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神々の遊戯盤  作者: ダンヴィル
目まぐるしく変化した日常
2/18

厄介な臭いしかしない


 ミシシュ目の前の森へ入り赤い布で印された木々を頼りに道無き道を進み森を抜け急な斜面を登った先にはどんな馬鹿でもよじ登ろうなどとは思えない程高い断崖が存在し、そこでは天高く優雅に空を飛ぶワイバーンの姿がハッキリと確認できる。

 当然ワイバーンの姿を見に来た訳ではなく、そこに存在する切目のような空洞へ入るとそこがダンジョンになっている。

 ダンジョンとは神々がこの世界を創造した時から存在する世界の常識であり、ダンジョン内で生まれた存在を除いて全ての生物が平等に与えられた強くなれるルールである。

 何故強くなれるのかは未だに判明しておらず、そんな事を気にするモノは人々と共存している神々も含めてそうそう居ない。

 私のように気にする人はごく少数なのだが、現在私達には気になったところで調べられるほどの余裕は無い。


「うん……今のところ嘘が2割ってところか?」


「2割って思った以上に少ない?半分は嘘かと思ってたけど」


「程よく酔ってそうなのを狙って酒と交換した情報だからな。

 マトモに嘘が付けるほど頭を回せなかったんだろうぜ」


「なるほど」


 話をしつつ淡い光の魔法を頼りにメモに印を付けていく。

 インクは高いから紫の小さな実を磨り潰した液体を代用品として使っている。

 植物紙の方もインクと比べれば高くないとはいえ、私らからすれば高級品で当然メモに記す内容は厳選する必要がある。

 しかし強くなる為にダンジョンに潜るのは必要な行為であり、ダンジョンでの生存率を上げるために多少の貯金を切り崩してでも情報を記しておくのは当然の行為だろう。


「どうしたの?」


「いや……」


 それは私が幼い頃に教養を受けていて知っている事が多いからこそ出る発想であって一般的な駆け出し冒険者は情報がどれだけ価値あるものかなんてわからない。

 冒険者ギルド内の酒場で聞き込みをしてる間にも「ガキが学者の真似事か?」なんて何度か言われたところから異端なのはやはり私なのかもしれない。

 普通の冒険者ギルドですら、本当に冒険をする一握りの冒険者をサポートする為の組織であって9割以上の冒険者はモンスター専門の傭兵か何でも屋みたいなものだし尚更だろうな。


「次、大きな空間にスライムが数十体いるらしいからハンマーと釘用意」


「わかった」


 レネは光の魔法が得意であり、私は光意外全般で高い魔力適正を持っている。

 吟味した情報でダンジョン内で出現するモンスターがどんなので、どんな魔法が有効か共有し、どのタイミングで使うか等を予め決めてある。


「いくよ……アイスストーム!」


 壁から飛び出し世界への宣言と共に敵を凍りつかせる魔法を放つ。

 手元から放たれた白い風は前方の空間一面へ暴風のように走り抜け、白い風に触れた先から魔力生命体というカテゴリーに分けられる液状のモンスター、通称スライムを凍りつかせていく。


「レネはそっち、私はこっちから」


「わかった」


 スライムの本体は液状の中にある小さな魔石であり、凍らせただけで本体は無事なので倒しきった訳ではない。

 厄介なところは消化液を生成し飛ばしてくるところと液体の中を本体が自在に動き回るところだ。

 凍らせたのはそのどちらも封じる為であり、こうなってしまえばこのサイズのスライムでは何もできないのでハンマーと釘を使って一つ一つ丁寧に魔石を砕いていく。


「ふぅ、さっきはああ言ったけどさ、まさかあんなクソッタレな町で集めた情報がここまで本当だなんて信じられないな。まかさ罠か?」


「そんな面倒な事するくらいなら鎖でつないでオモチャにしようとすると思うよ」


「同感……だとしたら次の階の奥がダンジョンボスの部屋か?

 ここまで情報があってると逆に気持ちが悪いぜ。まさかと思うが最後の最後で絶対デマだと思ってた"ダンジョンボスがレットドラゴン"は事実だったりしてな」


「その時は一緒に死んであげるよ」


「バ~カ、真面目に答えるなよ。仮にそうだとしたらあそこで飲んだくれてたダブルスラッシュを使えるじいさんは今頃ドラゴンスレイヤーだぜ?」


「レットドラゴン倒して得られるスキルがそれってショボすぎるしね」


「本当にな。……さて、もう十分だろ。戻ってこのガラクタ同然の武器なんかも少しはマシな物にしてから挑もうぜ」


「出費がかさむなぁ……」


「仕方のない支出だ。文句言うな」


 レネの言いたいことは物凄く理解できるがこれは私達の安全のため仕方のない支出なのだからどうしようもない。

 魔法も行使できる大柄で筋肉質なゴブリンの戦士一体がここのボスだというのが一番多く人の口から出た情報であり、この感じならゴブリンの戦士だとほぼ確定と思って平気かもしれない。

 かと言って他を対策しないという訳ではないが。


「ん?……なんか臭わない?」


 来た道を戻りそろそろ出口に出るだろうと言う時にレネがそんな事を言い出し、真っ先にゴブリンが残っていたかと周囲への警戒を強めたがゴブリンの姿どころか他のモンスターの気配すら無い。

 かわりに、何か焦げ付いたような、そんな臭い……


「……まさかッ!」


 こんな予想外れてくれと祈りながら走る。

 戻る時も警戒を怠らず慎重に進んできたがそんな事してられる余裕は無いと走り抜け、ダンジョンを抜け日の光により一瞬目が眩んだがそんな事はどうでも良かった。


「嘘でしょ!?どこの馬鹿が火付けたの!?」


「うっ……どうする?ダンジョンでやり過ごすのが安全だと思うけど……」


「そしたら文明的な生活が益々遠ざかるでしょ!とりあえず火元に行く!まだ間に合うかもしれない!」

「ノエルぅおおおおッ!?」


 今居る場所はそこそこ高い坂の上であり、そこから見下ろした森から煙が上がり、若干黄色というかオレンジというか……とにかくこの位置からでは炎事態を確認できない程度の強さであり今なら水の魔法で消化が間に合うかもしれない。

 そう思い足の遅いレネを肩に担ぎ、坂を一度の跳躍で飛び降りる。

 もし私が本物の冒険者を名乗れる実力を有していたのなら現場まで跳躍一回で現場まで届くのだろうが仮にそんな事できるなら私達はこんな必死になってないしこんな生活もしていない。

 風魔法で着地の衝撃を和らげ、魔力による肉体の強化と風魔法による加速と障害物の排除で一気に駆け抜けていく。

 そして急いでる時に限って私の実力じゃ排除しきれなかったり飛び越える事のできない高さがあったりしたがなんとかたどり着いた。

 見た限り間に合うか怪しいが無理だと断言する強さじゃない。


「ぜっ……レ、ネ……はっ………回……ふっ……」


 回復魔法があるため体力の事を考えず行動したため吐きそうだ。

 風魔法で排除しきれず引っ掻けたりと傷もあるし本当に厄日だ。

 どうしてこうゴール目前でこんな事態が発生するんだ?


「人を愛する神達よ、今この時人の生活圏を守ろうとする人の子に僅かの力を分け与え下さい……リジェネーション!」


 実在する神への懇願、そして世界への宣言をのせレネから放たれた光が肉体の隅々へと巡る確かな感覚と共に傷を癒し、限界まで迎えた体力と魔力が満ち溢れていき正常に呼吸できる状態になる。

 火事の様子は範囲こそ広そうに感じるが不幸の中でも幸運にも風が無いため強くはない印象を受ける。


「できそう?」


「やってみなきゃわかんないわよ」


 目をつぶり深く集中し魔力を組み上げていく。

 大量の魔力が巡り胸の辺りがゾワゾワとするような、チクチクと痛いような感覚を受けながらもしっかりと魔力が1ヶ所へと集まっていく。


「ノエル!」


「ッ!?ワイバーン!?」


 レネの大声で空気を押すような音に気付き見上げれば、あと十秒もしないうちに交戦距離に入るだろう距離まで降りてきているワイバーンの姿があった。

 自分でもよくわからないがその光景を見た私は冷静で、頭の中で即座に打開策を考え始める。

 何故このタイミングでワイバーンが現れたのか。

 ワイバーンは集団で生活する生き物で遠目で見た限り独特な社会性を持っているように見えた。

 おそらく人間の軍隊のような組織体制も存在し戦う個体とそうでない個体で役割を決められていて複数のワイバーンがまるで戦列歩兵のように高い規律を感じさせる飛行をする姿を目撃した事があるくらい頭が良い。

 社会性を持てる程の知能から選り好みも存在していて例え近くにいても臭くてたまらない人間を食べようとしない辺り知性の高さが伺え同時に下手な罠が通用しない危険性が見受けられる。

 只でさえ威力の低い魔法を弾く程の強靭な肉体を持ち、そこらの鳥よりも速い飛行能力を持ち合わせているというのにそんな生態をしている為1匹のところなど滅多になく、袋叩きにして倒そうとしても中々できるものではない。

 ワイバーンに近付きながら全力で魔力を組み上げるなんて事も現実的じゃ…………あれ?もしかしてこのワイバーン1匹なのでは?

 少なくとも私の察知できる範囲内ではこのワイバーンだけで、今私の手元には私が組み上げられる最大魔力量の約8割程の魔力が………


「ドラゴンロアッ!!!」


 世界への宣言と共にドラゴンロアを放つ。

 一直線に放たれるそれは、強力なエネルギーによる長距離破壊攻撃であり誰もが知るドラゴンブレスを参考に作られた対攻城戦を想定されている為普通は戦争で運用する魔法だ。

 本来は複数人で使う魔法であり消費する魔力が増えるほど発動までに多くの時間が必要になるので戦争でもなければとてもではないが役に立つ事のない威力のみを突き詰め他の不都合を全て無視しているので役に立たない魔法である。

 個人で使ったところで本来想定された城壁の破壊なんてとてもではないができないし。

 何でこんなにも習得が難しい上にどこで使うんだって魔法なんかじゃなく日常生活で使える魔法を覚えようとしなかったんだと何度後悔したかわからないけど……今回ばかりは役に立った。


「一撃……」


 元々魔法抵抗の高い素材で作られた城壁を一撃で粉砕する為に考案された魔法だ。

 例え1人で放ち本来の威力には程遠いにしても、この至近距離かつ想定された運用方法が攻城戦なだけあってワイバーンを仕留めるには十分だった。

 ワイバーンの右胸を貫き大きな風穴を作り、右の翼と体が別々に地面へと激突し勢いを殺しきれず木々へと衝突して動かなくなった。


「ラッキーだったね。奥の手だけど魔力回復薬使って魔力組み直してみる」


「わかった……って、ちょっと待って」


 水筒を開けようとした手を止める。

 レネに言われたからではなく、あきらかに大きな生き物が羽ばたいているだろう音が遠くから聞こえてくる。

 何故わかるかってその音が1つや2つじゃないからだ。


「まさか……ワイバーンは魔力を関知できる……?」


 ドラゴンロアは見たとは違って大きな音がするような魔法ではない。

 強いて言えば城壁を粉砕した時の岩が砕け散る音が煩いのであってワイバーンが千切れて肉が飛び散る音なんてそんな遠くまで響くものじゃない。

 なら考えられるのは魔力を感知する能力に長けているということで、ドラゴンロアを視認しただけならこの早さでなんてありえない。


「……ヤバくない?」


 何故ワイバーンが1匹だったのか、何故上空から見れば視界の悪い筈の森で、しかも火事の中ピンポイントで私達を見つけ向かってきたのか。

 上手くワイバーンが1匹の時に狩って強くなれないかと観察していた時期があるからこそ断言できるがワイバーンは高い社会性を持つ生き物だ。

 社会性を持つのであれば1匹でこんな所に来た理由は私達と同じ、火事の様子を確認しに来たのだろう。

 現場に行ってみれば何をする気かはわからないが強力な魔力を組み上げる1匹の人間がいる訳で、ワイバーンの目線からしてみればこの火事の原因は十中八九その人間な訳で……


「……レネ、これ使って逃げるよ」


 私は常に服の内側に隠していたネックレスを出し、くくり付けられた5つの指輪のうち2つを外し1つをレネに渡す。


「これは?」


「簡単に言えば魔力や音を遮断する指輪。物凄い貴重品だけど売らないでいた私の切り札。一度使ったら壊れるけど残しておいて本当に良かった」


 指輪を付け魔力を込めれば一瞬指輪が青く光り、正常に作動した事を知らせる。

 この指輪は意思疎通したい相手にのみ効果を発揮しない特性があるがそういうことを説明していられる時間は無い。


「これ吸ったら逃げるよ」


 レネと共にワイバーンの死体に触れ生命の源を吸収する。

 やはりワイバーンは私達とは比べ物にならない格上なのだと実感させられるほど力が膨れ上がる感覚に襲われるがそんな感情に浸っていられる暇は無い。

 いくら魔力遮断をしていても限度があるので魔法には頼れず自力で走り抜ける。

 そんな中だった。


『待って』


 森の中を走り抜ける中で微かにそんな言葉が耳に入る。


「ノエル今の……」


「こっち!」


 耳に入ったのは微かである筈なのに何故かその言葉がハッキリと聞こえ、何か考えるよりも先に行動していた。


 ここは神々の遊戯盤。


 この世界には神々が当然のように生活している。


 だからたまにあるのだ。


 普段の自分は当然、緊急時なら尚更無視するだろう事だと言うのに抗う事のできない運命と言う名の定められた未来が……


 いつだか、そんな内容を読んだ事があった気がする。

 そこで私達は運命的な出会いを果たした。


「あぁ……よかった……お願いじゃ、助けておくれ!」


 転んだのか高いところから落ちたのか、木を支えにして引き摺るしかできない足でも無理矢理立ち上がり必死に火事から逃れようとするその少女。

 もう駄目だと諦めかけたのをなんとか持ち直し、くしゃくしゃな筈の顔で、散々泣いたであろう跡があるにも関わらずその幼い見た目とは対照的な程の貫禄すら感じる気品の高さ。

 黒いローブを纏っていようと隠しきることのできない、研ぎ澄まされた刃のように美しい銀色をした髪、獣の耳、3本の尻尾……

 

「レネ……足治してあげて」


「……どうしたの?」


「いいから早く!」


 なにやってんだ私!!!

 余計なもの見ちゃった!知っちゃった!知りたくなかった!逃げられないッッ!!!

 こんなの厄介事しか無いじゃん!!!


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