崖っぷち魔法少女
翌日、枢と襤褸が来たのは学校の屋上の入り口前。階段が下にそびえ立ち、自分の身長の何倍もの高さのある屋内の崖。肝心の呼び出した相手は常磐ディスティルだった。
昨日の激昂がまだ収まらないのか、上履きを振動させて貧乏揺すりをしている。不機嫌そうにしているが西洋人形のような愛らしさは損なわれる事なく、枢は思わず怒った表情もカワイイなんて口が滑りそうになっていた。
しかし、枢達とは一切のコミュニケーションを遮断する彼女が、どういう風の吹き回しか自分から呼び出してきた。
だが、その内容は耳を疑うようなものだった。
「私、魔法少女やめるから!」
常磐ディスティル、魔法少女辞める。
しばらくその情報を正しく理解するのに時間がかかった。
「ど、どうしてなのかな?」
「どうしてもこうもないでしょ。昨日みたいなクズ魔法少女がいると思うだけで虫酸が走る。だから辞めるのよ!」
眉をつり上げてそう声高に主張する。強い言葉使いで昨日の相手に愚痴を言いまくる。
「そ、そんな。ディスティルちゃんやめちゃダメ!」
「イヤよ! あんなのに横取りされんのも、関わるのも金輪際やらない! 魔法少女そのものを辞めるわ!」
「ダメだよ!」
「ヤめるわ!」
駄目駄目、辞める辞めるの押し問答がしばらく続いた後、襤褸からも説得が。
「昨日の事は仕方ないわ。ああいうことは、普通の『学校』でも起こる事よ」
「月白。アンタはそれで耐えられるかもしんないけど、アタシは耐えられないの」
「だとしても考え直してよ、ディスティルちゃん。答え出すの早いって!」
「ずっと辞めたいと思ってたわよ。どうせ『補欠組』だから!」
しかしこれは誰でも予測できた事。『補欠組』の誰かが、この劣悪な環境で魔法少女をやる事に耐えられない者が出てもおかしくないと。それがディスティルだっただけで。
ここが『魔法少女の墓場』であることに変り無い。
「あたしには必要だもん。や、やめないでよ!」
「へぇーどこが必要なのか教えて欲しいわね? 私がいなくても十分やれてるんだからいいじゃない! もうこんな事続けたくないのよ!」
それでも枢は往生際悪く、引き留めようとする。彼女としてはディスティルにも踏み込んだ活動をさせたいのだ。
「ディスティルちゃんだって、ホントはこのままは良くないと思うよね!? だからもう少し続けようよ!」
「それには同意見よ。ディスティルを戦力としも失うのは惜しい」
「しつこい! 私はアンタらみたいに馴れ合いしないし、やり甲斐もないの!」
「それじゃ友達いなくなっちゃうよ!」
その瞬間ディスティルの怒りがこみ上げるのを肌で感じた。言葉選びを間違えたのを悔やむ間もなくディスティルが怒鳴り出す。
「友達なんて要らないわよッ!」
「で、で……も」
「皆バッカじゃないの!? 自分のことしか考えてない他人に期待するな! アンタ達だって昨日のあいつ等と同じよ! そのうち仲間はずれを作るだけよ!」
「そんな言い方ひどいよ!」
言われもないレッテル貼りに、枢もついつい口出しする。
「ディスティルちゃんはどうして、信用してくれないの!? 私だけじゃない! 他の皆の事も、ずっと戦いにも参加してくれないし……!」
「うるさい……もう黙れ!」
「私達を信じてくれてもいいんだよ。怖がらないで……」
「だからうるさいッ!」
「ッ」
咄嗟にディスティルが平手打ちをかます。しかし平手打ちは枢の頬の前でぴったりと止る。襤褸がディスティルの腕をがっしりと掴んだ。
「離しなさいよ!」
手首を振り回して拘束を無理矢理解いた。息を荒くした跡、やるせない舌打ちをした。
「とにかく、近日中に辞めるから、これは決定よ」
「……そんな」
そこに階段を駆け上がる音が鳴り響く。先生が来たのかと慌てて、ディスティルと枢は隠れようとする。
「皆さん探しましたよ! 教室にも居ないし携帯も教室に置きっ放しでしたよ」
「ようこちゃんどうしたの?」
「それが大変なんですよ!」
やってきたのは鷹子だ。魔法で探知してここまでやってきたらしい。
「白井さんから連絡がありました! ノワールが出現したみたいです!」
「今日も!?」
「それが、ニュースになるほどの大物ノワールみたいなんです!」
「上級ノワールの出現ね……」
「とにかく行きましょう!」
直ぐさま屋上から階段を駆け下りるが、ディスティルだけは応じない。
「ディ、ディスティルちゃん!」
「……」
もう行く義理はないが、枢に言われた「怖がらないで」という発言からどこか調子を崩している様子だった、少し迷った後に舌打ちをして勢いよく階段を降りる。
「今日で最後。いいわね」
「う、うん……」
学校の正門の前では白井が車を止めて待っていた。
「授業中に抜け出されるのはちょっとラッキーかもしれませんね、なんて」
「知らないわよッ!」
正門まで突っ切る三人と、ちょっと早歩きして後に続く枢はようやく車に付いた。
「遅ぉおおい! 早く乗れ、乗れ、乗れェい!」
「す、すいません」
既にワゴン車には遂が搭乗しており、手を振って枢達を迎える。
「遂さんも当然、授業中ですよね」
「授業が合法的にサボれるなんてラッキーだよな!」
「ふふ。ようこちゃんと同じ事いってる」
鷹子は急に恥ずかしがって紅潮した。
白井がレバーを押し倒しギアを上げ、急発進する。相変わらず車酔いしそうな荒々しいハンドル捌き。車内は冷房装置を限界まで回して冷蔵庫みたいに冷えて、車のカーナビの下にはテレビモニターが付いている。
全員が助手席には乗らず、後部座席に詰めて狭い思いをして乗り込む。ディスティルは腕と足を組んで不服そうにしている。
「白井、後で話があるわ。今後について」
「ふーん。あっそ。後でな」
こういう話の切り出し方は十中八九引退の件だろうが、白井は素っ気なく対応する。
「……」
遂や鷹子もディスティルの苛立ちと吹っ切れた様子から、彼女は魔法少女を辞めるのだと容易に想像できてしまう。しかしそれは本人の自由意志の問題なのだ。
静寂が支配する車内だったが、そんな中、白井はお気に入りの魔法少女アニメを流す。
内容は奪われたお菓子をとりもどすために、皆で力を合わせて変身するシーンらしいが、途中から見てると滑稽な展開に見える。
「あーイイね。『トゥウィンクルリリー☆ちゅっちゅぴゅーあ』」
「白井さんけっこう年齢いってるはずなのに、魔法少女アニメが好きなんて」
「はっきりいって気持ち悪いですね。はい」
「あたし知ってる。ああいう人って『大きいお友達』っていうんだよな……」
「っせーよッ! ペイル、グラファイトォ!」
細やかな内緒話も地獄耳の白井には筒抜けだったようだ。ただ遂は追求をやめない。
「つーかいい年こいてアニメとかキモいわッ! ニュースにしろって!」
「やめろ! やめろ! おい! うぁああああああああああ!」
遂が後部座席からカーナビに手を伸ばし、チャンネルを無理矢理変える。悪の怪物を倒す正念場でチャンネルを変えられた。
アニメの邪魔をされた白井は下顎をぶるんと振え狂乱する。
画質の荒いモニターに映し出されたのは、生中継のニュース。上空、ヘリからの映像が流れる。鉄道や高速道路が蔦や巨大な根っこに覆われて、車や電車が木の枝に貫かれている映像が映し出されていた。テレビ越しでは、いまいち植物の子細な特徴は分からないが明らかにノワールが関与している。
[このように現在、高速道路や都市部の各路線が、成長した植物によって運行を妨げられています。全線が前線上下線共に見合わせており……]
「今回おまえらには民間人を避難させる誘導員になってもらうだけだ」
「都市部の交通機関を完全に麻痺させる程、たくさんのノワールが押し寄せてきたってことかな?」
「まだわからないわ、でもそれだけじゃない気がする。今回のノワールは」
[見て下さい! 今街の中心部に戦っている魔法少女達が!]
男性のニュースのキャスターの声が急に上ずる。まるで興業プロレスの実況みたいになっている。
[『マジカルスティグマ』です! 彼女達が街の危機に立ち上がってくれたァー]
そこには昨日襤褸に許し難い言葉を浴びせた魔法少女達が立っていた。




