雷、幻、時間、付与、封印なんかが得意な体をしてる筈じゃな」
「ハルバード?」
術っていうのはたぶん魔法の別名だとして時間や影って枠組みは知らないけど何となくどんか魔法かわかる。
けど武器として名が上がったハルバードというものはわからない。
「槍と斧と鎌が1つになった武器の事じゃよ」
「へぇ~。なるほど、確かにさっきの怪力で槍の長さをした斧なんて振り回されたらそれだけで凄そうだぜ。
筈ということは使い方がわからないのか?」
「体が覚えているのか木の棒を拾い少し練習した時は上手かったと思うのじゃが1人じゃったし他者からどう思われる腕前か判断できんくての。
術の方は名前はわかるのじゃが……四重結界術!陽炎!」
誰も居ない方向へ手を振り下ろしながら聞いた事の無い魔法……ではなく術の名前を口にし世界に宣言するが何も起こらない。
「ほらのぅ?」
「もしかしなくても魔力障害かもしれないぜそれ?」
「魔力障害?」
「この神々の遊技盤では生まれる前から魔力や神々、世界のルールについて知った状態になるのだけど、時々それらの知識が欠落して生まれてくる子供がいる。
それが魔力に関するものなら魔力障害なんて呼ばれ、魔力の扱い方が一切わからず魔法が使えないと聞くぜ」
「待って、凄く気になる情報が多すぎる。神々の遊技盤も気になるけど生まれる前からってなんじゃそれ?怖……」
怖い……?私達からしたら当然すぎて気にもしなかったが異世界人からしたらこの世界のルールは怖いのか?
……まあ気にしても答えは出ないか。
「それじゃあ今度はこっちの番だな。この世界、神々の遊技盤について説明するぜ」