想い
彼女を『愛おしい』と想う気持ちは衰えていなかった。
むしろ、彼女と同じ時を重ねるごとに、その想いは増していく。
いや、僕の場合、悪化していると形容した方が……正しいかもしれない。
僕の頭の中には彼女の事しか無かった。
他の事が一切、入って来ない。
僕は常に虚ろで、且つ、彼女の事で満ちていた。
おかげで、何をするにも手が付かず些細な失敗を繰り返す。
このままでは駄目だと、首を振り冷静さを取り戻そうとするが
しかし、それは、彼女が頭をよぎるだけで
僕を再び虚ろへと誘う。
正常であったかつての僕の頭は既に彼女に犯され、
壊れてしまっていた。
彼女のことを想うだけで、息が詰まる。
体が熱に侵された様に火照り、深く熱い溜息ばかりが溢れ出る。
故に彼女に会えない日がとても辛い。
『彼女に会いたい』その想いだけが、僕の頭の中を永遠と駆け巡る。
電話を掛けようと試みるが、最後の[通話]のボタンだけが押せない。
名前と番号が映し出されたスマホを見つめ
画面の明かりが消えれば点け、消えれば点けを繰り返す。
積極的な行動によって、僕が彼女に抱いている感情がバレてしまうのではないか。
そして、それがきっかけで彼女にキモがられ、嫌われるのではないか。
あまたの思考が駆け巡り、最後の一歩を踏み出せない。
自分の行動が与える他者への感情変動が予測できない。
これは今まで恋愛に興味を持たなかった弊害なのか。
それとも、自分が今まで他人に興味を向けなかったせいなのか。
いかに自分が今まで他人との関係を惰性で流してきたのかを露骨に思い知る。
なんと薄っぺらで、浅いものだったのか思い知る。
僕は彼女に電話を掛けるだけの行為に、これだけ多くの事を考える。
しかしそれは、それだけ彼女に対する気持ちが本気であり、愛おしいと思っているからだ。
好きで好きで、嫌われたくない。
ただの他人であったならば、電話一つで自分のこれまでの人生を振り返ったりなどしない。
僕にとって、彼女へ電話を掛けるという行為は〝告白〟するのと同等の行為である。
故に、それだけの勇気と覚悟を持ってしなければ掛けることが出来ない。
直接会って話すことは何の問題もないのだが……何故か電話だけは気後れしてしまう。
恋愛に対しては〝青い〟の一言だった。
無知で、初体験で、全てが悩ましい。
しかし、恋愛に対しての悩みや葛藤は不思議と不快ではなかった。
むしろ、悩んでいるが楽しいとさえ思っていた。
それまで空っぽで何も無かった自分の器に熱が注がれていく様な感覚。
自分が今〝生きている〟という実感。
人を愛するということに、これだけ多くの事を得られるという喜び。
それら全てを与えてくれる彼女の存在に、僕は感謝した。
そして願わくならば
彼女が女性であったならばと僕は、願った。
そうして僕は、再び現実から目を瞑る。