At84.水面下の動き
ルマニミ王国3日目。その日早朝から一部の人間たちは朝早くから動いていた。時刻は朝の8時。村正を始め殆どの人たちは朝食を取っている。この日は翌日に控えた国王会談に向け、休息日となった。その主な理由は、昨日行われた遺跡調査との調整である。
そんな中、その裏で既に翌日に向けての準備が行われていた。インディアル王国側からは、イブ、テンが、ルマニミ王国側ではアレンに加え、国王第一側近のアッシュと言う男性の4人が小さな会議室で話し合いを行っていた。内容は階段をより円滑に進め、有意義な議論を行うため。
「今回の会談の内容は大きく2つですね。」
机を囲む4人。最初に発言したのはテン。
「はい。まず、万が一今回の情報が露見した場合に出すための件です。」
今回、最大の目的はその危険が目前に迫りつつある禁忌書庫の書士の問題。しかし、既にインディアル王国内で僅かな動きがあり、その事について国王が隣国に協力を求めに向かった。などと言う事が公になれば、国王であるギルディスの名誉に大きく関わる。そのためにも、今世界中で問題になっている竜の話がカモフラージュに選ばれた。勿論、この話題もしっかり議論する。竜の邪竜化も決して無視できるものではない。
「まず、先にこちらの議題から行います。」
アレンがメモを読み上げていく。全員がメモに目を通す。この時はイブも真面目に参加している。
「直近だと1ヶ月前に、西方で確認されてるようね。」
「はい。西方の国と貿易を行っている商隊から得た情報です。」
インディアルやルマニミは、この世界では東方に位置しており、西方の情報は中々手に入りずらい。西方に魔法を使えるものが居ない場合、どんなに急いでも半月を要する。そのため、東方で魔法使いを擁する国の一部は西方に派遣し、現地の情報を得ている。
ルマニミ王国にもそうした試みを行っているが、今の時期は運悪く、休暇で殆どの魔法使いが国へ帰還している最中であった。
「クラスは初級、ね。」
「ええ、ですので私達であれば対処は可能な範囲です。」
「どこへ向かったかは分かるの?」
万が一、自分たちの国の方向へ向かった。なんてことにでもなれば、すぐにでも対策を練る必要がある。さらに、インディアルより、西側に位置しているルマニミ王国で対応するためにもインディアルから魔法使いを数名派遣する可能性もある。
「今のところ様子はつかめておりません。」
「なら、これは話の議題に上げた方が良さそうね。」
イブの呟きに、全員が頷く。他国から兵力を派遣するとなれば、派遣先には大きな責任が発生する。もし、殉職なんてことになれば、最悪、その国の長に責任が及ぶ。そのため、安易に話を先に進める事は許されない。これは世界共通のルールでもある。
「しかし、参った世になったもんだ。」
「アッシュ、どうしたの?」
アレンは頭を抱えるアッシュを気にする。
「以前は魔獣が現れるだけで、ちょっとした騒ぎだったのが今では竜の邪竜化だ。」
「そうね。竜が変化するなんて数年前まで無かったものね。」
アレンとアッシュの会話から2人の距離感を伺いすることが出来る。メモから顔を上げたテンはそんな事を考えてた。
「それは私も同意見よ。」
イブは何か深く考え込むようにしている。彼女の目はどこか別の場所を見て居る。そう取れる。彼女は既にある程度心辺りが付いているようでもあった。しかし、今この場で不確かな情報を提示するのは得策ではない。そう判断した。自分で調査して結果を出す。今回はそれが最善だと考えた。
司会進行役のアレンが会議を再開させる。
「ねえ、邪竜の被害、分かる?」
イブがアレンに訊ねる。メモには被害あり、としか書いておらず正確な情報が無い。
「ここ数年で最も大きかったのは半年前の南の国、ガザルで起きた事件です。」
「ガザルってどんな国ですか?」
テンが左手を上げて質問する。その質問にアッシュが答える。
「ガザルと言うのは南の大陸にある内陸国で共和制の国です。」
「その国にも竜は居るんですね。」
「はい。ガザルは一部の竜が繁殖地にしているらしく、その時に起きたようです。」
インディアル、ルマニミ。両国とも竜が生息する地域がある以上、他国の情報はどんなに些細な事でも大きな意味を持つ。
「そのガザルではどんな事が起きたのですか?」
「ガザル第2の都市が消滅したそうです。」
都市が消滅。その事実にテンは硬直した。竜単体で都市が消滅する。それが可能なのは伝説の色の竜のみと考えられて来た。それ以外の竜ではたとえ上級の竜であっても都市を消滅させるのは困難を極める。
「一体どのくらいの人が犠牲になったの?」
「確かではないが、少なくとも数千だそうだ。」
アレンもその数を聞いて言葉を失う。数千もの人間が犠牲になるほどの力を振るう。これは災害以上であった。
消滅した、ガザルのその都市は復興困難となり、ガザル内でも扱いについて議論が行われている。
「その竜はどうなったの?」
「別の国から派遣された魔法使いによって対峙されたと聞いてます。」
「そう。でも、今のはまずいわね。」
イブは顎に指を当てながら呟く。
「はい。もし万が一にもこちらで同じような事が起きれば被害は甚大です。最悪、彼等の付け入る隙を与えることになるかもしれません。」
イブは口に出さなかったがアレンとイブは同じことを考えている。禁忌書庫の書士の問題も抱える以上、国難や混乱は何としても避ける必要がある。それは今のインディアルにとって最重要課題の1つである。
実際に何か起こった時、行動を起こすのはイブ達魔法使いである。その状況が悪化すればするほど、村正達学生が表に出る可能性が高まる。イブとて学生の力を使うのは決して本意ではない。
「今のところ幸いなのはこの東方で邪竜化が起きてないことね。」
「そうですね。件数を見ても認知されているのは殆どが西方と南方ですね。」
資料に以前邪竜化が確認された場所に印がされていた。その印は殆どその場所に集中していた。地域に何らかの原因があるとも思えるが、少なからず、東方の国や北方の国でも確認されている以上、地域差は無いと思われる。
真っ先に疑われたのが人の手による仕業。しかし、人間が竜を自在に操るのが困難だと言う事はこの場に居る4人が誰よりも知っている。
「議題にもしもの時の連携についての事も上げますね。」
「そうね、お願いするわ。」
これで2つ目の議題が決定した。
「後は、ここの2国以外の国との連携よね。」
「そうですね。我々だけって言う訳にもいきませんしね。」
邪竜化の問題は既に議論になっているように世界中で問題になっている。数年前突如として竜が謎の変化を遂げ、人々に襲い掛かった。今まで竜がいきなり人里を襲う、事は無かった。邪竜と言う言葉は、ここから生まれた言葉でもある。邪悪な竜へと変化を遂げる。そう言う意味を持つ。
「一応、両国とも魔法連盟に加盟していますし、いざとなれば加盟国からも支援は要請来るでしょう。勿論、こちらが出向くこともあると思いますが。」
魔法連盟。魔法使いが国民に居る国が加盟する組織。組織が組織なだけにメンバーの殆どが女性を占める。村正達魔法学校の学生も入学と同時に魔法使いのリストに記載される。実は公に魔法使いと名乗るにはこのリストに名前が載ることが条件になっている。こうすることで、健全な魔法使いの育成が出来る。
「加盟国だけでどうにかなれば良いのだけどね。」
「その辺りは、今後、魔法連盟で直接私達が話し合うしかないでしょうね。」
「そうよね。こればっかしは私達魔法使いの問題だものね。」
魔法使いの事は魔法使いしか出来ない。当たり前の事ではあるが、それは一国王であっても口を出すことは出来ない。いわば閉ざされた場所である。その性質から国によっては、魔法連盟の透明化を訴える国も少なからず存在する。しかし、国に直接管理されるのは魔法連盟の意義に反してしまう。
クレア学園が国の管理下に置かれていないのはこの魔法連盟の信条によるもの。魔法連盟とて馬鹿ではない。本当に危機が迫ればそれなりの行動を起こす。自分勝手はいずれ巡り巡って自分の身を滅ぼす事に繋がる事を理解しているからだ。
「魔法使いにしか出来ないことがあるのであれば、その力を人の為に役立てる。それが過去の過ちから立ち直るために決めたことだものね。」
過去の過ち、それは魔法使いが、魔法が戦の道具であった時の事。今ではすっかり昔の事になってしまい、誰も当時の事を知らない。隠された人物を除いて。
最初の議題については上にあげる内容が決まった。5分の休憩を挟んで、今回のメインの議題に入った。
「さ、こっからが本番よ!」
イブが進行役を変わる。ここからはインディアル王国側が持ち込んだ手前、イブに話の責任が出る。本来、テンがその役を担うはずだったのだか、直前で弱音を吐いた。
「禁忌書庫の書士ですか。」
アッシュが口に出すと全員が黙り込む。彼等の存在はそれだけ、大きな影響を与えると言うこと。表の世界に姿を見せることは殆んど無く、裏で暗躍する魔法使いの集団。
その特徴は、構成員に普通の人間も含まれている事。これが、禁忌書庫の書士の発見・摘発に困難を強いている。
「3ヶ月前、うちの国で1人入り込んだのが確認されたわ。」
「しかしその後何も起きておらず、今も警戒中です。」
イブの説明にテンが補足を入れる。
「何も起きていないのですか?」
「ええ。その事が異様に不気味なのよ。」
「不気味と言いますと?」
「普通、何かしらのアクションがあっても良いと思うの。」
危険分子が何も起こさないに越したことはない。普通はそう考えるのが普通の考えになる。しかし、もし、何かする目的があるのであれば何かしらの痕跡があって然るべき。それがイブの考えであった。何かの準備をするにしても行動がある。それにも関わらず全くの動きを感知できないというのがイブの提示する懸念であった。
イブには一つの可能性があった。入国した人物の目的が、インディアル国内に、その中心に入り込む事自体が目的であった可能性。つまり、侵入が目的であり侵入に成功した為目的は達成した。イブはそう考えている。
「もしかしたら今もどこかに潜んでいる可能性はあるのだけど、発見までは至ってないわ。」
「我々としましては、最後の目撃情報が入った場所を見ても、ルマニミ王国へ向かう可能性を考えました。」
そう、禁忌書庫の書士がルマニミ王国へ向かった可能性があったため、ギルディス国王はルマニミ王国に協力体制を頼んだ。ネレラルの街から最も近い隣国がルマニミ王国であったのだ。
ルマニミ国王もその事を承知したうえで協力を承諾した。お互い長い付き合いだからこそ成せたことでもあった。
「まさかとは思いますけど、その事助言しましたか?」
「失礼ね、いくら私でもんな真似しないわよ。」
アレンの言葉にイブがすぐに反論する。それにもしイブが本当に助言を行ったとしていたらそれはそれで問題になりかねない。それは、ルマニミ王国が無理やり巻き込まれたことになってしまい、表向きの協力関係が成立しなくなる。
「ですよね。失礼しました。」
アレンも、イブがそんな真似をするわけが無い事は分かっているのですぐに謝った。
「えっと、どこまで話したっけ?」
「まだ殆ど進んでませんよ、この議題。」
アッシュは視線を逸らしながら話を進める様にイブとアレンに促す。テンではイブに進言してもほぼ無意味に近いので、まだアッシュとアレンの方が話を再開させられる可能性がある。
「その、禁忌書庫の書士について詳しく教えていただいてもよろしいですか?我々男供は魔法使い達程詳しくはないもので。」
禁忌書庫の書士は魔法使いを中心とする集団であるため、自然と情報は魔法使いに集中する。反対に魔法を使えない人たちには禁忌書庫の書士の存在自体を知らぬ人が多い。実際、クレア学園に入って初めて存在を知る学生も少なくない。
禁忌書庫の書士の活動がこの数年東方で確認されおらず、その存在自体を知らぬ若い魔法使いも居る。
「アッシュはあれよね?彼らが何を行って来たかしか知らないのよね?」
「何か起きても私は出向くことは出来んからな。」
禁忌書庫の書士の問題は魔法使いの問題そのもの。一般人が構成員に含まれると言えど、その実行部隊は魔法使い。戦闘に発展すれば犠牲者を出すことも少なくはない。禁忌書庫の書士に属する魔法使いには手練れた魔法使いが多い。
「そもそも禁忌書庫って何なのだ?」
「禁忌書庫っていうのは、魔法の研究や開発過程で禁忌と指定された魔法を記した本を指します。」
「ただ、それはあくまで組織が設立された頃の話であり今はその名とは少しかけ離れているかもしれませんね。」
アッシュの疑問にテンとアレンが説明していく。禁忌書庫の書士がいつ頃現れたの明確な事は現段階では判明していない。ただし、1つ判明していることがあった。
「恐らく、一番最初の目的と今の目的。恐らく違うわよ。」
「イブさん、それはどういうことですか?」
「そのまんまの意味よ。出来た当初は本当に禁忌の魔法を復活させようとしていたんだろうけど、今はそんな事してないわよ。きっと。」
「なぜ、そう思うのですか?」
アレンの質問にイブとテンはあ表情を重くする。
「数年前、うちで禁忌書庫がらみに事件があってね。」
「ああ、あの事件、ですね。」
アレンも事件の内容を知っているらしく、顔をしかめる。
「どういうことです?東方ではもう長い間事件は無かったはずでは?」
1人話を置いて行かれるアッシュは混乱を拭えない。表には出されていない、事件だけに仕方ないと言えば仕方ない。
「その事件は、内容が内容なだけに知っているのは本当に僅かな人間だけよ。」
「アレンが知っていたのは何故です?」
インディアル王国内でも知る人間が少数であるにも関わらず、国外に居るアレンに情報が渡ったのは漏洩以外は通常考えられない。
「その時、私は魔法の勉強も兼ねてインディアルに居たので。その時、調査に同行したの。」
アレンの告白にアッシュは納得した。当時、アレンの提出した報告書にはそのような記載は一切なかった。本来であれば申告漏れ、最悪虚偽記載で処罰の対象になるが、インディアル側の要請で記載はされなかった。
「しかし、何故表に出されなかったのですか?」
「アレン、陛下はその事知ってるの?」
アレンは黙って首を横に振った。
イブは考えた。今ここで事件の事を表に出すか否か。こちら側から協力を仰ぐ以上、情報を秘匿する訳にはいかない。が、ルマニミ王国の国王でさえ知らない事を安易に自分の判断で表に出して良いかの判断はイブであっても出来ない。それは、インディアル国内でも情報の開示が厳重に制限されているからであった。
「悪いけど、今この場で私の口から話すことは出来ないわ。もし、議題に上げるとなれば、私が公表可能か聞いてみる。」
「・・・」
アッシュはイブの表情と口ぶりから、何故国王にさえ情報が明かされなかったのかを察した。
「ですが、イブさん。私は公にすべきだと思います。」
テンが重い口を開いた。
「テン、私もそれは分かってるわ。私が学園に呼ばれた理由も分かるでしょ。」
「では、やはり。」
不確かな言葉だけでやり取りを行うイブ達。話の全容を知らないアッシュは出る幕が無いが、この問題に関してはアッシュに出来る事が無い。
イブがクレア学園に呼ばれた理由の1つに、この禁忌書庫の書士の問題も含まれていた。いずれ、学生が狙われる時が来ると踏んだシギーによって。
「せめて何が起きたかだけでも教えて頂くことは叶いませんか?」
アッシュの要望に3人は顔を合わせる。初めにアレンとテンが頷き、それからイブにアイコンタクトで判断を求める。イブは小さくため息を吐く。
「村1つが消滅したわ。村人の殆どとね。」
「――っ。」
村が村人ごと消滅したと言う事実はアッシュも予想外だった。一組織によってこれほどの大きな被害が出た例は過去に報告された事が無い。それがイブの指摘する、目的の変化であった。本来の目的の遂行であればこのような事態には発展しない。
禁忌書庫の書士は少なく見積もっても1000年は存在している。それはシロの話から得られた情報である。
「今、彼らはかつてないほど危険な存在になりつつある。」
「でも何故、今になってまた?」
「きっと、次の目的が見つかったのよ。目的が正しいかは私でも分からないわ。」
「禁忌書庫の書士の今のトップ知ってる?」
唐突にイブによって投げかけられた質問に3人は首を傾げる。存在が謎に包まれている組織のトップなど知る者が居るとは思えない。
「今のトップは100年以上生きてるって考えられてるわ。」
「100年以上!?」
アッシュの驚きにイブは黙って首を縦に振る。普通の人間であるアッシュでは考えらない事だが
魔法使いの中でも腕があれば、寿命を延ばすことが可能になる。
「そして、そのトップによって今、彼らの目的は世界への復讐となっているわ。」
「世界への復讐?」
「そんなの、初めて聞きました。」
アレンやテンでさえ知らない情報をイブは持って居る。イブの情報源は謎が多いが、偽りはない。
「私達はそう遠くないうちに彼らと衝突することになる。それがインディアルなのか、ルマニミなのか、それとも全く別の国なのか。」
「彼らの活動が活発化すると?」
「私はそう思う。今、インディアルには様々な種が眠っている。その種がいつ芽を出すか。」
何かの因果に導かれるようにして集まったインディアルの魔法使い達。今、かつてないほど、魔法使いの高い素質を持つ人間が増えている。紺野村正と言う少年が現れたのもまた、その因果によって導かれたのか。それとも、彼は因果の外側に居たのか。
イブは今後、村正が禁忌書庫の書士と関わっていくことを、考えていた。確かな確証などどこにもない。確証もなしに、村正に話したところで本人にその自覚が無ければ、警戒のしようがない。
ただし、村正のまわりには既に様々な人間が集まり始めている。また、人以外にも彼は多くの何かを寄せ付ける力を持っている。男性でありながら魔法使いに高い適性を示したのは偶然ではないのかも知れない。
「1つ、芽を出したら連鎖的に出る。そう考えた方が良いわ。」
「だとしたら、この問題は我等2国間で済む問題ではないですよ。」
「分かってる。いずれ時が来たら魔法連盟で話すわ。」
長い間隠してきた大きな事実。インディアルで起きた事件はインディアル王国どころか、世界がひっくり返りかねない。その事件は、これから先起ころうとしている数々の1つでしかなかったことを、今、この場に居た者達は知ることになる。
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