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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第九章 ベルリンの壁編
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七十三話―テロル


「ハインリヒ、あれは何だい?」

 金髪の女騎士団長に、副騎士団長は溜息交じりに答える。

「あれはベルリンの壁だ。あの巨大な壁から東側が、東ドイツと呼ばれ、実質ソ連の支配下にある。姉さん、少しは常識というものを――」

「素晴らしい博識さだハインリヒ! 君を弟に持てた事を、心から神に感謝する!」

「……」

 こんな台詞を心から言うクリスティーナには、黙り込む以外できないのである。


 三日前。


「アントン、今どこにいる?」

 顎鬚を生やした男が、公衆電話で小声で話す。

『挙動不審だと疑われますよ、ラースロー』

「誰、が、だ! っつーかホントに何処にいんのお前。此処いっぱい人いるぞ。待ち合わせに向いてねえだろ、如何考えても!」

『なあに、すぐに会えます。あなたはこの電話を切ると同時に能力を発動し、一目散に逃げねばならなくなる」

「はあ!?」

『そして私があなたを見つけるのは酷く容易だ。何せ、あなたしか人間は残らない』

「おい! アントン! まさか―」

 優雅な相手は一方的に電話を切った。

「クソッ!」

 ラースローは周囲を見渡した。

 既に前兆があった。

 建物の壁ががギシギシと嫌な音を立てている。

「あんのバカ!」

 同時だった。

 コンクリート製の分厚い壁は、ゆっくりと地面から浮き上がり、床がついで剥がれてめくれ上がる。

 ラースローは片腕を降り、跳ねる。

 次の瞬間、銀色の馬が出現した。

 剣のような硬い鋼の体が大きく盛り上がった馬だ。

 出来立てのステーションに突如現れた騎馬兵と、崩壊する建物。全てが混乱の元だった。

 鋼の馬は勇ましき嘶きを上げると、浮くのを停止した壁に突撃する。

 ついで爆発。

 建物内に居た者は、鋼の馬が壁に体当たりすると同時に爆発し、破壊された壁から直前に飛び降りたラースローが脱出したのを目撃しただろう。

 しかし、ラースローの脱出と共に、”浮く壁”という現象は消失した。

 すなわち、大地を震わせ崩れてきた東ドイツの誇りたるステーションに、中にいた全員が押し潰されたのだ。


 同時刻日本、ソビエト国境付近。


 灯りのない夜戦は不可能だ。

 しかし、この二人なら可能だ。

 矛盾を証明するのは、辺りに転がる四つの死体である。

 生きているのは、日本武士団所属飯塚幾之助。ソビエト連邦KGB所属ウラジーミル・グリゴーリビッチ・グリーシャ。

 死んでいるのは、日本武士団から二人、ソビエトKGBから二人。

 生者の距離は2メートル程度から0ミリ。

 影も見えぬ二人が交差し、また離れる。

 それは飯塚幾之助の方が確実に速く、事実、彼が握る白刃は確実にウラジーミルに傷を作っている。

 その傷は瞬く間に再生し、再生を待たず拳を幾之助に向って繰り出している。

 外れた拳が、幾之助の背後の小さな崖を砕いた。化石が出そうな程硬質な壁は、人の頭ほどの大きさに凹んだ。

 当たれば肉体がこのようになる拳を避けつつ斬りかかる。

 声は無い。

 相手の息遣いと、殺気、物音。

 それのみで二人は戦っていた。

 常人ではない戦い。

 それが突如破られた。

「Да」(ダー)

 僅かな機械音と、何かに答えるウラジーミルの声。

 次の瞬間、戦いは止んだ。

 ウラジーミルが逃走したのだ。

 当然、幾之助は追走にかかった。

 しかし、足止めを食らわされた。

 手榴弾を投げつけられたのだ。

 爆発を足止めに使う。否、足止めにしか使えない。

 実力の怪物は笑みを漏らした。

「ふ……ふふふ……ふふふふふふふ」

 溢れ切れぬ高揚が溢れ出る。

「あの人、また、強くなっている……」

 飯塚幾之助は強い男を殺したい。

 己の刃によって、斬り裂きたい。

 そして、自分も殺されたい。

 死に一番近いところで、限界になりたい。

 飯塚幾之助は剣士ではない。

 剣豪という名の雄である。


 飯塚幾之助が切り結んでいる頃。


「―以上で、話は終わりだ」

 ジャックはエミリーより詳細を聞いていた。

「そうか」

「リアクションが薄いな、おい」

「いや……」

 いつもの陰気な印象を与える自覚がある顔には、変化が出ていない。

「その……だ。薄ら感づいてはいたんだ」

「Oh! どういう意味だ?」

 アメリカ娘らしいリアクションに、考えながら答える。

「その、だ。戦士が現れる地域が、あまりに偏っていると思っていた」

「ん?」

「このヴァルハラに来る条件は、人を殺す事を……なんというか、抵抗が無い人間が死んだら、だろう。それなら分かるんだ。現世よりだいぶ小さいとはいえ、確かに世界各国にヴァルコラキとしてヴァルハラに送られている」

「Yes、ぶっちゃけ一般兵なら世界中にいるな。だが、戦士は……飛び抜けて強い奴は確かに――」

「ああ、ヨーロッパに偏っているんだ。俺が出会っただけでも、ヨーロッパの戦士は大体二十人程度。――まあ、俺が知らない戦士もいるだろうが。それに比べて、中国はあんなに大規模なのに、二人程度、しかし、日本人の戦士は既に三人会っている。日本のような小さく人口の少ない国なのに、だ。北米には六人いると確認。こちらは、逆にあんなに広く人口も多いのに日本の倍だ。さらに、南米、アフリカ、東南アジアは全く出会っていない」

「そうだな。あたしも知らねえ」

「俺が疑問に思っていたのは、北欧諸国だ。ヨーロッパの中でも戦士が集中して存在している。死んだアールネも入れれば、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、アイスランド。ノルウェーを除けば全ての国に一人戦士が存在する。完全に集中している。これをずっと疑問に思っていた」

「お前……そんなん調べてたのかよ」

「無職だからな。話を戻そう。この戦士の集中が、オーディンの手によるものだとすれば納得がいくんだ」

「この世界の主、オーディンは―」

「そう、北欧神話の神だ。つまり、オーディンはこの世界でどの国が新たな世界の覇権を握るか、ゲームをしている。その際、自分に取って馴染みがある国を、贔屓しているんじゃないかと思う」

「待てよ! それじゃ、最初から新しい世界の覇権の主は決まってるのか!?」

「それはない。それじゃ、ゲームとして面白くないからだ。ラストが見えているゲームは面白くない。オーディンは純粋に楽しむ為にやっている、それが分かるのが、日本にも集中している事だ。俺達外国人が、日本と聞いて何が浮かぶ?」

「まあ、ぱっとだと、寿司、侍、芸者、忍者、腹切り、神風……」

「そうだ。日本風に言えば、キャラが映えるんだ。個性的なキャラクターが出ている方が、ゲームは面白い。日本人というのは、その点に秀でている」

「つまり」

「現世で死んだ人間が、ヴァルコラキになるか戦士になるかは、オーディンの気分次第ということだ。その結論に至る事で、俺はこの世界がオーディンのゲームだと納得する」

 長い話になったな、と頷く。

「で、それは、お前は面白いか?」

 ふ、とようやくジャックは笑みを漏らした。

「人生を玩具にされて、楽しい訳がない。オーディンには、嫌な思いをして貰いたい。だが、ゲームがどうすれば終了するのか分からない以上、今は目の前の毎日を生きていくしかない。それが」

 僅かに笑う。

「俺には幸福なんだ」

 エミリーは軽快な笑い声を上げた。

「同感だ」

 笑みがまた消える。

「確かなことは、オーディンは不真面目だという事だ」

「不真面目?」

「調べれば解る事を調べないんだから。幾ら遠くたって、国がどんなものかくらい調べればすぐ分かる」

「Oh! 理解できたぜジャック」

「ああ、エミリー。だが、言わせてくれ」

 ぐ、と握りこぶしを作る。

「不真面目な奴には、真面目にやれば勝てる」

 ふひ、とエミリーはまた笑った。

「それより紅玉は大丈夫か? 家族を全て失って――」

「ああ、依子がついてるからな。あいつは何か良い事言う訳じゃねえし、サイパンに生きる意味ってのを落っことしちまってるが―。話の聞き方が上手い。聞いてほしい所を質問し、後はただ静かに微笑みながら相槌を打つ。お前が依子に惚れたのも、そこだろう」

「!」

「あいつの効果はすげえぞ、あたしと紅玉はあいつが来るまで、ただの同僚だったんだからな。まあ、聞いてくれよ、大した話じゃねえが、出会った時の話をさ」

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