侯爵令嬢、当て馬とディナーを楽しむ
「こちら、食前酒の山葡萄酒でございます。」
私たちの目の前に置かれたものは、小さなカップに入ったお酒。葡萄ということはワインだろうか。
ひと口味わってみる。
なるほど、スッキリとしていて飲みやすい。
あまりワインの類は得意ではないのだが、これならば私でも飲める。
この国では、夜会デビューをする16歳になるとお酒を飲むことが許されるので、私もジゼル様もちゃんと合法的にお酒を嗜んでいる。
「初めから満足そうな顔をしてるけれど、まだ食事は始まったばかりだよ?」
ジゼル様の声かけに私はハッとする。
そうだ、まだまだ食事は始まったばかり。
これから沢山の美味しいものが出てくるのだ。
あぁ、ウキウキせずにはいられない。
食前酒が運ばれてすぐに次の皿が運ばれてきた。
「先付けは季節の野菜と旬の魚の湯葉包でございます。」
そうして目の前に出されたのは完全なる和食。
そうよ、こういうものが食べたかったの。
当たり前だけれど、ずっと洋食しか食べてこなかった。和食の文化なんてこの国にはない。
自分でも今、目が輝いていることがわかる。
「まるで子どもみたいに目をキラキラさせるね。」
私が料理を食べているのを満足気に見つめながらジゼル様がいう。
そんなに見られていたら何とも食べにくい。
「勿論、この食事を私がどれほど楽しみにしていたことか。」
当たり前だが、ジゼル様にはわからないだろう。
いや、誰にもわかるはずがない。
前世を懐かしいと思ったことは正直何度もある。
レアルチア・オールクラウドの中に存在している「前世の私」が戻りたいとさえ思うあの世界。
前世の両親、友人、何もかもに思いを馳せることがある。だけれど「前世の私」は若いながらも天寿を全うした。不慮の事故でも不自然な死でもなく、病が私を死へと誘ったのだ。
とにかく、こうして前世に近いものに触れることで少しだけでも「前世の私」が満足出来るように。
そんなことも考えている。
無論、美味しいものが食べたいという気持ちが第一ではあるけれど。
考え込んでいる間に目の前に八寸が置かれる。
季節感が統一された料理が、綺麗に盛り付けされている。もしも、私が今"スマホ"を持っていたのなら素早く写真に収めていたことだろう。
しかし、この世界にそんなものはない。
しかと目に焼き付けなければ。
じっと見つめていると、料理の先にジゼル様の顔が映る。彼も満足気ではあるが、そんなに箸が進んでいるようには思えなかった。
「ジゼル様の口には合わなかったかしら……?」
私が不安気に問いかけると、ジゼル様は「いいや。」と首を横に振った。
「美味しそうに食べるレアを見るのが楽しくて、食べるのを忘れてしまっていたよ。」
「こんな時まで軽口を言うなんて、びっくりだわ。」
ジゼル様の軽口に苦言を呈すが、内心では胸が高鳴っているのを鎮めるので精一杯だった。
その後、椀物、お造り、焼き物とスムーズに食事が提供されていく。
どれも前世では馴染みのある物だった。
ジゼル様は初めて見るような反応が多くて、見ていても何だか面白いと思ってしまう。
もしも東国へ行けば、もっとたくさん私にとって懐かしいと思えるものがあるのかしら……?
そう思ってみるけれど、東国へ行くなんて無理だとすぐに諦める。まずかなり距離が遠い、それに加えて東国は他国の者が自国に入ることに対してかなり警戒をしているのだ。気軽に行ける国ではない。
そんなことを思っていると、大きな土鍋が用意されその隣に小さな壺。私たちの前にはお椀とお茶碗が置かれた。
「こちら、牛しぐれと柚子、三つ葉の土鍋ご飯でございます。こちらのお椀は、椎茸と油揚げのお味噌汁でございます。また、壺には大根の味噌漬けを用意しておりますので、お好きな量を取り分けてお召し上がり下さい。」
店の方が土鍋の蓋を開けると柚子のいい匂いが充満した。柚子も中々この国でお目にかかることはなかった。あぁ、この匂い、本当に良いなぁ。
それから何よりも嬉しいのはお味噌汁だ。
ぱかりとお椀を開けると恋しくて仕方がなかったものがある。
日本人はお味噌汁が好きだもの。
「ねぇ、聞いても良いかな?」
「何を?」
ジゼル様の突然の問いかけに、私は食べる手を止めて聞き返す。
「今回の食事、君はずーっと何かを懐かしむような表情をしていたよね。それは何故なんだい?」
「……そんなことないわ。食事に感動していた顔がそう見えただけよ。」
もしも私に前世の記憶があると知ったら。
気味が悪いと思われるに決まっている。
エリーには小さい頃からおかしなことを言ってしまっていて、変だと思われているかもしれない。
しかし、エリーはとっても寛大だから受け止めてくれている。勿論、前世の記憶があるだなんて言ったことはないけれど。
だが、他の人は?
歳を負うにつれて考える頻度は高くなる。
両親は、姉と兄は、親しい者たちは、ジゼル様は私を肯定してくれるのか。
知られることがプラスになるとは到底思えない。
隠さなくてはいけない、誰にも知られないように口を噤むのだ。
「そっか、それなら良いんだけど。」
ジゼル様はニコリと笑ってそれ以上は何も聞いてこなかった。
甘味が来て食べ終えるまでの間、そんな質問をしておかしな空気が流れたと思えないほどいつも通りで、それが逆に何だか怖くも感じられた。
「お食事は楽しんで頂けましたか?」
店主である月詠さんが席まで聞きに来る。
「ええ、とっても!」
そう答えると月詠さんは嬉しそうにしていた。
「オールクラウド侯爵令嬢は、東国の作法をよくご存知でとても驚きました。一体どこでそれを知ったのですか?」
「えっ……と。」
言葉に詰まる。
前世ではそれが当たり前のことだったから、レアルチアにもそれが染み込んでいて、今だって当たり前に行ったに過ぎなかった。
「本で、読んだのです。」
「書物のみでここまで完璧になさるとは! 月詠司菜はとても感激しました。」
苦し紛れの言い訳だったが、月詠さんは少しも疑うことなくそれを受け入れる。
だが、目の前のジゼル様の目線はそうではないことに気づいて目が泳いでします。
「シナ・ツクヨミは季節ごとにメニューを変えております。また是非いらして下さいね。」
「あぁ、是非また来させて貰うよ、ね? レア。」
「あ……はい、勿論です。」
ジゼル様に投げかけられ、私はコクリと頷く。
それから月詠さんに見送られて店を後にした。
何だか最後の方は自分が息をしているのかよく分からなかった。勿論、食事はとても美味しくて楽しい時間を過ごせた。それは間違いない。
だけれど、自分の存在のおかしさがどこまでも浮き彫りになった気がして、苦しくなった。
「次はどこに行く? レア。」
私の家へ送ってくれる馬車の中で、ジゼル様が問いかけてくる。
「……次?」
何のことか分からずに言葉を反復してしまう。
「今度はどこに一緒に食事に行こうか、レアの行きたいところに連れて行くよ。」
「……次はないわ。」
私はジゼル様の顔を見ずに目を伏せる。
そもそもモブの私がジゼル様と食事だなんて、おこがましいにも程があった。
勘違いするところだった、私が隣にいても良いだなんて。
「どうして? 楽しくなかった?」
「いいえ! とても楽しい時間だったわ……けど、次はロアネ嬢を連れて行って頂戴。」
ジゼル様がハァとため息をつく。
「誘うことくらいは許してくれると嬉しいけどね。」
そう言いながら苦笑するジゼル様をちらりと見て、再び顔を見るのを避けてしまう。
ジゼル様は一体どういう気持ちで私を誘ってくれるのだろうか。ただ、友人として気にかけてくれているのだろうか……それとも……。
いや、そんな淡い期待を抱くのはやめなければ。
私は自分の心を戒める。
ガタン、と馬車が止まった。
オールクラウド邸に着いたらしい。
「ジゼル様、今日は食事に付き合ってくれてありがとうございました……では。」
私はペコリとお辞儀をして、ヴァレンティア家の馬車を後にする。
あんなにも焦がれていた東国の味がどんなだったか、私はもう覚えていなかった。
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またロアネ嬢の名前が出た。
レアが屋敷に入るのを見届けた僕は、ハァと再び盛大なため息をついた。
レアがあんなにもロアネ嬢を推す理由が未だに分からずにいる。
そして、レアは僕の問いかけにあからさまに誤魔化しをしていた。
"……そんなことないわ。食事に感動していた顔がそう見えただけよ。"
あの、何かに怯えたような……あれは何だったのか。東国の作法について聞かれた時も答えに詰まっていた。
レアは、何か抱えているのか……。
「我が妹との食事はどうだったかな? ジゼル。」
声の方を見ると、レアの姉であるアニーさんとその隣には兄のサムさんがいた。
「あぁ……楽しかったですよ。」
「何だ、その歯切れの悪い答えは。あたしたちが妹に怒られるかもと怯えながらも君から頼まれたチケットをレアに渡したというのに!」
アニーさんはわざとらしく嘆きながら言う。
この人はいつもこの調子だ。
世間から変わり者のレッテルを貼られていて、本人たちはそれを何とも思っていない。
そして、そのレッテルを吹き飛ばすほどの魔法の才能がある。
そんな姉と兄を持っているから、レアも多少変わっているのかもしれない。
「だけれど、チケットのおかげでお二人はレアの力を借りれたのでしょう? 僕が何も知らないと思ったんですか?」
「ゔっ、それは……。」
アニーさんは僕の指摘に言葉を詰まらせた。
実際、このチケットのおかげでアニーさんたちは任務をうまく遂行できたわけだ。
そして、アニーさんの言う通り今回のシナ・ツクヨミのチケットについて僕が仕掛けたことだった。
きっと僕から誘ったところでレアは了承しない。
それならば向こうから誘ってくるようにすれば良い!
レアに一緒に食事に行くような男の知人がいないことはわかっている。
ログレスか僕か、それならばきっと僕を選ぶはずだ。
打算的だろう。
だけれど、これは正当な作戦で成功しているのだ。
「ジゼル、あたしたちは君のことを随分と買っているんだ。」
「……君なら、妹を任せられる。」
アニーさんとサムさんは僕の味方らしい。
それは随分と心強いものだ。
「だから、どうか妹を悲しませないでくれよ。さっきのあの子の顔は見ていられなかった。」
アニーさんとサムさんはそれだけ言い残すと「じゃあね。」とこの場を後にした。
僕もわかっている。
レアのことを悲しませたくはないし、もしそんな奴がいるのなら僕が必ず成敗する。
だけど、今日あんな顔をさせてしまったのは僕の発言のせいだ。
僕は、何をしたら彼女を幸せにできるだろう。
そんなことを考えながら、馬車に乗り込んだ。
しばらく更新できず申し訳ないです!
遂に2020年も終わってしまいますね。
みなさん、2021年も元気でお過ごし下さい。
良いお年を!




