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第六話「END」

桐野萌絵は一度も振り返ることなく、恨み言をこれ以上残すこともなく、光の網に包まれて天国へ向かった。

去る背中を見送った道先案内人。そんなサミィに内海が語りかける。


「ねえ、ボクが異世界に行くことが決定してるってどういうこと?」


困惑と憤りが綯い交ぜとなった表情の内海。一息の間を置いてから、道先案内人は無表情のまま答えた。


「透明化の刻印。刻印は異世界に向かう死者にのみ施されます。刻印をされたということは、異世界に行くことが決定づけられたということです」


「じゃあボクは……」


地獄へは行けない。

異世界に行くしかない。

選択肢はとっくになくなっていた。

内海は表情を憤怒へと変えた。


「酷い! サミィはボクに選択をさせるつもりなんて最初からなかったんだ!」


「それはちが――」


「違わないじゃないか。十年間も一緒にいたのに、ずっとずっとそんな大事なことを黙っていたなんて」


内海は宇宙をひた走る。向かった先は四畳間の部屋。内側から鍵をかけて立てこもる内海。

駆け寄ったサミィが扉をたたく。


「内海、内海!」


「もうサミィとなんか話したくない。どうせ僕は耳虫さ」


「聞けって、わたしは!」


「サミィの話なんて聞きたくない。どうせ最初はそんなこと思ってなかったとか、十年の間にタイミングがなかったとか言うんだろう。そんな言い訳聞きたくない!」


「ええい、この駄々っ子野郎が! 二十四にもなってびーこら泣くんじゃねえ!」


ドアを強い力で叩くサミィ。宇宙に波紋だけが浮き立って見える。

大きな大きな天の岩戸。ただし引きこもっているのが人間の男で、外から声をかけるのが三叉路の女。


「あ、あのー……」


そこに、爽やかイケメンが現れた。サミィはいつの間にか横に立っていた彼が死者であることをすぐさま認識して、頭を回した。


私は今、道先案内人か? それともサミィか?

わたしはどっちでいたい?

システムは紡ぐ。


「ここは三叉路。死んだあなたの次の行き先を決める場所」


「え? あ、はい。というか、なんかお取込み中……」


「わたしは道先案内人。死んだあなたの次の行き先を決めるシステム」


「しすてむ? というか道先案内人って何。えっと、とりあえずお取込み中だったりしますか?」


「十九歳のあなた……えーっと佐藤昴様。は、地獄もしくは異世界へ行くことができます」


「おお、異世界。やっぱ異世界あるのかあ。よかった一か八か死んでみて。というのも俺、じつは借金が五千兆円を超えちゃいまして――あ、はい。すいません黙ります」


サミィは世間話をし始めようとした佐藤昴に閻魔大王直伝の射殺す目を向けた。

冷や汗で服をびっしょりと濡らした佐藤昴は怖い目をする眼前の女性に提案する。


「い、忙しかったら死に直してきます……なんちゃって、あはは――嘘です冗談です俺のチート能力なんでもいいんでお取込み中すいませんでしたっ!」


サミィは自分の頭を掻きまわした。頭にたまった熱の発散方法がわからなかったのだ。


「あーもう! くっそ、悪いなあんた、えっと、佐藤昴。ちょっとこっちも予定が立て込んでるんだ。チート能力は、えー、じゃあ幸運とかチート能力で魅力アップとかしといてやるから。それなら不自由ないだろ。よっしゃ異世界に行ってこい」


サミィは佐藤昴の背中を叩いて異世界行きの光まで押し出した。

その間、佐藤昴はぶつぶつと独り言をつぶやいていた。


「『ギャンブル下手で五千兆円の借金を抱えた俺が女神の手違いでLUC値MAXで異世界に転生してうっひゃっひゃ』なるほどこういうパターンか。よっしゃ異世界で豪遊するぞお!」



三叉路からうっきうきの笑顔で旅だった男を見送ることすら中断して、サミィは急ぎ足で天の岩戸の前に戻った。

サミィが少し押すと扉が開いた。内海が鍵を開けていたらしい。

彼は明かりもない暗い部屋の隅でいつかのように体育座りをしていた。サミィが慰めにくるのを待っていたのだ。


サミィは頭の中で考える。

何を内海に言うべきなのか。謝るべきだろうか。十年もの間、黙っていてごめんと。

そもそも内海はどんな心境だろうか。十年前の間違いを指摘され、十年間の行いを逃避だと否定された。

わたしは……内海の傍にいたい。


どうしたい?


そう、訊ねたい。


わたしは内海が逃げることを否定しないよ。内海がその気なら、ずっとここにいていいんだ。そんな選択肢だっていいんだよ。


よし、これで行こう。これならば内海はずっと三叉路にとどまってくれる。そんな気がする。いや、内海ならそうする確信があった。


サミィは扉を開けた。

暗い部屋の片隅、座り込んで泣く内海を見たサミィは、慈母のような仮面を取り下げた。

代わりに、いつもの表情で話しかける。


「なにめそめそしてやがんだ!」


それは話しかけるというには、とても荒々しかった。


「サミィ……。ボクはずっと逃げていた。わかっていたよ。この十年間の保留が、ただの逃避であったことぐらい。腑抜けたボクが選択をためらっていたからこそ、迷惑をかけたことぐらい。選択から逃げ続けた結果――選択から逃げるという選択をし続けた結果、ボクはなにひとつロクなことをしてこなかった」


「そうだな。お前は確かにロクな人間じゃないよ」

 

内海はすがるような目つきでサミィを見た。


「サミィ……」


「びーこら泣くんじゃねえよ。あんたは間違ったことをしたんだろ。それを当事者に責められたんだろ。あんたが謝る必要はないのかもしれない。だからって泣いているだけで事が済むとも思わない」


サミィはずっと思っていた。

内海がいる今という時間は奇跡に過ぎない。内海が決断を覚えれば終わる。私が飽きれば終わる。

だからこそ大事にした。内海を大事に思っていた。

だからこそ――もう終わるこの時間に、


「誰に許される必要もないなら、それはもう内海の問題だ。なら、ケジメが必要だ」


「ケジメ……?」


「天国まで追いかけて十年前のトラウマに話をつけにいってもいい。トラウマを消化した上で異世界を謳歌するんでもいい」


「天国には行けないんじゃないのか」


「二十歳未満の子供はわたしが天国に行かせない。人生も満足に味わっていない子供はもう一度死ぬまで楽しい人生を味わえって神様の言伝だ。地獄が選択肢にあるのは、地獄よりは異世界――もう一回の生を自らが掴んだって過程のためだ。あんたはそこで躓いたけどな」


「どうして、そんなこと」


決まっている、とサミィは思う。


「わたしが道先案内人だからだ」


 死者を導くシステムではない案内人の役目。


「刻印のことは気にするな。その気になればわたしが閻魔大王や異世界の創造主をひっぱたいてでも天国に行かせてやる。だから好きに選べ」



それだけ言い残してサミィは部屋から出て行った。

内海は出ていくサミィの背を見ていた。

それは、三叉路で見ていたいつもの彼女の背中。

けれど、もうその背中に近づくことはできないのだと確信した。


何かを決断することはもう一つの選択肢を潰してしまうこと。

ボクが選べる三叉路。

天国か地獄か異世界か。

その真ん中には青い髪の道先案内人が無表情で立っている。

屹立したサミィの面持ちは決断をしたと無言のうちに示していた。


彼女がどんな気持ちなのか、十年間を共に過ごしたボクにはわかる。それでもサミィは選択をした。

選ばないと誰も前に進めないから。






ボクが部屋から出たとき、死者を迎える時と同じ場所にサミィが立っていた。

いつもと違うのはサミィが無表情ではないということだった。


「時間になりました」


サミィの後ろに光が灯る。

三つの光を背景に、サミィは僕に語り掛ける。


「内海はどうしたい?」


そのシンプルな質問にボクは答える。


「ボクはずっと逃げてきた。ずっと、何かを選ぶのが怖かった。選んで手放すのが怖かった」


「だろうな。あんたが最初に部屋で暮らし始めたころは、物がたくさん散らかって鬱陶しいことこのうえなかった。捨てられない主義は嫌われるぜ」


「ボクは異世界に行くよ」


「だろう。だから十年前にもわたしは言ったんだよ。異世界選べって。十年間も逃げて同じ答えなんだから、わたしが正しかっただろ?」


「これからの選択に後悔がないなんてことはない。でも、どんな決断をしたって大きな後悔を伴うんだ」


ボクは三叉路に立っている。

その三叉路のどこへ進んでも、サミィと別れる事実は変わらない。


「だからボクは決断ができる。なによりも大きな後悔がボクの背中にあるから、どこへ行くこともできる」


サミィは晴れ晴れとした内海の顔を見ることができなかった。



「……」

「……」



内海はサミィの横を抜けて異世界への光を通ろうとする。




「内海っ……! え、閻魔大王に話をつければお前を道先案内人にすることだって」



腕を掴んだサミィに、内海は笑いかける。



「サミィらしくないね。まるでボクみたいに優柔不断なことを言うじゃないか」



内海は笑った。サミィは笑わなかった。

サミィは知っていた。内海が一度決断をしたなら曲げない男だと。



「いつもみたいに見送ってくれよ」


「見送れるわけねえだろ……」



サミィはシステムだ。

だから泣けない。

まさか神様も道先案内人という存在が泣くだなんて想像していなかったのだろう。


「ああ、やっぱり」


ただ一人。彼女が泣いていることを理解できた内海だけは、神様よりもサミィという存在を知り尽くしていた。


「サミィはサミィだ」


「どういうことだよ」


「どうして初めてあった時にボクがサミィって名前をつけたと思う?」


「知らねえよ、そんなの。お前が勝手につけたんだろ。わたしは最後まで気にくわなかったよ」


サミィは憎まれ口をたたく。本当は聞くタイミングを知らなかっただけだ。ヒトとの生活は何もかもが初めてだったから水を差しくたなかった。


「道先案内人でシステムだって、キミは言うけれども、ボクにはそんな風には見えなかったんだ。サミィはアンドロイドの名前だよ。ヒトの心を持ったアンドロイドの名前なんだ」


サミィは涙が出ない。


代わりに、嗜虐的な笑みを浮かべながら、力を込めて忘れられない刺激的な、チョップを内海にくれてやった。


内海はサミィを一度だけ抱きしめてから、異世界へと旅立った。







3LDKを広いと感じるなんて。

この部屋には十年前よりも、少しだけ家具が増えた。

二人掛けの赤いソファ。いつもサミィが占有するその場所、彼女は一人分のスペースを開けて座った。

腰を下ろしたソファには不思議な感覚があった。お尻の下にあったそれを掴んで、サミィは嘆く。


「バーカ、忘れてんじゃねえよ」


サミィが掴んだのは透明なマント。


「あのバカ、異世界にチートも持たずに行きやがった。優柔不断がなおったと思ったら、今度はうっかりかよ」

 

サミィは透明マントに顔をうずめる。


「忘れていくなよ……」


残り香はなかった。






「ここは三叉路。死んだあなたの次の行き先を決める場所」


道先案内人は誰かの残り香を漂わす。

それはまるで存在証明のように。


「わたしは道先案内人。死んだあなたの次の行き先を導くシステム」



あとがきその1

 サミィという名前は『イヴの時間』より拝借しました。

 吉浦さんが2017と18年は準備の時間だとブログで仰っていたので、はよ次の作品! という尻を蹴り飛ばす思いで名前を拝借いたしました。嘘です、いつまでも待ちます。

 いちおう注意をしておきますと、SF最高峰の映像作品『イヴの時間』作中の「サミィ」はこんなに言葉を荒げるキャラクターではありません。


あらすじその2

 いつも通りにファンタジーが書けないので異世界ファンタジーメタ作品です。

 長編にして、女神と従者が死者を振り分ける日常譚という案もありましたが、書きたい人はどうぞどうぞ。

 ジャンルを恋愛にするかローファンにするかで迷いましたが、人の見方によるしなあ……という考えによってローファンとしました。ぶっちゃけローファンタジーですらない。


あらすじその3

 案内・拙作『道先案内人』を完結作品へと変更させて頂きます。

 やりたいことをこれでやってしまったので、向こうの書きかけ小説はお蔵入りとなりました。


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