七十話―戦争せよ
現世の崩壊は共産圏の民主化を求める活動から始まった。
民主化運動が何故戦争と=で結ばれるのか。
簡単な事だ。
民主化運動のバッグに資本主義国家がついた。
それからは民主化運動は民主化運動では無くなって行く。
資本主義国家と共産主義国家の対立は一発の銃声により、戦争と化し。
資本主義国家から援助を受けていた発展途上国では忽ち飢饉による内乱が起こり。
一つの国がカードを切ったのをきっかけに、世界を覆った冬。
核の、冬。
少女は冬の街を歩いていた。
爆心地からは遠かったらしい。
少女の体は蒸発することなく、皮膚を垂れ下がらせていた。
ずるずると剥けた皮膚の前に、裸でいる羞恥など存在しえなかった。
彼女が欲したのは水だ。
喉が渇く。
痛みはもう感覚がおかしくなっている。
ただ、喉が渇く。
見つけた水道を片っ端から捻ったが、水は出ず。
ただ、剥がれた皮膚が蛇口の前の死体に落下した。
水。
水。
父は死んだ。
それが少女の矜持だった。
父は徴兵され、敵兵の弾丸を受けて死んだ。
国の為に死んだ。
父は徴兵されるとき、少女に説いた。
「俺は死ぬかもしれない。いや、たぶん死ぬだろう。この戦争が何の意味があるのか、俺には分からない。負けたら俺はきっと戦犯扱いなのは分かる。だけど、頼む。例え俺が死んで国が負けても、俺を恥だと思わないでくれ。俺は国と家族の境界線が良く分からない。護るのは同じ事だと思っている。俺を恥だと思うのは、それだけはどうかやめてくれ」
母は、さっき目の前で炎に呑まれた母は、ただ泣いていた。
半年後父の戦死の報。
少女を覆ったのは深い悲しみと、持たねばならぬ矜持。
だが、この戦争は負けるだろう。
既に核は五か所に落とされた。
これはおそらく、トドメの一発だ。
水。
水。
充満する死。
少女は感じる。
世界の終焉を。
少女はいつか聞いた国の話を思い出す。
「ヨーロッパの山の中に、スイスっていう国があるんだ。そこは、何処とも戦争をしないんだ」
それも幻想であるのを叩きつけられた。
スイスが絶対中立の要としていた銀行。
数多の国が破たんし、その国の金は紙切れと化した。
紙切れを後生大事に守って何になろう。
結果、スイスも参戦することになる。
目の前に尿を漏らしながら叫んでいる男が居る。
「おれはーおれはー! えらいんだー!」
気が狂ったのだな、と淡々と思う。
その男をよけると、また蛇口があった。
蛇口を捻るまでも無い。
水道管が破裂して、水が噴き出している。
少女は飲んだ。
たくさん飲んだ。
ごくごく飲んだ。
そして、死んだ。
気が付くと、少女はアメリカンカントリーの店に居た。
金髪の白人女が、エプロンをして出迎えてくる。
「ここは……」
火傷が治っている。
服も着ている。
「ここはヘヴンズ・ドアー、ヴァルハラの入口の店よ」
「ヴァルハラ?」
女は口紅を塗った唇を蠱惑的に動かす。
「死んだあなたが、まだ国家のために戦いつづけるか決める店」
手を差し出さだされた。
「さあ、選びなさい。あなたはこの店で何が欲しいの?」
手が勝手に伸びた。
手に取ったのは、サンダル。
裸足で歩いたアスファルトが蘇る。
「それは、あなたのための物かしら?」
少女は頷く。白人女は破顔する。
「そう。やっぱりね、あなたはヴァルハラに入る資格を得た。お代はいらないわ。お行きなさい、あなたの国へ」
少女はヴァルハラの祖国の兵士となり、1週間で戦死した。
「それじゃ、行って来るぜ店長」
装備を整えて、エミリーが片手を上げる。
「我の兄弟、一寸変わり者が多いある。よく分からん事言われても無視するよろし」
「はい……それはよく」
紅玉の台詞に依子があいまいな笑みを浮かべる。
否定とも肯定とも取れない笑みだ。
「それから、現世でスイスが参戦したある」
思わず驚きの言葉を上げる。
「絶対中立が売りだったんじゃねえのか!?」
「紅玉のお兄様たちはご無事ですか!?」
二人をいなすように手を振り。
「落ち着くある。あくまで現世の話ある。ヴァルハラのスイスはもっと強力な武器持っているね」
「武器?」
淡々と返す。
「水源ある。スイスの山脈の水が、ヨーロッパの水源となっているある。水を止められたらみな干からびてお陀仏ね」
「はあ……絶対中立の理由はそれか」
「ホントお前はものを知らんあるな、エミリー。ただ、この水源の場所、誰にもばれていないよ。これで絶対中立なんて上から目線でやってられるね。現世がごたついたからと言って、すぐこちらは参戦しない。理由分かったか」
「ですが、スイスに入る前に、お兄様が襲撃を受けたとお聞きしましたが」
依子の不安げな顔に答える。
「絶対中立でも、他国が動くのは関知できない言えるね。上手い手よ」
また、呼び鈴が鳴った。




