At155.手加減なし
「本当に手加減なしで良いのですか?」
「気にするな。あいつらは、私が鍛え上げた。もし、この程度で弱音を吐くようなら、一から叩き直すさ。」
レベッカと言葉を交わす女性は、レベッカが昔のままだと、懐かしく感じる。同時に、レベッカにしごかれた時の思い出まで一緒に蘇り、背筋に寒気が走る。
今回レベッカより、直接依頼を受けた魔法隊のシルファ。新人として魔法隊に入った時、レベッカの訓練を受けた最後の代でもある。
「しかし、あの泣き虫が立派になったもんだ。」
「む、昔の事を持ち出さないで下さい。」
摸擬戦開始前、学生たちと、魔法隊がそれぞれ準備を始めている。レベッカとシルファは審判役。摸擬戦第一回目は市街地戦。2人は今、フユウ魔法で上空から、全体を眺めている。
スタート開始までは、自陣を動くことは出来ない。スタート合図と同時に行動開始となる。勿論、魔法の詠唱を事前に行うのも禁止。
「詠唱では、私達が有利過ぎではないでしょうか?」
魔法隊の魔法使い達は、多くの魔法を詠唱なしで発動できる。初級魔法や、中級魔法などは、自在に操ることが出来る。また、複数人で1つの魔法を発動出来たりと、学生たちには出来ない事を多く持っている。
他にも、実戦訓練を受けている魔法隊。持っている知識や技術に大きな差がある。
「なに、レベルの差を何でどう埋めるか。それも見ものだ。」
「相変わらずの、スパルタですね。」
自分の教え子を甘やかす事など、一切ないのがレベッカ。その代り、無理難題を押し付ける様な事はしない。今回の合宿も、やること全てが”無理”と言う事はない。レベルの差を目前にして、投げ出すなら最初から、セッティングなどしない。
自分の教え子を信じているから、他者から見れば、無謀と思える事も出来る。レベッカの心情を知るシルファだから、今回の依頼を受けたのかも知れない。
「そろそろ時間だ。」
「はい。」
レベッカが、拡声魔法で、開始の合図を伝える。
「これより、クレア学園vs魔法隊の摸擬戦を始める。ルールは、クレア学園冬の魔術祭に則り、両陣営に設置されている旗の奪取又は、相手全員を戦闘不能に追い込むこと。禁止事項は、相手が死ぬと言う危険な方法以外なら、何でもあり。但し、禁忌に触れるのは論外だからな。」
レベッカに伝えられた通り、一切ハンデが無い。ユウキ以下、学生たちに緊張が走る。スタートと同時に、攻撃組が行動開始。そして、村正達奇襲組が、攻撃を仕掛ける。その後は、ユウキの手腕が問われる。
「じゃ、リリィ。頼むわよ。」
「分かってる。いざとなれば、紺野君は捨てて来る。」
「ちょとまてーい。」
適度に緊張が解れ、身体に入っていた余計な力が抜ける。
「それでは、スタート!」
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「アッハハハハハハハ。」
物凄い高笑いをするレベッカ。自分の思い描いた流れ通りになったのが、余程面白かったらしい。
「貴様等、見事に瞬殺されたな。」
一回目の摸擬戦は、開始の合図から30秒しないで決着がついた。
スタートの合図と同時に、動きだした攻撃組。しかし、それよりも早かったのが魔法隊。彼女たちは、合図と同時に、飛行魔法で学生たちの陣地に向かい、空から急襲。そのまま一瞬で旗を奪われた。何が起きたか分からない。それが学生たちが持った素直な印象。
「どうだ、実戦のプロたちは?」
どう、と問われても困る。一瞬の事で、殆ど覚えてないに等しいのだから。
「あんなの勝てるか!」
真っ先にユウキがキレた。このクラスの中で、レベッカに口答え出来るのは、ユウキかリリィしか居ない。リリィは、レベッカが怖いので何も言えなかった。
ユウキの言葉に全員が首を縦に振る。あれは、勝てないとか言う次元ではない。勝つことが不可能だったと。実際、みんな想像していない。まさか、飛行魔法で襲ってくるなんて。一体、誰があんな急襲を想定出来ただろうか。
「一切手を抜かなくて良いと伝えたからな。」
「あれは、どう考えてもおかしいですよ。」
村正も、ユウキに続いてレベッカに文句を言う。
「そうか?もしかしたら、他クラスの中に飛行魔法が使える奴が居るかも知れんぞ?」
1年生で飛行魔法が使えたら大したもんだよ!
そもそも、飛行魔法なんて実験ですら複数人で行わないといけないと言うのに。僕ですら、まだ試したことないんだぞ。自慢じゃないけど。
「先生、それはちょっと無理があるのでは・・・。」
次々と、レベッカに進言して行く1組の少女達。どこまでレベッカが話を聞いてくれるか分からないので、綱渡りをしている気分だ。
せめて、次は、学生の能力に合わせてもらいたいと思うのだが、その要求は却下される。冬の魔術祭で優勝するには、この程度乗り越えないと難しいと言うのだ。そこまでしなくても、勝てるのではと思いたくもなる。
「貴様等、文句言うのも良いが、反省点の1つや、2つあんだろ?」
レベッカは、あの数十秒の中でも、彼女たちが取れたはずの行動を取らなかったのをしっかりと見て居た。今回、レベッカが注目したかったのは、そこにあった。
急襲を受けた事で、誰も何も出来なかった。相手の、魔法隊は、飛行魔法以外、一切の魔法を使用していない。つまり、飛行魔法で学生たちの頭上に現れた後は、すぐに旗を奪った事になる。レベッカが問題視しているのがここだ。今回の1回目の摸擬戦は、勝ち負けは気にしていない。と言うより、負けで考えられている。ここで勝てたら大したもんだと言える。
「おいおい、本当に何もないのかよ。」
レベッカの言う、反省点が何なのか、思いつかない。何も覚えてないので、記憶に残って居ないのだ。彼女たちの脳に刻まれているのは、スタートの合図後、魔法隊が現れ、気が付いたら負けて居た。その間にある過程が全て抜け落ちている。
流石のレベッカも、そこまで驚くとは思わなかったのだろう。飛行魔法を使用しているのを実際に見たことがある学生は少ない。
それでも、割とショックを受けている学生達。あそこまでコテンパンにされては、顔も挙げられない。
普段なら、ここでレベッカが喝を入れるために怒鳴り散らすところだが、本気で落ち込んでるのを見てしまったので、怒るに怒れない。
どことなく、申し訳ない気持ちになってしまうレベッカ。
「取りあえず、1個だけいいか?」
中々普段の調子を出せないレベッカ。
「基本中の基本なんだがな、防御魔法は、使おうな。」
魔法実践の戦闘で基本となるのが、防御魔法だ。相手の攻撃を防ぐだけでなく、物を守ると言う意味も含む。今回は、特定の何かを狙うか、対象を攻撃すると言う明確な目的が存在している。それも、防御魔法で防ぐことが可能な。
となれば、基本的には防御魔法は、相手が現れた時点で展開する必要がある。ここまでは、反射的に出来る様になって居て欲しかった。多くの学生達には無理でも、ユウキやイルミアならそれも可能だろうと考えて居た。だからこの2人が防御の中心的な存在になったのだ。
「どうする、本来なら今日はもう終いだが、もう1回だけやるか?」
ここで止める、と言わないのが1組。負けず嫌いになったのは、担任に似たのかもしれない。
「やります!」
全員が意気込んでいた。
「役割は、最初と同様な。」
改めて、ポジションの確認を行い、次の摸擬戦に備える。最後に、レベッカから、アドバイスとして、
「次は、飛行魔法以外で襲ってくることも考えとけよ。」
同じ手が2度も通用する相手ではない事など、シルファが知っている。レベッカの教え子たちが、何度も同じ手に引っかかる様な、単純な学生でない事は、容易に想像される。
レベッカは、彼女たちを送り出すと、再選を申し込みに向かう。シルファ達もあっさり了承した。学生達の力になるなら、何でもやると。
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試合開始前、スタート地点で、守備陣で作戦会議が行われていた。
「私と、イルミアでトラップを仕掛ける。他のみんなは、防御魔法をお願い。」
「ユウキ、トラップって?」
そこまで単純に行くか、不安ではあるが、可能性として、
「次は、地面から来ると踏んでる。」
空の次は地面。本当にそんな事あるのかと、疑問に思う。勿論、普通に正面切って攻めて来ることも想定している。その担当は、リリィ達攻撃組の担当。スタート直後に行動を開始する以上、鉢合わせの可能性は大いにある。
トラップ担当をユウキとイルミアが行う事になったのは、生命分野、地面系統の魔法が得意なのが、ユウキとイルミアだから。もっと増やしても良かったとは思うが、警戒にも人を割くことを考えると、これがやっと。
「私も、それでいいよ。」
イルミアも、ユウキの提案に乗る。この2人の意見が合えば、もう何も言う事はない。2人とも、少数の意見を切り捨てりはしない。しっかり考慮したうえで決定を下す。その才能がその割っているのを、彼女たちは知っている。
全てをユウキやイルミアに委ねているわけでは無い。言うべき時はしっかり物を良い、互いに納得するまで話し込む。今回は、まだ何も起きてない状況。まずは、結果を得ない事には始まらない。
「みんな、準備良いわね?」
ユウキが1組のみんなに声を掛ける。その声に、全員が頷く。さっきはやられたけど、次は違う。あの、レベッカに鍛えられた力、見せてやると意気込んでいる。
どうなることやらと、上空から見守るレベッカとシルファ。
「意外と、芯が強いみたいですね。」
「当たり前だ。誰が育ててると思ってるんだ。」
「そうでした。」
レベッカにしてみれば、今のシルファの質問は愚問に過ぎない。最も分かって居る人物からの質問んだ。それから、レベッカは笑みを浮かべながら、摸擬戦の開始の合図を送る。
「準備は良いか?」
暫しの沈黙。準備完了のサインである。
「開始!」
先程の反省を生かし、すぐに防御魔法を展開。ユウキとイルミアが急いで、地中にあらゆるトラップの魔法を仕掛けていく。そして、残りのメンバーで周囲を警戒。
リリィ率いる攻撃部隊は、街の地理を生かしながら前進。さらに、村正達が前に出る。途中まではリリィが先頭を行き、罠などを探りながら前進する。
今のところ、大きな問題は起きて居ない。それでも、気を抜かないように、ユウキが指示を出す。
「状況を把握したいわ。イルミア、リリィに伝言魔法。」
「うん。」
旗の元に特設で作られた本陣。そこに机と地図が用意されている。ユウキは、地図に、リリィ達が向かった場所を記しながら状況を把握する。そして、イルミアが作戦を練っていく。
「今のところ、大きな動きは無いって。」
「分かった。マサ君達、少し待たせて。」
「待機なの?」
最初の作戦通りなら、このまま村正達が奇襲に出る。だが、先程、似たような手で、自分達は負けている。なら、相手も、奇襲は想定していると、考えるべき。
そこでユウキは、村正達を奇襲班にするのではなく、第2班として運用することを決断。リリィと同時に行動させることを考える。イルミアも、それに同意。そして、イルミアから、1つ提案が出た。
「2人、警戒に出して良い?」
「警戒?」
「うん。私達の背後。1人は地上から。もう1人は、建物の上から。」
場所は100m後方。3つ並んでる建物の真ん中に派遣することになった。
リリィ達には、その場から、遠距離魔法をリリィと村正に発動させるように指示を出し、その2人を残りの人数で守ることになった。魔法発動のタイミングは、警戒の2人が所定の位置についてから。それで、相手の出方を探ることにした。
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「ほう、中々悪くない考えだ。」
「そうですね。背後にもしっかり気を配る。基本は出来てますね。」
審判役として、上空から見物しているレベッカとシルファ。村正達、学生組がどう動いていくのかしっかり見ている。
シルファは、魔法隊の現在の様子を確認。魔法隊は、大方シルファが予想した通りの動きをしている。
「我々の方は、今のところ目立った動きは無いですね。」
「そう思わせて、既に1人か2人動いてるんだろ?」
25人も居るのだ。1人2人掛けたところで、しっかり数を数えるほど、学生達に余裕があるだろうか?
細かい所にまで目を向ければ、この事には気付ける。
「はい。ですので、あそこで、何かしようとしているのも、バレバレです。」
「2人が詠唱で残りで守りか。だったら、1人警戒に回すべきだな。これでは、誰かに見られてもすぐに行動できない。」
改善点をメモに残して行くレベッカ。今日の反省会は長くなりそうだ。
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魔法発動の準備が整った村正とリリィは頷き合う。狙いは、魔法隊の陣地。後は、ユウキからの指示を待つだけ。
一方、ユウキ達後方でも、イルミアに派遣された警戒要因2人が到着。その連絡を受け、まずは、後方に人が居ないかを確認させる。
「大丈夫だよ。いまのところは。」
「何かあったら、閃光弾を打ち上げて。」
後方に指示を出すと、今度は村正とリリィに魔法を発動させる。そして、村正とリリィが魔法を発動させる。
「ドン・ランス。」
指示で出されたのは、遠距離魔法。ドン・ランスは初級魔法で、近距離魔法に近い部類になる。
魔法を遠くまで届かせる、或いは、遠くの場所に発動させるには、魔法の技術の他に、もう1つ必要な物がある。それは、魔力。
村正の持つ、と言うより湧き出ている魔力であれば、簡単な魔法でも、遠くに出す事が出来る。これにユウキが目を付けた。村正の魔法で、魔法隊が守る旗の周囲だけを無理矢理盛り上げると言う物。しかし、村正にはそんな器用な事までは要求出来ない。そこで、リリィが別の魔法で、細かい作業を担当することになった。
自分達の守る旗だけが、地面ごと押し上げられ驚いた魔法隊。このまま、学生たちが動き続ける事が出来るかと、思いきや。
「沈みなさい。」
あっさりと、地面は元の状態に戻ってしまった。これには村正達もびっくり。
確かに、魔法は成功した。なのに、どうして、戻ってしまったんだと。今、村正達がいる場所からは、当然、魔法隊の人達は見えない。
そして、魔法隊は、村正達と同じ方法を取った。それも、よりエグイやり方で。
「ユウキ、旗のところ。」
「え?」
後方で守りを固めるユウキ達。その旗の元に魔法陣が現れた。つまり、相手が仕掛けて来た。すぐに、ユウキは後ろに居る2人に警戒を強める様に指示を出す。前方に居る、攻撃組には、辺り一帯を2人以上で捜索するように命じる。
それと同じ頃、魔法隊でも動きが出始める。10人ほどが、バラバラの方向に向かって走り出した。市街地ステージと言う場所もあってか、周りの環境を利用しながら進んで行く。途中には、ユウキ達によって仕掛けられた罠がある。が、それを物ともせずに進んで行く。
「・・・。」
学生陣地後方100mで、警戒に当たっている、シアン。建物の上から見て居て分かった。魔法隊が、罠を突破して、自分達に迫っているのが。何より、上手く攻撃組を避けながら進んでいるのが。
シアンは直ぐに、ユウキに連絡を入れる。
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「ルールでは、旗を奪えば良いんです。なら、旗が宙を舞っても問題ありませんね?」
「確かにその方法もある。問題は、どうやって、回収する?」
宙を舞う物程、目に付きやすい物は無い。今回のステージは市街地。周りに建物がある以上、ある程度の高さまで上げる必要がある。そうなると、ユウキ達学生の目にも留まってしまう。これが、森林ステージなら、もっと簡単に行えたのかも知れない。
今回、レベッカが魔法隊に手加減をしないようにお願いしたのは、あらゆる手段を学生達に見せ、覚えさせるため。魔法隊の行っていることは、学生達には出来ないような事。しかし、その考え方は持つ事が出来る。なら、後は、その考え方を、自分たちが使える物に置き換えるだけ。そうすれば、今年は勝てる。
「旗が急に宙を舞うんです。普通、驚きませんか?」
シルファの言葉に、レベッカは満足そうだ。上手い事、魔法隊の手の上で踊らされている学生達。
レベッカは、前方に居る、攻撃組に目を向ける。まだ、下がって無いところを見ると、今回も、学生たちの負けだと感じる。
「お?」
攻撃組のメンバーをよく見ると、そこにリリィが居ない事に気づいた。
村正達は、何もしていないように見せかけて、リリィが欠けているのを隠そうとしている。恐らく、何かしらの指示があっての事だろうと、レベッカは当たりをつける。
案外面白くなるかも知れないなと思う。ほんのちょっとの余裕が生まれるだけで、悪知恵が働きやすくなる面子が居るのがこのクラス。相手を甘く見ない魔法隊でも、全力になりすぎると、基本に囚われやすくなる。
「知ってるか、シルファ。」
「何をですか?」
「非常識ってのは、常識の中から生まれるんだよ。」
次回At156.囮の囮




