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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第十一章 此処は大乱、吹くは神風編
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九十二話―夜来香

「ふ……ふふふ……」

 アナから笑い声が溢れ出た。

「あははははははは」

「アナ……リーデル」

 アナは顔を覆って哄笑する。

「飯塚幾之助、勘違いだ。貴方は勘違いをしている」

 その口角は歪に歪んでいる。

「それはとても良い勘違いだ。その勘違いを聞けただけで、万雷の拍手を捧げざるを得ない」

 幾之助は息を呑む。

「良いですか、飯塚幾之助。貴方は花だ。決して実を結ぶ事はない花だ。種を残すことのない花だ。云わば、香りを振りまき、色を映えさせる以外に意味は無い存在なのだ」

 脳内に危機警報のアラームが響き渡る。

「私が来た意味は、その実を結ばんと云う希望を、引き千切り、踏み躙り、花弁を無慚に泥の中に撒き散らす為だ!」

 轟ッ!

 周囲の砂が、浮き上がる。

 アナは自分の触れた物の重力しか支配できなかったはずだ。

 しかし、砂は、アナの周囲50メートルの間合いの砂が全て浮き上がっている。

「東ドイツの、希望潰えた民と共に死ね」

 取引!

 アナはサマンサと取引し、東ドイツの国民の命と引き換えに、能力をパワーアップさせたのだ。

 それが理解できると同時に、幾之助の頭上から。

 20トンを超えるであろう、大量の砂が一気に降ってきた。

 両腕が潰れる所までしか、幾之助の姿は砂の外になかった。

 幾之助の肉体が、砂の重量によって、ぐちゃぐちゃに潰されていく。

「待っ……」

 幾之助は、そこまでしか言えなかった。

 刀が、砂に弾かれ、潰れた手の届かない処まで飛んでいき。

 そして、砂に突き刺さった。

 幾之助の体は、ほぼ挽肉と化した。

 それを見届けた時、アナも倒れた。

 砂にどくどくと血が溢れ出た。

「お母さん……お父さん……まだ待っていてくれてる……?」

 両手で砂を掴んで呟いたが、すぐに、砂はさらさらと手から流れ出していった。

 砂と涙を流しながら、アナは動かなかった。

 ただ、アナは嗤っていた。

「アナッ!」

 駆け寄って来た男の姿も、アナの瞳は霞んで捕える事が出来ない。

 だが、その声、その愛情深き声で分かった。

「ラースロー……」

 アナを愛している男は、その嗤った顔を見て、全てを理解した。

「アナ、喋るな。すぐに医者に連れて行く」

 アナを負ぶうと、ラースローは走り出した。

「医者も、看護婦も、尼さんも、全て私が殺しましたよ……」

「アナ、何も言わなくていい。治ったらゆっくり聞く」

 ラースローは瓦礫の中、必死に走る。

 背中のアナは、言う。

「飯塚幾之助……殺してやりました。私が殺してやりました……」

「アナ……もういい、もういいんだ」

 瓦礫の中、呻き声があちこちからしている。

 その中を、ラースローは走る。

「ラースロー、私ね」

 ふいに、アナがどっと重くなった。

「貴方の事、結構好きでしたよ」

 振り返ると、アナは笑っていた。

「アナ……? アナ! アナァアアアアア!」

 もう二度と開かぬ瞳に、最期に写ったのは――。

 絶叫するラースローを、鋼のような月が照らしていた。


 幾之助は、全身から声を絞り出した。

 挽肉と化した体からは、それでも、羽虫の羽音のような声しか出なかった。

「サマンサさん……取引です」

 月光から幻のように、サマンサが姿を現した。

 いつものコットンシャツにエプロンと云う姿で。

「日本の国の”思い”を渡します……ですから……私と」

 拳だった肉が、僅かに脈打った。

「ウラジーミルとの決着を」

 サマンサは微笑んだ。

「叶えましょう。貴方の望み。その狂った執念を」


 モスクワKGB本部。

 ニコライは、その扉の前に走った。

 正確には、扉だったものの前に、全力疾走で走り着いた。

 KGB本部独房。

 鉄製の、何物をも拒み、人間を心まで冷やす寒さの中に閉じ込める扉は。

 ひしゃげ、破壊されていた。

「ウラジーミル大尉の足取りは!?」

「未だ調査中! 拿捕の手配は既に済ませました!」

「拿捕できるのか……? 本気で逃げ出したあの化け物を……」

 騒然とする局内で、ニコライは茫然と呟いた。

「大尉……何故……俺を連れて行ってくれなかったのです」

 そんな言葉に構っていられる余裕など、誰にも無かった。

 ソビエト最強の男が、KGBから逃亡したのだ。

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