勇者が死んだ。
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勇者が死んだ。
いとも簡単に死んだ。口から噴水のようの血を拭き出したかと思えば、あっという間に動かなくなった。
その死体を眺めていた私は少し気の毒に思った。
これも私と同じように仲間と笑いあったり、喧嘩したりしていたのだろうか。
「魔王様、こちらもあらかた片付きました。そろそろ退きましょう。」私の僕であるキュリオベータが漆黒の翼をはためかせながら、こちらにやってくる。
「拘束されていた者たちの救援は?」私はキュリオベータに尋ねる。
「抜かりなく。」キュリオベータはお腹に手を回しながらいった。
「退くぞ」私は、魔法を使い全軍に告げる。「勇者は死んだ。」
まだ、戦場には黒煙が上がり、人間が泣き喚く声が聞こえる。瓦礫にこべりついた血が次第に黒ずんでいく。
もう慣れた光景だ。魔族も人間も同じ赤い血を流す。違う理想のために。
戦場では、感情は邪魔になる。私は、人間を殺すときも何も考えなかった。そしたら次第に、何も感じず人を殺せるようになってしまった。
私は、再び魔法を用い、空へ浮かぶと、我が城の方向へ進む。
森を抜けていく最中、壊れた馬車が視界に入った。そのまま通り過ぎようとしたのだが、生命を感じた。心臓が、一瞬痙攣ような感覚に陥る。
私は、壊れた馬車に降り立ち、木片をどかす。そこには、人族の赤ん坊がいた。
殺そうかと思ったが、やめた。放っておいても死ぬだろう。
私も先の戦いで、少し、いや結構疲弊していたので、殺さないでおく。疲弊してるのは、肉体でなく、精神だ。
疲れていたからだろうか不意に、感情が入ってしまった。弱者に情けをかけてしまうのは私の悪い癖だ。
感情が入ったせいでこの私の助けがなければ死んでしまう命がたまらなく愛しいと感じてしまった。
いつかこの子が魔族と人間の架け橋になるのではないかなどと不可能なことを考えてしまうほどに。
まあ、現実的な話、人質程度には使えるかもしれない。
私は、その子を腕に抱く。その感触は柔く、脆い。私の固い皮膚とはかけ離れている。そして何より暖かかった。その温かみは、私の冷え切った心を少し温めた。
暖かみに溶け出した液体が流れてくる。…涙だ。
人族に触れてしまったことで昔のことを思い出してしまったようだ。今の私らしくもない。
私は、再び感情を殺し、城の方へ飛び去った。
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城に戻ると、キュリオベータが目を大きくして私を見た。
「僭越ながら魔王様、手に抱いてらっしゃるそれは人族の子では?」
「いかにも、帰路に落ちていた。」
「ドラゴンの餌にでもするんですか?」
「いや、これは、なんとなく私の元で育ててみようと思う。」私は言う。
あの温かみを忘れられないとは部下の前ではいえない。
すると、背後から「ふぇふぇふぇ、肉体かぁ。ええのう」と甲高い声がしたので、
振り向くと、デゥーンがカラカラと笑っていた。
白骨化したネクロマンサーであるデゥーンは、笑うたびに骨同士がぶつかったような音を立てる。弱そうな見た目だが、不死身だ。粉砕されても、他人の骨を利用すれば、再生できてしまうのだ。
「生きていたのですかデゥーン。しばらく見なかったものですから、成仏してしまったのかと思ってましたよ。」キュリオベータが意地悪そうに言う。
こいつらはあまり仲が良くないらしい。志を同じとするもの同士仲良くすればいいと思うのだが、これも友情の形なのかもしれない。
「ふぇふぇ、神も髪もこのヨにはないのさ。」またカラカラと骨を鳴らした。
「私は、これを、自室まで連れる用があるので、これで失礼する。何かあれば呼んでくれて構わない。」と言い残し、私はこの場を後にする。
自室に入り、これを置くために一度、ベットへ、毛布を取りに行くと、ベットにしぎが下着姿で眠っていた。
しぎは私に気がつくと、笑みを浮かべ、私に隣に来るように誘う。
「そういうのは、やめろと言っているだろう。」私はまた同じことを言う。しぎにいつも注意しているのに一向に聞くそぶりを見せない。
「まだ、あの女のことを気に病んでるの?」しぎが眠そうに起き上がって言う。
「その話は、やめてくれ」
しぎは何か言おうとしたが、ためらった。そして、私が抱いているそれに気がつくと「それ、拾ってきたの?」と言った。
「ああ、拾ってきた。」
「名はつけないの?」
「これに名前をつけろと言うのか?」私は困惑する。名を与えると言うのは、大きな成果を挙げた者などごく限られた者のみ与えられる。
この城では、キュリオベータ、デゥーン、しぎとあと数人しか名前持ちはいない。人間は、やたらと名付けたがるらしいがそれゆえに、弱者もイキがる社会が形成されるのだ。
「それは、人間なんでしょ?じゃ、人間らしく名前をつけないと。」
「それもそうか、ならこれは、シューターだ。」特に長考する事もなく淡々と名付けた。
「あなたって、ネーミングセンス絶望的よね…。」としぎは苦笑いした。
結構名前をつけるのには、自信があったのだが…。
「まあいい、今日はもう寝る。お前もとっとと出ていくように。」
「えぇー、いけずっ」と頬を膨らませながら、つまらなそうに去っていった。
シューターを見る。そういえば、連れてくる途中ずっと泣かなかった。不気味と言えば不気味だが、楽でいい。
この子は、これからこの世界をどう見て、何を感じていくのだろうか。
自分が、我々の敵の仲間だと理解した時、どうなってしまうのだろうか。
また私はどうするのだろうか。
将来のことは、将来考えればいい。明日、生きているのかも分からないのだから。
いかがでしたか?
次回もお楽しみに!!!