そして、剣に成り果てた
その日はサンサンと日が差していた。日曜日の午後のよう
な、少し焦燥感を感じながらも気持ちの良い、そんな日差
しだった。私は近所の公園のベンチに座りながら、一人ル
ービックキューブを解いていた。カチカチと動く色面たち
は友人も彼女もいない、一人の寂しさを埋めるのには十分
だった。黙々と進めればあとは何もする必要がない。論理
的に一人になることができる。いまの私に大事なのは、こ
れを解ききることではなく、いかにしてこれを長く続ける
か、だ。終わってしまえばそこでする事はなくなる。そこ
の野原を駆ける子供たちを眺める他ないだろう。しかしそ
れではただの「不審者」だ。老衰した目をしていれば多少
なりともぼーっとしている演技ができただろう。何のため
に高校で演劇部に入っていたのだろうか。使い所はここだ
ろうに。なんてもったいないのだろう。
そんな事ばかり考えながらも指を動かす。色面が揃う素振
りは一切ない。当たり前だ。そもそもこの類のものはこれ
までの人生で無縁だった。数時間前、なにか惹かれるもの
を感じ購入した。本来室内で解くものだろうが、休日を中
で過ごすのにはもう飽き飽きしてしまった。公園ならば一
人でいても気に留める人はいないだろう。そう考え、今こ
こにいる。しかし実際は子連れの親子やカップルばかりで
、皆私を見るたびに異形にあったような顔をする。私がそ
れを気にすることはない。これまで一人でいたんだ、今更
周りの評価など、気にするほうがおかしな話だ。意識がい
きなりルービックキューブに向いた。それは単色に近づき
つつあった。驚きと冷や汗が頭の中を駆ける。まずい、ま
ずいぞ。考えることに夢中で解ききってしまいそうだ。ど
うにかばらさなければ。
カチッ
「あ」
乾いた音がした。それは日差しを遮る雲のような、あって
はならない物だった。ついに揃ってしまったのだ。
「やっちゃった〜…」
ため息交じりに呟いてしまった。八方塞がり、これで終わ
りだ。
「お兄さん何しているの?」
視界の下からハリのある声が聞こえた。見ると小学生ぐら
いの少年がボールを片手にこちらを見上げていた。
「何って、ほら。これよ」
そう言って揃ったルービックキューブを少年に見せる。
すると彼の目はより一層輝き、
「見せて!」とせがんできた。
「壊さないでよ?」
人に貸す時の決まり文句である。
少年はルービックキューブを一周見回すと、
「やってみていい?」と尋ねてきた。
揃ってしまったものだ。崩してもらえるのなら
都合がいい。
承諾すると、ボールをベンチの下に置き、私の隣に
座ってきた。そして、黙々とルービックキューブを
いじりはじめた。どこが正解か分からないのだろう、
ただ色面を動かすその姿はどこが健気なものを感じた。
いつしか自分にもこのような時があったのだろうか。
「ありがと!」少年は満足そうに、そして少し
不機嫌そうにそれを返した。手渡されたものは混在と
呼ぶに等しいものだった。
「お兄さんこれあげる!」
少年は私にバッチのようなものを手渡した。それは
ステンドグラスがあしらわれた、高貴な芸術品の
ようなものだった。
「いいのかい?こんないいもの…」
「いいよ、お兄さん優しいから!」
子どもとは、なんて純粋なのだろう。少年の優しさを
素直に汲み取り、私はバッチのようなものを受け取った。
「ありがとう」
少年は照れくさそうにうつむき、ボールを手にし
遠くへ走ってしまった。人と交流したのはいつぶり
だろう。しかも相手は子どもだ。結婚でもしない限り、
あることがない交流に違いない。胸に感じたことのある
暖かさを感じた。高揚感、と呼ぶに近いものだろう。
子どものころ以来だ。昔は友達とよく遅くまで遊んだもの
だ。しかし高校生になり、別の場所に行くようになって
からは顔を見せることは少なくなった。恐らく、
彼らなりに高校生を楽しんでいるのだろう。
それに比べ私は昼間から公園で寂しさ紛れに
ルービックキューブ。自分が情けなくなり、それと
同時にバカバカしくなった。その証拠に、私は頬を
つたう涙にそぐわない顔をしていた。
日は暮れ、賑わいが薄れ始めた頃、ベンチ横の
ルービックキューブをバックに投げ入れ、帰路を
進めることにした。たまにはこんな休日も良いのかも
しれない。ひとしきり感情を出した後なのか、自分を
認めるような言葉が湧き出てくる。明日の学校も頑張ると
するか。一人でもなんとかなる。今までだってそうだったじ
ゃないか。少年からのバッチを見ながら自分を鼓舞する。
視界が突然沈んだ。それと同時に浮遊感も感じる。
何があったのか。混乱の思いは強い
衝撃と痛みにかき消された。
「穴に誰か落ちたぞー!」
野太い声が高くから聞こえる。行くときには穴なんて
なかったのに。疑問を解決するには何もかもが足りない。
時間も知識も体力も。そして、自分の体さえも。
薄れゆく記憶のなかで誰かがロープを使い降りてきて
体を回収していく様子が見えた。
ああそうか。きっと彼らが。
自身の浮遊感を感じ、そこで意識が途絶えた。
目を覚ましたそこに広がってきたのは
近世ヨーロッパのような街だった。商店街なのだろうか。
それよりここは?
色んな謎が浮かんだが、それは視界の下を見た時
消え去った。自分の体ではなかったのだ。しかも
それはいつの間にか、西洋の騎士が使うような、
まさに「剣」だった。
「おいおいおいおいまじか」
驚嘆の声が漏れる。動くことも出来ないが話すことは
できるようだ。しかし、体が剣ということはまさか、
顔もなのか?
突然、派手な鎧を身にまとった男女達が私の前に寄り、
顔を近づけた。皆生粋の美顔ばかりだ。
「今の俺の顔、どうなってます?」
意を決して尋ねたが、
「おじさん、これ貰ってっていい?」
打ち消すかのようにリーダーのような男が声を上げた。
聞こえていないのか、ただの無視なのか。
「ああ、その剣か。いいぞもってけ。安くしとくぞ」
男が言う
「おじさん」が答える。
どこか安堵しているように聞こえた。
「この剣っておじさんが打ったの?」
男はそう言いながら私を持ち上げた。
浮遊感も相まって、気持ち悪くなる。
しかし、嘔吐しようにもその口が開かない。
というより、ない。
「この剣は倉庫にしまっていたものでな。
この間掃除したら出てきたんだ。しかし、
こんなものあったかね…」机に手を置き私を
見ながら答えた。
「なんかこの剣、もってる感じ気持ち
悪いんだけど、気のせい?」
素振りをしながら男は言う。失礼じゃないか。
「いつもあんたそんな事ばっか言っとるだろ。
気のせいだろ」
「そんなもんかねぇ…」
男は不服そうに答えた。
「まあいいや。500モラルで足りる?」
「構わんぞ」
どうやら会計をしているようだが、
モラルとは何なのだろうか。
規律とかのmoralではなさそうだが、硬貨の単位なのか。
カチッという音と共に視界が真っ暗になった。
それと同時に周りの音も聞き取りにくくなった。
何があったのだろうか。不安が胸に募る中、突然、
「あなたが剣?」と若々しい女の声が聞こえた。
「え、誰?」気の抜けた返事を返すと、
その声ははっきりと答えた。
「私はリツネ。あなたが剣なら、私はそれを収める鞘よ」