始まりの夢
これは夢だ。
なんの根拠も無いけれど、自分の置かれた状況は現実では無いのだと決めつけた。
見えているのはいつもの街並み。通学時には必ず通る道の途中。あと数分も歩けば自分が住むマンションの頭が見える場所にある小さな公園。そこに僕は立っていた。
ベンチに座るわけでもなく、遊具で遊ぶわけでもなく、誰もいない公園の中心でただ立っている。
「………」
声は出ない。視線も動かない。物音すら聞こえない。
というか身体が動かない。
地面に伸びる自分の影が妙に気持ち悪い。こんな状況を夢だと思わない人がいるのなら、その人は普段どれだけ非常な毎日を送っているのか。羨ましい限りだ。
やたらはっきりしている意識の中で、いつまでこの金縛り(?)状態が続くのか考えていると、動かない視界に不意に変化が訪れる。
「こんにちは」
静寂を破り聞こえてきたのは女性の声。
「こんにちは! …って、聞こえてます?」
目の前の公園入り口に立ち、首を僅かに傾けてこちらの反応を窺うようなそぶりをするその人影は、数秒こちらを観察したあとゆっくりとこちらに歩いてくる。次第に分かるその姿に、動けないけど息を呑んだ。
とても可愛い女の人。でもところどころ変だった。
まず服装が変だ。
詳しい名称は知らないのだが、祭りの時期でも無いのに巫女さんのような和風の服を着ている。しかも白黒の。巫女服の一般的なイメージの紅白でなかったことにまず違和感を覚える。
髪型も変だ。
髪の束を輪っかみたくしたのが頭の左右に一つずつ。髪色も黒に白の髪が混ざる奇抜な色。あんなのは漫画やアニメでしか見たことがない。コスプレイヤーというやつなんだろうか。
そもそもこの状況で現れたのが変だ
こんな可愛い子が僕になんの用なのか。人生に三回はあるというモテ期の一回が来たのだとしたら随分出来すぎな話である。
「う~ん…、まぁいいか。とりあえずやること済ませちゃいますね」
スタスタと目の前にまで近づいてきた少女は満面の笑みを浮かべる。
いつまでも見ていたくなる可愛らしい笑顔だったが、次の瞬間消え去った。
「いただきま~す」
ガブリッ
「………え?」
声が出た。情けない声だった。
「……ぷはぁっ、………やっぱり美味しい」
彼女の口が真っ赤に染まっている。
染めているのは何か。僕の血だ。
それ以上考える間もなく再び彼女の顔が僕の首元に迫る。表情は変わらない。満面の笑み。
自分の体に異物が入ってくる感覚。不思議なことに痛みは無かった。
ごくっ…ごくっ……
「あっ。……危ない危ない。これ以上は死んでしまいますね」
唇に着いた血液を艶めかしく舐めとる様子をじっと眺める。
意識はすでに虚ろとなり、瞼は重くて閉じかかっていた。
もしかして、僕はこのまま死ぬのだろうか。そんなことを考えていた僕の不安をかき消すかのように、彼女が僕に言葉をかける。
「大丈夫。またすぐに会えますから」
嬉しそうに言う彼女のその言葉を最後に、僕の意識は完全に断たれた。
最後の最後までこれが夢だと信じて。