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後編

 


 旅に出た俺は、アレクシス王国の国境付近まで到達していた。出発してからは十三時間ほどが経過している。この世界の通常の移動手段には、馬が使用されているが、馬の速度では十三時間走ったところで国境付近まで辿り着くことは不可能だ。


 今回、それを可能にしたのは、つい先日契約した魔獣――白狼に乗っていたからだ。強靭な足腰を持つ白狼は、疲れというものを知らない。休憩なしで何処までで走り続けることができる。


「?!」


 そんな白狼に乗りながら、国境に近付いた時、不意にゾワゾワとした寒気を感じた。何か恨みを感じさせるような、若干の身の危険を感じるような、そんな感覚だ。親に説教される前の不穏な空気のような、そんな感覚でもある。これはいったい……何だ?


「? どうしたの?」


 周囲をキョロキョロと見渡し始めたジンに声を掛ける人物がいた。今回の旅にただ一人だけ連れてきた獣人族の少女エリスだ。


 彼女は俺の弟子だ。旅の途中で、行き倒れているところを保護し、なし崩し的に弟子になった。彼女は中々に優秀で、人間の中でも上位の実力を有するまでになっている。


 そんな彼女は今、ジンの後ろに座る形で白狼の背に乗っていた。今回の旅に唯一連れてきた人間だ。


「なんか今、ゾワゾワーっと寒気がしたんだが……」


「寒気? ジンは変。今日は暖かい日。……ひょっとしたら置いていったエルーザたちのせいだったり?」


「置いていったとは人聞きの悪い。あいつらには王女や次期里長という立場があるから俺の都合に巻き込むわけにはいかないだろ? それに今回の件に関してはちゃんと手紙を残しておいたし」


「そう……なの? 置き手紙には何て?」


「『旅に出ます。探さないでください。』ってバッチリ書いておいたぞ」


「……」


 エリスが呆れたような顔をしている気がする。どうしたのだろうか? ……聞いてみるか。


「? どうした?」


「……何も」


 特になんでもないようである。それならまぁ、いいんだが。


「これから行くのは何処?」


「竜の花園に行こうと思う」


 竜の花園は、ミストフォレストという大森林地帯を抜けた先にある秘境中の秘境だ。遥か昔に、その地で竜が生き絶えた後、花畑が広がるようになったとの言い伝えが残っているため、竜の花園と呼ばれるようになったらしい。その場所は、世界でも屈指の美しさを誇ると言われており、世界三大風景の一つに数えられている。


 しかし、現代日本のように写真などは撮ることができないので、見たければ自ら赴かなければならない。


 そういうことなら、それはもう行くしかないだろう、というわけで今回の目的地に選んだ。


「さて、今日中に街に入りたいから飛ばすぞ」


「了解」


「ブラン頼んだ」


「ガルル」


 白狼——ブランはジンの言葉に返事? をすると、街道を走り出した。



 ♦︎♦︎♦︎



 出発してから三週間。


 俺は竜の花園に最も近い街に来ていた。


 街の名前はアリステレス。世界的に見ても比較的大きな街の一つで、錬金術師の街とも呼ばれている。というのも、近くにあるミストフォレストからは錬金術に使用する素材が数多取れるらしく、自然と錬金術師たちが居つくようになったとか。


 好んで読んでいた漫画の一つに錬金術を題材にしたものがある。なので、錬金術に関しては興味関心を持っている。中学校二年生くらいの時には、両手をパンッと合わせて地面に当ててみるほどの熱中ぶりだったくらいだ。今回の目的地に、竜の花園を選んだのは単に最も近かったという理由の他に、錬金術に興味があったというのもあるのだ。


 ちなみに、今の俺は錬金術師ではないが、地面に手をおいて漫画のようなことをすることができたりする。まあ、手を地面につく必要は全くないのだが。実際は体の一部分が地面についていれば問題ない。


 アリステレスに滞在して三日。この間に、街中を見歩き、実に様々な錬金術及び彼らの作製物を見てきた。俺も錬金術を使ってみたいものである。


 そんなことを思いつつ、今日も今日とて俺は街に出て、錬金術店を冷やかしていた。


 そんな時だ。不意に非常に聞き覚えのある声が三つ聞こえてきた。俺は咄嗟に屋台の陰へと身を隠す。


 そして、声がした方をこっそりと見ると、この世界で最も関係が深い三人組がいた。


「この街にいることは確かなのですか?」


「確かよ。精霊たちは嘘をつかないもの」


「初耳なのです。あっ。あの屋台の串肉……とても美味しそうなのです」


「?!(ヤバいッ!)」


 俺が隠れている屋台の方へと視線を向けるドワーフの少女がいた。彼女の名前はアネッサ。ドワーフの国——アルメキア共和国の第一王女で……食い意地の張った食いしん坊だ。俺と同じ前衛を担当していた元勇者パーティーの一人である。そう。彼女ら三人は、魔王討伐に共に向かったパーティーメンバーなのだ。


「ダメですよ? ジン様を探すのが先です」


 溜まったヨダレをゴクンと飲み込んだアネッサを嗜めているヒューマンの女性は、俺を召喚した国——アレクシス王国の第三王女エルーザ・フォン・アレクシス。勇者パーティーでは魔法職として後衛を務めていた。


「はい……なのです」


「はぁ〜、全く。後で買ってあげるわよ」


 エルーザに嗜められ、ショボンと落ち込むアネッサを見かねて譲歩をするエルフの女性は、エルフの里の次期里長リーナ。彼女はエルフにしては珍しく、近接戦闘をもこなす。勇者パーティーでは弓と魔法による長距離攻撃に加え、レイピアを用いた近接戦闘、そしてパーティーの回復役をも担っていた。


「本当なのです?!」


「はいはい。何本でも買ってあげるから今は大人しくしていなさい」


「はいなのです!」


 三人は俺に気付くことなく、去っていった。


 ひとまずの危機は回避できたが、これはまずいことになった。彼女らに見つかれば連れ戻される可能性がある。それは御免被りたい。


 これはもう逃げるしかないだろう。三十六計逃げるにしかず、だ。逃げるが勝ちとも言う。


 というわけで、早速エリスを連れて逃げるとしよう。竜の花園は……残念だが諦めることにする。森の中でリーナから逃げ切れる自信がないのだから仕方がない。


 森の中には至る所に精霊がいる。そんな精霊と相性の良いエルフは、森の中にいる限り、壁に耳あり障子に目ありな状態なのだ。エルフ相手に森で逃げおおせるのは至難の技だろう。


 俺は大通りを避け、裏路地からエリスが待つ宿へと向かった。



 ♦♦♦



「エリス! 今すぐ出るぞ!」


「? なぜ?」


「アイツらが来ていた」


「あっ……もう手遅れ」


「はっ? いいから早く逃げるぞ!」


「誰から逃げるというのですか?」


「?!」


 背後から声が聞こえた。底冷えのするような冷たい声だった。声音からは怒りの感情が読み取れる。バッと振り返ると、そこには扉を半開きにしたエルーザが立っていた。


「エ、エルーザ……」


「私もいるわよ?」


「私もいるのです!」


 そして、エルーザの背後から二人の少女も姿を見せた。


「リーナ。アネッサ……」


「何か言うことはございませんか?」


 エルーザが感情の起伏を感じさせない声で、尋ねてきた。無表情な顔と相俟って、非常に怖い。


「わ、悪かった。……だが、俺が旅に出たいと言ったら反対しただろう?」


「反対などしませんよ?」


「なら、何で追ってきたんだ?」


「……ジン様は好意を寄せる相手がある日突然姿を消したらどう思いますか?」


「それは心配するだろうけど。って、えっ? もしかしてエルーザって……その……」


「想像の通りです。私はジン様のことをお慕いしております。ですから、ここまで心配していたのです」


「そう……だったのか。全く知らなかった。ごめん」


「当たり前です。私は王族ですからね。気持ちを表に出さないようにするのは大の得意です。……この気持ちは魔王を討つまでは邪魔になるものです。ですので、心の奥底にしまって蓋をしておりました」


「エルーザは気持ちを隠すのが得意よね。まぁ、全く気付かないジンもジンだけど。私は何となーく、そうかもしれないなぁーとは思ってたけど」


「わわわ私も分かってたのででですよ?」


「……アネッサ。動揺しまくってるじゃないの。別に張り合う必要はないわよ?」


「……私は全く気付いていなかったのです」


 その後、俺はなんとか許しを得て、何故か共に旅をすることなった。


 そして、数年後。


 世界を巡る旅を終えた俺は、公爵位をもらい、エルーザを伴侶に迎えた。結婚後は男女一人ずつの双子に恵まれ、王都の邸宅で暮らすことになった。


 子供たちは将来、魔導師団にて共に副団長の地位に就き、“魔導師団の双子賢者”などと呼ばれるようになるのだが、それはまだ大分先の話である。




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