人生の分岐点。
城編はこれでおしまい。
暗い森の中を歩きながら、すっかり血に染まってしまった自分の手を見る。この血は、お父様の敵の血であり、僕にも流れている血だった。
そう、僕は人間だったのだ。憎い人間とは、僕のことだったんだ。本当は、薄々気が付いていたのかもしれないが、気づかないふりをしていたのだろう。だが、もう言い訳は効かない。
僕が人間だったと考えると、清々しいほどに今までの謎が解決されていく。
お父様は、今まで、どんな気持ちで、僕を育てていたのだろうか。あの笑顔の裏には憎しみがあったのだろうか。
そんなことを考えると怖くなる。あの愛情も、時間も関係も全て…。
「シューター?」その声に顔を向けると、オートメータがいた。彼女にも謝らなくてはならないな…。
「やっぱり、シューターなのねっ!」そう言って彼女は、血まみれの僕を力一杯抱きしめた。
突然のことに僕はすっかり赤面してしまう。
「なっなにを…」
「心配したんだからっ!戦いに行くなら行くってちゃんっと言ってよっ!」
オートメータは大粒の涙をポロポロと流しながら言った。
彼女の体温は昔、どこかで感じた暖かさととても似ていて安心する。
彼女の温かみに触れ、少し落ち着いた。感情的になってしまっていた。
この子の前で弱気になっちゃダメだ。僕は彼女を救うと決めたのだから。
「ごめん。」
「うん、いいよ。無事でよかった…」
そして僕は彼女が泣き止むまで、背中をさすってやった。
彼女の為にまだ、もう少し、自分を騙そう。
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日がすっかり昇り、お父様が戻ってくると、ドラゴン族の長へ挨拶に行く流れとなった。
そして今、山頂に向けて龍化したオートメータに揺られている。
今回の事件で、対人魔戦争に中立的であったドラゴン族はこちら側に傾くはずだ。そうなってくるとここで良い印象を与えられると今後の関係もより発展していくようになるかもしれない。
「ドラゴンの長ってどんな方なんですか?」僕が、お父様に尋ねる。
「私が名付けたドラゴンなのだが、優しいやつだ。」
「私のお母さんでもありますっ!」とオートメータが付け加える。
まさか、オートメータが、龍の長の娘だとは…。どうりで名前を持っているのか。
山頂に到着すると、多くのドラゴンが出迎えてくれた。
単にドラゴンといっても色や容姿はどれも違っていて、個性的だった。
「ようこそ、お越しくださいました。こちらです」と龍人族の男が僕らを案内してくれた。
「よくぞ来た。小さくもたくましき者たちよ」その声は図太く威厳を感じさせる声ですぐにあれが長だと言うことがわかった。
顔の横に伸びている鶏冠はどのドラゴンよりも長く、隻眼で、とても大きかった。
「久しぶりだな。ぽち。」
「…え?お父様!?」僕はびっくりしてお父様を見る。
「ん?どうした。」お父様は満更でもなさそうにその巨体に対して可愛らしい名前を呼ぶ。
「…お父様ってネーミングセンスないって言われたことありません…?」
「んん?そういえば、お前の名前をつけた時もしぎにそのようなことを言われた気がするな。」
僕の名前はお母さんがつけてくれたものだと思っていたので少しショックだ。
「おお、我が主人。久しいな。此度の戦いの協力、感謝する。」
「いやいや、私としてもドラゴン族の方々と友好関係を築けるのは悪い話じゃないですからね。それに、今回、この戦いに協力したいといったのは私の息子だ。」
お父様は顔色ひとつ変えずにそう言った。お父様は僕を本当の息子のように思ってくれているのだろう。その言葉には棘がなかった。お父様が人間の話をするときは憎しみからか少し声が震える癖があるのだ。
「ほう、主人の子よ、よくぞいってくれた。」大きな目が僕を捉える。
「い、いえ、当然のことをしたまでです。」
僕がテンパってそう答えると、ぽちは大きな笑い声を上げた。
「ハハハ、我が主人よ、流石は主人の子、いい子だな」
「当然だ。私の大事な息子なのだから」
「ねえ、シューターあそこにご馳走があるわよ!つまらない話なんてしてないで、美味しいものを食べましょっ!」オートメータが僕の袖を引っ張る。
僕の衣類はすっかり血まみれだったので、お父様が新しい服を用意してくれた。
背中にはお父様とお揃いのマントが靡きかっこよくとても気に入っている。
「いってこい、私は、ぽちとまだ話さねばならんことがある」
お父様がそういったので、僕とオートメータは祝勝会に向かった。
会場では、城では見たことのない料理が並んでおり、どれもとても美味しい。
「オートメータ、君に打ち明けたい事があるんだけど。」僕は、肉を頬張るオートメータに話しかける。
「なあに?」彼女は口をもぐもぐと動かしながら首を傾げた。
「ぼ、僕、実は…僕は人間なんだ。」
「知ってる。」
「ええ!?」僕は困惑してしまう。緊張の告白だったのに。
「ドラゴンは鼻が利くの。あなたの匂いは、襲ってきた奴らの匂いと同じだったもの」
「じゃあ、なんであんなに気さくに話せたの?」
「あなたを一目見た時から、優しい子だってことはわかっていたわ」と少し頬を赤らめながら彼女は言い、それを聞いた僕の頬も赤くなった。
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宴も終わり、城に帰還した。
「いやー、疲れた疲れた。」お父様も流石に疲労したようで、肩を回しながら、城の中に入っていった。
「助かったよ、オートメータ」と僕は、龍化した彼女の顔を撫でた。
彼女は、フォーミ山脈の復興作業が終わるまでここで修行を積むこととなったのだ。
僕は、彼女を部屋まで送ると、お父様と話をすべく、お父様の部屋へ向かった。
いく途中、ミノタウロスとすれ違った。
「ああ?お前、人間じゃねーか!?」
ハッとする。うっかりツノと尻尾をつけるのを忘れていた。
「よくも、よくも、俺の家族を…!」いきなり右ストレートを放ってくる。その速度は魔族の域を超えていた。とても避けることができない。
「ぐっっ」右ストレートは僕のお腹に直撃し壁まで吹き飛んだ。意識まで飛びそうだったが、耐えた。
「グヘッ」むせ返ると同時に血が混じった唾が口から流れた。
僕は、倒れながらも奴を睨んだ。ミノタウロスは近づくと、胸ぐらを掴み壁に叩きつけた。
「うがっ…」声も出ないほどの激痛が走った。絶対に骨が折れた。ミノタウロスの目は殺意ですっかり充血し、鼻息がとても荒い。
このままでは死んでしまう。
力を振り絞って、風魔法を使い、ミノタウロスを吹き飛ばした。吹き飛ばされたミノタウロスは壁に叩きつけられ気を失った。
僕は、よろよろと立ち上がると、歩き出した。
やはり、人間である僕が、ここにいてはいけなかったのだ。僕はもう巣立たなければならない。
僕は、城を出ると、ツノも尻尾もすて、折れたであろう足を引きずりながら森の奥へと消えていった。
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〈オートメータ視点〉
最近、私に好きな人ができた。
そして今、私はドキドキしながらその人の部屋の前にいる。
彼は、私のために命をかけて戦ってくれた。私の体温が落ち着くといってくれた。
今日は、そんな彼の誕生日だ。今日は、この前の感謝を倍にして返してあげるのだ。
そしてこの溢れんばかりの想いを彼にぶつけるのだ。そう、好きだと伝えるのだ。
ばんっと彼の扉を開き満面の笑みを浮かべ、大きな声で言った。
「お誕生日おめでとう!!シューターっ!!!」
次回もよろしくお願いします。