第1話 ニルルのめざめ①
ニルルが目を覚ましたのは洞窟の中でした。洞窟といってもそんなに深いものではなく、陽の光がうっすらと差し込んできて、ニルルに朝を告げました。
寝惚け眼をこすりながらニルルは考えました。世界の終わりを見届けたはずなのにどうしてここにいるのだろう、と。そして周りを見渡すと、ここはかつて住んでいた洞窟だと気付きました。ああ、なつかしい。大きくなるまではずっとここにいたっけな。
これはきっと夢だと思ったニルルは、すうっと深く呼吸をしました。肺の中に朝のきれいな空気が入っていき、すこやかな気分になりました。ついでに自分のあたまを軽く小突いてみました。ズンズン、と骨が振動して脳に響きました。
夢ではなさそうだな、とニルルは思いました。では世界の終わりが夢だったのでしょうか。それにしてはそこに至るまでの記憶の量があまりにも膨大で、あまりにもハッキリとしすぎていました。
何が現で幻か、ニルルはしばらくぼーっと考えましたが、おなかがぎゅうううーっと鳴ったのでとりあえず外に出ることにしました。
外に出たら、父と母がアルカの実を一心不乱にほおばっていました。アルカはニルルがおさない頃に住んでいた洞窟付近にたくさん生えていた樹木で、一年を通じて採れる実はサクッとした歯触りとほんの少しの甘酸っぱさが特徴です。
ニルルに気付いた父は、ニルルに目配せします。アルカの実、たくさんあるからお前も食べなさい、ということでしょう。
ニルルは状況が飲み込めずにいました。わたしが大きくなる前に樹化した父と母がなんでここにいるんだろう、と。
そしてアルカの実を手に取って気付きました。わたしの手、こんなに小さかったっけ、と。小さいのは手だけではありません。あんなにふくよかだった胸はぺったんこになってますし、背もかなり縮んでいます。思わず「えっ…?」と声が出ました。その声も幼いものでした。
ニルルは若干あたまがふんわりと真っ白になる感覚に襲われました。
そうだ、あれは夢だったんだ。
再びニルルは確かめるようにアタマを小突きました。やはりズンズン、と脳に響きました。そして手に取ったアルカの実をジャクっと齧りました。こんな味だったっけな、とは思いましたが同時にこれは夢じゃないとも思いました。
アルカの実を半分ほど齧ったあたりで、とりあえず生きていてよかったとなんとなくなーんとなく思いました。
アルカの実をひとつ齧り終えたニルルはごろんと寝そべり、青空とそこに浮かぶ雲をぼんやりと眺めながら、まだアルカの実を貪るように食べている父と母の様子をちらっ、ちらっと見ました。
そしてあることに気付きました。
父と母には、耳がありません。