At60.呼び出された訳~リリィ編~
物語の都合上リリィの話を挟みます。
今回は短いです。
その少女の足取りは重かった。それはそれは重かった。それはもう、まるで巨大な重石を付けられたように重かった。
「はああああああああああ。」
そのため息は重かった。ため息を吐くのに合わせるように体も前に倒れる。
「おい、うるせーよ。」
目の前にあった扉が開き中から苛立ちを覚えた1人の女性が出て来る。
「あ、聞こえちゃいました?」
「当然だ、扉の真ん前であんなに大きなため息吐かれてはかなわん。」
「あははは~。」
後頭部に手を当てながら笑みを浮かべる少女、リリィ。」
「ほら、早く入れ!」
背中を押されてレベッカの研究室内に入るリリィ。そしてレベッカの机の前に特別に用意された机と椅子。そこに座るように指示されリリィは座る。
今回彼女が何故レベッカの研究室を訪れたのか?その理由は至ってシンプル。
ドン!
リリィの前に積まれたのは紙の山。それが2つに分けて置かれる。その量は片方だけでも100をもろに超える。
その量を見るリリィは目が点になる。
「な、何ですか、これ?」
「決まってるだろ。」
紙の山に手を置き不敵に微笑むレベッカ。そのレベッカの笑みに顔の引きつるリリィ。
「片方は空欄付きの課題用紙。もう片方は回答付きの課題用紙。」
「は、はあ。」
「そして、これがっ」
さらに追加された紙の山。さらなる追加にリリィの顔が死ぬ。
「これが、白紙の紙だ。」
「・・・」
「今からこの白紙の紙にこの、空欄付きの課題用紙を白紙の紙に書き写しながら、回答を埋めろ。」
リリィに課せられた補習の課題。それは、この夏休みまでの範囲を全て総復習すると言うもの。その量、用紙100数枚分。
「そして、もし、空欄が分からない箇所があるのであれば色を変えて分かりやすくすること。」
「はい・・・」
目の前にズーンと重く構える課題にリリィは言葉を失う。
「因みに、今回私が担当したクラスでこの魔法史を補習となったのは貴様だけだ。じっくりと面倒を持てやる。」
「はぁ~。」
「ため息ついていられるのも今の内だぞ?」
これは脅しではない。そう思うリリィ。
仕方ないと割り切り課題に取り組に始めるリリィ。リリィが課題を始めてから30分程したところで研究室の扉がノックされる。
「入れ!」
「失礼します。」
ん?この声・・・
それはリリィが最も聞き覚えのある声。
「あの、頼まれていたリリちゃんの私物です。」
「ああ、ご苦労だったな。」
「え?私物?何で?」
リリィの私物をレベッカの研究室に運んできたのはイルミアだった。レベッカはこの補習が始まったらリリィの私物。主に着替えなどの物を複数持ってくるように指示を出していた。
「どうせ、今日1日で終るとは私も思ってない。だから、」
「まさか・・・」
リリィの顔がどんどん青くなっていく。
「終わるまで、帰れんからな。」
「そんなーーーーー。」
「自業自得、でしょ。」
イルミアからも言われてしまい気を落すリリィ。
「失礼しました。」
「ああ。」
お辞儀をして部屋を後にするイルミア。
静寂の時が流れる研究室。リリィは再び補習課題と向かい合う。イルミアが来るまでの30分で1枚終わらない。リリィのペースで進めるとなると、最低でも3日はかかりそうだ。
「はあ。」
「ほら、のんびりしてるといつまでたっても終わらすことは出来んぞ?」
「何で、ここで補習なんですか?」
「不満か?」
レベッカの研究室で補習を行うことに不満のあるリリィ。この課題ならば別にこの場所でなくてもよかったのではないかと。だが、レベッカはそうはさせなかった。
「この補習ならここでなくてもよかったですよね?」
不満たらたらに文句を言うリリィ。
「貴様、ここじゃないと補習課題を絶対に提出しないだろ?」
「うぐ・・・」
あり得なくはない可能性を指摘されて机に顔を伏せるリリィ。さらに、レベッカは続ける。
「しかも、貴様、どうせあいつらに助力を乞うだろ?」
「いや、流石にそこまでは・・・」
ない、と言い切れない自分が恥ずかしくなるリリィ。レベッカが笑みを浮かべながら自分の職務を行っている。
「ないと言い切れねーのかよ。」
珍しく失笑するレベッカ。普段とは全く違う雰囲気を漂わせているレベッカをじっと見るリリィ。
「早くやれよ。」
「ああ、はい。」
慌てて課題を再開するリリィ。
その後もただただ時間だけがゆっくりと過ぎてゆく。ただ書き写すだけと言う作業。それを永遠と繰り返すのは非常に疲れる。目がチカチカするのと、肩凝りがひどくなる。さらには腱鞘炎まであるんじゃないかと疑いたくなる。
「貴様昼食何か食いたい物でもあるか?」
「お昼御飯ですか?」
「こんな状況だからな。」
つまり、奢ってくれるらしい。
「冷たい物。」
「冷たい物?」
「暑い~。」
季節は夏。そんな中部屋に篭りっぱなしでずっと同じ作業をしていては頭の働きも悪くなってしまう。
「少し、部屋を冷やすか。」
「お願いします。」
暑さに負けた今にも溶けだしそうなリリィの声が重くのしかかる。
「クール」
レベッカが詠唱を行うと、部屋の仲が徐々にひんやりとしてくる。さっきまでの暑さとは全く違う環境にリリィの表情が一気に緩くなる。
「買ってくるから、それまでは課題やってろ。」
「ええ、休憩してもいいじゃないですか。何時間も休憩なしでやってるんですよ。」
「別に構わんが、終わるのがどんどん遅くなるだけだぞ?」
レベッカの脅しに、リリィは「ぶー」と頬を膨らませる。
レベッカが研究室を後にするのを見送ると早速課題を進める手を止める。
「ん~~。あはぁ。」
大きく伸びをして首を回すリリィ。自分の肩を揉みながら窓の方へと歩いて行く。
「わー、雨降ってるよ。」
外ではリリィの気持ちの重さに反応するかの様に雨が降り続けている。外の景色でも見て、気分を転換しようと思ったリリィだったがこの雨をみて、余計に気分が重くなる。
「はあ、外は雨だし、課題の量は鬼畜。私の夏休みはどこ行ったの~。」
悲劇のヒロインを演じるように床に倒れ込むリリィ。
「!」
何かを悟ったリリィは慌てて机に戻る。その直後に、
「どうしたんですか?」
「忘れものだ。それより、ちゃんとやってるのか?」
「はい、勿論。」
レベッカが忘れ物を取りに戻って来たのだ。床に耳が着いた時レベッカが戻ってくる足音が聞こえたのだ。
リリィのあざとさを不審に思いながらも再度出ていくレベッカ。リリィは終始笑顔でレベッカを見送った。
「危なかった・・・」
大きく胸をなでおろすリリィ。またいつレベッカが戻って来るかもわからないので、課題に取り組む。
「写すだけなら楽だと思ったんだけどな。意外と手が進まない。」
課題の空欄のある用紙。わかる範囲で埋め、分からないところは別紙の回答を写すというかなり大変な作業。今回は魔法誕生から500年目までを隅々まで網羅するに等しい量。
最もリリィを苦しめるのが魔法の歴史の中でも進化したり歴史から姿を消した魔法。
まず、進化したもので言えば、どのような過程を踏んで進化していったのか?その魔法が一番最初に開発された時の本来の使用用途。そして開発者について。さらに、その当時の詠唱までも書き写さなくてはならない。
他にも、魔法関連の戦争や紛争。当時の国々の魔法の戦力差などを表で書きあげる。
20分程してレベッカが戻って来る。
「進んでるか?」
「ぼちぼちですよ。」
決して進んでいないわけではないが、中々作業のスピードが上がらないのだ。
「なら、一回休むか?」
「やったあ。」
お昼休憩を貰えたことで一気にテンションが上がる。その変貌ぶりにレベッカは言葉を失うしかない。
レベッカとリリィの2人だけと言うのはなんとも言い難い組み合わせであった。そのため、
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
会話の全くない時が流れる。だが、そんなことは、リリィにとって苦痛に等しい。
「先生!」
「何だよ、いきなり。」
急に大声で呼ばれて驚くレベッカ。ただ、そろそろリリィの限界が近いとも予想していたのか、それほど驚いてはいない。
「今回の魔法史の補習って何人いるんですか?」
「貴様1人だ。」
リリィに衝撃の事実が走る。自分以外の人はこの科目をクリアできたという事実に。
「え?嘘・・・」
「嘘をついてどうする?」
自分以外の全員が補習を回避したことを知り、魂が抜けそうになるリリィ。
「皆の頭どうなってるの?」
「貴様が授業中に寝るからだ。」
「えぇ~。」
だが、自分が授業中に寝てしまったこともまた事実。だとしたら1つ疑問がある。
「他の子も寝てるときありますよね?」
レベッカは魔法史の授業を1組の他も担当している。そのことは当然リリィだって知っている。
「そいつらでさえきちんと試験はクリアできた。」
「何で~?」
自分と同じはずの人間が他にもいるにも関わらず、何故自分だけが補習コースになったのか理解出来ないリリィ。
「んなこと、私が知るか!」
「私だって一生懸命試験勉強したのにーーーー。」
「運がなかったと思って、いい加減現実と向き合え。」
補習と言う現実に向き合うリリィ。
「はぁ・・・」
この現実はリリィには重すぎた。
「ヒュンゲルは実技だけは文句ないんだがな。」
「実技だけってことはないですよね?」
「いんや、そんなことある。」
はっきりと断言されてしまいしょげるリリィ。
「だが、別にそれでも私個人は構わんと思うがな。」
「さっきと言ってること反対ですとね?」
「仕方ねーだろ、私も教師なんだから。」
「教師の立場だからそう言わざるを得ないと?」
「なんか文句でもあるのか?」
大ありです。とは言えなかったリリィ。ここで反論すればなんとなく事が悪い方向に進む気がした。それこそ課題の量が増えるとか。
ただ、レベッカもリリィをいじめすぎたと思ったのか打って変わってリリィのことを気づかう。
「貴様は、貴様なりの魔法使いを目指せばいい。」
「私なり?」
「そうだ。どうせ貴様には難しいことなど無理だろうから、その脳筋を生かせることを今後の生活の中で見つけていくんだな。」
「先生・・・」
「なんだ?」
「良いこと言ってるように聞こえますけど物凄い私のことディスりましたよね?」
最初自分なりに出来ることを探せばいいと言ってくれた時はよかったよ。そこで止まってくれていたらよかったのに、何であそこまで言っちゃうのかな?
事実だから何にも言えないのがあれだけど。
レベッカと会話をしながら昼食を済ませると、また課題に取り組むリリィ。午後からは何か吹っ切れたように黙々と取り組むリリィ。単に目の前にレベッカが居るからなのか将又話し相手が居ないからなのか。どっちにしろ普段のリリィからは想像のつかない集中力である。その様子にレベッカも少し驚いた。
試しに、どんな感じなのかと覗いてみる。
「オイ!」
「はい?」
「はいじゃねーよ。」
レベッカが覗き込んだリリィの課題。
「何か変なところあります?」
自分では特に問題はないと思っているリリィ。
彼女の解答用紙は至って普通。だが、レベッカには1つだけ無視できないものがあった。
「何でこんなに赤文字が多い?」
「だって先生がわかんないところは色を変えて書くようにって言ったから。」
「確かに言ったが・・・」
レベッカはまさかの事態に頭を抱える。実は、リリィの書き写した解答用紙の空欄の部分、そのほとんどが赤字で書かれていたのだ。
レベッカもまさかここまでひどいとは思っていなかったのだろうが、予想以上にリリィの出来が悪かった。
「1つ聞くぞ。」
「何ですか?」
「貴様、これ写していて理解できてるのか?」
「・・・」
「・・・」
黙り込むリリィ。黙って笑顔でレベッカのことを見る。
「なんか言えよ。」
「殆ど理解できていません。」
自信満々に言い放つリリィ。そのことにレベッカも言葉を失い表情は無に帰す。
レベッカはリリィの元から離れると暫し研究室内を歩き回る。そのレベッカを目で追うリリィ。徐々に唸り始めるレベッカ。そして、
「貴様、本気で言ってるのか?」
「はい、本気です。」
再び頭を抱え歩き回るレベッカ。それから窓の外を眺める。外は大雨になっている。
「リリィ・ヒュンゲル。」
「はい。」
久々にフルネームで呼ばれるリリィ。思わず背中に緊張が走る。
「貴様・・・」
「・・・」
レベッカは一呼吸置く。
「――課題の量倍な。決定。」
「・・・」
一瞬リリィはレベッカが何を言ったの理解できなかったのか、頭が追いつかなかったのかフリーズする。
「今なんと?」
「いやだから、課題の量倍だよ。」
真顔で返すレベッカ。一方のリリィはと言うと。
ガン!
机に顔を思いっきりぶつけた。その顔からは魂が抜けていたように見えた。
「うそ・・・」
「いや、嘘じゃねーよ。」
リリィの夏休みが訪れるのはかなり先になることが決定した。
私、夏休みあるのかな?
次回At61.手に入れたい夏休み




