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神々の遊戯盤  作者: ダンヴィル
プロローグ
1/18

本日も大して代わり映えの無い1日だった。


 訳あって以前の名前を捨てノエルと名乗っている。

 そんな私が過去に読んだ物語で言うならば、とても静かな深い青色の森の中とでも表現するべきだろうか。

 実際は虫除けの魔法を使っていようがいきなり耳元に羽音がしたり、植物と並んで雑に埋められただろう人の腕が自生してる事のある最高にクソッタレな森なのだが私達のライフラインとなっている訳で今日も今日とて狩りだ。

 だが今日はいつもと違う。

 この状況を覆す為に大きく一歩踏み出すのだ。


「(止まれ、ゆっくりアレを見ろ)」


 私達の間で予め取り決めている合図で伝え反応を待つ。

 やはりというかその動作でいつもより緊張しているのが伝わる。


「(いたね。けど、本当に大丈夫?いつもより難易度高い)」

「(やれる。見て確信した。

 お前はいつも通り向こうへ、俺はあっちから行く)」

「(わかった)」


 冒険者であり孤児院を出てからの相棒……なんて言えたらどれだけ良いだろうか。

 実際はお互いが捨て駒。

 ひょろちびのこいつの名はレネ。

 レネはハーフエルフであり、背も小さく非力で純正な人間から見たら女にしか見えないからこそ目を付けた。

 そのような要素は孤立しか生まず、だからこそ私にとって価値があった。

 生きるために必要だったから利用し利用されるのが私達の関係であり、小汚ないガキ二人というのも生きるのに必要な要素だ。ガキというだけで相手は嘗めてくれる。

 そんな関係であるレネを見送り姿を隠しながら慎重に位置へと向かう。


「…ッ!」


 パキッ……と足元から音が響いた。

 目を向ければ折れた枝があり、私が踏んだ事を証明している。

 緊張していたのはレネだけでなく、やれると確信しながらも私も緊張していた。

 だからレネが離れる時に自分の呼吸に違和感を感じ、私の判断はあっているはずと無意識に言い聞かせていた事、どう足を止めさせどうやって仕留めるかという事で頭が一杯になっていた為にそんなミスをしてしまった。

 そして1度ミスをしてしまえば思考は凝り固まってしまい、「何をやっているんだ」という言葉で思考が一瞬埋め尽くされ、次に「普段の私ならこんなことはしない。何を警戒して……」と言い訳ばかりが浮かび消えていく。

 いや、それよりもレッドボアは……


「うあああああああああ!!!」


 敵の状況を確認するため足元から顔を上げたのとほぼ同時だった。叫びながらレネが飛び出し、レッドボアがレネの方を向き逃げ出そうとするその様子を見て逃がさんという考えにいたり行動に移すこと出す事ができた。


「岩よ…」


 音が鳴った場所とは全く別方向から唐突な叫び声にレッドボアは完全に逃走の意思を見せている。

 レッドボアは確かにここらの生態系では上位に存在するが一番ではない。

 急激な状況変化が発生すれば逃げに走る。

 そこを狙って小さいながらもしっかりと世界へと宣言し魔法を発動させ、私のイメージ通り逃げ道を塞ぐように岩の壁が地面から生え激突する。


「スキル斬撃!」


 壁を作り出すと同時に走りだし、世界への宣言を行いスキルを放つ。

 狙いは毛の薄い喉元。私の振るう刃はレッドボアの喉へと流れるように入り、毛を分け肉に届く確かな手応えを感じ、勢いそのまま下から上へと首を切り飛ばした。


「お……おぉ?ナイフでこれってさ、もしかしなくても俺だいぶ強くなってんじゃね?」


 振る舞え、とにかくこの俺に、このノエルに間違いなんて無いと振る舞え。

 いつも通りに、俺についてくれば上手くいく。

 もうゴールは見えているんだからここで不信感を抱かせるなんて真似は絶対にしてはならない。

 あの程度のトラブルも誤差の範囲だと主張しろ。


「ノエルは元々強い……というより、何か言うこと無い?」


「お、そうだな。すまん助かったぜ。んじゃとっとと回収して処理しようぜ」


「まったく……」


 討伐の時は多少失敗をしたがこの様子なら問題無いだろう。

 さて、今までで殺した中じゃ人間の次に大物だ。

 生命の源から得られる力は普段と比べてさぞ多いのだろうと期待して二人で首の無いレッドボアに触れる事で生命の源を吸収していく。

 そして僅かではあるが確かに自分の体が軽くなる感覚と、今なら何でもできてしまうのではと錯覚しかねない何とも言えない感覚が満ちる。


「おぉ……」


「おい、」


「ッ!」


「自惚れるな」


 なので私はレネをぶん殴った。

 私は知識としてこの感覚が死を招く毒である事を知っている。

 だが私と違ってレネは生まれた時から孤児院で育った身である為そんな知識は持ち合わせていない。

 死なれては困るので言葉以上に体でわからせなければあっという間に死んでしまう。

 そんなの勿体ない。


「う、うん……そうだね、ありがと……癒しよ」


 レネは私には使うことのできない回復魔法を使えるのだから。

 私がレネに魔法の使い方を教えたのはレネが周囲から浮いていて疑り深く、何より先の損得を考えて行動する事ができたからだ。

 まさか回復魔法を使えるとは思っておらず、わかった時には売り飛ばされるから何があっても孤児院を出るまで使うなと説得したくらいだ。


「ほら、とっとと川まで持ってって処理するぞ」


 私が体を、レネが首を引きずり川まで持っていき処理を済ませる。

 この辺りの生態系で2番目が人種だとして、一番強いのはワイバーンだ。

 ワイバーンは人種の町が存在する低い位置まで降りてこようとしない為、私達の住む町は無数のワイバーンが生息する崖とこの森に挟まれる形となっている。

 町の位置的にワイバーンの糞尿がわりと頻繁に落ちてくるのだが、私達が生活しているクソッタレな町はそんな物無くても人種の排泄物、腐乱臭等でとてつもなく汚いから誤差でしかない。

 いや、もしかしたら私らよりもワイバーンの方が清潔な生活をしているかもしれないと考えると、笑えない筈なのに何故か笑いすら込み上げてくる。

 何故人種が襲われないかって?そりゃそうだ。私だって自分の糞尿を浴び、そんな事しなくても元々臭くてたまらなかった腐っていても何ら不思議じゃない肉よりもほんの少し手間でも新鮮な……

 そう、正に今狩ったレッドボアのような肉を選ぶだろう。

 私達人類はこの付近においてゴミでしかなくて、ワイバーンですら眼中にない存在だ。


 処理を終え、獣道としか言い様の無い坂道を下り、かろうじて馬車の通れるだけ開拓された痕跡のある場所に出る。

 右を向けば無限に続いてそうな木々の列。左を向けば高い崖の壁により日差しを妨げられ完全に影に飲み込まれた力こそが法律の町、ミシシュが見える。


「ふぅ、やっと戻れた。けどこれどれくらいになると思う?」


「どうせイチャモン付けられて相場の一割がオチだぜ」


「はぁ……売れるだけマシか」


 レネの言うとおり売れるだけマシなのだ。

 ミシシュは隔離された町であり、徒歩で1日かけてようやく森を抜けられるのだが、そこは森そのものを囲うようにして巨大な壁がある。

 その壁はワイバーンの動向を監視し、討伐の為にも使われるという事になっているが実際はミシシュというクソッタレな無法地帯の監視が主だろう。

 実際厳重な拘束をした見るからにヤベェ奴がこの町に送り込まれるなんてのを見たことあるし、そんな光景をミシシュの奴等には隠す意味すらないと町の入り口で当たり前のように行うんだから最っ高にクソだし糞まみれ糞尿まみれ死体まみれだ汚ないんだよクソが!

 だからこそこの町は上下関係が命に直結し組織なんてモノは当然力のある存在で、下の奴等は器用に生きつつイカれてなければすぐに死ぬ事になる。

 この町では常識が無いのが常識なんだよ。


「おい待てクソガキ」


 町に戻り少し歩いてから久々に遭遇しその腕を掴んだ。

 本当に久しぶりだ。本当……嫌になる。でもしょうがない。

 死ぬよりマシだ。私の知らないところで死んでくれるなら良い。

 でもな、どんな形でも私と関係持った私より小さいのが死体になってるのは見るだけで心が死にそうになるんだよ。

 だから仕方ないよな。私にそうさせるお前が悪い。

 高い授業料になるがしっかり学べよな?


「痛ッ!おい!何だよ放せよ!」


「ん?すられた?」


 レネは肉体を使った技術が下手だ。

 同様に反射神経も視力も並み程度であり基本スキルすら使えない。

 だから取られても気付けないことが多く、ここでは日常茶飯事だったのだが最近はめっきり減っていた。

 誰だってこんな目にあいたくないから当然なんだが。


「ほらよ。思いっきりやられてるぞ。本当、いい度胸だぜ。前にやった奴が何回折られたか知らないみたいだ」


 別に好きでやっている事ではない。それが必要だからだ。初めは見逃したりもしていた。だが見逃した子供は死んだ。スリを行うリスクを甘く見て相手を判断できず死んだ。

 生きるための行動で殺されたなんて、これじゃ町も町の外も変わらない。なんて虚しいんだと思いもしたが、私自身そんな感情にだけ浸って生きられる余裕は持っていない。

 ここで教えなければ無駄に死ぬのだから徹底的に教えなければならない。


「ひっ、放せ!はな……ッ!」


 おそらく10歳そこらだろうガキを魔力を籠めた拳で殴り、歯が数本飛び散る。


「レネ、回復魔法」


「良いけど三回ね」


「ん?今回は少ないな」


「いつもより使ったから」


「そういやそうだった……な!」


「……ッ!ッ!?」


 レネの回復魔法を確認し子供の肘を本来曲がらない方向へ折り曲げる。

 レッドボアの首を切断した時は良い感触だと感じたが、今の骨を折る感覚は気持ち悪い感触だと強く感じる。

 それでもこれは必要なのだ。

 この子供が生きるために、私達が生きるために。

 私達は弱いが、もっと弱いモノの方が多く、そんな弱いモノから見た私達は強い。だから見せ付けなくてはならない。

 弱いモノからして見たら、強いモノに逆らえばどうなるか。

 強いモノからして見たら、下手に手を出せば何を仕出かすかわからないイカれた奴だということを。

 殺そうと思えば案外簡単に殺せるが、それが毒を持つ蛇だとした場合、どんな馬鹿が羽虫を潰すのと同じ感覚で素手でやろうとするだろうか?

 強いモノとは組織が強いのであって、組織に入った奴が無条件で無敵の強さを得られる訳がないのだから敵が減る。

 当然だ。毒蛇に噛まれれば組織は死ななくてもソイツは死ぬかもしれないんだからな。



「8000ゴールド……チッ、バカにしやがって」


 冒険者組合を出て壁に唾を吐き捨て文句を言う。


「まあ前回は5500ゴールドだったし……」


 レネの声も若干低くなっていて表情に出していないが強く落胆しているのが見てとれる。

 今回は間違いなく大物であったから期待していたのだろう。

 私もほんの僅かに期待していた。だからこそガッカリしている。


「あれは相場の一割だったからまだ良いんだよ。今回は一割未満だぜ?10000ゴールドだって少なく見積もってたってのによ」


 冒険者ギルドは国が所有している組織でありこれは私の憶測にしか過ぎないのだが、国がミシシュの組織を近くで監視する為に無理矢理ねじ込んだ組織が元より荒くれ者の多い冒険者ギルドなのだろう。

 国が作ったこの町で唯一のマトモな場所だから金を払ってくれる訳なのだが、普通の冒険者ギルドの目的とは異なる事、場所が場所な為に実力が優先されるばかりで経理能力等は二の次になってしまい本来は機能していなければ大問題になる部分が疎かになり監視結果以外の報告義務なんかもあやふやになっている可能性が高いと考えている。

 だからこそ一割程度の値段でしか買い取ってくれず、何割かは自分の懐に入れたりしているのだろう。

 それくらいやってないとこんな町で経営なんてやってられないという気持ちも十分理解できる。

 買い取り対応をしてくれるだけマシだろうこの町唯一の良心とも言える。


「……」


 なので悪態を口にし不機嫌を装っているが感謝しつつ予想を立てる。

 いくら何でも今回のは少なすぎだし最近そう言うことが多い。前回は偶々普段通りのぼったくりで済んだが今回は明らかにやり過ぎだと感じる。

 狙いとしては暴動を起こさせることなのかと考えたが、それならもっと露骨にやるだろう。

 なら他に予算を割いていて、私らと違ってギリギリ生かされてた弱すぎる存在を切り捨ててでもしようとしている何かが起きようとしている?


「ノエル、考えすぎないでよ」


「うっせぇ、お前は考えなさすぎだぜ」


 だが確かに今考えたところでどうしようもなく意味の無いものだ結論付け思考に浸るのを止め拠点へと足を運ぶ。

 拠点に戻る時、出る時のルートは複数用意しておりどのルートも真っ直ぐには向かわず同じ道を最低二回は回るようにして向かうようにしている。

 もちろん尾行を警戒しての行動だ。

 人避けの魔法が施されているが、この町ではいくら警戒してようが足りないくらいなのだから。

 拠点は乱雑に捨てられた木箱等の山の隙間を抜けた先に存在する空間であり、簡単に作られた木の屋根と床。面積の中心付近は四角く切り抜き、そこで火を起こせるよう作った場所だ。

 私もレネも家を作るなんて事はできず、周囲にある壁のように積み重なっている木箱なんかで風を防いでいるがすきま風が喧しい。

 そんな拠点に戻り人避けの魔法に不具合が無いか確認をし食事を取る。


「レネ、予定よりも早いが明日か明後日、とにかく近いうちにダンジョンに行こう」


「ん?いくらなんでもそれは早すぎるんじゃ?」


「そうだが少し嫌な予感がするぜ。攻略できるかどうかは置いといてとりあえず下調べはしておこう」


「そっか、まあノエルの勘は良いからね。いずれ行く事は決めてたし見に行こう」


 食事を取りながら切り出した提案はあまりにも呆気なく了承してもらえたが、決してレネが他人任せにしているからという訳ではなく、むしろ他人任せにした結果過去に痛い目にあった過去があるため慎重だ。

 この短いやり取りで頷いたのは私ほどではないにしろレネも嫌な予感を感じているのかもしれない。

 単純に私の考える時間が増えていたからそこから察しただけという可能性もあると言えばあるが……


「2ヶ月ぶりくらいだろうか、久々にスリにあった。

 それとやはりここのところのギルドの値段には違和感を感じる。

 しかしそれでもいつも通り、本日も大して代わり映えの無い1日だった」


 砂を薄い木の板の入れ物に敷き詰めたモノで、その砂に木の棒で口にしながら文字を書く。

 その文字はその日で消してしまうが、私が孤児院に入る事になったあの時から続けている日課だ。

 確かに嫌な予感もする。だがそんなの日常茶飯事であり、拠点への帰り道も「安全なはずの人類の生活圏内である町の中」でゴミと同じようにどっかで見た覚えのある顔をした大柄で筋肉質な男が腹に深々と木の槍が刺さった状態でゴミの山に捨てられ死んでいた。

 見た時は無意識的に少なからず反応したが、頭では「死んで当然の奴が死んだな。少しは平和になれば良いのに」なんて考える始末だ。

 そしてそんな出来事は体感週に1度は起きている為、2ヶ月ぶりに起きたスリと違って態々書き記すような出来事ではない。

 だからこそ、本日も大して代わり映えの無い1日だった。


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