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ヘヴンズ・ドアー  作者: 浮草堂美奈
第八章 絶対中立編
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六十八話―亡命せよ

 中華服を着た眼鏡の男が、幾之助の屋敷できちんと正座している。

 依子の出した一番茶を啜ると、ふううと大きくため息を吐いた。

 幾之助はいつもの日本人特有のアルカイックスマイルを浮かべている。ただし、湯呑みはアニメキャラである。

「本当にこれは悲しい事よ。哀れ、韓国はソ連領にされてしまったよ」

「はあ」

 それは存じておりますが、と幾之助も茶を啜る。

「でも、援軍を送らなかったのは中国ですよね?」

 中華服の男―張国軒はまた悲しみを取り繕う。本気で取り繕う気は無さそうだが。

「ソ連の国力に、我が国、とても敵わない。韓国は助けられないね。それならいっそバッサリ切ってしまった方が良い。これ当然の考えね」

「はあ。ですが、中国と韓国は同盟だったのでは」

 袖で眼鏡を隠す。

「おう、同朋を見捨てるの、母猿断腸の思いだったね。何故に人は力で争いあうか、ワタシ何年生きてても分からないよ」

 つまり損するから見捨てたんである。

「はあ、ですが」

 幾之助の視線に答える。

「そうある。中国と韓国、同盟組んで作戦立ててたよ。もう無くなったということにしようと思ってたけど。この度ソ連が侵攻してきそうだから、計画再燃したよ」

 分かっているのに問う。

「計画とは?」

「毒水計画よー。強国の水源に毒を流しいれて一網打尽にするという、とても非道な計画。我、大変反対したけど、毒を作る責任者にされてしまったね」

 さらりとした回答。

「自ら志願なさったのでは」

「おう、人を信じられないと国滅ぶよ。これ、とても悲しき事よ。我も家族多いね。長兄として仕事選んでられないあるよ。ご飯食べられない」

「あー、志願なさったのですね」

「アナタ日本人の割に率直よー。もう少し薄皮で包まないと世の中渡っていけないあるよ」

 肩を竦める。

「すいませんね、あんまり世の中渡らずに、なるべく二次元の世界で生きていたいんですよ」

「現実の女に興味もたないと、人生寂しいよ。我の妹一人やろうか」

 どこか飄々とした奴らの会話に、ばしん、と机を叩いて紅玉が割って入る。

「大哥! 何勝手な事言ってるか! 我、こんなキモオタに嫁ぐのまっぴらごめんよ!」

「キモオタなんて言葉、どこで覚えたんですか!?」

 初めて慌てた幾之助に、国軒は笑顔で問う。

「我知らないよ。キモオタって何か」

 紅玉の怒りの声が響く。レザーカットの下の眉毛は吊り上っている。

「依子の持ってる漫画で読んだね! 服がダサくて笑い方がカッコ悪くて漫画だのアニメの女に興奮する、つまり、こいつみたいな奴ね!」

「おう、幾之助、キモオタだったか。良かったねー。きっと流行の最先端よ」

「流行の最先端でも、ヒエラルキー的には最下層ですよ!」

 怒りをものともせず、国軒は話を続ける。

「とにかくね、見捨てたんなら、誰か責任負わないといけない。これ、昔からの当然の事ね」

「はあ、ですが、本当の責任者は責任を負わなかったと」

 よよ、と国軒は泣き崩れる真似をする。

「そうよ。毒水計画の責任者として、我が国を追放されたよ。とても悲しき事よ。我の国家に対する忠誠、全く伝わらなかったよ」

「はあ、それで我が家に来られたのは」

 姿勢を正すと、一切涙が零れていない。それどころか笑っている。

「紅玉をお宅で預かってほしいよ。いや、捨てるのでない」

 不服そうに妹が言う。

「我、ヘヴンズ・ドアーの店、やめたくないね。亡命してしまったら、通勤できなくなるよ」

 突如幾之助がガッツポーズを取り、叫ぶ。

「人生最高! 幸せきたーーーーーー!」

「やっぱり考え直してもよいか」

 紅玉の冷酷な目に、笑顔で返す。

「ご安心ください。私、貧乳の女性は愛でるだけですし。巨乳のエミリーさんにも手を出しておりません」

「一寸肉削いでもよいか」

 匕首を構える紅玉を、国軒が宥める。

「気にする事ない。手を出さない言ってるよ。何より、依子さんがいるよ。手を出したら最後、ご飯に針が混ぜられるよ」

「いや、そこまでえげつないですかね、私の妹。……えげつないですね」

 しみじみと嫌な方向に感じ入っていた幾之助だが、視線を上げた。

「で、貴方方他のご兄弟は如何なさるんですか?」

 向こうで依子の作ったビスケットを齧っている兄弟。

「我達スイスに亡命したいよー。あそこ、入ってしまえばとても安心。絶対中立国家よー。他の国の人間が入った途端に射殺よ」

「成程」

 しかし、国軒達も他の国の人間であろう。

 あの国は絶対中立の名の元に、許可を得ず入った人間を全て殺害している。許可を得ると云うのは唯一、教会酒場で会議を開く時だけだ。

「そうね。あそこは入るのとても厳しい。故に」

 笑顔で妹を指す。

「ヘヴンズ・ドアーに依頼するよ。どうせ中国の金なんて持っててももう使えないよ。それなら未来に投資する。これ、とても尊い事よ」

「ははあ」

 また、幾之助の妹も命の危機に晒されるという事であるが、さして気にしていない態度だ。

「ところで、我が家に妹さんを置くのは良いのですが」

「ヘヴンズ・ドアーにも口利きして欲しいよ。我達表だって動けないよ」

「それにつきましてはですね」

 察した国軒が懐に手をやる。

「金に関して明確に言わないの、日本人の悪い癖よ」

「貴方方中国人が率直すぎるんですよ」

「まあまあ、我が持ってきたの金でない。もっと素敵なもの」

「ほう」

 出されたのは、一枚の紙。

「中国単独で毒水計画行うよ。標的は日本。これ、その決行場所の書かれた計画書よ。我がコピーしたの、まだ気づかれてない」

 ニヤリと笑みが零れる。

「貴方も大概ですね」

「恩には恩で返すある。その逆もまた然りね」

 幾之助は一礼した。

「分かりました。お受けいたしましょう。その話」

 紅玉の吐いたため息を、あくどい兄たちは聞き流した。

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