サンドイッチ
「異世界転移したけど、王立学院で事務員やってます」をブックマークしてくださっている方へ
あらすじでこっそりとお知らせしておりましたが、本作はpixivにて「第2回異世界転生・転移マンガ原作コンテスト」佳作をいただきました。
そしてこの度、角川ビーンズ文庫にて書籍化が決定しました!
ブックマークしてくださったおかげで執筆の励みになりました。ありがとうございました。
また、コンテスト応募の際にpixivでもブックマークして応援してくださった方には感謝しかありません。本当にありがとうございます。
7月30日発売です。
刊行情報などが下記の特設サイトにて告知されていますので、もしよろしければご確認ください!
https://shinbungei.fnovel.kadokawa.co.jp/special/isekaigensaku-contest2/
刊行に際して、主要キャラたちの年齢やストーリーの展開などを大幅に改稿しましたので、こちらで連載していたのとはまた違うシノブとエメリヒ師を楽しんでいただけましたら嬉しいです。
そしてこちらとpixivでも、発売記念の短編をアップしていきます。
第一弾はエメリヒ師の食事事情について。
こちらで連載していた頃より若干糖度高めなエメリヒ師に仕上がっておりますが、小説版の仕様だと思っていただければ……。
よろしければ、スクロールして続きからお楽しみください!
どうもこんにちは。日本から異世界にやってきた元就活生の私、シノブこと、多英忍です。
アーベント王立学院、魔術科呪文構築専攻の教授であり、呪文構築の名手であるエメリヒ・ローゼンシュティール教授の助手として働き始めてようやく一年。
最初は四苦八苦していたけど、自分でもよく頑張ってあの嫌味で陰険な教授に付き合ってこられたなって感心している。
そんな助手のお仕事としては、教授の補助として必要な書類や器具を準備したり、実技に使うホールの使用申請をしたり、その他雑用って感じなのですが……。
他の助手が絶対やってないだろうなってお仕事がひとつだけある。
「失礼しまーす」
手にしたお盆がひっくり返らないように、重たい樫の一枚扉を慎重に開ける。
いつも通り研究室の奥の書斎机に座っている教授。眉間に深いしわが刻まれている以外は今日も今日とて麗しいお姿だ。
「食堂からもらってきましたよ。ロ……エメリヒ教授、昨日の夜から食べてないって本当ですか?」
サンドイッチののったお盆を差し出しながら話しかける。食堂のおじさんから預かってきたものだ。
学院内の寮や『塔』にそのまま住んでいる教授や学生さんたちは学院の食堂で朝昼晩の三食を食べることが多い。
新顔のこのひきこもりは、食事もろくに取らずに古代呪文の解読とかで寝食を忘れる人間なのだ。
「後で食べるつもりだった」
「そう言って朝からその本とにらめっこしてもうお昼ですよ。ほら、食べてください」
「うるさい。後で食べる」
「うるさい、って……」
分厚い古本にしがみつくようにして嫌がる姿はとても私よりちょっと年上とは思えない。
教授はまた古代文字だかなんだかの並ぶ紙面に没頭する。呆れまじりに眺めた。
長い睫毛が白磁のように滑らかな頬に影を落としている。相変わらずの美貌だけど、中身は呪文を前にしたときだけはまるで子どもだ。
だからといって授業中に学生さんの前でぶっ倒れられても困る。この男は前科ありなのだ。
私が助手として働き始めて三ヶ月くらいのときに、教授が研究室の真ん中で倒れていたことがあった。びっくりするやら心配するやらで原因を訊ねてみれば、空腹と寝不足だったそうで、呆れるしかない。
あれ以来食堂のおじさんは教授が一日三食のうち二回食事を抜くと心配してくれるし、こうやって私に簡単に食べられる軽食を持たせてくれる。そのおじさんの優しさも知らずに、この呪文狂は……。
こみあげてきたモヤモヤと一緒に、私はちょっと意地悪してやることにした。
「それじゃあ、教授はそのまま本を読んでてください。私が食べさせてあげますよ」
ツンと顎をそらして言ってやると、教授は不審そうな顔でこっちを見上げた。
ニヤリと笑ってお皿からサンドイッチをひとつ摘まみ上げて、教授のまっすぐ引き結ばれた口元へ差し出す。
「はい、あーん」
「……何のつもりだ」
「何って、教授が自分で食べないなら、こうするしかないじゃないですか。また倒れて食堂のおじさんを心配させたいですか?」
わざと聞き分けのない子どもを叱るように訊ねると、教授はムッとして言い返してくる。
「倒れてもいいだろう、僕の勝手だ」
「またそういうこと言う。いいから食べてください! ほら、あーん!」
ほとんど口にぶつけるようにサンドイッチを突き付けると、不満げな顔をした教授が睨んでくる。
子どもみたいに本に夢中になってダダこねてる人の視線なんか怖くありません。
にっこり笑って受け流すと、教授も諦めたようにひとつため息を吐いて、目の前の食事にかぶりついた。
意外と大きいひと口だ。食べ物の体積分だけ頬が膨らみ、シャープな頬骨や鼻筋が強調されている。
ちょっと男らしさを感じて、私は慌てて目を逸らした。
「次」
「え?」
「次だ」
「ああっ、はいはい!」
ひと口分欠けたサンドイッチを差し出すと、教授が大きく口を開けてかぶりつく。やっぱりひと口が大きい。
咀嚼に顎が上下すると、ただただ綺麗だと眺めていただけの顔の造作が思っていたよりもがっしりとした骨格でできているとわかる。
気付くとなんだか頬に血が上って、熱くなってきたような気がした。
ダメだダメだ。目の前にいるのは嫌味~で可愛くないただの上司!
強めに頭を振って正気を取り戻し、頑なに本から目を離さず私の手から食べ続ける教授に餌付けしていった。
そうやって、ふたつ、みっつとサンドイッチを完食したころには、私は妙な徒労感で疲れてしまった。
黙々と食べているだけの姿がかっこいいってどういうことなの? これって教授の顔が私の好みど真ん中だから男らしく見えているだけ?
時々私の中から顔を出しそうになる妙なトキメキをやっつけて、冷静さを保つのに必死だった。
意地悪してやるつもりだったのに、とんでもなく後悔している。
「悪くないな」
「……はい?」
「食事もとれて、本が読める」
「はあ、それはようございましたね……」
疲れきって適当に相槌を打つと、顔を上げた教授が目を細めた。
「次からも食べさせてくれると助かる」
邪悪な微笑みを浮かべている。私の意地悪もお見通しだと言いたげだ。してやられた! 悔しいったらない。
「お断りします!」
「そうか、残念だ」
平然と言うものだから、頬が引き攣った。
それに残念って、どういう意味だ!?
もう腹立たしいのか動揺しているのか自分でもわからないまま叫ぶ。
「そ、そそそそそもそもサササンドイッチって、ほ、本を読みながら食べられるもの、ですから!」