At146.背後
今夜村正がリウンに呼び出されたのは、件の闇の書に関する事。ルマニミ王国でリウンに闇の書の情報が渡った後、彼女なりに調べると村正に伝えた。その際、報告は彼女が2ヶ月に一度、インディアル王国に出向く形になっている。
リウンがこの魔術祭の時期を選んだのは、外部の人間が最も学園の人間と接触しやす事、外部からの人の出入りが激しくなる時期でもあるので、目立つ可能性も低い。そして、こうした密会と呼べるものに適した場所も抑えやすい。今居るこの場所は事前にリウンが用意した場所。つまり、この空間内での主導権は全てリウンにある。既に、イルミアに尾行されていた村正は、彼女の言葉に従う以外に選択肢はない。
「取りあえず、私の報告から行こうか。」
「良いの?」
「それはどういう意味かな?」
「まだ、僕は何も提供してない。それなのに。」
闇の書に関しては村正からの依頼ではなく、リウンが個人で動いている側面が強い。
正式な依頼ではないため、この話に関しては村正に高い対価は求めてない。
「この件に関しては、そんな事言ってられない。」
闇の書が村正の口から口外されたと言う可能性をイブが考慮していた時点で、インディアル王国が扱いを慎重にしているのが伺える。
おそらく、インディアル王国の重要人物でさえ知らない人間の方が多いと、リウンは見て居る。恐らく、危険度のレベルで言えば、シロとは比べ物にならない程だと。
「君が所有している物に関して、今のところ、私以外に情報が漏れている可能性は無い。」
リウンの報告を受け、安堵する村正。
シロに何度も言われているが、情報が露見することは、絶対に避けなければならない。
そもそも、闇の書に関して情報が漏れるとすれば、それは村正の口から以外あり得ない。闇の書を知る魔法使い達は、それがどれだけ危険な存在かを理解している。だから、イブも、シギーも、シロも口を揃えて口外を禁ずる。
それなのに、村正は何度も情報を渡そうとするのだから、一緒に居るシロは毎回肝を冷やす。数少ない共有者であるユウキでさえ、語ってないと言うのにだ。
「扱いが難しいだけに、色々と危険な橋は渡ったがな。」
「危険なって・・・。」
「言うか馬鹿。」
その質問をリウンに訊ねるのは今の村正には許されていない。村正が、リウンの仕事の詳しい内容について、教えてもらうには関係が余りに短すぎる。以前リウンが言っていた言葉だ。情報を渡すだけで、終わった気になるから、身を亡ぼすんだと。
現状、リウンの村正に対する評価はそれほど高いとは言えない。まだシロに対する評価の方が高い。それは、シロが渡り歩いて来た世界と、村正の差が生んでいる。だが、リウンにはそんなの関係ない。
「リウンさん。」
「なに?」
シロがリウンの元に歩み寄る。今の反応を見るに、横槍を入れられたことにそこまで機嫌を損ねてない。それが分かったシロは、一歩、中へ踏み込む。
「私も同席、いえ、参加することを許可願います。」
言葉をしっかりと選ぶシロ。前回、同席だけ許可され発言までは認められなかった。だが、村正単体でリウンと話をさせるのはリスク以外ないと判断したシロは、自分が2人と同じ場所に居る必要性を痛感した。もっと言えば村正よりも一歩前に出るのが理想。
「それは、シロちゃん個人の意思?それとも?」
暫くシロは黙り込んでから返答する。
「後者です。」
真っすぐリウンの瞳を見つめるシロ。そしてリウンは村正に目を向ける。
「君、一体ここ来る前に何したの?」
心当たりのない村正は、首を左右に振る。
そんな村正に呆れを隠せないリウン。基本的には村正を尊重し、信頼するシロが、この手の事では村正を全然信用してないのが丸わかり。それを自覚してない村正に仕えるシロを可哀想にも思えた。
「口にするのも恥ずかしいです。」
「え、まさか、そう言う・・・。」
シロの言い方が誤解を生み、村正は慌てて否定する。
「まぁいいや。話を続けると、1つ、妙な噂があることが分かった。」
「「妙な噂?」」
「精霊具と闇の書や光の書は、全てで1つと言う事だ。」
リウンの言葉を聞いてチンプンカンプンの村正と、何か思い当たるふしのあるシロ。そんなシロの表情をリウンは見逃さない。
「シロちゃん、何か知ってるんだ。」
知ってるの?と疑問形でなく、知って居ることを前提に話を進めるリウン。下手に疑問形を使うと、相手に逃げ道を与えてしまう。それを防ぐのは尋問の基本。
「それをお伝えすることは出来ません。それを話すことは本当の意味で世界を滅ぼす事に直結します。」
この場でシロが嘘をつくメリットは何も無い。何より、今のシロの警告は、リウン個人に向けられたもの。これ以上、その内容に踏み込んではならないと。
だが、シロは、リウンを始め、闇の書や光の書を調べれば、いずれこの答えに辿り着くのは想像していた。だが、想像以上にリウンの調べる力が上を行ったのだ。少なくとも、たった2ヶ月で辿り着く様な内容ではない。
シロの中でリウンの評価が変わった。
「闇の書と光の書が2つで1つと言うのはもう知ってる?」
「うん。」
「どうやらこれらの道具はある目的があって、生み出されたみたいだ。」
だが、リウンもその目的までは分からなかった。ただ、シロの言う世界を滅ぼすと言うのは、嘘には聞こえない。強力な力を持つ物が15個もあれば、世界など、一瞬で吹き飛ぶだろう。問題はそんな物が何故存在してるか。
伝説にすることで、不用意に人の手に渡らないようにしたりして、まるで、使われることを望んでないようにも思えてならない。
「1つ、お話しすることがあるとすれば、この世界の存在の頂点は色の竜であると言う事です。」
「それは知ってるけど、どうしてそれを?」
「歴史は、彼等を中心に動いてると言って良いでしょう。」
このシロの言葉が何を指しているのか、この時の僕には分からなかった。それは、話を聞いていたリウンも同じだったように思える。
シロを始めとする精霊具と2つの書。これらがただの道具ではなく、何らかの目的を持って生み出されたとリウンは話してくれた。精霊具に関しては、シロの口から度々耳にするのでなんとなくわかる。
問題は闇の書と光の書。無い方が良いのに、この2つは生み出された。この本を書き記した、世界で最初の魔法使いは一体、何を思っていたのだろうか?
「そう言えば、闇の書の最初のページにこんな事が書いてあったんだ。」
ふと思いだした闇の書の冒頭に書かれていた言葉。それが何かヒントになるんじゃないかと、リウンに伝える。
「闇の書を持てって意識を保てれば認められた、か。」
「うん。そして、所有する資格がなければ本来の、正確には用意された違う道に進むって。」
闇の書にそのような力が備わっているのなら、対になる存在である光の書も同じである可能性が高いと。
既に、村正の手元に闇の書がある以上、この世界のどこかに光の書を手にするに値する魔法使いが現れる可能性が高いと言うのがイブの予想。この点に関しては事態を知るインディアル王国としても同意している。問題はどこの誰の手に渡るか。
出現が遅くなる程候補は増えてしまう。かと言って村正に必要以上に人間関係を持つなと言うのは不可能。
「ってことはその機能は保険と考えるのが妥当だろう。」
「保険か。」
「ああ。恐らく2つの書が正しい主の手にある時、本当の意味の力を発揮する。それも、精霊具と一緒と言うおまけ付きだ。」
そんなこと、一生起きないと思いたい。だが、現状はそんな空想が現実になろうとしている。
精霊具のシロが現れ、伝説の闇の書の顕現。これに伴う光の書の行方。インディアル王国内で2つの伝説が現れた。そしてこの国は危機に面している。
ここまで偶然が重なった以上、偶然がもう1個、2個増えても驚くに値しない。
「私の知る伝説では、2つの書が揃った歴史は過去1度もない。」
「それは僕も聞いてる。」
そもそも、魔法を使える異世界の男性と言うかなり条件が厳しい物。むしろ2000年で条件を満たす存在が現れたのは早い方かも知れないのだ。
村正が条件にあてはまるから現れたのか、それとも別の理由か。今はまだ分からない。けれど、村正は何かしらの理由があるからだと考えている。望んでいるわけでは無いが、自分が異世界人だから、それだけの理由では、自分がそうであると言わなくてはならない。今はまだその時ではない。
「私が知ってることとして、過去に全ての精霊具が契約者を持ったと言う事もありません。」
「過去、一度も契約をした事がない精霊が居ると言っていた事だね。」
シロは村正の答えに頷く。そして、こう続ける。
「全ての精霊具が契約者を持つのも、もしかしたら同じ時期かも知れません。」
「それは、他の精霊具も動きだすかも知れなって事だよね。」
「はい、そうです。」
「その場合、最も最悪な事態は?」
ここが重要だ。恐らくその最悪の事態に、答えがあるとリウンは見て居る。
「国、魔法連盟、禁忌書庫の書士、そして・・・。」
「そして?」
「そして、色の竜との戦争です。」
オーバースケール過ぎて思考が追いつかない村正。シロが一体何を話しているのか理解出来ていない。ただ、想像以上に大変な事態が起きようとしているのは分かる。リウンの表情が困惑で覆われている。それだけ、最悪とされる自体が恐ろしいのだ。
「そんなの、人類が破滅すると言ってるようなもんじゃないか。」
「だから、精霊具が居るのです。」
「つまり、精霊具と契約した魔法使いはさらに別、と言うわけか。」
ここまで聞いて、ようやく村正はなんでシロが闇の書に関して、あそこまで慎重になろうとしたのか理解出来た。シロは分かって居たのだ。闇の書や自分の存在が露見する危険性を。闇の書を話す事に人の信頼性は無関係だと言っていたのかが。
何より、シロは村正に分かりやすくするために、あえて言葉を選んでいたんだと。簡単に首を突っ込んではいけないところに、入って居た。気付いた時にはもう、後戻り出来なくなっていた。
黙って何も語らずに、知らないふりをしている方がどれだけ楽だったか。だが、村正は知ってしまった。これだけのことを知って、知らないふりは出来ない。特に、ユウキに対しては。
「そろそろ、君の意見も聞きたいんだけど?」
「えっ?」
リウンが声を掛けたのは村正ではない。今も床で眠っているイルミアに向けて。
「とっくに気がづいてるんだろ?」
「うそ!?」
「シロちゃんがこっちに来る直前の動きがちょっと不自然だった。」
そんな前から?
だとしたら、どうして・・・。
「目が良いみたいですね。」
「君ほどじゃないと思うよ。」
「そう?」
何故だろう、この2人、似てる。空気が。
イルミアは、服を払うとさっきまでシロの居たポジションに立つ。今までの会話全て聞いていた。つまり、村正の置かれた状況も知っている。問題なのは――。
「意外ですか?」
「当たり前だろ。」
そう、村正にあれほど漏洩の危険を語ったシロ自ら、イルミアに話を聞かせた。それは、村正に対する裏切りに近い。
最も混乱しているのは村正だ。シロが何を考えて居るのか全く読めない。シロは村正に軽く目配せしてから、経緯を話す。
「この方には全て知ってもらう事が、最も危険かつ安全であると考えました。」
「暴発したらどうするのさ?」
シロの意図をくみ取ったリウンは、その危険性について問う。シロのやったことは、リウン自身にも危険が及ぶ可能性を意味している。自分の身に危険が迫る等、まっぴらごめんなのリウン。
この2人の会話に割って入ったのがイルミア。
「あなたがそれを訊ねるのですか、リウンさん。」
真っすぐリウンを見つめるイルミアの瞳。一瞬不機嫌そうな表情を浮かべた後、僅かに目を見開いた。
イルミアの言う通り、暴発の可能性を秘めているのはリウンとて同じ事。人の信頼の有無は関係ないと言うシロの理屈で言えば、リウンとて例外ではない。だが、シロとイルミアの真意はもっと別にある。
「シロちゃん。」
「何でしょうか?」
「私、あの女以上に恐ろしい存在に会うとは思わなかったよ。」
シロはリウンに向けてお辞儀をする。完全に皮肉を込めている。
そしてこの場の主導権がリウンからシロに移った瞬間でもある。
先程から完全に蚊帳の外の村正。今も、3人が何を話しているのか理解出来て居ない。それはそうだ。シロがあえて村正を外に置いた。
「あの、そろそろ話に参加せてもらって良い?」
「ええ。お待たせいたしました。」
3人で話していた時とはうって変わって明るい表情のシロ。普段の生活で見せて居る表情と何1つ変わらないのに、何故か今回は違って見えた村正。
リウンの報告を受け、今度は村正達が得た事をリウンに話す。だが、この2ヶ月では何も得られなかったことを伝える。
「申し訳ないんだけど、僕等は何もつかめなかった。」
「まぁ、私が掴んだのも、語り継がれる伝説の1つ。新発見が出来るとは思ってないさ。」
学生生活を送りながら、空いた時間で出来るとこは限られる。村正も、不安なふりをして、時々訊ねていたが、新しい情報は得られなかった。むしろ、何かしようとしてるんじゃないかと、疑われることもあった。
実は、村正は、闇の書を知っている人間の数を正確に把握していない。人数を知ってるのは、イブとシギーとギルディスだけ。それは、村正の知らぬところで3人が、調べる過程で必要な人物に話してるから。当然、そんなことをしても、村正には伝えられない。
「だから闇の書を直接調べるんじゃなく、著者の方を調べようと思ってる。」
「妥当だと思うよ。」
「ただ、どの国の人かが分からないから、大分苦労しそうなんだけどね。」
ルマニミで見た本をそのまま信じるなら、最初の魔法使いはルマニミ周辺に栄えた国の人間になる。ただ、歴史を調べて見ると、かつてあの辺りは、大きな国の領地だったみたいなんだ。それが、複数の国に分裂したと歴史書で読んだ。この辺りは歴史の授業でやるみたいなんだけど、まだなんだよね。
世界で最初の魔法使いの話も魔法史で触れたけど、そう言う人が居ました、で終るから誰かも不明。その人が精霊具や闇の書と光の書を残したのも記されてない。
「一歩間違えば危険だけど、普通に調べられそうな場所なら知ってるよ。」
「ほんと?」
食いついた、と笑みを浮かべるリウン。
「魔法連盟の大図書室ですね。」
「知ってるんだ。」
「ええ。」
イルミアって、何でも知ってるよな。不思議なくらいに。
「そこは魔法使いしか入れないから、詳しい人間も居る。不用意に調べると、怪しまれるけど、行って損は無いんじゃないか?」
行って損しかなさそうな話だ。そう考える村正はリウンの提案を丁重にお断りする。闇の書もあるが、シロを連れて魔法連盟と言う場所に近付くのは気が引けた。
自分からシロを差し出すような真似は絶対にしたくない村正。それは、たとえ自分の身にどんな危険が及ぼうとも。これは、村正が心に決めている事。多分、シロがそれを望んだとしても村正は答えない。
「リウンはこれからどう調べるの?」
「ひ・み・つ~。」
・・・ですよね。
「また報告に来るさ。」
「宜しく頼む。」
お願いをすることしか出来ないのが歯がゆいが、立場が違う。自由に動けるリウンと、制限が多すぎる村正では出来ることに差がありすぎる。その事を嘆いたってどうしようもない。なら、出来る人に預けるのも手段だ。出来ない事を無理にやろうとするのは愚者のやること。その判別がつくようになっただけでも、村正は成長した。
「帰りはそっちの子に案内してもらいな。」
「・・・。」
「どうせ、道覚えてるんだろ?」
イルミアは小さく溜息を吐くと頷く。リウンは暫くしてから帰ると言い、先に村正達に出る様に促す。戻る時も誰にも見られないようにと念を押されて。帰りは村正単独じゃないので、その辺は、リウンは心配していない。
ネレラルの地下水道を大勢で移動するよりも少人数の方が安全なのは目に見えている。
イルミアが先頭を歩き、シロは剣となり村正の腰に携えられる。
「・・・。」
「・・・。」
夜が更け沈黙と薄暗さだけが周囲を包み込む。その通路を黙々と進んで行く2人。
何か話そうにも、今のイルミアは何も答えないだろうと感じた。
複雑に入り組んだ地下水道を、迷うことなく学園の寮の真下まで戻って来た2人。村正も、入って来た場所だけはなんとなく覚えていた。道中、どこを歩いたのかは全く覚えてなかったが。
先にイルミアが昇り、周りを見てから村正に昇ってくるように声を掛ける。寮の廊下の灯が最小限に落されているので、日付が変わっているんだと感じた村正。
「じゃあ、私行くね。」
「あ、うん。」
さっさと自分の部屋の方へ歩いて行ってしまったイルミア。結局、どうして僕について来たのか、聞きそびれてしまった。
次回At147.体験授業、(魔法技術科・現代技術コース)




