【お題で小説:月】 秘密の鍵開け
「ぐぬぬぬぬ……こっちがこうで、こっちが……いやちがう……」
手先の器用なドワーフという種族は、鍛冶・細工・彫刻・彫金、様々な分野に進出しているが、ベルトルトは鍵師という一風変わった職業に就いたドワーフだった。
今回持ち込まれたのは一抱えもある古い金庫。
大鍵が1つ、小鍵が2つ、形式は古いが当時は最新式だったダイアル錠まで付いている。
依頼人の父親が管理していたらしいが、急な水難事故で亡くなり遺体も上がっていないらしい。
そして鍵の在り処もわからず、開け方のわからなくなった金庫が彼の下へ持ち込まれたという訳だ。
彼がこの仕事に取り掛かって丸二日が経っている。
大鍵と小鍵は何とか突破した、残ったのはダイアル錠だ。
音を頼りに回転数を割り出していくが、泥棒除けの偽の音に紛れているので非常にわかりにくい。
なんとか3つまで割り出したが、仕様書によればあと2回転分残っている。
「やれやれ……あともうひと踏ん張りか……」
彼が仕事を急ぐのは、何も依頼人に急かされているからという訳ではない。
依頼人の話では、父親の離婚で幼い頃に生き別れた妹の手掛かりが残されているとしたらこの中なのだと。
父親がなくなった今、知りうるものはもういない。
ただ開けられずに残ったこの金庫が最後の手掛かりなのだと。
(あんなことを言われたら、一刻も早く開けるしかないじゃろう……!)
しょぼしょぼする目を擦りながら耳を澄ませたのは何時間か。
ついに金庫の中でピン、と金具の外れる音がした。
取っ手を引くと、ガチャリ、と重々しく金庫の戸が開く。
中には土地の権利証や、出納帖、幾ばくかの現金の他におかしなものが入っていた。
「これは……暦か? 随分古いものじゃな」
幾つかの日付に印が付けられた、何枚かの暦。
古いものだが、しっかりとした紙が使われている。
(手掛かりになるものではなかったか…………んん?)
暦を見て感じる違和感。
よく見れば年違いで同じ月のものも含まれている。
普通入れるにしても、同じ年のものを入れるだろう。
なぜほとんど同じものなのに別の年の同じ月の暦が入っているのか。
訝しんだベルトルトは暦と印の日付をよく見比べることにした。
「印のついた日付はどれも月の序盤……同じ月のものも印は別の日付じゃな……」
暦とにらめっこをすること数時間、夜が明けるころにベルトルトは秘められた秘密に気が付いた。
印がつけられた日付は最大でも月の名前の文字数まで。
つまり印を付けられた日付と月の名前を照らし合わせれば言葉が浮かび上がるのだ!
年の古い順から月の早い順に並べて言葉を解読すると、『ドゥルゼッツェン、北の中町』となる。
ドゥルゼッツェンはこの街からふたつ隣の宿場町だ。
間違いない、これが依頼人の父親の遺した手掛かりだ。
日が昇れば依頼人に良い報告ができる。
仕事を終えた解放感とともに秘蔵の酒を一杯ひっかける。
父親の思いの籠もった暦を見つめて、思う。
古く貴族たちの秘密の談義は月下にて行われたという。
「繋がりは月の陰に、か……洒落者じゃったのじゃろうなぁ……」
故人の隠した繋がりを暴く、これも鍵を開ける仕事の因果なのかもしれないと思いながら。