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国境にて

こちらは書籍版を書き始める前に書き溜めていたWEB版の続きです。

書籍版とはシノブちゃんと教授の関係性や他の登場人物の設定も違います。

WEB版のほうは続けても問題ないとのことでしたので、また今後ちまちまと書き進めていくと思います。

 吹雪は数日前から止んでいた。


 一年のほとんどを雪に閉ざされた国、ラススヴェートも、南の国境は春の訪れもいくらか早い。


 けれどそれは希望に満ちた太陽の温みではない。無情に全てを塗りつぶしていく白いものがじっとりと形を失っていき、その下から死んでいたものが姿を表す。

長い眠りから芽吹いた草花もあれば、冷たさに凍え死んだ動物──あるいは人の死体も。全てが強い陽光の下に晒される。


 ゆえに、男は春に何の感慨も抱いてはいなかった。


「山を下ればアーベントの北、ヴェーヌスだ」


 まっすぐに南を指差すが、木々さえ生えぬむき出しの岩にしがみつく雪。

 遥か麓の山腹にようやく見える黒い木々。全ては寒々とした眠りに静まりかえっていた。

 長年この国に住んでいる者でなければ、春が来るとは信じがたいだろう。


「あ、あたし一人で行くの?」


 男の厚い手のひらで押し出された少女は寒々と待ち受ける山道に身震いした。

 毛皮の帽子と外套の上からもわかる、あまりに大袈裟な仕草だった。

 この娘はこういう風にわざとらしく振る舞って他人の気を引こうとするところがある。短い付き合いでも浅はかなところが目に付く娘だった。


「行け」

「で、でも……」

「言ったはずだ。この国ではお前のような娘は殺すしかない。アーベントならば、生きる術もあろう」

「む、無理……」

「行け!!!」


 山野にこだまする咆哮だった。

 男の厳のような外見も手伝って、少女の目には獣のように映っただろう。怯えた顔で後退り、くるりと背を向けて走り出した。嶺から転がり落ちるように下っていく。


「礼も言わずに去るとは」


 呆れたような呟きが男の隣に寄り添った。

 山を降りる少女とそう変わらない年の少女だ。

 無感情な目つきで小さくなりつつある後ろ姿を眺めている。


「どうしてあんな嘘吐いたんだよ」


 少女の隣にこれもまた同じ年頃の少年が立つ。その手には鋭いナイフが握られていた。

 岩山をしがみつくように降りる娘が戻ってきた時は、投げつけて息の根を止めるつもりだった。


「あっちでもあの女に自由はない」

「……真実を知らせる必要はない」

「ガゼーエフ、ノジコフ様のなさることに口答えするつもりか」


 少女は男の配下だが、上官に少し盲目なところがある。少年は肩を竦めた。


「ガゼーエフ、あの娘はヴェーヌスへの土産だ」

「うわ、怖いねー」

「ガゼーエフ」


 睨み合う少女と少年を横目に、男は白々と広がる山裾の先、城壁に囲まれた都市を睨んだ。


 アーベント王国第二の都市、ヴェーヌス。


 逃げ去る少女の姿は、黒い木々に飲み込まれて消えた。

お久しぶりです。母の入院や仕事などでバタバタしているうちに師走に突入していました…。

書く方がすっかりおろそかになっているのですが、また続けていきたいと思って、数話のみのストックですが投稿していきます。

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