第9話 『口』
「・・・・・・・・・キス?」
「キス♪」
アルニの笑顔にルイは顔を引きつらせる
物心ついたときから奴隷として働いていたルイ
当然周囲に色恋の気配は無く、キスなどもってのほかだった
しかもこの軽薄なアルニの言うことだ
もしかするとファーストキスを無駄に散らせることになるかもしれない
しかし!
「解りました、キス・・・・・・します!」
「ぃよっしゃ!!!!『認知不可領域』で止めるから行け!」
アルニは満面の笑みを浮かべて走り出す
計算通り!
(ルイ嬢はリオに恩があるから大抵のことはすると思ったが・・・・・ここまでとは)
こうしてアルニの巧妙(姑息)な思考により
『プッツンリオを止めるにはKISS』作戦が決行されることとなった
「止めるとは言ったものの・・・・・・」
アルニの足が止まる
昔にも一度こんなことがあった
『いてっ』
不良の肩とリオの肩が軽くぶつかった
『んだテメェ』
そこで不良が因縁をつけにくる、マンガか
普通なら適当にあしらってその場を離れようとするだろう
アルニもそうすると思っていた
『調子ぶっこいてんじゃねぇぞコラァ!!』
そう言ったのは不良・・・・ではなくリオだった
『おい、やめろよリオ』
したたかにリオをなだめようと
アルニが不良に向かって歩くリオの腕をつかんだ瞬間
ゴッ
アルニの顎に衝撃が奔った
突然の衝撃に脳がゆれる
薄れていく意識の中で見たのは
天高く掲げられたリオの腕
(アッパー・・・・・・か・・・・)
昔話の回想を終えたアルニは考えた
(このまま行っても前回の二の舞だ・・・・・でも行かないわけには・・・・)
!
名案が浮かんだ
アルニは方向を180°変え、ルイの方に走った
「ルイ嬢!俺に『精神介入』を!!」
いきなり言われたことにルイは何が何だか解らなかった
「どうしたんですか!?速く行かなきゃリオさんが・・・・!!」
ルイの焦る言動にアルニは詳細な説明を余儀なくされる
「えぇっと・・・・実はカクカクシカジカで・・・・!」
「そ・・・そうだったんですか・・・・・小説って便利ですね」
小説特有の表現で納得するルイ
「じゃあ・・・・私の目を見てください」
「・・・・ハイ」
アルニはルイの蒼く輝く左目を見つめた
キィィィィィィィィィ・・・・・・・
そもそも『精神介入』とは、能力保有者の眼球内で
自らの心の一部を停滞させ、自らの角膜を銃口として放出する能力である
そしてその心が対象の角膜と接触した瞬間、『精神介入』の戦闘が始まる
パチッ
心が・・・・飛んだ
ルイは自分の意識がかすんでいくのを感じていた
角膜を通じてルイの意識がアルニの中に侵入
視神経を通る視覚情報を押しのけて脳の奥底に到達した
意識が覚醒した時
ルイの周りは純白の空間
前には地平線の果てまで続く壁
そしてその壁にはドアがついていた
ギィィ・・・・
ルイはドアを開けて中に入る
「ここが・・・・アルニさんの『心の部屋』」
『心の部屋』
それは洗脳系の能力者だけが行くことのできる特殊な部屋
人によって間取りや家具の有無、配置などが全て違う
しかし全ての人に共通してあるのは、本
この部屋にある本とは、部屋の持ち主の記憶
楽しい記憶は「黄」
悲しい記憶は「青」
憎しみの記憶は「紫」
虚無の記憶は「白」
他にも様々な種類があるが代償的なものはこの4色である
しかしこの部屋は非常に危険なものでもある
部屋に侵入した者が物の配置などを勝手に変える
たったそれだけのことで持ち主の性格や思考を真逆にすることもある
そしてルイが見たアルニの部屋の風景は・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
言葉が出なかった
アルニの『心の部屋』は酷いものだった
壁紙は一面ピンク色、ピンクは愛や恋を表す
部屋の真ん中には丸いテーブルとティーセットが2組
ティーセットは休息を表す
それが2組あるということは・・・・・
「こういうのを色ボケと言うんでしょうか」
ルイは悲しいため息をついた
しかしその中で1つだけ驚いたものがあった
それは本の量
本は1冊で1年の記憶を記す
アルニの本の数は今まで覗いた部屋の中でも群を抜いていた
壁一面の本棚
さすがリオの友人と言うほどのことはある
一通りの目配せを終えたルイは一番新しい本を手に取った
そして真っ白なページを開き、ペンで新しい文章を書き加えた
『僕はリオの攻撃を恐れず、認知不可領域を仕掛けた』
それは記憶の捏造だった
本の最新のページにペンで文章を書くことによって
持ち主の記憶や行動を操作することが出来るのだ
「用事も終わったので・・・・お邪魔しました」
ルイは本を棚に戻し、部屋を出て行った
「終わりましたか?」
唐突にアルニの声が聞こえた
ルイはハッとするとアルニに言った
「もう行けますよ、頑張ってください!」
「それがルイ嬢の望みなら!!」
聞いてるほうが恥ずかしいようなセリフを吐きながら
アルニはリオの方に走っていく
(もうあんまり体力も無いからな・・・・何もしてないけど・・・・もっと近くに・・・)
見る見る内にリオとの距離を狭めていく
「この距離なら!『認知不可領・・・・』」
ガッ
不意に視界が暗闇に包まれ、頭を掴まれる感触が伝わってきた
「っの野郎!!」
アルニは顔にかかっているリオのマントを剥ぎ
リオの手を振り払った
しかしそこにはもうリオの姿は無く
風を切る音だけが聞こえた
「俺を踏み台に・・・・・・ルイ嬢!そっちに行きました!!」
その言葉がルイの耳に届いたときにはリオとルイの目はあっていた
・・・・・・・・・・・!!
人の目じゃなかった
ルイが記憶として覚えているのはそれだけだった
次の瞬間、ルイはリオに飛びついた
その衝撃でリオの体は大きくバランスを崩した
そしてリオの怒りに満ちた手がルイの白い首筋に忍び寄る
「ルイ嬢!!!」
ルイの身を案じ、駆け寄ってきたアルニは驚愕の事実を目にした
「・・・・・・・・」
目を丸くしているリオと目を瞑っているルイの唇が重なっていた
子供向けに言うなら『チュー』
古臭く言うなら『接吻』
今風に言うなら『キス』
英語で言うなら『kiss』
フランス語で言うなら『baiser』
そしてこの行動をとった本人は困っていた
ここまでしたのは良いものの、これからどうして良いのか解らない
(イヤァァァァ!!これからどうしたら良いの!?何でリオさん喋らないの!?)
目を開けて確認しようにも恥ずかしくて目を開けられない
アルニも固まっている
その先ほどまでとは全く違う空気を変えたのは・・・・
「どんな理由があってもレディは無闇にキスなんてするもんじゃないぞ」
その声はルイの眼前から聞こえて来た
ルイが恐る恐る目を開けると
そこにいたのは先ほどまでのリオではない、いつものリオだった
「リオさん!!」
涙を流して喜んだのはルイだった
「良かった・・・・本当に・・・・良かった」
力いっぱい抱きつくルイにリオは頬を少し赤くした
アルニに目配せしてさりげなく助けを求める
『答えてやれよ、男だろ?』
アルニのニヤついた顔が無言で喋った
(この状況でどうしろってんだよ・・・・・)
リオは長い間生きてこそいるが女性経験は無いに等しかった
だからこんな状況には弱いのだ
「あぁ・・・・ん・・・・まぁ・・・何だ・・・・ありがとな」
リオは照れながらもそっとルイを抱きしめた