飛燕反転肘!
「いやいやいや、アルガラグタさま、いくらなんでも、こんな女の子から、力ずくで奪い返すなんてこと、したくないです!」
「ほむほむ、心配はいらん。まあ、やってみることじゃ」
カルカは、肩の力を抜き、和やかな表情で立っている。
むむ、俺はまったく気乗りしなかったが、この帽子だけは取り返させてもらう、と思い、怪我させないように軽く、しかし俺としては全力の素早さで、シュッ、と、カルカの頭の上に右手を伸ばした。
カルカは、すんでのところで上体を後方にそらし、俺の右手は空を切る。
カルカは、相変わらずの涼しい表情。そのかわいさが悔しさをひきたてる。
「ちょっと、本気だすかな!」
俺は、右手、左手、右手、左手、右手、右手、と連続で手刀による突きを、緩急をつけて繰り出す。
それらはすべてカルカの華麗にしてしなやかな後方への上体反らしによってかわされるが、連続攻撃の甲斐あって、彼女を長老の家の玄関前まで追い詰めた。
チャンス!
俺が間合いを詰めるべく全身全霊の手刀突きを放つと、カルカは後ろ手で玄関の引き戸を開け、戸外に転げ飛び出した。
外では、落日寸前の太陽が、その日最後の濃く、赤々とした光を投げていた。
なんて軽い身のこなしだ……。
俺も家の外に飛び出て、改めて、カルカとの間合いをはかりなおす。くそ、こんな武術的な意味でなく、カルカとの間合いを詰めたいものだが。
「ほあきんほあきん、ああみえてカルカはな、わが村に伝わる護身術、プリスニッツ鳥術の達人でな、前回の鳥技大会の優勝者なのじゃよ」
鳥術? くっ、なんの武術か知らんけど、どおりで手強いはずだ。
俺は、狭い室内戦から広い屋外戦に移ったことから、身体をほぐす程度の意味合いで、ほんの軽く、その場で真上に跳躍してみた。
すると!
なんてこった、なに、この、ジャンプ力!
おそらくは普段の3倍以上の高さに軽々と飛び上がっていた。
なんだ、この景色!
上空から見おろす地上の景観は、爽快感と清涼感あふれるものだった。見ろ、人が以下略
ベシィィン!!
当然、下降し着地したときの衝撃は強い。しかし、しびれつつも、なんとか俺の今の脚でも耐えられるくらいだった。
ふと、俺がこの異世界にやって来る際、家庭教師フォン・ドジスンにきいておこうとして、ききそびれたことを思い出した。
異世界行くなら、何か特別な能力とかもらえるんですか?
どうやら、それはこの並外れた跳躍力だったようだ。もし異世界チート能力を自分で選べるものなら、もうちょっと違う、なんというか、もっと簡単に無双とか出来そうなやつにするのだが。しかし、前世において、親や生まれる家を選べなかったように、そういう能力も選べないものなのか?
しかし、この跳躍力も悪くない、おもしれーじゃん!
「ショームさん、すごいです。そんな特技をお持ちだっんですね」
美少女から、すごい、と言われるのってこんな感じなんだ。生きてて良かったぜ!
ここで俺は、この跳躍力を活かした攻撃法をおもいつく。ここから真上ではなく、真横にとんで間合いを一気に詰めれば良いのでは?
今度は、力を込めて地面をひっかくように蹴り飛ばすと、俺はカルカの方に一直線に横飛翔していった。
「悪いけど、帽子は返してもらうよ!」
空中で右足を旋回し帽子を払いのけようとした刹那、カルカは、一転、後方宙返りを決める。距離をとり俺の攻撃をかわすと、ツッ、と片足で着地するやその足で反転、低空姿勢で俺の懐に一瞬で飛び込んできた。
ゲフォ……
みぞおちに肘で一撃。
「ほっほっほ、飛燕反転肘、きれいにきまったの」
俺は片ひざをつき、カルカの胸の中に倒れこむ。あったけぇなぁ、カルカの……おや、意外にボリュームもあるのだな……
ラッキースケベの余韻にひたる間もなく、俺は、やがて意識を失った。