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第三話


エレシュキガル欲しさに異世界に行くと決めた男性――田中太郎――は金運の値をMAXにした。

田中太郎は異世界への光をくぐる寸前に拳を突き上げて宣誓した。異世界で謳歌する第二の人生でソーシャルゲームの天下を取る。

田中太郎がいなくなった宇宙を模した空間には、見送りもそぞろの道先案内人と光を見据えていた因幡内海がいる。


「異世界に行きたくなったか?」


道先案内人は無表情の仮面を取り下げて、後ろに隠れている内海に訊いた。

内海は無言を答えとした。

満足のいかなかった答えに道先案内人はため息を吐いた。


正味、道先案内人は自身の失敗を理解していた。他者の選択を見ることによって、内海が未知の異世界に行ける勇気を持つと考えていた。

違うのだ。内海は勇気が足りないわけじゃない。臆病な気持ちが大き過ぎるせいで選べないだけ。

臆病さは悪いことじゃない。小動物は臆病であるからこそ生きる術を身に着ける。

しかし、内海は臆病さを持っているだけで前を向いていない。生存本能を打ち負かすほどの臆病さは、弱い臆病だ。

選択のできない内海に決断を強いるためには彼に意思を持たせる必要がある。

後悔の伴う選択ができる強い意思を。


「どうなんだ?」


「……決められない」


「弱っちい耳虫め。話を聞く耳だけあって口ではホラのような大言壮語も言えない」



「うぅ……」


「あーったよ、男が女の前で泣くな。いや、わたしはシステムだから男も女もないけどな」


道先案内人は会話が苦手だ。

死者と話すときは田中太郎と話すときのように事務的でなければならない。そうでなければシステム足りえないから。人同士を模した会話をしたことはない。

わたしの役目は案内。

死者を次の世界へ送り届けること。

望みのない少年へシステムの導き出した最適解は『待つ』ことだった。


「お前はきっと、もう行きたい世界はあるんだろう。それを決定してしまえば、お前が空想する二分した世界は一つに確定する。消えてしまう世界を手放したくない気持ちはよくわかる。嘘だ、システムのわたしにはわからん。でもよくある悩みだ。だから適度に悩んで答えをだせ」


道先案内人は振り向いて、体を縮こめていた内海にマジチョップをする。


「いったっ!」


内海は悶絶して床でのたうち回った。


「一週間ぐらいか、答えが出るまではここに置いてやる。ただし一日一回チョップだ。痛いのが嫌ならさっさと異世界に行っちまいな」


道先案内人は、嗜虐的な笑みを軽く浮かべた。


「それとも叩かれ過ぎて地獄に行きたくなるかもな。結構」


それは原始よりこの空間で過ごす道先案内人TYPE---XY244の、好きな笑い方だった。






死者とシステムの奇妙な同棲生活が幕を開けた。

宇宙のような空間には所々に隔たりがあって扉の向こうには部屋があった。外からは宇宙に見えても中は四畳間だったり六畳間だったりした。道先案内人はそれらを好きに造り替えることができる。内海は道先案内人が住んでいるトイレとキッチン完備の3LDKの中心でぽつんと座っていた。


「どうしてなにもないの」


内海は道先案内人に問いかける。


「なにもかもが必要ないからだよ」


3LDKは新築みたいに新しかった。


「ベッドがないんだけど」


「寝る必要がないからな」


「必要がないものが多いんだね」


必要なものがない事(ゼロ)と必要な物が多くないには隔たりがあったが、道先案内人がそんな言葉の違いをを細かく指摘することはなかった。


「これからあんたはこの部屋で悩め。三叉路に出てきてもあんたの仕事はない。死者を案内しているときに、透明になったまま話を盗み聞くのはプライバシーに反するけれど、あんたの良心に任せる」


「一つだけ質問をしてもいい?」


「決断はできない癖に質問はできるのね。ま、質問に許可を求めているのだからあんたらしいけれど」


 早くも道先案内人は同居人を毛嫌いし始めていた。

 気まぐれに犬を拾ってきた子供が育てることに飽きる状況そのものだった。


「どうして道先案内人はボクをあんたって呼ぶの。ボクには因幡内海という名前があるのに」


「わたしが案内人としての役目をしていない時に会話するのがあんただけだからよ」


「ボクは金魚を一匹だけ飼っていたことがあるけれど、金魚を金魚と呼ぶことはなかったよ。金魚は一匹だけどメダカという名前だったよ」


道先案内人は目の前の少年を地獄に叩き落としくたなる気持ちを抑え込んで、頷いた。


「わかりました。今後、あなたは内海です。内海以外で呼ぶことはありません、耳虫」


「あ、罵倒した」


「あなたを内海としか呼ばない私は道先案内人。耳虫は語尾であり罵倒ではありません。わかったか耳虫」


「うぅ……」


原初から生きるシステムは自我が芽生えてから十四年のヒトを弄んで楽しんでいた。

泣いていた内海は何かに気づいたように顔を上げて、目の前の女性に質問をいた。


「あなたの本当の名前は?」


道先案内人は自称する。わたしは道先案内人だと。

内海は指摘する。それはシステムの名前であって個人名ではないと。


「じゃあボクが名前をつけてあげるよ。あなたはサミィ」


「必要がありません」


「ボクはこれから道先案内人をサミィとだけ呼称する。これから先、サミィとボクが呼んだら呼びかけに応じてください」


「嫌です」


嫌だという発言を無視して、内海は道先案内人の目を見続けた。


「呼びかけに応じれば、それがあなたの存在証明となります。サミィという名前はあなたの唯一つの識別コードです」


 道先案内人――TYPE-ーーXY244――三叉路にあるだけのシステム――サミィは初めて間近で観察するヒトという生き物に対して、靄とした感情を抱きながら渋々と頷いた。




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