侯爵令嬢、当て馬と出掛ける
「何しに来たのよ。」
私が突然にやってきたジゼル様と対面した瞬間、口にした言葉である。
「デートのお誘いに。」
そうして、ジゼル様は相変わらずスマートにそう告げた。
ロアネと知り合ってから、しばらく特に何もない日々が続いていた。
私も仕事があるので、エリーにすら会えておらず、ジゼル様と会うのはあの夜会ぶりであった。
唐突な訪問に正直私は驚きを隠しきれない。
「何がデートのお誘いよ、いつも思うけど軽口が過ぎるわ。」
だけれど、そういった軽口に浮かれることはない。
いつからか、ジゼル様は色々と言ってくるようになったが、いずれヒロインを好きになるのだと思うと特に何を感じることもなかった。
そして、いつしか慣れてしまったのだ。
「とにかく、しばらく会ってないから君の顔が見たくなっただけだよ。」
「そうやってふざけたことを言って、私の反応を見たかったということで宜しいかしら?」
「まあ、そういうことでもあるかな。」
なるほど、それが本心だな?
あはは、と笑うジゼル様に眉を潜めて睨みつける。
彼はどこか意地悪いところが多々ある。
それ以上に優しい面が多いので、友人として好きだという感情が無くなることはない。
「それで、本題は?」
本当にデートの誘いに来たわけでも、ただからかいに来たわけでもあるまい。
何か用があって尋ねてきたことは明白だ。
「ログレスがエイミッシュ嬢にドレスを送ったでしょ? それを彼女が気に入って、ちゃんと詫びの品になっているのかと律儀に気にしていてね。」
あぁ、ログレス様、真面目すぎます。
詫びの品としてあげただけで終わればいいのに、その先まで気にしてしまうとは、真面目が売りのログレス様らしい。
「それで彼女が今週末の夜会のために今日王都に来るということで、城下町のカフェで会うことにしていてね。僕がご令嬢と2人で会ったら君が嫉妬するだろ? だから、わざわざ誘いに来たのさ。」
「嫉妬なんてしません。」
今日はいつにも増して軽口が多い。
私はそんな挑発には乗らない、冷静にきっぱりと申し上げるのだ。
「わかった、降参だ。」
軽口に少しも乗らないとわかった彼は、ひらりと手を上げて見せた。
「実を言うと、話には聞いているけれど話したことは一度もないんだ。だから、エイミッシュ嬢と友人になったという君の力を借りたくてね。」
「あら、それならそうと早く言ってくれないと。」
私は早急に出掛ける支度を始める。
ロアネ嬢とジゼル様のファーストコンタクトを私が華麗に仕上げて見せるわ!!
これが、私の野望の第一歩よ!
「初めまして、エイミッシュ嬢。僕はジゼル・ヴァレンティアと申します。どうぞ気軽にジゼルとお呼び下さい。」
「初めまして、ジゼル様。私のこともぜひロアネとお呼び下さい。」
私は2人の自己紹介を見ているだけで既に幸せな気持ちでいっぱいだった。遂に、ヒロインと当て馬が知り合ったのだ。やっとスタートラインに立つことが出来た。
私の戦いが始まったのだ!!
正直、殆ど概要やキャラクター設定くらいしか読めていないので、当て馬との出会いの部分だったり、どのようにして2人が仲良くなってジゼル様が恋に落ちたのか全くわからない。
だから、この出会いが正しい道を進んでいるのかすらわからない。そもそも私は登場人物ではないのだからここに私がいること自体物語から逸れているか。
いやしかし、そんなことはどうでもいい。
最終的にジゼル様が幸せになれる道を築きあげられればそれで良いのだ。
「ロアネ、ドレスは気に入ってくれている?」
私がそう問いかけると、ロアネは可愛らしい笑みを浮かべた。
「ええ、勿論! 今週末の夜会でも着ようと思って持ってきたのよ。」
「それは良かったわ、半ば無理矢理選ばせたような気がしていたの。」
半ばというよりあれは殆ど無理矢理だった。
エリーの選択的に私の選んだもの以外に選択肢はなかったもの。
「そうか、気に入っていたのなら良かったよ。ログレスは真面目だから、律儀に詫びの品になっているか気にしていてね。良かったら夜会の時にでも見せにいってやってくれるかい?」
「はい、感謝の言葉も伝えたいと思っていたところなので、そう言って頂けると助かります。私のような者が軽々しく近づいて良いものかと悩んでいたところなので。」
本当にロアネは細かいところまで気を使えるとても良い子だ。顔も可愛くて仕方がないというのに、その上性格も良いなんて、神様は不平等過ぎやしないか。
いや、だからこそヒロインなのか。
前世では、ヒロインが悪役となる小説が大変流行っていたけれど、もしもロアネが全て計算尽くでやっていることで本当はとても性格が悪いのであれば、私は引くを通り越して彼女の目の前から消えて無くなる。
そういえば、ジゼル様は全くロアネに対して軽口を発動させないわ。私の中では、ロアネの心を撃ち抜くような台詞をどんどん吐き出して、ログレス様より先に意識させる作戦だったのに。
これではジゼル様の魅力が伝わらないわ!!!
「ロアネ! ジゼル様はね、今は気軽に話しているけれど公爵家の人間なの!」
「え、ええ、存じております。」
「レア、急にどうしたんだい?」
どうしたも何も、貴方の売り込みをしているのよ!
私は身を乗り出してロアネにジゼル様の良いところを伝えようとする。
ジゼル様はとても心配そうに私を見ているけれど、大丈夫です、任せてください!!
「ジゼル様ってとてもカッコいいでしょう!?」
「はい、とても整ったお顔立ちをされていると思います。」
ロアネは、ジゼル様の顔を見ながらにこりと笑ってそう答える。
そうでしょう、そうでしょう?
ジゼル様のお顔はこの国でもトップクラスにカッコいいのよ!
ジゼル様は、ロアネに褒められたことで少し恥ずかしそうにしていた。
「それに加えて、とても紳士で優しいのよ。どんな時でも些細なことにも気を配れるし、私はいっつも彼に助けられてるわ。それに、凄く頭が良くて剣の才能もあるの! 学園時代は常に上位の成績だったわ。」
「レア、それくらいでやめてくれ。」
私がジゼル様の良いところをロアネに語っていると、ジゼル様自らがそれを止めに入る。
どうして? ロアネにたくさんジゼル様の良いところを知ってもらいたいというのに。
そう思ってジゼル様を見ると、耳まで真っ赤になっていた。そこで、あぁそうか、他人の口からこんなにも褒められたら恥ずかしいよな、と1人で納得した。
「ふふっ、おふたりはとても仲がよろしいのですね。」
ロアネはそう言って楽しそうに私達を見た。
ファーストコンタクトとして、ジゼル様の良さはたくさん伝わったのだろうか。私はキューピットとして上手く立ち回れているのだろうか。
ロアネの言葉に疑問を感じつつも、今日のところはこれくらいで良いだろうと私は満足していた。
そんなに急に2人を恋仲に出来るとは思っていない。ゆっくりと、だけれど確実に任務を遂行するのだ。
まず、出会いの段階として印象はマイナスではないはず。
いや、しかし、少女マンガとしてはマイナスからのスタートで『ギャップ』という面を見せてからの恋への発展が王道パターンか!?
これは初手を間違えてしまったのか!?!?
「レア、そろそろロアネ嬢は帰らなければならない時間だよ。」
ジゼル様の声かけに私はハッとする。
「そうよね、お屋敷が遠いんだものね。」
「えぇ、もっと長くお話ししたかったのだけれど、また夜会の時にでもぜひお話しさせて下さいね。」
ロアネはとても名残惜しそうにその場を立ち去った。それを見送ってから私たちも帰りの道を歩き始める。
「レア、相変わらず君は猪突猛進だね。」
「それが私の良いところだと自負しているもの。」
ジゼル様にも、私の必死さが伝わったのだろうか。
今日の務めはきちんと果たした、ジゼル様の期待は裏切っていないはずだ。
これからも私に任せて下さい! 必ずや貴方を幸せにしてみせます!!!
呆れたようなジゼルのため息は、レアルチアには聞こえていなかった。