ストルの実
果樹園に着くとカルカが俺のことを農作業をしている村人たちに紹介してくれた。
その中でも、年の頃はカルカと同じくらいに見える弟のルカルはすぐにわかった。男女の違いはあっても、卵型の顔の輪郭をはじめとした顔の作りが姉のカルカそっくりだったから。ただ背格好はかなり大きく、がっしりした体つきで、俺はかなりの威圧感をおぼえた。
「じゃあお腹がすいたでしょう。料理をお出しします」
そういうとルカルは、籠にごつい手をつっこみ、中からストルの実を取り出した。
「どうぞ」満面の笑みの弟ルカルと姉カルカ。
やや楕円形の、黄色い果肉、香りは甘く強い。
「えーと……これを今から料理してくれるんだ?」
アハハハハ、姉弟は声をそろえて笑う。
「もう料理はすんでます」と姉のカルカが言う。「あたたかいお日さまの光と豊かな土、そして清らかなお水、これらが存分に調理してくれています。これ以上、なんの手を加える必要があります?」
なるほど、とは言っても……それでも手渡されたストルの実を持ってためらっている俺を見て、弟のルカルは、ガブリン、と豪快にかぶりついた。
続いてカルカも、カプリコン、とかわいくかじる。モシュモシュと咀嚼する音もかわいい。
俺も見よう見まねで、ガプン、と食べてみた。
「うわっ、美味い! ほんと美味いよ!!」
美味いしか言ってない!
人はまったく未知の、既存の何かにうまく例えられない感覚に遭遇したとき、語彙がきわめて貧困になるんだ、と思いしらさらた。
一息で完食すると、同時に空腹感もちょうど良い風に満たされた。
「あー、これだけで満腹だよ。みんなは普段、この実以外には、どんなもの食べてるの?」
カルカたちはまたこの問いに、怪訝な顔をした。最初に紹介してもらっていた、大工のリベリと医者のベリベ夫妻も顔を見合わせている。しかしこの2人も顔がえらく似ている。毎日同じ実を食べているからかな。
「もちろん、他には、何も食べないよ。ストルの実は、これだけでお腹いっぱいになれて、栄養もとれる、完全食だもの」とカルカは説明した。
「この実は一年中とれるの?」
「そう、ストルは10日間の成長期間、10日間の収穫期間、そして10日間の枯死期間、を経て種を残し、永久に再生するの。わたしたちは、そのサイクルを壊さないように、肥料や水やり、剪定をする。そして、生きていくのに必要な分だけ、実をいただくのよ。そうすれば、誰も困ることがないから」
「だけど、こんなこと言うのもあれだけど、そんなすごい木の実だったら、誰かがそれを独り占めしようとしたりしないのかな?」俺としては当然の疑問を言ったつもりだった。
すると、ずっと和やかだったその場に、はじめて、重い空気が流れた。
「村の言い伝えによると、かつてそのようなことがあったみたいです」カルカの顔に、一瞬の翳りが見られた。その表情の豊かさがまたかわいい、と俺は思わずにいられなかった。「だからわたしたちの村は、自らを守るために、護身術を伝承しているのです」
はー、なるほど。それであの弟のルカルくんは、サッカーベルギー代表のロメル・メナマ・ルカクのようにごっついのかな。しかし、こんなトリビアルな前世の固有名、頭から消えずに残ってるんだな。
「さあ、お腹もいっぱいになったことですし、次は長老のアルガラグタさまのところにご挨拶に行きましょう。あなたがお目覚めになられたら、お連れするように言われていたんです」
カルカと俺は、今度はルカルも連れて、果樹園から村落に向かい来た道を戻っていった。