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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第十一章 此処は大乱、吹くは神風編
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九十一話―アナ、強襲

「お市様!」

 はっと幾之助は目を覚ました。

 それが自分の叫び声から来たものではないという事は、本能的に察しがついていた。

 外は煌々と月が光っていた。

 熟睡から覚めるのに時間がかかったようだ。

 ゆっくり、ゆっくり、爆音が響いてくる。

 今は一都市ばかり離れているだろうか。

 それが近づいてきた時、幾之助は誰の仕業か理解した。

 家やビルが自ら浮き上がり、そして倒壊していく。

 悲鳴や轟音が響き渡る。

「重力使い……東ドイツの彼女ですね」

 即座に着物を整え、刀を帯びる。

 傷の治りは7割といったところだろう。

 外に飛び出すと同時に、目の前のアパートが浮き上がった。

 とっさに前を向いた儘飛びずさり、倒壊に備える。

 すぐにアパートは轟音と共に落下し、地響きを起こした。

 もうもうとする土煙の中、幾之助は僅かな時間に、イタリアがほぼ廃墟と化したと知った。

 アンドレアが帰って来ない間に――。

 広がるのは、倒壊した建物の瓦礫の山。

 あちこちから聞こえる泣き声は住人のものだろう。

 しかし、幾之助は瓦礫から人を掘り返そうとはしなかった。

 した事は、抜刀である。

 無銘ながら、最も信頼できる相棒を抜いたのだ。

「飯塚幾之助えええええ! 居たなあああああ!」

 上空から、東ドイツのテロリストが急降下してくる。

 その姿を見て、幾之助は皮肉げな笑みを浮かべた。

「可愛らしくなられたものですね、アントンさん」

 先日死闘を繰り広げ、幾之助に重傷を負わせながらも殺せず、逆にレイプされた東ドイツのテロリストは、男装をやめ、ピンク色のキュロットに白いブラウス姿であった。だいぶ剥げていたが、化粧までしている。爪には青いマニュキアが塗られていた。

「アナ・リーデルです」

 アントンと云う偽名は捨てたのか、と幾之助は頷く。

「アナさん、ですね、よろしくお願い致します」

 ふ、と息を詰める。

 上空から襲い掛かってきた瓦礫を、幾之助は斬り捨てた。

 鉄骨の入ったコンクリートの塊を、斬ったのである。

 竜神殺し。

 その二つ名の剣客は、次々に襲い来る瓦礫を斬っていく。

 一

 ニ

 三

 四

 五

 六

 七

 八

 九

 十

 そこまで来た刹那、幾之助はまたも飛びずさった。

 懐にアナが飛び込んで来たのだ。

 即座に、アナに突きを繰り出す。

 刺した。

 しかし、腹を貫かれがらも、アナは笑った。

「貴方を殺すまでは死なない」

 即座に刀を引き抜き、アナが血を吐きながらも、瓦礫の巨大な礫(三メートルはある)を飛ばしてきたのを斬る。

 まずい。

 幾之助は、確実に後退を繰り返していた。

 元より、進む戦いではない。

 だが、ひたすら後ろに、というのは悪い兆候だ。

 背後に下げられるのは、相手にペースを握られている意味なのだから。

 決断。

 逆に、大きく退く。

 瓦礫の山ではアナの独壇場だ。

 自らが触れたものの重力を操る能力を持つ、アナに無数の武器がある事になる。

 幾之助は、二メートルの瓦礫を斬った刹那、回転した。

 宙返りする顔に、コンクリートの破片がぴしぴしと当たる。

 そして、地に降りた瞬間、走り出した。

 アナに背を向け、走る。

 背後から瓦礫が襲い来る。

 それを、振り返っては、斬っていく。

 さっきまで居た建物に瓦礫が当たった。三階建のコンクリート製の建物は、ぐしゃっとひしゃげて崩れた。

 刀が欠けたら、終わりだ。

 瓦礫に追われながら、考える。

 だが、私の刀は、欠けない。

 信用ではない、信頼でもない、執念から幾之助はそう考える。

 瓦礫で足場が悪い。

 あちこちから呻き声や泣き声がする。

「!?」

 急に足を掴まれた。

 瓦礫の隙間から、手が出ていた。

 その手が、幾之助の足首を掴んだのだ。

 手だけしか見えないその人間は、助けてと泣いていた。

 女だ。

 幾之助は、その手をもう片足で踏みつけた。

 手は痛みに竦みながらも、放すまいとますます力を強めた。それを何度も踏んだ。

 背後から、瓦礫が飛んできた。

 潰される。

 瓦礫を斬ったと同時に、幾之助は決意した。

 その手首を、刀で斬りおとしたのだ。

 絶叫が響く中、幾之助は走った。

 ふいに、瓦礫が途切れた。

 そこは砂浜だった。

 ふいに胸に浮かんだ言葉があった。

「幾之助、長政様と海に行きたいのう」

 ぐっと先ほどの斬りおとした手首の主が、女であった事が胸に迫った。

「お市様……」

 だが、幾之助は死にたくなかった。

 アナ・リーデルに殺されたくなかった。

 ウラジーミル・グリゴーリビッチ・グリーシャと決着をつけたかった。

 幾之助か、ウラジーミルか。

 どちらかが死んで終わりたい。

 どちらかの手によって、死んで終わるのだ。

 飯塚幾之助は狂っている。

 日ノ本侍の狂気の凝縮。

 それが飯塚幾之助だ。

「アナ・リーデル!」

 追ってきたアナの腹部からは、大量の血が流れていた。

 その彼女に、とどめを刺さんと、幾之助は刀を向けた。

「私の望みのため、死んで下さい」

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