来世にズドラーストヴィチェ!
どれほどの時間がたったのだろう。いや、そもそも異世界への移動に、時間という概念が有効なのだろうか。
俺は異世界とおぼしき場所で目を覚ました。
天井が見える。
どうやらベッドに横たわっているようだ。俺の前世の家の自分の部屋と同じくらいの広さかな。
四肢を伸ばして、それから自分の身体をなでさすってみる。違和感はない。そらどころかいつも以上に爽快で、なんとも軽やかな感覚。
俺は俺として生きている。巨大な毒虫になっていたり、山中の人喰い虎になっていたり、異世界クリーチャーになっていたりはしてないらしい。
服は着替えられている。
歴史の資料集とかカンフー映画でみたことのある、紺色を基調とした昔の中国の道服のような衣服。この世界の、あるいはこの地域の民族衣装なのだろうか。上坂すみれの至高のキョンシー・コスプレを想起し、思わずテンションが上がった。かわいい女子が身につけたら、それはもう、最高だろうな。
あ、そういえば、帽子!
くれぐれも帽子だけは、とあの家庭教師は釘をさしていた。
頭上に帽子がのっていないことに一瞬焦ったが、四方を見回してみると、窓際の板壁に、例の魔帽子がかけてあった。
ガラス窓からは、穏やかな淡い色合いの昼の光が差し込んでいて、部屋の床にまろやかな日だまりを作っていた。
ここにいるのははじめてのはずだか、なぜだか不思議と懐かしい気分になっていた。ずっと昔からここに住んでいるのではないか、そういう錯覚におちいりそうだった。
ベッドから降りて、壁にかかっている魔帽子を取り、頭にかぶせた。今の衣服とは不調和な感じだが、仕方ない。つーか、このエキセントリックな帽子と合う服装なんか、あの家庭教師のやつくらいなもんだろう。
隣の本棚にも目線を走らせる。一目見て古さびた背表紙の書物が並んでいる。本好きとして手を伸ばしたい衝動にかられたが、勝手に人様の本をのぞき見るのは、自称育ちの良い俺としては、ためらわれた。
まずは外界の確認かな。
鍵のついていない、ガラスの両開き窓を押し開く。
最初に流れ入ってきたのは、果実か何かの甘い香りだった。
ここは、二階の一室だったのだ。
視界には、俺には名前もわからない、人の背丈の3、4倍くらいの高さの果樹園が見えた。木の下では10人ほどの村人たちが、黄色い実を摘んだり、枝の剪定をしたりの農作業をしている。
のどかな、牧歌的な光景。ただ、まだ言葉にはならない、かすかな違和感をおぼえてもいた。
「あれはストルの実を摘んでいるんですよ」
背後から、若い女性、おそらくは高2の俺と同じくらいの年の女子から声をかけられた。
ここは、シチュエーション的には、虚をつかれ驚くべき場面なのだろうが、この女の子の、しっとりと耳になじむような和やかな声音のために、自然とこの状況を受け入れることができた。そして俺は振り返った。