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第一話

生前.


中学生の少年は振り返って踏切の外を見た。

女の子が手を伸ばしていた。

踏切の落ちる音が両耳に届く。

明滅する赤い矢印が逃げろと叫んだ。レールの上を走る電車が急ブレーキを踏むのを聞いた。

足は動かなかった。





死後.


目を覚ました少年はどこでもない空間にいた。

果てのないその空間は宇宙に透明な板を置いてあるだけのようだった。

彩色鮮やかに輝く星々を目端に入れながら、公立中学公の制服を着た少年が立ち上がる。


「ここはどこですか?」


少年はその空間にいたもう一人の人間――正確には人間らしい女性――に所在地を訊ねた。

宇宙に同化する青い髪色を持つ少女は、この空間に住んでいると無言で語るほどには立ち居振る舞いが素直だ。少女は無表情ながらもどこか棘を持つという奇妙な返答をした。


「ここは三叉路。死んだあなたの次の行き先を決める場所」

「ボクは死んだんですか?」


なんとも間抜けな質問だった。自分の事なのにわからないなんて。親に「ボクは左利きだっけ?」と質問して変な目を向けられたことを思い出す。ボクは左利きだった。


「電車に()ねられて死んだ」


 少女は少年の死にこれっぽっちの興味も抱いていなかった。


「あなたは誰ですか?」


 少年は問いかける。少女は何億と繰り返してきた行為――自己紹介をした。


「わたしは道先案内人。死んだあなたの次の行き先を決めるシステム」

「道先案内人は名前ですか? ボクは中学生だけれどそれは名前じゃありません」

「わたしは人間が持つものと同じ識別ラベルを持ちえません」


 宇宙は膨大で、少年が目を凝らしても地球がどこにあるのかわからなかった。


「あなたという存在が単一だからですか?」

「道先案内人という存在がシステムだからです」


少年は宇宙から少女――道先案内人に目を向け直した。

青色の髪から人間らしさは感じられない。精巧な顔つきは人形のそれだと言われれば納得できた。

道先案内人は「さて」と言う。


「あなたは因幡(いなば)内海(うつみ)。人間。死者。十四歳。間違いないですか?」


少年は頷く。


「鹿路中学校からあなたと血縁関係者が在宅する因幡家に帰宅途中、踏切の危険域において行動を停止。大宮公園駅から大和田駅に向かう電車と身体が衝突。間違いないですか?」


少年――内海は頷く。道先案内人も確認を終えて頷いた。


「魂と記憶の定着を確認。結構。運命磁力線からの逸脱の計測もなし。結構」


道先案内人はそれから自問自答を繰り返した。手持無沙汰となった内海は宇宙や地面に目を向けて、手を伸ばすか思案したが、すぐにひっこめた。


「言語齟齬による会話不履行の可能性ゼロ。結構。お待たせしました、因幡内海様」


名前を呼ばれた内海は、体の向きを道先案内人へと向けた。


「これからあなたは選択を行います。道は二つ。地獄か異世界か。どちらに向かわれますか?」

「地獄は怖いですか?」

「歴代の名レビュワーによる地獄の批評文がこちらにございます。お読みになられますか?」

「読みます」


道先案内人が空中に手を伸ばした。まるでヨーヨーをするみたいな手つきで腕をしならせると、紙の束が地面に落ちた。

紙をかき集めた道先案内人が内海にそれを手渡す。

内海は息を吸った。彼女からはどんな匂いもしなかった。この空間に香りという要素は内包されていない。


「地獄の査定に虚偽はありません。評価は概ね低評価。特に閻魔大王の御子息の機嫌が悪いときは、いくらガチャを引いても満足する結果を得られないことによる低評価が多いです」


「地獄なのにガチャがあるのですね」


「地獄は天国と同じ場所にあります。娯楽を含んだ生活も同様に存在します。天国と地獄の差異は日々の労働時間の違いとなります。天国に住む人が賽の河原で石積みをしたら十分ほどの刑も、地獄に住む人なら一年かかります」


「悪いことをしたら地獄に行くのですか?」


「天国に行けなかった人が地獄にあぶれます」


内海は地獄について考えた。ボクは天国にいけなかったんだ、と察した。


「地獄を選ぶ人はいますか?」

「天国を選ばなかった方のほとんどが異世界を選びます」

「異世界を選んだらどうなりますか?」

「この三叉路を通過した時点の姿形のまま、地球とは異なる世界に送られます」

「異世界はどのようなところですか?」


内海と道先案内人は地獄のときと同じやりとりを繰り返して、異世界のレビューを取り出した。


「概ね高評価です」

「そうですか」

「楽園もとい異世界になされますか? それともおぞましい地獄になされますか?」


内海は目を閉じた。

どちらにするべきだろうか。

レビューを鵜呑みにするのなら異世界がいいのだろう。けれど、地獄の評価が低くても地獄が悪いとは限らない。ボクと地獄の相性はいいかもしれない。生前、なにも悪いことをした覚えはないけれど。


「迷われている因幡内海様のために異世界を選ばれた際のメリットをご提示いたします」

「はい」

「三叉路を通って異世界を選んだ方々には神域術式――通称チート能力――をおひとつ付与いたします」


内海は首を捻った。

彼の読書歴は絵本で終わっており、最近のファンタジー小説におけるあるある展開についてこられなかった。

道先案内人が説明をする。


「神域術式とは、地球とは異なる世界の創世士様が決めた「人」の限界値まで能力を高める刻印となります。星一つを破壊するだけの腕力を求めることも、月まで飛ぶ脚力を持つことも可能です。また、刻印の使い方次第では新たな能力物質を贈与することも可能です。因幡内海様が望まれれば、なんでも願いをひとつ叶えることができるとお考え下さい」


「大金持ちになりたいでもいいんですか」

「大金で美女の頬をはたいても構いません」


「透明になりたいでもいいんですか」

「透明になって入浴時の女性の裸体を眺めても構いません」


「人を生き返らせることもできますか?」

「因幡内海様の血縁関係にあり、長寿を全うされて天国でひがなサーフィンをなさっている因幡えた子様を異世界に呼ぶことも可能です」

「おばあちゃん……」


内海は祖母の記憶で感傷に浸ろうとしたが、サーフィンをするほど元気ならいいかと考えるのをやめた。


「地獄と異世界、どちらになされますか?」

「道先案内人さんはどちらがいいと思いますか?」

「異世界です」

「そうですか」


内海がなおも頭を悩ませている間に、宇宙は大きく時間を進めた。

星々がヒトの知らない軌道上を回転する。

やがて、延々と立ち続けた道先案内人の後方の地面からぼんやりと光が立ち上った。


「お時間です」


道先案内人は言った。

内海は立ち上る二つの光を見ながら悩んだ。

光の網は魚を釣る道具みたいだ。あれで地獄に落ちるらしい。光の塊は門みたいだ。あれで異世界に旅立つらしい。

悩んで、悩んだ。

悩んだ結果、答えを出した。


「ごめんなさい、決められません」


内海の言葉に、宇宙空間が歪んだ。

道先案内人が装着していた無表情の仮面が音を立てて割れ、その下にある相貌が飛び出した。

飛び出したのは猛り狂ったライオンだった。


「いい加減にせえや!」


宇宙中に響く声で怒鳴った道先案内人。先ほどまでの冷静で理知的な態度とは裏腹に、ガニ股で怯える内海まで近づく。


「お前なあ、ずっと、ずーっと同じ話ばかりなんかい繰り返すねん。天丼か。お前の持ちネタの天丼ネタなんか。それともハムスターか。人じゃなくてハムスターだったんか? 同じところぐるぐる回るハムスターなんか!?」


「ち、違います……」


「じゃあさっさと選べや! わたしが異世界と地獄だと異世界のほうが条件いいよって暗に示してきただろうが。異世界選べよ。思春期のお前のために女性の風呂を覗けるとまで言ってやったんだぞ。異世界選べよ。というかお前、わたしにどっちがいいか聞いたよな? わたしは異世界がいいって言ったよな。参考にしないなら聞くなよ! 異世界選べよ!」


「うっ……ううっ……」


気の弱い十四歳の少年は、豹変した道先案内人――見た目十五歳くらいの少女――が怖くて、ついに気張っていた気持ちが挫けて泣いてしまった。


「びーこら泣くな! 男やろ!」

「うっ、だ、だってえ!」


「だってもくそもない! ほら、選べ! 後がつっかえてんだから。死人の列ができると怒られるの閻魔に怒られるのわたしなんだよ。地獄か? じゃあ地獄に行くか?」


「うぅ……いかない」


「じゃあ異世界だな? 異世界でいいんだな? 乳袋のある女の子メイド百人と暮らす能力でいいな?」


道先案内人が泣きじゃくりながら首を振る内海の腕を光に引っ張ろうとする。

しかし、内海は膝を折り曲げてどちらにも行きたくないとぐずった。

まるで嫌がる女性を無理やりホテルに連れ込もうとするアウトな場面みたいだった。


「ああもう! さっさと選べや!」


怒鳴る道先案内人に、内海が答える。


「選べないよぉぉ……うぇえん!」




因幡(いなば)内海(うつみ)

十四歳。

学校からの帰り道、電車にかれて死亡。

性格、極度の優柔不断。




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